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96話 フェイス、愛の力に目覚める。
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「ふむふむ、あんたの話を分かりやすく言えば、家出しちゃったわけか」
イザヨイは、当時の俺の話を真剣に聞いてくれていた。
本当に不思議な女だったよ。どこの貴族の子供とも知れない俺の話にしっかり耳を傾けて、しきりに相槌を打っている。
ちなみにディックは皿洗いをしていた。当時から母親の家事を手伝っていたようだ。あいつらしいな。
「貴族ってのも大変だねぇ、毎日勉強に剣術稽古か。そんなの嫌になって当然だろうさ、家出の一つもしたくなるさね」
「あの……追い返したり、しないんですか? 僕がここに来ているって知られたら、実家から勘違いされて、酷い仕打ちを受けるかも……」
「心配してくれるのかい? ふふ、優しい子だね」
イザヨイは柔らかく笑うと、俺を撫でてきた。
暖かな手にびくりとした。こんな風に頭を撫でて貰うなんて、初めてで……その時は嬉しかったな。
「そうなったらそうなったで、どうにかするさ。今大切なのは、目の前で泣いている子供がいる。その子に優しくするのが大事なんだ」
「母さん、お皿洗い終わったよ!」
「おや、ありがとねディック。ほんとにあんたは良い子だよぉ」
イザヨイは飛びついてきたディックをしっかり抱きしめ、膝にのせた。
ディックを可愛がるイザヨイの顔は慈愛に満ちていて、これもまた鮮烈だった。俺がどれだけねだっても貰えなかった物を、ディックはねだらずとも貰えていたんだ。
「どうして、抱きしめて貰えるの?」
「? どうしてって、どうして?」
「えと……ただ皿洗っただけなのに、なんでお母さんから、抱きしめて貰えるの?」
我ながら変な質問だよな、ディックの奴はきょとんとしていたよ。
したら、イザヨイは察したように俺に手を差し伸べた。
「ほらおいで。口で言うより、された方が分かるよ」
「え? あっ……」
イザヨイに腕を引かれ、俺は初めて人に抱きしめられた。
とても優しくて、安心できた。イザヨイを見上げれば、あいつはディックに向けるのと同じ、柔らかい笑顔を向けていた。
「どうだい? 抱きしめられると、嬉しい気持ちになるだろ? ディックが手伝ってくれて私は嬉しかった、その気持ちをディックにも分けてあげたんだ」
「……お金とか、出てこないのに?」
「ははっ! 誰かに優しくするのに、見返りは必要ないのさ」
イザヨイはそう言って、俺とディックを強く抱きしめてくれた。
底抜けに明るくて、お人好しで、慈愛に満ちた女だったよ。俺なんかを抱きしめて、深い愛情を向けて……言うのは気分悪いが、当時の俺にしちゃ、女神みたいな奴だった。
「ところでクレス、手に肉刺を作っているけど、あんたも剣術をやっているのかい?」
「はい、少しだけ」
「ならさ、ディックと手合わせしてくれないかな? この子の相手になれる子が最近居なくてね、その肉刺の具合からして、結構な腕前なんじゃないか?」
「僕もやってみたいな。クレス君、一緒にやろ」
ディックは木刀を持って、俺を誘ってきた。
断るのもなんだし、遊び半分に付きあってみたよ。したら、意外とあいつは強かった。
イザヨイの教え方もよかったんだろうな、あんなチビのくせに、抜刀術を使いこなしていやがった。
勝負がつかない時間が、結構続いたな。ただ、悪くない時間だった。
俺とやりあうディックは、ずっと笑っていたんだ。俺と剣を打ち合う時間が楽しくて仕方ねぇって感じで、まるで遊んでいるような感覚だった。
それにつられて、俺もついつい、笑っていた。
後にも先にも、同年代と遊んだ唯一の瞬間だ。時折イザヨイも出てきて、俺の剣術の悪い所を教えてくれて、それを直すと自分の事のように喜んで……また俺の頭を撫でてくれたんだ。
誰かに自分の力が認められるのが、嬉しくてたまらなかった。自分と一緒に遊んでくれる……友達の存在が嬉しくて仕方なかった。
イザヨイはおやつにパウンドケーキまで焼いてくれて、丁寧に紅茶まで淹れてくれた。イザヨイは俺を我が子のように接してくれたし、ディックも友達のように俺に接してくれた。
それで俺は初めて感じたよ、「ああ、僕は今、愛されているんだな」とな。
