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145話 その頃フェイスはというと。

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『オマエガコロシタ。イミモナクコロシタ』

 俺の周りを、ぼんやりとした人影が囲っている。
 そいつらはしきりに俺を睨んで、そうつぶやいていた。

『ナンデコロシタ。ナニモシテイナイノニ、ドウシテコロシタ』

 言葉だけで分かる。こいつらは、俺が今まで無意味に殺めてきた連中だ。
 胸にのしかかるような重みがかかって、吐き気がこみ上げてくる。人影は増え続けて、やがて逃げ道がなくなった。

『オシエロ。ナンデコロシタ。ナンデ、ナンデナンデナンデナンデナンデ』
「やめろ……やめてくれ……!」

 俺が取り返しのつかない事をしたのは分かっている、謝ったって、作った罪が消えないのだって。
 だけど、謝るから……! どんな形でも、必ず謝るから……頼む、静かにしてくれ!

「ああああああっ!?」

 ようやく俺は悪夢から解放された。呼吸を落ち着け、周囲を見てみる。
 竜の領域に作られた俺の部屋だ。俺を囲っていた人影はいなくなっている。代わりに、

「フェイス、汗凄いよ」

 無垢な目で俺を見つめる、アプサラスが居た。

「凄くダメな顔で寝てたよ、タオル貸す?」
「うなされていたと言え。タオルは、貰おうか」

 全く、こいつの語彙力のなさは相変わらずか。
 監獄からアプサラスを助けて一ヶ月、こいつは俺の傍にずっとついていた。
 ドラゴン達を使って調べてみたが、アプサラスの故郷は水害でとっくになくなっている。帰る場所が無いから俺の傍に居るようだ。

 まぁ、俺も人の事は言えないか。

 人間領じゃ俺は指名手配犯だ。聖剣エンディミオンを悪用した偽物の勇者として挙げ連ねているようじゃないか。
 だから俺も帰る場所がない。居所のない者同士、傷をなめあっているってわけだ。

「今昼頃か、寝過ごしたな」
「あたしも同じだよ。フェイスはなんの夢を見たの? あたしの夢?」
「なんでお前の夢でうなされなきゃならねぇんだ?」
「だってあたし、人形の魔女で酷いことしたから」
「それはもういいっつってんだろうが。……俺の仕出かした事のせい、だよ」

 心がすり減っていたせいか、俺はアプサラスに、勇者の名を借りてしていた非道を話していた。
 最近は、あの悪夢をよく見る。俺が殺した奴らが迫ってきて、圧力をかけてくるんだ。
 当時は何も思わなかったのに、悪夢を見るたび心がひび割れる。殺人に対する罪悪感が、俺の頭を狂わせる。

「なんで今になってこんな感情になるんだかな。殺してきた奴の顔すら覚えていないってのに……」
「うーん、そっか」
「なんだよ、したり顔で」
「えっとね、確かお母さんが昔やってくれたんだ」

 話の脈絡ねぇなこいつ。とか思っていたら、急に俺に抱き着いてきた。足まで腰に回して、コアラかお前は。

「……なんだこの状況」
「元気出た?」
「出るかこんな意味わからん行動で。お前の母親は子供にコアラごっこかます奇特な奴だったのかよ」
「ううん、お母さんはあたしが悲しい時、抱きしめてくれたんだ。やり方違うかな」
「だから俺はお前の母親を知らないんだっての」

 そもそも、自分の母親の顔も知らないんだがな。んな事はどうでもいいか。
 アプサラスにされるがままになっていると、急にこんな事を言い出した。

「フェイスはね、優しいんだよ。だからシクシクするんだと思うよ」
「俺が優しい? 人殺しをするような奴が優しいわけないだろう」
「ううん、優しいよ。だってあたしの勇者になってくれたから。約束通りあたしを監獄から出してくれたし、優しいよ。フェイスは勇者だよ」
「それ以上優しいとか言うんじゃねぇ、俺にはそう言われる資格なんかないんだ」
「でも、言われた事はあるでしょ?」

 アプサラスがじっと俺を見上げてくる。あるにはあるが……随分昔の話だ。

『あんたは優しい子だね』

 イザヨイと出会い、抱きしめられた、最初で最後の日。イザヨイから言われた一言だ。
 俺にはもう、そんなことを言われる資格はない。俺は優しくない、優しいってのは、ディックのような奴に言うべきなんだ。

「でも、フェイスは優しいもん。あたしと一緒に居てくれるし、世話もしてくれるよ。この服だって、フェイスが洗濯してくれたでしょ」
「お前があまりにへたくそ過ぎて見ていられなかったんだよ」

 ったく、貴族出身の俺に何やらせてんだ。家事の類いなんざ初めてやったぞ?
 こいつと居ると落ち込んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。ぽややんとしていて掴み所がないと言うか。
 悪い気分ではないんだがな。

『ばっはっは! 起きたか勇者よ! ならば早く出てくるがいい!』
「うるせっ、起きがけにデカい声あげんじゃねぇ」

 部屋ん中がビリビリすんだろうが。龍王剣を持って出れば、すぐにディアボロスの居る広間に出る。この野郎、嫌な所に部屋作りやがって。
 ディアボロスの前に座るなり、カモシカの生肉が置かれる。クソジジィは上機嫌にカモシカを丸呑みしてやがった。

『ばっはっは! 今日も元気だカモシカが美味い! 貴様もはやく飯を食え!』
「あのな、せめて火を通せ」

 あん時は意地で食い散らかしたが、生肉食うのは正直きついぞ。アプサラスが食ったら腹下すだろうが。

「ついでに野菜も寄越せ、俺はともかく、こいつの栄養偏るだろうが」
『随分所帯じみたな勇者よ、アプサラスの健康を考えるとは感心だ。ばっはっは!』
「やかましい」

 アプサラスは自活能力がない。長い事人形に閉じ込められていたからだろうな、人間としての生活習慣を忘れている。
 とっとと思い出させねぇと面倒くさいんだよ、いつまでこいつの服を俺が洗えばいいんだって話だ。

「フェイスのご飯好きだよあたし」
『ばっはっは! 飯を食ったら早速喧嘩をするぞ勇者よ! ばっはっは!』
「お前ら一度に喋んな!」

 くそったれ、こいつらと居ると頭がぐわんぐわんしてくるぜ。
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