ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。

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176話 集いし絆

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〈フェイス視点〉

 何もない、真っ暗な場所だ。
 俺はぼんやりとしながら、その場所にたたずんでいる。どうしてここに居るのか、何をすべきなのか。何一つ分からない。
 だけど、少しずつ意識が遠のくのを感じていた。体がだんだん軽くなって、透き通っていくような、不可思議な感覚だ。
 ああ、これが死ぬって事なのかもな。
 俺は何となくそう思った。最後にディックを救えたんだ、心残りはない……。

「いや、あるな」

 アプサラスの事だ。俺が死んだら、あいつはどれだけ悲しむんだろう。あいつを泣かせてしまうのは、一番の心残りだ。
 ……やり残した事も、沢山ある。けどもう、俺にはそれをやる命がない……。
 いや、俺はもう、死んだ方がいいんだろうな。なぜなら俺の、胸の奥には……。

『何諦めかけているんだい?』

 不意に、語り掛ける声が聞こえた。
 聞き覚えのある声だ。とても優しく、包み込むようなこの声……まさか。

『久しぶりに会うってのに、弱音を吐くなんて無しだよ。クレス!』
「イザ……ヨイ……!?」

 振り向くなり、そこに居たのは。ディックの母親、イザヨイだった。

「なぜ、ここに……!」
『ちょっと無茶をしてね。出かける前に、懐かしの顔を見に来たのさ』

 イザヨイは俺をじっと見て、納得したように頷いた。

『なるほどね、確かに面影があるよ。あんたは確かにクレスのようだ。元気にしていたかい?』
「俺を、覚えているのか?」
『勿論。私のグラタンをあんなに美味しそうに食べてくれた子を、簡単に忘れるわけないだろう?』
「……ああ、とても美味かったよ。今でも、舌に味を思い出せるくらいだ」
『そいつはよかった。私が生きていれば、もう一度作ってあげられたんだけどね』

 イザヨイは優しく微笑み、俺の額に手を伸ばした。

『ディックもそうだけど、クレスも随分背が伸びたねぇ。子供の成長ってのはやっぱ早いもんだ』
「……イザヨイ」
『ん?』
「すまない。俺は前に、お前を侮辱するようなことを……病気をまき散らすくらいなら死ねと、言ってしまった……」

 もしイザヨイに会えたら、絶対謝ろうと思っていた。俺の恩人なのに、その厚意を踏みにじるような真似をした自分が、許せなくて。

『気にしなくていいよ。その時私は居なかった、誰にだって魔が差す事くらいあるさ』

 イザヨイは軽く笑い飛ばすと、俺の胸を叩いた。

『男が過去の悪口程度でくよくよしない。大事なのは、今のあんたの気持ちさ。あんたは昔となんも変わっていない。優しくて、人を思いやれる子だ。ディックには負けるだろうけどね』
「ああ、ディックにはかなわねぇさ。あいつほどのお人よしはいないだろうな」
『うん。自ら命を捨てようとするあんたさえも、あの子は救おうとするだろうね』

 ……やっぱり、イザヨイには気づかれたな。

「イザヨイは分かっているんだろう? 俺の中には」
『それ以上はなしだ。もう弱音は聞きたくない、そんなのを零すくらいなら、やる事があるだろう』

 イザヨイは踵を返して、どこかへ行こうとした。

『私はこれから、ディックの所へ向かう。あんたもディックの友達なら、来なさい。一緒にあの子を助けようじゃないか。そして、あの子を信じてほしい。あの子なら、あんたの諦めた気持ちも、必ず救ってくれるはずだから』
「なぜ、そう言い切れる」
『私が育てた息子だから』

 そいつは……納得の答えだな。
 ディックは確かに、イザヨイの意志を受け継いでいる。あいつなら、俺を……救ってくれるかも、しれないな……。

『先に行ってるよ。私には夢があるのさ、息子と義娘の晴れ姿を見るって夢がね。死んだ後にこんな幸せな夢を抱けるなんて思ってなかったから、なんとしても実現させたいのさ。あんたにもあるんだろ、どうしても成し遂げたい夢が』
「ある。アプサラスと一緒に、やりたい事があるんだ」

