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131話 イザヨイ義母さんと義娘シラヌイ
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ディックの母親は、私と全く同じ容姿を持った女性だ。
でも私と違ってとても素敵で、優しい人。私に大切な宝物を譲ってくれた、器の大きい女性だ。
前にドレカー先輩が呼び出した時以来の再会に嬉しくなる。でも、イザヨイさんとシルフィになんの関係があるっていうの?
というか、本当にイザヨイさんなの? 得意の幻術で生み出した幻じゃないでしょうね? ……確認してみよう。
「あの、イザヨイさん。貴方の息子様の好物は?」
『グラタンだろう? せがまれて良く作ってあげたよ。そのせいか、あの子も何かがあるとグラタンを作る事が多い。そうだろう? 疑わなくても、私は本物のイザヨイだよ』
本当だ、イザヨイさんだ。本当にシルフィが冥界から連れてきたんだ。
『色々言いたい事があるだろうけど、今はそんな野暮はなしにしようか。また会えて嬉しいよシラヌイ!』
イザヨイさんが私を抱きしめてくる。前と同じ霊体だからすり抜けてしまうけど、優しく私を包み込んでくれる。
「会えて嬉しいです、とっても……けど、なんで? シルフィ、どういう事なの? 歴史の観測者である貴方が、どうしてイザヨイさんと?」
『落ち着け。本来なら秘匿事項で話せないのだが……はぁ。いいか、今から言う事は独り言だ。質問は受け付けんぞ』
シルフィは咳払いした。
『我々歴史の観測者の役割は、死者の調整。歴史が大きく動いた際に生まれる犠牲の数を観測するのが仕事なのだ。シラヌイ、貴様は輪廻転生を信じるか?』
「独り言なのに質問していいの? ……まぁいいか。一応は、信じてるけど」
『ならばそのまま信じ続けろ。輪廻転生は実際に存在するシステムだからな』
「そうなの?」
『冥界とは、死者の魂を一時的にとどめておく倉庫のような場所だ。死んだ時期に準じて魂を取り出し、現世に新しい命として送り出す。それが輪廻転生の仕組みなのだよ。だがな、生命の営みがある以上、歴史には必ず大きなうねりが発生する。それこそ、多くの命が失われるようなうねりがな。そのまま放置すれば、冥界の許容量を超えて魂が送られてしまい、輪廻転生のシステムが壊れかねない事態になってしまう。そこで動くのが、私達歴史の観測者たる幻魔だ』
「歴史に介入して、調整するって前に言ってたわよね……それって、犠牲者を減らすために手を貸すの?」
『時と場合による。状況によっては、多くの犠牲者をあえて出し、帳尻合わせを行う事もあるのでな。貴様の場合は、犠牲を減らすために介入している。放置すれば、システムに障害が起こるほどの死者が出かねないのでな。犠牲者を調整し、歴史のうねりが収まるのを確認するのが私の仕事。それが歴史の観測者の正体よ』
……話の規模が大きすぎてクラクラするけど、世界樹の巫女から聞いたシルフィの行動を鑑みると、納得できる。
時に独裁者を先導して大きな被害を出したり、時に犠牲を出さないよう戦争を終わらせるために動く。まさしく死者を調整する役目を持った存在だわ。
「我々って事は、あんた以外にも幻魔がいるの?」
『左様。というよりシルフィとは個の名ではなく、種族名と言った方が正しい。輪廻転生というシステムが作り出した免疫のような物なのでな。よって私は幻魔シルフィという種族の一個体にすぎんのだ』
「……うん、どうにか理解できた。でも、そんな存在がどうして、イザヨイさんと知合いになっているの?」
『うむ……実は今回私が貴様と接触したのは、そこのイザヨイに頼まれたからでなぁ……』
『あはは、ここからは私が話した方がいいかな』
イザヨイさんは頬を掻いた。