……ディックは俺に、「誰からも愛されたことはない」と言っていた。ああ、そいつは間違ってはないさ。だがなディック……たった一度だけ、ごく短い時間だが、俺は愛された事があったんだよ。
それが、この記憶だ。皮肉だろ? 誰も愛された事がないと断言したお前とその母親が、俺を愛してくれたんだぞ。
「っと、そろそろ夕方だねぇ」
イザヨイがつぶやいて、俺ははっとした。日が傾くほど、俺はこの家族に夢中になっていたんだ。
俺が抜けだしてから随分経っている。これ以上ここに居たら、二人に迷惑がかかると思ってな。
「僕、もう帰ります。今日は、ありがとうございました」
「ん、家の人も心配してるだろうし、急いだ方がいいね。送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です」
イザヨイに迷惑かけたくなかったからな。んでもって帰り際、ディックは俺と握手して、こう残してくれたのさ。
「楽しかったよ、クレス君。また遊ぼうね! だって僕達、友達だもの!」
「……うん!」
信じられるか? あいつはこの俺に友達なんて言ったんだぞ? 剣振り回して殺し合いしている相手を、友達だと言ってくれたんだぞ?
「家の人はちゃんとあんたを愛しているはずさ。だから胸張って、自信を持ちなさい。辛い事があったら、いつでも私達の所においで。また一緒に美味い物食べて、元気になろうじゃないか」
「は、はい! ……あの、その……」
言い淀む俺にイザヨイは察したのか、抱きしめてくれた。多分、というか間違いないだろうな。この時の俺は子供ながら、イザヨイに惚れていたと思う。
空虚な毎日に急に舞い降りた、希望に満ちた時間だったよ。今度はいつ二人に会おうか、俺は期待しながら帰っていた。
そのせいで気づかなかったんだろう、王都が異常に静かだって事に。
だってよ、次期勇者が失踪したら、当然捜索願とか出るはずだろ? なのに兵が一人も動いていなかった。俺も馬鹿だぜ、この時点で、歯車が壊れ始めてたのに気づかなかったとはな。
俺は恐る恐る、屋敷に帰っていた。そしたら門番は俺を見るなり、
「ああ、帰られたのですね」
その一言だけで、俺を屋敷に通した。怒りもせず、咎めもせず。
変だと思いつつ自室に戻ると、家庭教師のババァが入ってきた。んでもって俺の前に、大量の課題を出した。
「午前中の課題をしていなかったので、その分を取り返しましょう。それが終わったら剣術指南がありますので」
まるで変わりのない、淡々とした口調だった。あまりにも冷たい対応に俺はぞっとしたね。
普通なら心配したり、怒ったりするだろ? なのに屋敷の連中は俺に、なんの感情も向けなかった。まるで道具か何かに接するように、無機質な態度を取り続けていたんだ。
恐くて仕方なくて、俺は執事を呼びつけ、聞いてみた。俺が家出したのは知っていたのかと。そしたら執事は、
「ええ、存じ上げていました。ですが私達の関与すべき事ではありません」
「ど、どうして?」
「あなたが居なくなっても代わりは作れますので。また奥様が子供をお産みになればよい事。勇者になれない出来損ないなら必要はない。それが旦那様のお言葉です」
「…………!」
執事の一言を受け、俺は心がひび割れた音を聞いた。
あまりのショックで、倒れこみ、気を失った。俺はこの世で誰からも必要とされていない。この屋敷には、誰も味方はいない。子供の心を砕くには、充分な要素だ。
翌日、目を覚ました俺はイザヨイとディックの所へ行こうとした。だけど、窓から奴らの家を見て、俺は目を疑った。
二人の家に火が放たれていたんだ。急いで駆け付けたが、家はもぬけの殻。後から聞いた話じゃ、俺を誘拐した容疑で兵に追われ、二人とも王都から追い出されたって話だ。
犯人は明らかに執事だ。すぐに問い詰めたら、奴はこう答えた。
「勇者に情など必要ありません、あの二人は貴方が強くなる妨げになる。ならば排除するのは当然です。貴方はただ聖剣を使える人間になればいいのです」
「そんな……!」
「それと、一言。あの二人が逃げ際に残した言葉です」
「……なんて?」
「お前となんか、出会わなければよかった。以上です」
この瞬間、俺の心は完璧に砕けた。
あんなに優しくしてくれたのに、俺に沢山の愛情を向けてくれたのに、全部嘘だったのか? 俺は二人を信じたのに、たった一晩で、裏切ったのか?
