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109話 覚醒するディック

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<ワイル視点>

「全く、あちこち盛り上がってるみたいだぜ」

 まぁこっちもこっちで、勇者パーティの女性諸君と激しく戦っているんだけど。
 随分と鬼気迫る勢いで攻撃してきてやがるぜ。まるで、自分達には後が無い。そう言っているかのようだ。
 まぁ、持ってる小道具を利用していなしているがな。ワイヤーを使って動きを止めたり、トリモチで武器を駄目にしたりと。これが俺のやり方よ。

 しっかし、なぁんでそんな必死になってんだ? つーかどうして、あんな人間から良い所だけを削ぎ落して最後に残った生ゴミの集合体みたいな勇者を慕ってんだか、理解に苦しむぜ。

「なぁなぁ、教えてくれよ。どうしてお前さんらはフェイスに気に入られようとしてるんだ? そんだけ必死になる理由はなんだい?」
「怪盗なんかに話す事なんかない!」
「私達は、勇者様から離れるわけにはいかないんだから!」

 剣士が剣を振り回し、魔法使いが思い切り俺に雷を落としてくる。剣に関しちゃ避ければいいし、雷はラピスが木の根で弾き飛ばしてくれる。俺に攻撃を当てるなんざ甘い甘い。
 ……ここまで彼女達を見ていて感じた事は、自分の意志で勇者について来ている感じがしないってところだ。
 奴ではなく、裏で誰かが手を引いている。そんな気がしてならない。ちょっと質問を工夫してみるか。

「勇者の相手をしたらどんだけ報酬がもらえるんだい?」
「そんなの教える必要が……あ」

 女僧侶が口を滑らせたな、やっぱそう言う事か。
 こいつらは金でフェイスに付き従う連中だ。大方、フェイスが魔王討伐を途中でやめないよう、なだめすかす役として、人間軍が手を回した女なんだろう。
 どうりであいつのやる事なす事全部を褒め称え、ちやほやと増長させるわけだ。そうするよう、金で雇われてんだから。

『どんな大金を積まれたか分からないけど、そのために非人道的な行動を平気でしちゃうなんて……』
「恐いねぇ、水商売のキャストの方がまだ分別あるぜ」
「黙れ! 貴様なんかに愚弄される筋合いなどないわ!」
「私達の報酬は、勇者が魔王を討伐して初めて支払われるの。それまでパーティに居る事が支払いの条件」
「だから途中で見放されたら、びた一文ももらえない。これまでの苦労がすべて台無しになるのよ!」
『うへぇ、お金をもらう条件がちょっとえぐすぎるような気が……』
「いやぁ、ブラックだねぇその条件。なんなら勇者から手を引いてエルフ軍につけば? 人間側の情報流したらきちんとした金払うよう交渉してやるぜ? 俺元世界樹の巫子だしさ」

 途端、女どもの手が止まった。金で繋がるような奴らなんざ、目先に美味しい話をぶら下げればイチコロよ。これで美女は無力化できたはずだぜ。
 ……逆に言えば、その程度で裏切られるほど人望が無いって事でもあるんだがな。勇者って肩書に反して、寂しすぎる人間だぜ、フェイスって奴は。

「……それも、悪くないかもしれないな。どうせ近いうちに、見放されるような気がするし……」
「最近のフェイスは、おかしいもの……なにかとディックディックばかりで、ちょっと不気味だし……」
「昨日なんか、「ディックを殺して嫁にしてやろうかな」とか言ってて、限界近くなってたし……」

 ……は? ディックを嫁……あんだって?

「なぁ、それって額面通りに受け取っていいわけ?」
「……その通りに捉えたら、フェイスはディックを娶ろうとしていることになっちゃうけどね……」
『……どゆこと? あの勇者、ゲイなの?』
「だとしても殺して嫁にするってどういう意味だ? あいつ頭イカレてんじゃね?」
『なんか嫌な予感がするなぁ……ディックさん、大丈夫でしょうか……』
「……下手すりゃ殺して、カマ掘るつもりじゃねぇか、あの勇者……」

 ディック、死ぬなよ。死んだらシラヌイが悲しむどころじゃ済まない事になりそうだからな。

『それと、ラズリもね』

 ラピスが不安そうに呟く。世界樹の力を借りてもなお、戦況は思わしくなさそうだぜ。

  ◇◇◇

 刀とエンディミオンが鍔ぜりあう度、フェイスは大きく弾き飛ばされる。
 その隙を突こうと接近するけど、そしたら奴はディアボロスでの剣戟に切り替え、痛烈なカウンターを放ってきた。
 やっぱりハヌマーンをもってしても、あいつは簡単には倒せないな。

「ははは! やっぱてめぇとの斬りあいは楽しいなぁおい!」

 フェイスと双剣で切り結んだ後、僕はいったん距離を取った。
 奴はまだ覚醒の力を使おうとしない。まるで僕の力を測るかのように剣を交えている。

「オベリスクを大分使いこなしているようだな、その分なら魔法も自在に使えるようになったんじゃねぇか?」
「…………」
「おいおい、少しは会話を楽しめよ。折角の、二人きりの切りあいなんだからよ!」

