ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。

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119話 軋轢が無ければ最高の二人なのに……

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 私は人形 色欲の人形

 毎日夢見る 愛する人と 肌を重ねる幸福を

 だけど私を 愛してくれる 人はいない

 なぜなら私は 愛する事を 知らないから

 誰からも 愛された記憶が ない私 誰かを愛する なんて 無理

 だからお願い 誰か私を 愛してください

 私だけを見て 心から愛して 抱いてください 女の幸せを 私にください

 私は人形 色欲の人形

 誰からも愛されず 女の幸せを 願う人形

  ◇◇◇

 魔女の要求は日に日にエスカレートし、僕とフェイスは辟易していた。
 今日の要求は、彼女を相手にダンスをしろというものだった。早朝から、日が落ちるまでの半日以上を、休みなく……。

 当然、事あるごとにヒステリックを起こし、何度も殺されそうになった。その度に心まで削られ、疲労困憊だ。
 独房に戻るなり、全身がビキビキ傷みだす。魔女の不規則なダンスに翻弄され続け、体が悲鳴を上げていた。

「くそが、足が痛ぇぜ。靴擦れになったらどうすんだあんの木偶人形」
「腰もメリメリ言ってるよ……あんな力任せに振り回されたらたまったもんじゃないや」

 僕とフェイスは座り込み、軋む体に顔をしかめた。
 昨日は魔女の体を磨かくよう命じられ、一昨日は魔女の部屋の掃除を丸一日やらされた。連日の無茶な要求をやらされて体が重い……。
 加えて、水や食事を与えられないから体力の消耗も激しい。水魔法でぎりぎり命を繋いでいる状況だ。

「そろそろ動かないとまずいな……今から、やるか?」
「おう。人形どもの巡回ルートも、充分把握できたはずだしよ」

 僕らは隠していたメモ書き……服を破って作ったノートを取り出した。筆記具は血だ。指でなぞって、地図とメモを書いていた。
 僕とフェイスは気配察知で、それぞれ分担して監獄内の監視ルートを探っていた。

 魔女の監獄には多数の監視人形が放たれている。脱獄するにしても、探索するにしても、そいつらの配置や巡回ルートを把握しないとすぐに見つかって計画がダメになる。
 それに、魔女の動きも見ておかないと。もし夜魔女が監獄を徘徊していたら、今の僕達では殺されてしまう。

「ただまぁ、不幸中の幸いと言うか」
「用事が無けりゃ、あの木偶人形は部屋から動かねぇみてぇだな」

 魔女は一日中、私室で七つの感情を暴発させながら過ごしている。部屋から出た事は、今の所一度もない。

「監視人形も交代させていないし、管理体制は相当ずさんだよな」
「けっ、どんだけ自分の世界に引きこもってんだかな」

 僕らは壊れた監視人形を見やる。魔女にタコ殴りにされてからも、僕らを見張る人形は交換されていない。
 これなら、幻術を掛けた人形が交換されることもないだろう。

「よし、じゃあ探索を始めよう。今日の目的は」
「東側へ渡る道を探りつつ、食料を手に入れる。だろう?」

 まずは体力を回復させる手段を見つけないと。脱獄にどれだけの時間がかかるか分からない以上、この先も食事なしでは、いずれ体力が底をついてしまう。
 厨房は魔女の部屋の近くだし、なにより殆どが食べられる物じゃない。せめて一食だけでいい、食事ができる場所を確保しなければ。

 早速針金を使い、開錠する。ソユーズ、君の教えてくれた技術、役に立ったよ。
 次はフェイスを解放する……んだけど、身構えとかないと。同性愛に目覚めたこいつの事だ、出した瞬間変な事しかねないからな。
 という事で開錠したら、すぐに殴れる体勢を作った。

「ふぃ~……ったく、狭苦しい檻だぜマジで」

 ……ってあれ? なんもしてこない?