希望を知った分、裏切りの衝撃は相当な物だった。そして痛感した。愛情なんて物は、薄っぺらで、この世で一番弱い物だと。
どれだけ人に優しくして、愛情を注いだところで……力のある奴に、簡単に壊されてしまうのだから。
信じられる物がなくなり、俺は茫然と自室に戻った。胸にぽっかりと、埋めようのないでかい穴、虚無感を抱きながら。
でもって、いつものように、家庭教師のババァが来て、課題を出して、いつも通りの言葉を言って……。
「……うるさい」
俺はその口を、殴って黙らせた。
「……もうそんな物はやりたくない、やる必要はない。そんな物をしなくても……俺は、誰よりも強い力を持っているんだ」
その日から俺は、屋敷を力で支配した。
俺に剣術指南や課題を強制してくる連中を叩きのめし、食事の同伴を拒否したメイドを暴行し、自分の思うようにさせた。
そしたらどうだ? 力を見せた途端、全部が思い通りになり始めた。誰もがひれ伏し、俺の我儘に従い、やっと俺は望んでいた物を手にしたんだ。
愛情なんて物を信じたって、結局壊されるだけだ。この世は全部、力が正義だ。力がある奴こそが、望む物を手にできるんだ。
『そう、力こそが全てだ。力が無ければ、望む物は収まらない』
このころから俺の頭に、こんな声が聞こえ始めた。
その声の主は、エンディミオンだ。あいつを引き抜いてから気づいた事だがな。
『さぁ、望むままに力を振るえ。貴様が抱いた虚無のまま、動くがいい』
「……ああ、いいぜ」
俺は胸に開いた穴を埋めるために、力を振りまいた。金、女、名声……ほしい物は何でも手に入ったが、どれだけ手に入れても、まるで虚無は晴れなかったよ。
そのうちに俺は、ある話を聞いた。イザヨイとディックが近郊都市で生活しているとな。
正直、顔を見たくもなかった。俺を裏切った連中に、会いたくなかったからな。
それでも、少しだけきになって、何ともなしに足を運んでみたらだ。イザヨイは結核にかかって、死にかけていた。
ディックは必死こいて働いて、薬代を稼いでいたようだが……冒険者稼業で結核の薬が買えるわけねぇだろうが。
俺を裏切った、無様な二人の姿を見て、途方もなく苛立った。特にディックだ、てめぇは力があるんだ。その力がありゃ、望む物が手に入るだろうが。
そう思い、俺は家の者を利用して、奴に殺し屋をさせるよう仕向けた。あいつに力が全てだと教えるために、暴力こそがこの世を支配する物だと教えるために。
俺にとって不都合な貴族や商人を狙わせ、イザヨイの薬を買わせた。多分俺は心のどこかで、イザヨイが治るのを期待していたのかもしれない。……初恋の女だったからな。
だが、結局イザヨイは死んだ。ディックが弱いせいで。
イザヨイの死を受け、俺はディックに憤った。どうしてイザヨイを守れなかった、お前なら守れただろうに! お前にはそれだけの力があるってのによ!