『シラヌイ達と会ってから、二週間くらいした頃かな。シルフィが出てきたのは。現世で歴史が大きく動く気配があったみたいで、沢山のシルフィが生み出されたんだよ。それで、あんた達が心配になっちゃってさ……それでそこのシルフィに頼んでみたんだよ、シラヌイって淫魔に力をかしてくれないかいって』
「イザヨイさんが、シルフィに? って、私? ディックじゃなくて、私?」
『そうさ。だってディックより、あんたの方が心配だったから』
イザヨイさんは困ったように微笑んだ。
『あんたは強そうに見せてるけど、実は凄く繊細で、とても脆い心を持った子だよ。だから凄く心配だったんだ、もし心が潰れるような目にあったら、立ち上がれなくなってしまうんじゃないかって。でも私はこの通り、もう死んでいるから傍に居られないし、守れない』
「だから、シルフィに私を守るように……でも、母親ならディックを優先すべきじゃ」
『あの子は大丈夫さ、私が育てたんだから。例え危険な目に遭っても、ディックなら絶対乗り越えるって信じているからね』
迷いを微塵も感じない答えだ、離れていても、ディックとの硬い絆を感じる……やっぱりすごい人だな、この人は。
『全く、この女のしつこさと言ったらなかったぞ? いくら断っても食い下がって、土下座してまで貴様を守れと頼み込んできたからな。だから条件付きで請け負ってやったのさ、シラヌイとやらが歴史を変えるほどの器であったなら、依頼を受けてやろうとな。……実際その器だったから、とんだ貧乏くじを引いてしまったが……どうして私がこいつの仕事を代行せにゃならんのだ全く……!』
「あう、ごめんなさい……」
じゃあ私、今までイザヨイさんに支えて貰ってたんだ。死んでもなお誰かのために動けるなんて、やっぱりすごい人だわ。
「……けど待って? さっきからの話からして……え? もうじき、人が沢山死ぬような事が起こるってわけ?」
『ようやく気付いたようだな、その通りだ。あいにく、どのような出来事が起こるかはわからん。輪廻転生のシステムが観測できるのは運命の揺らぎのみ、そこから先は私も予想できなくてな。だが、貴様がカギとなっているのは確かだ。現に今、貴様は歴史の渦中に居る。貴様の働き如何で、大きな転換を迎えるのは間違いない』
「私が、カギ……」
『その大事を乗り越えるには、シラヌイとディック、貴様ら二人が必要だ。だからディックは私としても、絶対に取り戻さねばならぬ男なのだよ。でなければ腑抜けた貴様に協力などするものかちゃんと仕事しろこのアホンダラ(激怒)』
あれ、なんだろ? 最後の方は本気で私に怒っているような気がするんですけど?
『その様子だと、のっぴきならない状況になってるみたいだね。シルフィに頼んどいてよかったよ』
『もしシラヌイが危なくなったら、自分を呼んでくれか。全く私を小間使いのように扱いおって、本来は違反行為なのだぞ? 死者が現世へ戻るなど……』
『でもきちんと約束を守ってくれているじゃないか』
『私が良いと判断した時だけだがな! 全く、押しが強すぎてやりづらい女だ!』
イザヨイさんに振り回されてぷりぷり怒ってる。案外、押されると弱いのかも。
……でもありがと、シルフィ。あなたが支えてくれたから、凄く助かったわ……。
『んで、ディックはどこだい? さっきから姿が見えないんだけども』
「……実は……」
私はイザヨイさんに、ディックの身に起こった事件を話した。
人形の魔女、アプサラス。その顛末を聞いたイザヨイさんは、眉間に皴を寄せた。
『人形の魔女に勇者ごと誘拐されたか。これはまた、大変な事件に巻き込まれたもんだよ。呼び出してもらって悪いけど、役に立てそうにないかもしれないなぁ』
『貴様いい加減にしろよ?』
シルフィが凄く怒ってる。当たり前っちゃ当たり前か……。