「あ? 何俺を殴ろうとしてんだ? ……なんてな、いくら俺でも空気くらい読むっての。夜に騒ぐほど馬鹿じゃねぇよ」
「……あ、そ」
「なんだ? 期待してくれたのかぁ? お前も結構好きねぇ。過ごしちゃう? このまま俺と熱い夜でも過ごしちゃう? 俺はいつでもウェルカムだぜぇ?(笑)」

 ……殴りたい、その笑顔……!(怒)

 って事でフェイスを一発殴った後、監獄内の探索へ向かう事にした。
 道中には下調べ通り、監視人形が無数に配置されている。出来れば全部幻術に掛けたいところだけど、それはフェイスとの相談でしない事にした。

 いくら魔女が他の事に関心がないと言っても、幻術にかかった人形が増えれば、僕達の行動に気付くだろう。
 だからどうしても監視の目から逃げられない時のみの使用に留め、可能な限り隠密行動で進む事にしたんだ。

「僕が先に行く、後ろは任せた」
「へっ、見せてもらうぜ。元殺し屋のステルス術をな」

 ……母さんから教わった技術をそう言われるのは、複雑だな。自業自得だけどさ。
 息を殺して身を低くし、物陰や闇に紛れ進んでいく。動きを最小限に、だけど歩幅は広く、最短距離を一息に走る。

 監視人形の視線を見切り、僕らは素早く移動していく。道中にある鍵は僕が解除し、避けようのない人形はフェイスが幻術にかけ、着実に探索が進んでいた。
 言いたくないけど、こいつとの探索はとても楽だ。互いが出来ない事を補い合えるから、どんな困難が来ても乗り越えられる。そんな気がしてならない。

 いけないな、余計な事は考えるな。今は前に進む事だけを考えろ。

「風の流れが変わったな。ディック、次の通路を右に曲がれ」

 フェイスが何かを感じたらしい。言われた通りに進むと、壊れた格子戸に当たった。
 随分錆びた格子だ、鍵も強引にこじ開けられたように壊されている。岩壁に触れると、ほんのり湿っている。潮の香も近い。

「これ、外に繋がっているんじゃ?」
「監視人形もいるようだがな。注意して進むか」

 監視人形を潜り抜け、突き進む。すると、船着き場のような空間に突き当たった。
 結構広い空間だ。多分、囚人を乗せた船が行き来していたんだろう。……って事は、ここから出られるんじゃないか?
 風の流れる方向へ急ぐと、やがて僕達の前に、満月が浮かぶ夜空が飛び出した。
 外だ……! 僕とフェイスは思わず顔を見合わせた。

「って、喜んでいる場合じゃないな」
「らしいな、隠れるぞ」

 急いで岩陰に隠れると、程なくして監視人形が海から上がってきた。手にはたくさんの魚が握られている。
 成程、厨房の食糧はあいつらが取ってきているのか。

「あの通路は食料班が通る場所みたいだな、今後気を付けないと」
「にしても、あっさりと外に出れたなぁ。ちっ、エンディミオンがありゃあよぉ」
「そうか、変身すれば空を飛べる、けど……」
『無謀であろう。変身中は魔力を消耗する、大陸へつく前に、主が墜落するであろう』

 ハヌマーンが口をはさんでくる。確かに、変身できる時間は体感、十分程度が限界だ。大陸へ渡るにはあまりにも短すぎる。

「というか、この感じ」
「……周辺に結界を張ってやがるな。侵入者は勿論、脱獄者を感知する代物か。エンディミオンがあっても無駄だなこりゃ」

 魔女に見つかって、連れ戻される未来しか見えない。くそ、外に出ても全然自由じゃないや。
 肩を落とす僕の横で、フェイスが思い切り石を投げた。結界を通り過ぎ、沖合で落ちる。
 すぐに魔女の動向を探ってみるけど、動きはない。成程、人じゃなければ感知しないわけだな。あくまで警戒しているのは、命あるものだけか。

「相変わらずのガバ警戒だぜ。しっかしあの魔女、なんだってこんな雑な力の使い方してんだ?」
「そうだな……力に反して知識が伴っていないような、持て余している気がするよ」