……へっ、今思えば俺は、あいつに歪んだ信頼を向けていたのかもな。
イザヨイの死後、腑抜けになっちまったあいつがムカついて、俺はあいつを叩きのめした。そして服従させたんだ。
もう一度、戻ってほしかった。ディックが、イザヨイが死ぬ前の、ギラギラした状態に。だから力づくで元に戻してやろうとした。けど結局できなくて、あいつを捨てる事にした。壊れた元友人なんか、必要ないからな。
だがあいつは魔王軍に入って、元に戻った。俺と最初に出会った、愛情に満ちていた頃のディックに……。
……なんだ? そう思うと、少しだけ喜ぶ俺がいた。
「……ああ、わかった。理解できたよ。どうして俺が、ディックに拘るのか」
俺にとってあいつは、最初の友達だ。イザヨイも俺を初めて愛してくれた女だ。
その女に愛されたディックは、俺にとって愛情の象徴と呼べる男……俺の、最も欲しい物だ。
俺はずっと、誰かに愛されたかった。愛情を独り占めにして、誰にも渡したくなかった。
だから俺は力ずくで手にしたかったんだ。だってほしい物は、力で手に入れるべきだものな。
俺にとって唯一愛を感じた、たった数時間のひと時。あれを永遠の物にするには、ディックが誰かの手に渡ってはダメなんだ。だってあいつが誰かの手に渡ったら、俺のあの輝かしい時間まで、奪われてしまうのだから。
だから俺は、あいつを殺さなくちゃならないんだ。
ディックを殺して、イザヨイの愛情を俺だけの物にすれば、俺が受けた愛情は永遠に俺の物になる。
はは、ははは……ははははは! そうか、そう言う事か! 俺がディックに向けていたのは憎悪なんかじゃなかったんだ!
「俺はお前を、愛していたようだぜ……ディック!」
お前は俺だけの男だ、誰にも渡さない、唯一の友達だ!
俺が最も欲してやまない友達なら、力ずくで奪わないとなぁ! 俺の愛した女がお前の中で生きているなら、力で手に入れないとなぁ!
ようやく見つけたよ、俺が戦う理由をよぉ!
はははははは! 嬉しいぜ、俺もお前と同じように、愛を知っていたようだ……それが正解か間違いか、そんなのはどうでもいい……。
俺が愛と言ったらそれが愛なのさ!
イザヨイは、当時の俺の話を真剣に聞いてくれていた。
本当に不思議な女だったよ。どこの貴族の子供とも知れない俺の話にしっかり耳を傾けて、しきりに相槌を打っている。
ちなみにディックは皿洗いをしていた。当時から母親の家事を手伝っていたようだ。あいつらしいな。
「貴族ってのも大変だねぇ、毎日勉強に剣術稽古か。そんなの嫌になって当然だろうさ、家出の一つもしたくなるさね」
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「ほらおいで。口で言うより、された方が分かるよ」
「え? あっ……」
イザヨイに腕を引かれ、俺は初めて人に抱きしめられた。
とても優しくて、安心できた。イザヨイを見上げれば、あいつはディックに向けるのと同じ、柔らかい笑顔を向けていた。
「どうだい? 抱きしめられると、嬉しい気持ちになるだろ? ディックが手伝ってくれて私は嬉しかった、その気持ちをディックにも分けてあげたんだ」
「……お金とか、出てこないのに?」
「ははっ! 誰かに優しくするのに、見返りは必要ないのさ」
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「はい、少しだけ」
「ならさ、ディックと手合わせしてくれないかな? この子の相手になれる子が最近居なくてね、その肉刺の具合からして、結構な腕前なんじゃないか?」
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勝負がつかない時間が、結構続いたな。ただ、悪くない時間だった。
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それにつられて、俺もついつい、笑っていた。
後にも先にも、同年代と遊んだ唯一の瞬間だ。時折イザヨイも出てきて、俺の剣術の悪い所を教えてくれて、それを直すと自分の事のように喜んで……また俺の頭を撫でてくれたんだ。
誰かに自分の力が認められるのが、嬉しくてたまらなかった。自分と一緒に遊んでくれる……友達の存在が嬉しくて仕方なかった。
イザヨイはおやつにパウンドケーキまで焼いてくれて、丁寧に紅茶まで淹れてくれた。イザヨイは俺を我が子のように接してくれたし、ディックも友達のように俺に接してくれた。
それで俺は初めて感じたよ、「ああ、僕は今、愛されているんだな」とな。
……ディックは俺に、「誰からも愛されたことはない」と言っていた。ああ、そいつは間違ってはないさ。だがなディック……たった一度だけ、ごく短い時間だが、俺は愛された事があったんだよ。
それが、この記憶だ。皮肉だろ? 誰も愛された事がないと断言したお前とその母親が、俺を愛してくれたんだぞ。
「っと、そろそろ夕方だねぇ」
イザヨイがつぶやいて、俺ははっとした。日が傾くほど、俺はこの家族に夢中になっていたんだ。
俺が抜けだしてから随分経っている。これ以上ここに居たら、二人に迷惑がかかると思ってな。
「僕、もう帰ります。今日は、ありがとうございました」
「ん、家の人も心配してるだろうし、急いだ方がいいね。送っていこうか?」
「いえ、大丈夫です」
イザヨイに迷惑かけたくなかったからな。んでもって帰り際、ディックは俺と握手して、こう残してくれたのさ。
「楽しかったよ、クレス君。また遊ぼうね! だって僕達、友達だもの!」
「……うん!」
信じられるか? あいつはこの俺に友達なんて言ったんだぞ? 剣振り回して殺し合いしている相手を、友達だと言ってくれたんだぞ?