「今は、ディックを探す新しい魔法を作っているんです。でも、あと一歩のところで躓いていて……」
魔法の原理を話してみるけど、イザヨイさんは首を傾げている。説明を上手く呑み込めていないみたいだ。
『ごめんよ、私は魔法に関しちゃ門外漢でねぇ。説明されてもいまいち理解できないんだ。けど、起動条件だっけ? そいつの調整はそんなに難しいのかい?』
「ええ。この呪術というのは、仕組みとしては買い物のような物なんです。術者はお金として代償を払い、結果という品物を手に入れる。でもそのお金に当たる起動条件が難しくて……元々が短時間で切り離した体の一部っていう厳しい物ですから、それ以上の物となると」
『ふーん……それってさ、似たような物じゃないとだめなの?』
「え? ええ、求めている結果が、「遠くに離れた人と繋がる」ですから。本来短距離でしか効果を得られない魔法ですから、その結果を得るには、代償を厳しくしないといけなくて。そうなると、ディックから数分以内に髪の毛とか取らないといけなくて、でもそれは不可能で……」
『必ずディックの体の一部じゃなきゃダメなの? それ以外の奴でもいいんじゃない?』
「えっ? それ以外の物、って?」
『私の故郷の武術は、「心技体」の三つが基本なんだ。その中でも、「心」が一番大事な要素なんだよ。「自分はこうしたいんだ」って思いがあるから、技を磨けて、体も強く出来るからね。でも「技」「体」を強くするには、その想いを維持し続けなきゃいけない。その難しさは、あんたもわかるだろう?』
「はい、私も四天王になるまで、何度も挫折しましたから」
『ねっ。「心」ってのは、そんだけ保つのが難しい物なんだ。だったらさ、代償に丁度いいんじゃないかい? 互いの「会いたい」って想いを起動条件にするんだ』
「こ、心を、代償に?」
そんなの、考えた事もなかった。でもそれだと……。
「私だけじゃなくて、ディックの想いも必要になりますけど。私と彼の想いが一致していないと……」
『なら大丈夫さ。あの子だって絶対思っているはずだよ、「シラヌイに会いたい」って。あんたら二人の想いは、そんな安っぽいもんじゃないだろう?』
「あっ……!」
私がこれだけディックを求めているのなら、あいつだって私を求めている。絶対そうに決まってる。
『それに、あの子と会いたがっている人は、他にもいっぱい居るんだろう? その人達の力も借りるんだ。なんでも一人で解決するんじゃない、困った時には誰かを頼っていいんだ。シラヌイは一人じゃない、皆が、ディックが……何より私が、ちゃんと傍に居る。一緒にあの子を、見つけよう。ねっ?』
イザヨイさんに頭を撫でられる。すり抜けているのに、優しい温かさが伝わってくる。
本当にこの人、優しすぎるし、強すぎるよ。声をかけられるだけで、なんでもできるような、そんな気にさせてくれる。
『意気込むのはいいが、そろそろ時間だぞ。あまり死者を長居させるわけにはいかんのでな』
『ちぇっ、折角いい所だったのに』
「せめて、ディックが戻ってくるまで……いいでしょ?」
『お前らな、同じ顔で迫ってくるんじゃない。ルールはルールだ、これ以上は私の立場も危うくなってしまうからな』
『むぅ、それならしょうがないか……でも、またいずれ呼んでくれるんだろう? そう約束したんだから』
『私の判断でな。貴様から出てくるのは許さんぞ』
『はいはい……堅苦しいなぁもう』
イザヨイさんはしぶしぶ立ち上がると、「そうだ」と手を叩いた。
『今度会う時まで、三つ約束してくれるかい? まず一つ、私の事は、「義母さん」と呼びな。敬語も禁止』
「え、え?」
『息子の彼女なら私の娘も同然さ。他人行儀な娘がどこにいるってんだい?』
「いや、あの……えっと……うん、義母……さん……」
うわ、気恥ずかしくなるわねこれ……まだ私同棲始めたばっかりなのにこんな、家族みたいじゃない……!
