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132話 脱獄の狼煙を上げろ!

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 私は人形 嫉妬の人形

 どうして私は 人形なの どうして生身の 体がないの

 昔はあった 私の血肉 どうして全部失った

 羨ましい 血肉を持つ者 全員羨ましい

 なぜ私は人形なの なぜ私は人形にならなきゃ いけないの

 妬ましい ひがましい 疎ましい どうして私は 生身の体を 奪われた

 私は人形 嫉妬の人形

 生身の体を うらやむだけの 木偶人形

  ◇◇◇

 夜が深まった頃、僕とフェイスの作業は大詰めを迎えていた。
 不揃いの布を継ぎ接いで、監獄内を駆け回って集めた材料を組み合わせて、ようやく連絡するための道具が出来上がった。
 アプサラスが味方になってから、材料集めが捗ったのも大きい。投獄から二十日目、魔王領への連絡手段がついに完成したんだ。

「へへ、ちょっと不格好だが悪くねぇな」
「うん、試作品もどうにか浮いたしね。魔法で強化したから、きっと飛んでくれるはずだ」

 僕達が作ったのは、気球と名付けた、布づくりの風船だ。
 魔女が張った結界は、生物以外は感知しない。そこで僕らが思いついたのが、気球で外に連絡し、監獄の位置を知らせる。という物だ。
 僕とフェイスの服を破って継ぎ接いだ布の風船に、アルコールランプで熱した空気を溜めて空を飛ばす道具だ。アルコールの入手は、アプサラスのおかげで解決できた。

『えへへ 監視人形なら 本体のあたしにも 気付かれないもんね』
「厨房にワインがあるのを確認していたからね、君が持ってきてくれたおかげで助かったよ」
「手頃な空き瓶まで調達しやがってよ、意外とやるじゃねぇかクソアマ」

 ワインは蒸留してアルコール濃度を高め、空き瓶には服で作った芯を入れて、即席のアルコールランプに改造した。これもフェイスが魔法で強化してあるから、魔王領まで消えずに灯ってくれるはずだ。

『でもこれ 空を飛べるの?』
「多分な。布は寒天でコーティングして空気が逃げないようにしてある、アルコールランプも瓶をぎりぎりまで削って軽くしたから、理論上南東に向かう気流へ乗せる事は出来るはずだ」
「問題は、その先なんだよな。気球は自分で動けないから、気流へ乗せてもちゃんと魔王領へ行けるかは分からないんだ」
「と言っても、これ以外の案は思いつかねぇ。ギャンブルでも、やってみるっきゃねぇんだよ」

 僕とフェイスは頷きあった。にしても……。

「互いに酷い格好になっちまったな」
「ああ、服はボロボロ、体も垢と塩でべとべとだ……はは、汚いや」
「くくっ、体臭もひでぇしな。海上で野ざらしだとこうまで汚れるのか」
「貴重な体験だよ。二度と味わいたくないけどね」
「ちげぇねぇ」

 ついつい、二人で笑ってしまう。いつの間にかフェイスと、大分打ち解けてしまったな。
 ……僕らの共闘は脱獄するまでだ。ここから出たら、もう一度敵同士になる。その時僕は、はたしてフェイスを敵とみなす事が出来るだろうか。
 ……言いたくないけど、以前よりもフェイスの事を、嫌いになれなくなっていた。

『外にちゃんと届くか 不安だね でも誰かが乗るわけに いかないし』
「材料からして、これ一回しかできないもんな。僕らの体力からして、連絡がつかなければ自力脱出は厳しいだろう」

 正直、残された体力はぎりぎりだ。監獄の探索を続けるのは、多分もう無理だと思う。

『……主よ、提案がある。聞いてくれるか』
「ハヌマーン?」
『我が一部を乗せて飛ばせ。さすれば我が一部が、気球を操る事が出来るだろう』

 僕らは驚いた。

「お前、そんな事が出来るのか? 魔導具以外には干渉できないだろ?」
『そこは勇者の力を借りる。我に魔力を少し寄越してくれるか?』
「あー、なるほど。ディック、俺ならこいつを媒体に念動力の魔法が使えるよう細工する事が出来るぜ」
「ハヌマーンは意志を持つ武具だから、自力で使う事が出来るわけか……でも」

