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14話 追いかける勇者、逃げる賢者

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 ハワードがヘルバリアにて大立ち回りを演じていた頃。
 勇者カインもまた、ある事件に鉢合わせていた。

「師匠を探していたら、まさかとんだ相手に出会うとはね」

 剣を収め、カインは街を荒らしていた者達を見やる。
 そいつらはザナドゥの構成員だった。たまたま立ち寄った街でザナドゥの暗躍を知ったカイン達は、勇者パーティとして事の対処に当たったのだ。
 奇しくも同時刻、師匠と弟子は同じ相手と戦っていたのである。

「ありがとうございます勇者様! これでこの街の平和は戻りました!」

 ザナドゥにより苦しめられていた街人達が両手を握り、感謝を伝えた。カインはそれに答えてから、仲間二人の元へ戻った。

「ザナドゥか。魔王が倒れてから活動が活発になってるって聞いたけど、魔王に代わって世界征服でもたくらんでいるのかな」
「まさか。カインとハワードさんが居るのに、そんな馬鹿な事を考えるわけないだろ」

 ヨハンが肩をすくめながら言うも、カインの顔は険しかった。

「師匠ならきっと疑問に思うはずだよ、どうして急に犯罪グループが活発になったのかって。師匠を探すのは大切だけど、同時にザナドゥの動きも探っていきたいね」
「ここにハワードさんが居たら、同じことを言っていたでしょうね。私達が掴み取った平和なんだから、絶対に守らないと。じゃないと、ハワードさんの失った物が台無しになっちゃう」

 コハクが俯いた。若い三人にとって、ハワードが払った代償は、心に大きな傷を与えていた。
 だからこそ償いたい。自分達を支え、導いてくれた、尊敬する漢のために。

 連れ戻したら、ハワードに何をしてあげよう。美味しい物を沢山ご馳走してあげるのもいいかもしれない、一緒に温泉旅行へ行くのもいいかもしれない。大好きなギャンブルを好きなだけさせてあげてもいいかもしれない。

 ハワードにしてあげたい事が沢山あるのだ。だから何としても見つけ出し、勇者パーティへ連れ戻してやる。
 その決意を固め、三人は頷いた。勝手に引退したあのロクデナシを、必ず自分達の所へ戻すために。

「にしても、本当にどこに行っちゃったんだろう。師匠の行きそうな所は大体回ったしなぁ」
 カインはため息をつきつつ、今日の所は宿で休む事にした。
「うえええええええええええっ!!!???」

 そして、翌日の事である。
 新聞を読んだカインは度肝を抜かれ、椅子からひっくり返った。目を回し、がくがくと震え、半ば呼吸困難に陥りながら、新聞の一面に釘付けになっている。

「どうしたんだよカイン、そんなお尻から空気を吹き込まれたカエルみたいになって」
「ししっしししししっしっしっしっし師匠だ! 師匠の事が載ってる!」
『ハワードさんの!?』

 二人は急いで新聞を読んだ。そこにはハワードが、ヘルバリアにてザナドゥ相手に大立ち回りを演じる記事が載っていたのだ。

「し、師匠もザナドゥを相手にしていたんだ……嬉しい、離れていても俺達は繋がっているんですね師匠!」
「しかも昨日の出来事じゃないか、今なら急げば間に合う、ハワードさんに追いつけるぞ!」
「ヘルバリアなら転移が使えるわ、急ぎましょう二人とも!」

 とうとうハワードの居場所がカイン達に伝わってしまった。果たして彼はどのようにして、三人から逃げるのであろうか?

  ◇◇◇

 ザナドゥの脅威が去り、翌日夜明け前。
 俺様は旅支度を整え、街を出ようとしていた。

「まるで夜逃げですね」
「しゃあないさ、昨日派手なコンサートを開いちまったからよ。流石にカインの耳まで歌声が聞こえているはずだ、あいつからのアンコールはごめんだぜ」

 ザナドゥが飛空艇を持ち出してまでヘルバリアを襲ったんだ、この噂は新聞を通して、瞬く間に広まっちまうだろう。

 となれば、カインはヘルバリアにすっ飛んでくるだろう。あいつが来る前にさっさと逃げなくちゃな。

 がるるに鞍を装着し、荷物を括り付けていく。ガンダルフのお陰で食料や水を沢山積めるようになったからなぁ。がるる様様だぜ。

「新しい右腕も手に入れたし、ザナドゥの脅威も追い払った。ここにはもう用はない。あいつらが来る前に、ずらかるぜ」
「ふふ、どこまでもお供しますよ。貴方がハワード・ロックである限り、私も退屈しそうにありませんから」
―がるるぅ♪

 がるるも喉を鳴らしてすり寄ってくる。へへ、もふもふな毛皮がたまらないぜ。
 この二人と一緒なら、俺も飽きずに済みそうだ。だが覚悟しろよ。俺についてくるって事は、一生平穏とは無縁の生活を送るって事だからな。