 力に振り回されている、そんな感じだ。狂人じみた言動に惑わされるけど、魔女の思考はとても幼稚で、ちぐはぐな印象を受けた。
 まるで……子供。そう、力を持ってしまった子供。そんな感じがした。

「ま、都合がいいっちゃいいがな。俺の分析通り、慢心している隙を突きゃあ、探索自体はどうにかなりそうだぜ」
「ああ。こうして外に出れた事だし、次にやる事は……」

 僕らの腹が、急に鳴き出した。

『……腹ごしらえ、だな』

 外に出るルートが分かれば、魚を獲る事が出来る。その前に、道具を用意しなくちゃいけないけど。
 周囲を見渡し、使えそうなものがないか探してみる。そしたら、岩に蔓が絡みついているのが見えた。
 蔓をむしって、何本かをまとめてねじり合わせる。結構頑丈だな、強めに引っ張っても千切れない。

「こっちにゃエサがあったぜ、ほれ」

 フェイスが得意げに摘まみ上げたのは、フナムシだ。海岸付近の岩場で見かける気持ち悪い虫。

「お前、虫とか平気なんだな?」
「くくっ、ディアボロスに比べりゃむしろ可愛げがあるぜ」
「フナムシと龍王を比べるなよ。でもあとは、針さえあれば……!」
「だと思ったよ、ほれ」

 フェイスが取り出したのは、さびた針金だ。もしかして……。

「格子戸の、壊れた鍵か?」
「部品が足元に散らかってたから、ちょろまかした。これなら釣り針になるんじゃねぇか?」
「ああ、僕に任せてくれ」

 細かな作業は僕の方が得意だからね。
 早速針金を加工して、紐に取り付ける。フナムシを付ければ、釣り道具の完成だ。
 あとは、魚の居る場所を狙って投げ入れればいい。気配察知を使えば、出来るはずだ。
 魚の気配がする場所へ放り込み、しばし待つ。そしたら、大物が食いついた!

「逃がすなよ!」
「分かってる!」

 フェイスと二人で引っ張り上げると、立派なメバルがかかっていた。
 予想外の釣果に思わずハイタッチしてしまう。お腹が空いているからか、この成果は素直に嬉しかった。
 もう一度同じ要領で釣りをして、二匹目のメバルを釣り上げる。気配を探って分かったけど、この近く、魚が群生している。雑な釣り道具でも釣れるような入れ食いスポットだ。

「おい、早く食おうぜこれ!」
「食べるにしても、ここじゃ目立つよ。隠れて食べられる場所を探さないと」
「それなら俺が造ってやるよ」

 フェイスは土魔法を使い、岸壁に穴を掘った。上手く死角が出来て、これなら魚を焼くことが出来そうだ。
 魚を刺す串が無いから、ちょっと工夫しないとな。
 僕も土魔法で岩を盛り上げ、即席のかまどを作る。この中にメバルを入れて、外から火を当ててじんわりと熱を通していく。岩が紅くなって、かまどの中も熱くなってきた。

「これなら煙も立てずに焼けるな、蒸し焼きだね」
「へっへっへ、こいつは塩を振りかけりゃ最高だろうなぁ……そうだ」

 フェイスは手ごろな石に海水を掛けると、炎魔法で蒸発させて塩を作った。器用な奴だよ。
 メバルをひっくり返し、もう片面もきっちり焼いて、塩を振りかける。うん、ほんのり焦げ目がついていい感じだ。
 フェイスとメバルを分け合い、勢いよくかぶりつく……!

「う、これ……はぁ……!」
「くぅ……こいつぁ……!」
『美ん味ぁい!』

 お腹が空いていたのもあってか、簡単な焼き魚がとっても美味しくてたまらない。感想なんて頭から吹っ飛んでしまった。
 そんなこんなで、僕らは勢いよく魚を食べ終え、しばし余韻に浸ったのだった。
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