 そいつを実現するには、俺自身のけじめを付けなくちゃだめだな。
 俺の最後の命を、ディックに預ける。俺はお前を信じるぞ、ディック。

  ◇◇◇

『やぁ、戻ってきたようだね』

 目が覚めるなり、魔王が俺を迎えた。怪我は、とりあえずふさがっている。ディアボロスの血を飲まされたようだな。動くくらいは、どうにかなりそうだ。
 同時に、アプサラスも目が覚める。アプサラスは俺を見るなり涙して、抱き着いてきた。

「フェイス……フェイス! 元気になったんだ! よかった……!」
「心配かけたみたいだな」

 多分、これからも心配をかけ続ける事になるだろう。けど、アプサラスは決して俺から目を離す事は、ないはずだ。
 イザヨイ、俺も行く。ディックを助けに行くために。
 そして、俺を助けてもらうために。

『覚悟はできたようだな、勇者よ』
「ディアボロス。お前にも、世話になったな」
『ばっはっは! 何を今生の別れのように言っている』
「分かっているんだろう? 俺がしようとしている事を」
『まぁな。貴様との日々、悪くなかったぞ』
『じゃあ、追いつこうか。ディアボロスが運んでくれるようだからね』
「わかっている。それと、アプサラス」
「ん?」
「お前にも、来てほしい。俺の行く末を。ディックと俺の、最後の喧嘩を」
「……フェイス?」

 アプサラスにも、俺の覚悟が伝わってしまったみたいだな。
 今行くぞ、ディック。エンディミオンを、共に壊そう。
 そして、願わくば。
 お前の手で俺を、殺してくれ。

  ◇◇◇
〈ディック視点〉

『おおおおっ!』

 覚醒に煌力も乗せて、エンディミオンに切りかかっても、一太刀も当たる気配がない。
 僕の力は今、エンディミオンを上回っているはず。なのに奴は、まるで僕の攻撃が読めているかのように、悠々と回避し続けている。

『俺の能力を忘れたか? コピー能力でお前の気配察知を奪っている、そして当然、その精度はお前よりも遥かに上だぞ? どれだけお前が強くなろうと、俺にはかすりもしやしないさ。それに』

 エンディミオンが手を翳すなり、僕の首にゲートが開いた。
 急いで離脱し、ゲート攻撃から逃げる。あのままだと、首を千切り取られていた。

『四天王達の能力を間近で見ていたからな。この程度は最早造作もない』
『くっ……!』
「怯まないでディック!」

 シラヌイの炎魔法が降り注ぎ、エンディミオンが炎上する。だけど奴には殆ど効いていない。

「諦めたら、全てが台無しになるだけよ! 最後の最後、全力の全力を尽くして! 私達の望む未来を掴むのよ!」
『ああ、わかっている! なんとしても、なんとしてもこいつを、ここで止めなくちゃ!』
『意気込みはいいが、その前に現実を見るんだな』

 エンディミオンがせせら笑う。僕らは幾度も肉薄するけど、エンディミオンには殆ど届かない。
 数分後には覚醒も、煌力も解除され、僕は元に戻ってしまった。
 くそ、併用したせいで一気に体から力が抜けてしまう……!

『もう終わりのようだな』
「くっ!」

 咄嗟に刀を振り、ディアボロスは弾き飛ばした。だけどもう一振りの聖剣が僕の胴を斬り、激痛が走る。

「ディック!」
『気を抜くなシラヌイ、来るぞ!』

 シラヌイにも、エンディミオンの炎魔法が直撃した。黒煙を上げ、彼女は転がった。

『お前達二人で俺を倒そうなんて、思い上がりもいいところだな。この俺を倒そうなんて、最初から不可能なんだよ』
「……どうかな」

 剣を交えていて分かったよ、エンディミオン、お前が抱えている物を。
 それを受けて、確信したんだ。僕達なら、必ずお前に勝てるって。

「僕達には、お前よりももっと強い力がある。どんなチートにも負けない、最強のチート能力が。その力がある限り、お前には負けない。僕達が勝つ、絶対に!」
『そうか。なら圧倒的な力とやらを見せてやろうか』