 俺様に穏やかな隠遁生活なんざ似合わねぇ、ピリリとスパイスが利いてなくっちゃ人生は面白くないだろう? 俺様のスローライフは過激なくらいが丁度いいのさ。

 トラブルすらもアミューズメントで楽しめる、最強だからこそ味わえる贅沢な毎日だぜ。
 ってわけだザナドゥさんよ、お前らには期待しているぜ。
 次の目的は、「ザナドゥの壊滅」に決めた。お前らの本拠地を探して、俺様直々にぶっつぶしてやる。
 死にたくなければ、俺様がビンビン来るような、一発より過激なスリルをプロモートしてくれよな。

「スリルを隣人に、トラブルをとことんまでに遊び尽くす人生こそが、ハワード・ロックのスローライフって奴よ!」

 って事でアマンダを乗せ、がるるを出そうとした時だった。

「そこのスケベ賢者! ちょーっと待ったあ!」
「あん? このきゃわいく俺ちゃんを呼び止める声! もしかしてリサちゅわーん!? 愛しのプリティキティが見送りに駆け寄ってくれたじゃないの! やーん俺ちゃんうれしーお外でいいから一発しよー♡」
「天誅!」

 なーんて飛び出したらアマンダたんの斧が炸裂、俺ちゃん無様にめり込み中……。

「な、なははは……思わぬ過激な一発ぅ……」
「これが私と街を守った最強賢者の姿とは、なんだか信じられないわね」

 リサちゃんは呆れたように俺様を見下ろしている。その背には、どでかい荷物をしょっていた。

「その荷物。そうか、決意したんだな」
「うん、一晩考えて、決めたんだ。この街を守りながら世界を見て回るって!」
「そうか……はい?」
「旅に出ては、ヘルバリアを守れないのでは?」

 アマンダたんまで口出ししちまうほど、突拍子のない宣言だ。俺ちゃんも予想外のアンサーだぜ。

「どーやって旅に出ながら街も守るわけ? 俺様やカインならまだしも、君の力で出来るのかい?」
「ザナドゥはあんたを標的にしている間、ヘルゲルトを狙わないんでしょ? って事は万一ハワードがやられちゃったら、この街はまたザナドゥの脅威にさらされる事になるわけだ。それじゃあ安心して旅ができないでしょ。だから、あんたを守れば結果的に街を守る事に繋がるって訳」

「あんれまぁ、面白い結論だ。しかし、俺様をどうやって守るのかプランはあるのかい? 計画もない奴を連れて行くわけにゃあいかないぜ?」
「ちゃんとあるわ。その義手、構造が凄く複雑で、私以外の職人じゃ整備もままならない代物よ。右腕が壊れたら、あんたどうするつもりなの?」
「あー、そいつは確かに、盲点だったな」

 それに俺様が使う腕だ、当然パーツの摩耗も激しいだろう。腕利きの職人が整備しないと、あっという間にガラクタになっちまう。

「いくらあんたが強くたって、万全の状態じゃないと、ザナドゥにやられるかもしれない。だったら私がついて行って、専属職人として右腕の調整をしてあげればいい。そしたら常に万全の状態で戦えるから、ヘルバリアがザナドゥに襲われなくなる。ね? 旅をしながら街も守れるグッドアイディアでしょ」
「成程ねぇ……はっはっは、はっはっはっはっは!」

 久しぶりに腹を抱えて笑わせてもらったぜ、何てクレイジーなアイディアを提案してくれるんだ? これじゃあ反論出来ねぇ、最強賢者が言いくるめられるとは、こりゃホーリーシットだ!

「一本取られたな、俺様にとって、なくてはならない大事なパートナーじゃねぇか」
「それじゃ、一緒について行っても?」
「勿論歓迎だ! カインから逃げるために力を貸してくれ、バディ」

 まさかとびっきりの美女二人がついて来てくれるなんて。両手に華とは、ご機嫌な冒険になりそうだ。
 おまけに、俺ちゃんの一発ライフもむふふな事に……♡

―がぶっ

「あら? ちょっとがるるちゃん? なんで俺ちゃんに噛みついてんの?」

 牙が食い込んで流血してんだけど。俺様を絞ってブラッディ・マリーでも作るつもりか?

「私が教え込んでおきました。ハワードがやらしい事を考えたらすぐに噛みつけと」
「仕込み早すぎない!? いででで! めっちゃ痛いめっちゃ痛い! 頭蓋骨砕けるっ!」
「私も対ハワード用ハンマーを用意しといたから。手ぇ出したらどうなるかわかるわね?」
「そんなのないでしょーよ! こうなりゃ出発前に二人同時の一発を!」
『天誅!』

 戦斧とハンマーのダブルパーンチ! 俺様の望んだ一発とちがーう!