「家の人はちゃんとあんたを愛しているはずさ。だから胸張って、自信を持ちなさい。辛い事があったら、いつでも私達の所においで。また一緒に美味い物食べて、元気になろうじゃないか」
「は、はい! ……あの、その……」
言い淀む俺にイザヨイは察したのか、抱きしめてくれた。多分、というか間違いないだろうな。この時の俺は子供ながら、イザヨイに惚れていたと思う。
空虚な毎日に急に舞い降りた、希望に満ちた時間だったよ。今度はいつ二人に会おうか、俺は期待しながら帰っていた。
そのせいで気づかなかったんだろう、王都が異常に静かだって事に。
だってよ、次期勇者が失踪したら、当然捜索願とか出るはずだろ? なのに兵が一人も動いていなかった。俺も馬鹿だぜ、この時点で、歯車が壊れ始めてたのに気づかなかったとはな。
俺は恐る恐る、屋敷に帰っていた。そしたら門番は俺を見るなり、
「ああ、帰られたのですね」
その一言だけで、俺を屋敷に通した。怒りもせず、咎めもせず。
変だと思いつつ自室に戻ると、家庭教師のババァが入ってきた。んでもって俺の前に、大量の課題を出した。
「午前中の課題をしていなかったので、その分を取り返しましょう。それが終わったら剣術指南がありますので」
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普通なら心配したり、怒ったりするだろ? なのに屋敷の連中は俺に、なんの感情も向けなかった。まるで道具か何かに接するように、無機質な態度を取り続けていたんだ。
恐くて仕方なくて、俺は執事を呼びつけ、聞いてみた。俺が家出したのは知っていたのかと。そしたら執事は、
「ええ、存じ上げていました。ですが私達の関与すべき事ではありません」
「ど、どうして?」
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「…………!」
執事の一言を受け、俺は心がひび割れた音を聞いた。
あまりのショックで、倒れこみ、気を失った。俺はこの世で誰からも必要とされていない。この屋敷には、誰も味方はいない。子供の心を砕くには、充分な要素だ。
翌日、目を覚ました俺はイザヨイとディックの所へ行こうとした。だけど、窓から奴らの家を見て、俺は目を疑った。
二人の家に火が放たれていたんだ。急いで駆け付けたが、家はもぬけの殻。後から聞いた話じゃ、俺を誘拐した容疑で兵に追われ、二人とも王都から追い出されたって話だ。
犯人は明らかに執事だ。すぐに問い詰めたら、奴はこう答えた。
「勇者に情など必要ありません、あの二人は貴方が強くなる妨げになる。ならば排除するのは当然です。貴方はただ聖剣を使える人間になればいいのです」
「そんな……!」
「それと、一言。あの二人が逃げ際に残した言葉です」
「……なんて?」
「お前となんか、出会わなければよかった。以上です」
この瞬間、俺の心は完璧に砕けた。
あんなに優しくしてくれたのに、俺に沢山の愛情を向けてくれたのに、全部嘘だったのか? 俺は二人を信じたのに、たった一晩で、裏切ったのか?