『二つ目、結婚式には必ず呼んで頂戴。絶対守って頂戴』
「けっ!? いやいやいたそれはまだその速いと言うかなんと言うかぱぴぷぺぽ……」
『おいイザヨイ、調子に乗るなよ。来ていいか判断するのは私なのだぞ?』
『だって息子と義娘の晴れ着姿を見たいんだよ! そんなケチな事言わないでおくれよぉ』
「あはは……うん、絶対呼ぶから。そのためにもディックを取り戻すから」
『楽しみにしてるよ。それから、三つ目』
言うなり、イザヨイさんは私を抱きしめた。
『自分を信じて、優しくしてあげなさい。……今まで、怖かったんだろう? ディックが居なくて悲しくて、胸が痛かったんだろう? その中で仕事も捜索も頑張って、大したものだよ。だから、自分を傷つけちゃダメだよ。あんたが倒れたら、私もディックも悲しくなる。どうか自分を大事にしてあげて』
イザヨイさんの声が胸に響いてくる。無理する私を心配して、慰めてくる。
とても暖かくて、心地良くて……久しぶりの安堵感に、思わず涙が溢れた。
『泣いていいよ。ここには私しかいないから、存分に弱くなっていいから。心に支えていた物全部、吐き出しなさい』
「……いいの?」
『勿論』
イザヨイさんが頷いてくれたから、私はつい……大泣きしてしまった。
ディックの事が心配で、ずっと自分を追い詰めていたから、鬱屈した思いを山ほど抱えていた。でも、そんな弱音を全部話して、泣きはらす内に、胸が軽くなっていく。
やがて泣き止む頃には、私の中にあった不安は全部なくなっていた。
「……来てくれてありがとう、お義母さん」
『娘と息子のピンチなんだから、助けに来るのは当然さ。必ず乗り越えなさい、あんた達ならできる。私は、信じているからね』
イザヨイさんは最後にもう一度、私を抱きしめてから、冥界へ戻ってしまった。
ほんの短い邂逅だったのに、私の中に大きなお土産を残してくれた。お義母さんの存在感、半端ないわね。
「でも、力がわいてきた」
見ていてください、イザヨイさん。私、必ずディックを見つけてみせます。
そして、貴方に絶対見せます。私とディックの晴れ姿を。そのためにもこの困難、必ず乗り越えます!
でも私と違ってとても素敵で、優しい人。私に大切な宝物を譲ってくれた、器の大きい女性だ。
前にドレカー先輩が呼び出した時以来の再会に嬉しくなる。でも、イザヨイさんとシルフィになんの関係があるっていうの?
というか、本当にイザヨイさんなの? 得意の幻術で生み出した幻じゃないでしょうね? ……確認してみよう。
「あの、イザヨイさん。貴方の息子様の好物は?」
『グラタンだろう? せがまれて良く作ってあげたよ。そのせいか、あの子も何かがあるとグラタンを作る事が多い。そうだろう? 疑わなくても、私は本物のイザヨイだよ』
本当だ、イザヨイさんだ。本当にシルフィが冥界から連れてきたんだ。
『色々言いたい事があるだろうけど、今はそんな野暮はなしにしようか。また会えて嬉しいよシラヌイ!』
イザヨイさんが私を抱きしめてくる。前と同じ霊体だからすり抜けてしまうけど、優しく私を包み込んでくれる。
「会えて嬉しいです、とっても……けど、なんで? シルフィ、どういう事なの? 歴史の観測者である貴方が、どうしてイザヨイさんと?」
『落ち着け。本来なら秘匿事項で話せないのだが……はぁ。いいか、今から言う事は独り言だ。質問は受け付けんぞ』
シルフィは咳払いした。
『我々歴史の観測者の役割は、死者の調整。歴史が大きく動いた際に生まれる犠牲の数を観測するのが仕事なのだ。シラヌイ、貴様は輪廻転生を信じるか?』
「独り言なのに質問していいの? ……まぁいいか。一応は、信じてるけど」
『ならばそのまま信じ続けろ。輪廻転生は実際に存在するシステムだからな』
「そうなの?」
『冥界とは、死者の魂を一時的にとどめておく倉庫のような場所だ。死んだ時期に準じて魂を取り出し、現世に新しい命として送り出す。それが輪廻転生の仕組みなのだよ。だがな、生命の営みがある以上、歴史には必ず大きなうねりが発生する。それこそ、多くの命が失われるようなうねりがな。そのまま放置すれば、冥界の許容量を超えて魂が送られてしまい、輪廻転生のシステムが壊れかねない事態になってしまう。そこで動くのが、私達歴史の観測者たる幻魔だ』