 最悪のケースが頭をよぎる。万一気球が落ちたら、ハヌマーンを失ってしまう。それに、籠手か具足の一つでも欠けたら、覚醒の力は勿論、アンチ魔導具の力も弱まる。

『決意が固まらぬのなら、伝えよう。我は主が好きだ。だが最も好きな主は、シラヌイと仲睦まじく過ごしている時の主なのだ。我は絆の魔導具、主らが幸せに過ごしている姿を見るのが、我が最大の幸福なのだ。我が生きがいを取り戻すためにも、我にも協力させてもらいたいのだ』
「……考えは変わらないんだな」
『無論』

 確かにハヌマーンが気球を操れば、大陸へたどり着く確率はぐっと高まる。試す価値は十全にあるんだ。
 ……ここは、相棒を信じよう。

「分かった、右の籠手を乗せる。お前を信じるよ。必ずシラヌイの下へたどり着いて、必ず僕の所へ戻ってきてくれ。約束だぞ?」
『承知した』

 右籠手を外し、魔力を込めて球体にする。あとはこの監獄で拾った石と、僕の髪を少し切って、手紙と一緒に袋に詰めた。

「この場所の石と僕の髪、これさえあれば、場所を特定できるはずだ。人探しの魔法の媒体に出来るんだよな?」
「ちゃんと説明しただろ。俺を信じろ。となれば、とっとと済ませるか。おいクソアマ、お前も来い。俺が運んでやるからよ」
『ありがと』

 ここ数日で、フェイスはすっかりアプサラスと仲良くなっている。大分丸くなったよな、フェイスの奴。

『んーんー♪ んんんんー♪』
「楽しそうだね、アプサラス」
『うん、なんだか冒険者っぽくて、夢が叶ったみたいで楽しいの。ディックとフェイスと私でパーティだよ、きっとすごいパーティになるよ』
「けっ、まともにコミュ取れない奴が何言ってやがる。……」
「どうした?」
「いやなに、あの時勇気を出して助けていたら、俺とお前の関係も変わっていたのかと思っただけだ」

 ……僕を助けるって、どういう意味だろう?

 僕とフェイスはアプサラスを連れ、東棟へ向かった。気球を飛ばすポイントへ到着し、速やかに準備を済ませる。

「頼んだぞ、ハヌマーン」
『うむ。少しの間の別れと行こう。やってくれ』
「ああ」

 まずは布を広げて、アルコールランプで熱を溜める。布は次第に膨らんで、やがてふわりと浮かびあがった。
 飛べ、飛べ! 僕らは願いを込めながら、気球の行方を見守った。
 やがてハヌマーンが上手く気球を操って、上空にある南東の風に乗っかった。
 そこから先はあっという間だった。気球は瞬く間に飛んでいって、魔女の結界を超え、地平線の彼方へ消えていく。
 魔女の気配を探ってみるけど、動きはない。……成功だ!

『よっしゃあ!』

 僕達は拳を突き上げ、歓声を上げた。あとはハヌマーン次第だ。

『大丈夫 かな ハヌマーン』
「今は信じるっきゃねぇだろ。魔王領のどっかに着いたら、荷物が落ちるよう細工してある。あんだけ情報渡しておけば、救援部隊も来るだろうさ」
「よし……あとは、武器の調達か」

 ここから先は、助けが来る事を前提に動く予定だった。
 救援部隊が来るとなれば、当然魔女は黙っていないだろう。だから、スムーズに救援が来るように、僕達が陽動として動くつもりだ。
 そのためには、奪われた武器を取り戻さないといけない。つまりここからは……。

「地下室探索のお時間って奴だ。くくっ、さぁてディック、最後の賭けといこうか」
「もし救援部隊が来なければ、死ぬ覚悟で戦う。だったな。脱出にはどの道、人形の魔女を撃破しなければならないわけだし」
「計算上、あの気球が大陸へ着くまで、五時間弱はかかるはずだ。そっから救援部隊が動き出すとして、助けが来るまでざっと半日ってところか」
「それを踏まえると、僕らの作戦決行時間は、明朝って所かな」
「そうだな。今日は補給ポイントで寝るか、もう独房に戻る理由はない。アプサラス、本体の足止めは出来るだろうな?」
『中のあたしが 頑張ってくれると 思う ちゃんと中の あたしには 伝えてあるから 絶対 絶対一緒に ここから出よう 約束だからね』

 アプサラスが手を伸ばしてくる。作戦と言えないような作戦だけど、この子にとっては微かな希望だ。
 運命の神様、どうか、ハヌマーンを無事にシラヌイの下へ届けてください。
 そして願わくば、もう一度シラヌイに、会わせてください。
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