―わふっ

 さっさと行くぞと言わんばかりにがるるが背中に乗せてくる。アマンダたんとリサちゃんも騎乗して、がるるを走らせた。

「では行きましょう、カイン君に追いつかれてしまいますよ」
「たはは、締まらないぜ畜生……ファックだな」
「そういえば、昨日カイン対策で色々やってたみたいだけど、あんなのでいいの? 自分から居場所を教えてるようなものじゃない」
「いいのさ。俺様の事を知りすぎている連中だからな」

 あいつらは良くも悪くも素直だからな。性格のねじ曲がった汚い大人は、しっかりそいつを利用させてもらうとするさ。

「明後日の方向に迷走するカインが目に浮かぶぜ、まだまだお前に師匠越えはさせねぇよ」

  ◇◇◇

 ハワードが旅立ってから五時間後、勇者パーティはようやくヘルバリアへ到着した。
 新聞を握りしめ、カインは魔力塔を見上げた。ハワードが暴れた場所ともあって、彼にとっては聖地巡礼にも等しい。何しろ彼は、世界一のハワードファンなのだから。

「ザナドゥが飛空艇まで導入し攻め込んだのに、街の被害はゼロ、犠牲者まで居ない。こんな離れ業をするなんて……流石は師匠だ!」
「それにしてもヘルバリアに来てるなんて。ハワードさんが絶対行きそうにない場所だから思いつかなかったわ」

 ヘルバリアにはハワードが大好きな葉巻もカジノもない。脳みそが欲望で埋まっている彼が真っ先に来るのは予想外だった。

「でもどうしてここに来たんだろう? ハワードさんが好きそうなのって何かあったかな?」
「師匠がここへ来た理由ならわかるよ。義手を作りに来たんだと思う」
「そっか! ヘルバリアは魔法具の最先端だものね、それに私の杖を作ったリサさんもいる。新しい腕を作るならもってこいの場所だわ」

「リサさんか、久しぶりだなぁ。にしても真っ先に義手を作りに行くなんて……結構真面目だなぁ」
「俺には理由がわかるよ。俺達に余計な心配をかけさせないように、右腕の調達を優先したんだと思う。くそ、もっとあの人の思考を読むべきだったな」

「でも失敗は取り返すものでしょう? 転移で急いできたから、ハワードさんは絶対この街に居るはずよ。早く探しましょう」
「ああ! 待っていてください師匠、ようやく貴方に会えます……!」

 しかし、いくら探してもハワードは見つからなかった。
 当然である。彼はとうに旅立ってしまったのだから。しかも、リサまで居ないと来たものだ。

「……リサさんまで師匠について行ったなんて……羨ましい! 師匠と一緒に平和な世界を旅するのは俺だけの、勇者だけの特権なのにぃ!」
「目を血走らせながら泣くなよ……おいこら僕の服で鼻かむな! でも有力な情報を手に入れたじゃないか」

 情報屋とギルド職員から、ハワードが南へ向かったという情報を得たのだ。
 二人の言う通り、彼は南へ向けて逃げている。ハワードがあえて、自分の行き先を告げるよう伝えたのだ。

「転移で先回りすれば間に合うはずだ、カイン、早く南の街を手当たり次第に探そう」
「そうね! 移動なら任せてカイン!」
「……待ってくれ二人とも、なにかおかしくないか?」

 カインは険しい顔で制止した。

「相手はハワード・ロックだよ? そんなすんなりと自分の痕跡を残すような人かな?」
「言われれば……あの天邪鬼にしてはらしくないミスだよな」
「じゃあ、ハワードさんがあえて残したブラフって事?」

 カインの一言で、思考がズレ始めた。
 ハワードはカインが賢い奴だと信じている。同時に素直すぎて、深く考えすぎてしまう奴だとも信じている。

 カインをよく知っているからこそ、ハワードはあえて正しい情報を流したのだ。彼なら自分を信じて、絶対余計な推理をしてくれると。

「師匠はガンダルフを保護したとも聞いたよね? って事は本当の行き先は……北だ! ガンダルフを元の場所に帰すために、バラルガ山脈を目指すはずだ!」
「凄いわカイン! 完璧な推理よ!」
「じゃあ急いでバラルガ山脈に行こう! 今から行けばきっと間に合うはずだ!」

 ハワードの思惑通り、三人はまるで見当違いな予想を立てている。賢者の老獪な小細工により、間違った答えを選ばされていた。

「ふふ、貴方の事は誰よりも理解していますよ師匠。俺には貴方の考えが透けて見える!」

 ハワードの方がカインを誰よりも理解していた。彼にはカインの考えが透けて見えている事だろう。

「いざ行かん、バラルガ山脈へ! 勇者と賢者の鬼ごっこは勇者の勝利で終わりだ!」

 ハワードVSカインの鬼ごっこ、第一ステージは、最強賢者の圧勝で終わったのだった。
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