 フェイスはやけに楽しそうに襲ってくる。前に戦った時も感じたけど、こいつは僕との斬りあいを心から楽しんでいるようだった。

「その魔導具も覚醒させたようだし、俺と対等の武器をそろえたし、いい具合に仕上がってるみたいだな。それでこそ倒しがいがある、お前と本気の勝負をして、初めて俺の勝利に価値が生まれる! 極上の獲物になってくれたな、ディック!」
「……フェイス、お前、変わったな」

 以前までのあいつなら、弱い奴をただ見下し、甚振る事しか考えていなかった。
 だけど今のフェイスは、僕を対等な相手と見据え、潰そうとして来ている。言いたくはないが、僕を勝手にライバルと思って戦いを挑んでいるようだ。

「一体、どんな心境の変化だ」
「別に。変わりねぇさ。ただ俺の春の吹き方が少し変わっただけの事だ。だけどこれだけじゃねぇ、お前に俺だけを見てもらえるよう、もっと俺だけに視線が向けられるよう、苦心して考えたんだぜ」

 ……なんだ? この怖気だつような熱い視線は……。
 フェイスの威圧感に後ずさりしてしまう。そしたら、頭上で激しい爆音が聞こえた。

『うぐううっ!』

 ラズリの苦しそうなうめき声が聞こえた。世界樹の力を身にまとっているにも関わらず……ディアボロスに圧倒されているんだ。

『ばっはっはぁ! さぁて、体も温まった所だ。ぼちぼち本気でやってやるぞぉ、世界樹の巫女よぉ!』

 ディアボロスのブレスがラズリを捉える。彼女は拳圧で受け止めようとするけど、龍王のブレスは易々と拳圧を破壊し、ラズリを焼き払った。
 世界樹の根で反撃しても、爪や牙で粉砕されて触れる事すらできない。エルフの国そのものの力をぶつけてもなお、龍王の皮膚にすら届かないのか。

「ラズリ……!」
「どうだ? あれが俺の手にしたディアボロスの力さ。どんな策を講じようが、あのトカゲの前には通用しやしないのさ」
「……早くお前を倒して、援護に行かないとな」
「行けるかねぇ、その前に死ぬぜあいつ。それにあいつよりも、気にしている女がいるんじゃないか?」

 奴はくつくつと笑うと、手を掲げた。

「邪魔な奴を摘み取っていかないとなぁ。お前が大事にしている連中を一人一人、お前の目の前で殺して、俺以外を見れないようにしないとなぁ」

 フェイスの手からスクリーンが浮かび上がり、四天王達の様子が映し出された。
 そこに映るのは、劣勢の四天王だった。
 リージョンはヲキシの激しい水責めをゲートで対処できず、全身に裂傷が出来ている。
 メイライトも大地そのものであるズシンを対処しきれず、逃げ惑うばかり。
 ソユーズはビュンの風に対抗できず、一方的に切り刻まれていた。
 そして、シラヌイは……。

『いやぁっ!?』

 カノンの炎にあぶられ、酷いやけどを負っていた。
 彼女のやられ方は四人の中でも一番ひどい。じわじわと嬲り殺しにするかのように、少しずつ痛めつけられている。

「シラヌイ!」
「くくっ、カノンには指示を出していてね。シラヌイだけは丁寧に、じっくりと焼き殺せと命じているんだ。ほら見てな、そろそろ腕か足が焼かれるぜ」

 フェイスが言った通り、とうとうシラヌイの左腕が焼かれてしまう。彼女の白い肌が、痛々しい赤黒い色へ変わってしまう。
 加えて、右足に斧がめり込む。骨が折れて、動けなくなってしまった。

「シラヌイ……シラヌイ!」
「おっとぉ、行かせはしないぜ」

 シラヌイを助けに行こうとする僕の前に、フェイスが立ちふさがる。
 邪魔だ、お前の相手をしている場合じゃない。シラヌイを助けに行かないと!

「どけ!」
「やだね。シラヌイは特に丁寧に、しっかりと殺してやるんだから』

 フェイスの姿が変わっていく。エンディミオンの覚醒の力を使い、天使を思わせる神々しい怪物となった。

『さぁ、俺が憎いだろ? ムカついて仕方ないだろ? シラヌイを助けに行きたけりゃ、俺を早く倒してみろよ。まぁその前にあいつが死ぬのが先だろうがなぁ!』
「……フェイス!」

 お前の相手をしている場合じゃない! シラヌイは、シラヌイだけは、何としても助けるんだ!

『主よ。落ち着け、主よ』

 その時だった。ハヌマーンが僕に語り掛けたのは。

『心を乱されるな。今、無理を冒して奴を倒す必要はない、我が覚醒せし力を使えば、ここからでもシラヌイは助けられる。思い出すがよい、我がもう一つの力を』
「……ハヌマーン?」
『そして思い出せ、汝が信じる力を。奪われたくなければ、望め、我が力を。汝が紡いだ絆、今こそ真価を発揮するときだ』

 ……ハヌマーンは絆の魔導具。アンチ魔導具の力に目を奪われがちだけど、もう一つ、心を繋ぐ力がある。
 覚醒した今、繋ぐ力が強化されていたとしたら……そうか。

「ハヌマーン……お前に僕の身をゆだねる。絶対救い出すぞ……僕の大切な人達を!」
『承知』

 やるぞ相棒、シラヌイ達を守る為に。
 お前の持つ、心を繋げる力。僕にどうか、貸してくれ!
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