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155話 命の在り方

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「げほっ……げほっ……おい、クソジジィ、ドラゴンを貸せ。俺も、行く」

 龍王剣を握り、俺はアプサラスを追おうとしていた。
 ディックにこの状況を見られるわけにはいかない。イザヨイの病を嘲笑った俺に、あいつに助けられる資格はないんだ。
 何としても、アプサラスを止めなきゃならない。この病は、俺自身がどうにかする。病気を広めたくそ野郎をとっちめて、特効薬を奪い取る。全部俺が、片を付けてやる。

『その体でどうするつもりだ、迂闊に動けば命はないぞ』
「だとしたら、それまでさ……げほっ! ……どの道、罪を重ねた身だ。特効薬を見つけた瞬間死んでも、後悔はない」
『人間領と魔王領、その二つに薬を届けさせるつもりだな。それもワシに。ばっはっは、随分とまぁ、図々しい性格になったものだ』
「俺にできる、数少ない罪滅ぼしだ。この命一つでどうにかなるなら、それでいい」

 俺はもう、自分の命に価値なんて感じていない。罪を灌げるのであれば、いくらだって差し出していい。
 唯一の心残りは、アプサラスを悲しませる事か。

「……悪いな、アプサラス。俺の命の使い道は、俺が決める……」
『ふん、貴様に負けたワシに止める権利などない。敗者は勝者の指示に従うまでだ。おい!』

 クソジジィの呼び声に応じて、使い走りのドラゴンが出てくる。こいつらに肺の病気が映らないのは、好都合だな。

「お前、手を出すなよ……これは、俺の問題だ。げほっ! がはっ! ……俺自身が、けりを付ける。だから、待っててくれ」
『くれぐれも、気をつけてな』
「ああ……ありがとな、ディアボロス」

 せき込み、血を吐きながら、俺は魔王領へ向けて飛び出した。

  ◇◇◇

 胸の痛みで何度も気絶しそうになる、龍王剣の重みがずしりと来るな。
 止まらない咳に苦しみながら、俺はディックが居る魔王領へ急いだ。アプサラスのドラゴンよりも早い奴を借りたから、今から急げば追いつくはずだ。
 ……もし途中で事故にあったら、どうすんだよ。あの馬鹿野郎。

「お前が居ないと、俺は……独りぼっちになるんだからな……」

 アプサラスは俺の、唯一の希望だ。お前を失ったら、俺は耐えられない。
 頼む、守らせてくれ。お前は俺の大事な人だ。勇者じゃなくなった俺が、勇者で居られる唯一の女なんだ。

『勇者よ、眼下を』
「なんだ? ……!」

 一瞬、目を疑った。アプサラスを乗せていたドラゴンが、首を失った状態で木に引っかかっていたんだ。
 首は傷口が焼けていて、血が出ていない。相当な高温の攻撃に首を持っていかれたようだな。
 ドラゴンを下ろし、近くを探ってみる。アプサラスは? アプサラスの奴は、どこだ?

「そうだ、気配察知……!」

 ディックの技術を借り、周囲を探る。そしたら、近くに多数の気配を感じた。
 顔を上げれば、街が見える。あれは確か、ヴェルガだったか。

「……位置的に、あそこへ迷い込んだか?」

 そうつぶやくなり、爆発が起こる。戦闘が起こったようだな。
 気配察知で状況を見ていると、感じ覚えのある気配が五つ、いや、七つ。こいつは、まさか……。

「ディック……それに、四天王まで? どうして、お前がそこに? それにアプサラスと……怪盗もか」

 ディックは四天王を率いて大暴れしているようだな。あいつらが無意味にこんな場所へ現れるとは思えない……まさか。

「あそこに、パンデミックの犯人が居るのか?」

 そうとしか考えられない。ディックが動かざるを得ない状況を考えれば。
 ……アプサラス、お前はどうしてそこにいるんだ? しかもこの気配……追われているじゃないか。

「……あの街に、連れ込まれたのか?」

 おい、神様。どうしてアプサラスをまた事件に巻き込んだ?
 あいつはもう、随分事件に巻き込まれたじゃないか。もうそっとしてやれ、これ以上あいつをいじめるな。

「待ってろ……お前を必ず、救ってやる……この俺が、アプサラスの勇者がお前を助ける……だから、絶対死ぬな!」

 ドラゴンを駆り、俺はヴェルガへ急いだ。

  ◇◇◇
〈アプサラス視点〉

 街の人が急に笑い出して、あたしを追い回している。
 何が何だか分からなくて、恐くて、逃げるしかできない。フェイスから剣を教えて貰ったのに、剣を抜けなかった。
 だって、追いかけて来る人の目が、あいつの目にそっくりだから。
 あたしを人形の魔女にした、プロフェッサー・コープの目に。

「いや、来ないで、来ないでよ! 助けて……助けて、フェイス!」

 あたしが、フェイスが止めるのを無視したからこんな目に……ごめんなさい、ごめんなさい、フェイス……!

「つーかまーえたー」

 男の人の手が伸びて、捕まりそうになった時。エルフの男性があたしを抱えて走り去った。
 目を白黒させていると、屋根に上って視線が高くなる。あたしを助けてくれたのは、監獄でも戦ってくれた、エルフの怪盗さんだった。

「よう、俺を覚えているかい? ワイル・D・スワンだ」
「ワイル……どうしてここに?」
「ま、野暮用さ。ここにお宝の匂いを感じたからな」

 ワイルは鼻を擦って、街を見渡した。

「ただ、なんだこいつら。なんて言うか、嫌な感じしかしないな。裏でどんな奴が糸引いてんだ?」
「わかんない……あたしも、全然」
「そんな暗い顔するなよ、ともあれ、俺と会えたのは幸運だな。守ってやるよ、戦闘は門外漢だが、逃げる事に関しては大得意だ」

 ワイルはあたしの頭をがしがしと撫でた。

「どうも乱痴気騒ぎになっているようだからな、どうにかして街から逃がしてやる。それまで我慢しててくれよ」
「……うん」

 稀代の盗賊さんなら、大丈夫かな。でも、やっぱり心細い。
 ……フェイス、お願い。あたしを助けて。

  ◇◇◇
〈???視点〉

「来た、来た来た来た! 勇者フェイスも来てくれた! 最高の役者がきちゃよぉぉぉ!」

 魔王軍の英雄ディックに勇者フェイス、そして四天王シラヌイ! なんて最高の役者がそろったんだ! 彼らが居れば僕の悲願は果たせる、新しい僕をデビューさせる絶好の機会! 何としても掴み取ってみるよ、愛する僕!

「何しろ、今の僕にはぁ、すんばらしい援軍がいるんだからぁ!」

 僕の願いを叶えるために来てくれたんだよね! とっても嬉しいよ! どうか力を貸して頂戴!
 最強の魔導具、聖剣エンディミオン!
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