「歴史に介入して、調整するって前に言ってたわよね……それって、犠牲者を減らすために手を貸すの?」
『時と場合による。状況によっては、多くの犠牲者をあえて出し、帳尻合わせを行う事もあるのでな。貴様の場合は、犠牲を減らすために介入している。放置すれば、システムに障害が起こるほどの死者が出かねないのでな。犠牲者を調整し、歴史のうねりが収まるのを確認するのが私の仕事。それが歴史の観測者の正体よ』
……話の規模が大きすぎてクラクラするけど、世界樹の巫女から聞いたシルフィの行動を鑑みると、納得できる。
時に独裁者を先導して大きな被害を出したり、時に犠牲を出さないよう戦争を終わらせるために動く。まさしく死者を調整する役目を持った存在だわ。
「我々って事は、あんた以外にも幻魔がいるの?」
『左様。というよりシルフィとは個の名ではなく、種族名と言った方が正しい。輪廻転生というシステムが作り出した免疫のような物なのでな。よって私は幻魔シルフィという種族の一個体にすぎんのだ』
「……うん、どうにか理解できた。でも、そんな存在がどうして、イザヨイさんと知合いになっているの?」
『うむ……実は今回私が貴様と接触したのは、そこのイザヨイに頼まれたからでなぁ……』
『あはは、ここからは私が話した方がいいかな』
イザヨイさんは頬を掻いた。
『シラヌイ達と会ってから、二週間くらいした頃かな。シルフィが出てきたのは。現世で歴史が大きく動く気配があったみたいで、沢山のシルフィが生み出されたんだよ。それで、あんた達が心配になっちゃってさ……それでそこのシルフィに頼んでみたんだよ、シラヌイって淫魔に力をかしてくれないかいって』
「イザヨイさんが、シルフィに? って、私? ディックじゃなくて、私?」
『そうさ。だってディックより、あんたの方が心配だったから』
イザヨイさんは困ったように微笑んだ。
『あんたは強そうに見せてるけど、実は凄く繊細で、とても脆い心を持った子だよ。だから凄く心配だったんだ、もし心が潰れるような目にあったら、立ち上がれなくなってしまうんじゃないかって。でも私はこの通り、もう死んでいるから傍に居られないし、守れない』
「だから、シルフィに私を守るように……でも、母親ならディックを優先すべきじゃ」
『あの子は大丈夫さ、私が育てたんだから。例え危険な目に遭っても、ディックなら絶対乗り越えるって信じているからね』
迷いを微塵も感じない答えだ、離れていても、ディックとの硬い絆を感じる……やっぱりすごい人だな、この人は。
『全く、この女のしつこさと言ったらなかったぞ? いくら断っても食い下がって、土下座してまで貴様を守れと頼み込んできたからな。だから条件付きで請け負ってやったのさ、シラヌイとやらが歴史を変えるほどの器であったなら、依頼を受けてやろうとな。……実際その器だったから、とんだ貧乏くじを引いてしまったが……どうして私がこいつの仕事を代行せにゃならんのだ全く……!』
「あう、ごめんなさい……」
じゃあ私、今までイザヨイさんに支えて貰ってたんだ。死んでもなお誰かのために動けるなんて、やっぱりすごい人だわ。
「……けど待って? さっきからの話からして……え? もうじき、人が沢山死ぬような事が起こるってわけ?」
『ようやく気付いたようだな、その通りだ。あいにく、どのような出来事が起こるかはわからん。輪廻転生のシステムが観測できるのは運命の揺らぎのみ、そこから先は私も予想できなくてな。だが、貴様がカギとなっているのは確かだ。現に今、貴様は歴史の渦中に居る。貴様の働き如何で、大きな転換を迎えるのは間違いない』
「私が、カギ……」
『その大事を乗り越えるには、シラヌイとディック、貴様ら二人が必要だ。だからディックは私としても、絶対に取り戻さねばならぬ男なのだよ。でなければ腑抜けた貴様に協力などするものかちゃんと仕事しろこのアホンダラ(激怒)』
あれ、なんだろ? 最後の方は本気で私に怒っているような気がするんですけど?