希望を知った分、裏切りの衝撃は相当な物だった。そして痛感した。愛情なんて物は、薄っぺらで、この世で一番弱い物だと。
どれだけ人に優しくして、愛情を注いだところで……力のある奴に、簡単に壊されてしまうのだから。
信じられる物がなくなり、俺は茫然と自室に戻った。胸にぽっかりと、埋めようのないでかい穴、虚無感を抱きながら。
でもって、いつものように、家庭教師のババァが来て、課題を出して、いつも通りの言葉を言って……。
「……うるさい」
俺はその口を、殴って黙らせた。
「……もうそんな物はやりたくない、やる必要はない。そんな物をしなくても……俺は、誰よりも強い力を持っているんだ」
その日から俺は、屋敷を力で支配した。
俺に剣術指南や課題を強制してくる連中を叩きのめし、食事の同伴を拒否したメイドを暴行し、自分の思うようにさせた。
そしたらどうだ? 力を見せた途端、全部が思い通りになり始めた。誰もがひれ伏し、俺の我儘に従い、やっと俺は望んでいた物を手にしたんだ。
愛情なんて物を信じたって、結局壊されるだけだ。この世は全部、力が正義だ。力がある奴こそが、望む物を手にできるんだ。
『そう、力こそが全てだ。力が無ければ、望む物は収まらない』
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そのうちに俺は、ある話を聞いた。イザヨイとディックが近郊都市で生活しているとな。
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それでも、少しだけきになって、何ともなしに足を運んでみたらだ。イザヨイは結核にかかって、死にかけていた。
ディックは必死こいて働いて、薬代を稼いでいたようだが……冒険者稼業で結核の薬が買えるわけねぇだろうが。
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俺にとって不都合な貴族や商人を狙わせ、イザヨイの薬を買わせた。多分俺は心のどこかで、イザヨイが治るのを期待していたのかもしれない。……初恋の女だったからな。
だが、結局イザヨイは死んだ。ディックが弱いせいで。
イザヨイの死を受け、俺はディックに憤った。どうしてイザヨイを守れなかった、お前なら守れただろうに! お前にはそれだけの力があるってのによ!
……へっ、今思えば俺は、あいつに歪んだ信頼を向けていたのかもな。
イザヨイの死後、腑抜けになっちまったあいつがムカついて、俺はあいつを叩きのめした。そして服従させたんだ。
もう一度、戻ってほしかった。ディックが、イザヨイが死ぬ前の、ギラギラした状態に。だから力づくで元に戻してやろうとした。けど結局できなくて、あいつを捨てる事にした。壊れた元友人なんか、必要ないからな。
だがあいつは魔王軍に入って、元に戻った。俺と最初に出会った、愛情に満ちていた頃のディックに……。
……なんだ? そう思うと、少しだけ喜ぶ俺がいた。
「……ああ、わかった。理解できたよ。どうして俺が、ディックに拘るのか」
俺にとってあいつは、最初の友達だ。イザヨイも俺を初めて愛してくれた女だ。
その女に愛されたディックは、俺にとって愛情の象徴と呼べる男……俺の、最も欲しい物だ。
俺はずっと、誰かに愛されたかった。愛情を独り占めにして、誰にも渡したくなかった。
だから俺は力ずくで手にしたかったんだ。だってほしい物は、力で手に入れるべきだものな。
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だから俺は、あいつを殺さなくちゃならないんだ。
ディックを殺して、イザヨイの愛情を俺だけの物にすれば、俺が受けた愛情は永遠に俺の物になる。
はは、ははは……ははははは! そうか、そう言う事か! 俺がディックに向けていたのは憎悪なんかじゃなかったんだ!
「俺はお前を、愛していたようだぜ……ディック!」
お前は俺だけの男だ、誰にも渡さない、唯一の友達だ!
俺が最も欲してやまない友達なら、力ずくで奪わないとなぁ! 俺の愛した女がお前の中で生きているなら、力で手に入れないとなぁ!
ようやく見つけたよ、俺が戦う理由をよぉ!
はははははは! 嬉しいぜ、俺もお前と同じように、愛を知っていたようだ……それが正解か間違いか、そんなのはどうでもいい……。
俺が愛と言ったらそれが愛なのさ!
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そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
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10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
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これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
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旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
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