 エンディミオンは両手で聖剣を握り、覚醒を発動した。
 自身の力で天使の姿へと変わる。僕の力が尽きた所で奥の手を使ってきたか、いよいよピンチだな。
 僕達が本当に二人だけなら、の話だけど。

『お楽しみは最後まで取っておきたかったが、どうも残しておいても楽しくならなさそうだ。だから……お前らはここで失せな、あばよ!』

 エンディミオンが襲ってくる。けど大丈夫、この攻撃は当たらない。なぜなら、

『遅れたねディック!』

 ハヌマーンを通じて、母さんが来るって分かっていたから!
 母さんの霊体が立ちふさがり、エンディミオンを受け止めた。母さんの手には、幻影の刀が握られている。それでエンディミオンを食い止めたんだ。

「義母さん!? え、どうして!?」
『驚かせてしまったねシラヌイ。けどこんな大事な場面で出てこなくっちゃ、女が廃るってもんさ。冒険者イザヨイ、援軍に参上したよ!』
「……母さん、待っていたよ」

 母さんと並び、エンディミオンに剣を突きつける。エンディミオンは眉根をひそめ、

『イザヨイだと? お前は冥界に居たはず、なぜここへ来れた』
『私が事前に仕込みを入れたのだ、イザヨイを召喚する術式を込めた羽を、魔王に渡してな。それに貴様が近くに居る事で空間が歪んでいるから、イザヨイは今実体を伴っている』
『だから私もお前と戦えるってわけさ』

 僕は魔王からそれを聞いていたから知っていた。けど、嬉しいな。こうして母さんと並んで立てるなんて……!

『随分回りくどい仕込みだな、なぜそんな面倒な真似をした』
『何、ちょっと生きるのをあきらめていた子が居たから、助けに行こうと思ってね。それに、援軍は私だけじゃあないよ』

 刹那、背後の壁が壊れた。そこから現れたのは……魔王四天王達だ。

「すまない! 遅れたな二人とも」
「……案外兵が多くてな。だがもう、全員処理した」
「って事で、私達も参戦よぉ!」
『おいおい、強化したのに人間どもが全滅か。だがたった三人増えた所で』

 エンディミオンが言いきらぬ間に、天井が崩れてくる。ハバネロが特攻してきたんだ。
 さらには床が爆発し、さらなる味方が現れた。

「ちょっと豪快なノックだったかな? 宇宙一の男、イン・ドレカー参戦!」
「俺達ウィンディア人も援護に回る!」

 ハバネロからはドレカーとケイ、そして魔王軍の兵士達。

「外の敵も対処しました! 残っているのは、その元凶のみ!」
「勝って祝杯上げるためにも、全員の力を合わせようぜ」
「なので世界樹の巫女トリオ、ここに推参です!」

 さらにはラピスとラズリ、ワイルまで突入してきて、一気に戦力が集まってくる。
 これが僕の奥の手だ。絆の魔導具に選ばれた僕だからこそ使える、仲間という最高の力こそが、僕の切り札なんだ。
 それにまだ、ここへ来てくれる仲間が居る。

『やぁやぁ皆! 遅くなってごめんねぇ』
『主役は遅れてやってくるものだからな、ばっはっは!』
「魔王様!」
「ディアボロスも、よく来てくれた!」

 壊れた天井から、魔王と龍王が降りてきた。そして最後の、僕の仲間。

「フェイス! ディックだよ、ディックが居るよ!」
「ああ……俺も、往生際が悪くなったもんだ」

 落ちていた龍王剣を拾い、フェイスは僕の横に並んだ。

「遅れて済まない、ディック」
「いいや、待ち望んでいたよ。アプサラスにクレス……いいや、フェイス」

 アプサラスとフェイスの二人が来た事で、僕が培ってきた絆が全てそろった。
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