『その様子だと、のっぴきならない状況になってるみたいだね。シルフィに頼んどいてよかったよ』
『もしシラヌイが危なくなったら、自分を呼んでくれか。全く私を小間使いのように扱いおって、本来は違反行為なのだぞ? 死者が現世へ戻るなど……』
『でもきちんと約束を守ってくれているじゃないか』
『私が良いと判断した時だけだがな! 全く、押しが強すぎてやりづらい女だ!』
イザヨイさんに振り回されてぷりぷり怒ってる。案外、押されると弱いのかも。
……でもありがと、シルフィ。あなたが支えてくれたから、凄く助かったわ……。
『んで、ディックはどこだい? さっきから姿が見えないんだけども』
「……実は……」
私はイザヨイさんに、ディックの身に起こった事件を話した。
人形の魔女、アプサラス。その顛末を聞いたイザヨイさんは、眉間に皴を寄せた。
『人形の魔女に勇者ごと誘拐されたか。これはまた、大変な事件に巻き込まれたもんだよ。呼び出してもらって悪いけど、役に立てそうにないかもしれないなぁ』
『貴様いい加減にしろよ?』
シルフィが凄く怒ってる。当たり前っちゃ当たり前か……。
「今は、ディックを探す新しい魔法を作っているんです。でも、あと一歩のところで躓いていて……」
魔法の原理を話してみるけど、イザヨイさんは首を傾げている。説明を上手く呑み込めていないみたいだ。
『ごめんよ、私は魔法に関しちゃ門外漢でねぇ。説明されてもいまいち理解できないんだ。けど、起動条件だっけ? そいつの調整はそんなに難しいのかい?』
「ええ。この呪術というのは、仕組みとしては買い物のような物なんです。術者はお金として代償を払い、結果という品物を手に入れる。でもそのお金に当たる起動条件が難しくて……元々が短時間で切り離した体の一部っていう厳しい物ですから、それ以上の物となると」
『ふーん……それってさ、似たような物じゃないとだめなの?』
「え? ええ、求めている結果が、「遠くに離れた人と繋がる」ですから。本来短距離でしか効果を得られない魔法ですから、その結果を得るには、代償を厳しくしないといけなくて。そうなると、ディックから数分以内に髪の毛とか取らないといけなくて、でもそれは不可能で……」
『必ずディックの体の一部じゃなきゃダメなの? それ以外の奴でもいいんじゃない?』
「えっ? それ以外の物、って?」
『私の故郷の武術は、「心技体」の三つが基本なんだ。その中でも、「心」が一番大事な要素なんだよ。「自分はこうしたいんだ」って思いがあるから、技を磨けて、体も強く出来るからね。でも「技」「体」を強くするには、その想いを維持し続けなきゃいけない。その難しさは、あんたもわかるだろう?』
「はい、私も四天王になるまで、何度も挫折しましたから」
『ねっ。「心」ってのは、そんだけ保つのが難しい物なんだ。だったらさ、代償に丁度いいんじゃないかい? 互いの「会いたい」って想いを起動条件にするんだ』
「こ、心を、代償に?」
そんなの、考えた事もなかった。でもそれだと……。
「私だけじゃなくて、ディックの想いも必要になりますけど。私と彼の想いが一致していないと……」
『なら大丈夫さ。あの子だって絶対思っているはずだよ、「シラヌイに会いたい」って。あんたら二人の想いは、そんな安っぽいもんじゃないだろう?』
「あっ……!」
私がこれだけディックを求めているのなら、あいつだって私を求めている。絶対そうに決まってる。
『それに、あの子と会いたがっている人は、他にもいっぱい居るんだろう? その人達の力も借りるんだ。なんでも一人で解決するんじゃない、困った時には誰かを頼っていいんだ。シラヌイは一人じゃない、皆が、ディックが……何より私が、ちゃんと傍に居る。一緒にあの子を、見つけよう。ねっ?』
イザヨイさんに頭を撫でられる。すり抜けているのに、優しい温かさが伝わってくる。
本当にこの人、優しすぎるし、強すぎるよ。声をかけられるだけで、なんでもできるような、そんな気にさせてくれる。
『意気込むのはいいが、そろそろ時間だぞ。あまり死者を長居させるわけにはいかんのでな』
『ちぇっ、折角いい所だったのに』
「せめて、ディックが戻ってくるまで……いいでしょ?」
『お前らな、同じ顔で迫ってくるんじゃない。ルールはルールだ、これ以上は私の立場も危うくなってしまうからな』
『むぅ、それならしょうがないか……でも、またいずれ呼んでくれるんだろう? そう約束したんだから』
『私の判断でな。貴様から出てくるのは許さんぞ』
『はいはい……堅苦しいなぁもう』
イザヨイさんはしぶしぶ立ち上がると、「そうだ」と手を叩いた。
『今度会う時まで、三つ約束してくれるかい? まず一つ、私の事は、「義母さん」と呼びな。敬語も禁止』
「え、え?」
『息子の彼女なら私の娘も同然さ。他人行儀な娘がどこにいるってんだい?』
「いや、あの……えっと……うん、義母……さん……」
うわ、気恥ずかしくなるわねこれ……まだ私同棲始めたばっかりなのにこんな、家族みたいじゃない……!
『二つ目、結婚式には必ず呼んで頂戴。絶対守って頂戴』
「けっ!? いやいやいたそれはまだその速いと言うかなんと言うかぱぴぷぺぽ……」
『おいイザヨイ、調子に乗るなよ。来ていいか判断するのは私なのだぞ?』
『だって息子と義娘の晴れ着姿を見たいんだよ! そんなケチな事言わないでおくれよぉ』
「あはは……うん、絶対呼ぶから。そのためにもディックを取り戻すから」
『楽しみにしてるよ。それから、三つ目』
言うなり、イザヨイさんは私を抱きしめた。
『自分を信じて、優しくしてあげなさい。……今まで、怖かったんだろう? ディックが居なくて悲しくて、胸が痛かったんだろう? その中で仕事も捜索も頑張って、大したものだよ。だから、自分を傷つけちゃダメだよ。あんたが倒れたら、私もディックも悲しくなる。どうか自分を大事にしてあげて』
イザヨイさんの声が胸に響いてくる。無理する私を心配して、慰めてくる。
とても暖かくて、心地良くて……久しぶりの安堵感に、思わず涙が溢れた。
『泣いていいよ。ここには私しかいないから、存分に弱くなっていいから。心に支えていた物全部、吐き出しなさい』
「……いいの?」
『勿論』
イザヨイさんが頷いてくれたから、私はつい……大泣きしてしまった。
ディックの事が心配で、ずっと自分を追い詰めていたから、鬱屈した思いを山ほど抱えていた。でも、そんな弱音を全部話して、泣きはらす内に、胸が軽くなっていく。
やがて泣き止む頃には、私の中にあった不安は全部なくなっていた。
「……来てくれてありがとう、お義母さん」
『娘と息子のピンチなんだから、助けに来るのは当然さ。必ず乗り越えなさい、あんた達ならできる。私は、信じているからね』
イザヨイさんは最後にもう一度、私を抱きしめてから、冥界へ戻ってしまった。
ほんの短い邂逅だったのに、私の中に大きなお土産を残してくれた。お義母さんの存在感、半端ないわね。
「でも、力がわいてきた」
見ていてください、イザヨイさん。私、必ずディックを見つけてみせます。
そして、貴方に絶対見せます。私とディックの晴れ姿を。そのためにもこの困難、必ず乗り越えます!
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(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
追放シーフの成り上がり
白銀六花
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王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。
前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。
これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。
ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。
ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに……
「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。
ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。
新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。
理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。
そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。
ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。
それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。
自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。
そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」?
戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。
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