ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。

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88話 フェイスの本気

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 何が起こったのか分からなかった。気づいたら体に深い傷が付いていて、意識が薄れていくところだった。
 フェイスが変異した瞬間までは覚えている。一体あいつは、何をしたんだ?

『しっかりしてディック!』

 ラピスの呼びかけにハッとし、僕は踏みとどまった。
 体を世界樹の枝に支えられている。傷口には葉が被さり、治療してくれていた。

『危なかったぁ~……一歩遅かったら本当に死んでいたよ』
「ありがとう、助かりました」

 けどそれは、僕の敗北を意味していた。

『ちっ、やっぱ仕留めきれねぇか。どこまでも悪運の強い奴だ』

 フェイスはエンディミオンを担ぎ、ディアボロスを突きつける。また攻撃が来る、用意をしなければ。
 だけど、フェイスが動く瞬間を捉えきれない。

「っと、「シャッフル」!」

 咄嗟にワイルが僕と枝葉の位置を入れ替え助けてくれる。フェイスのディアボロスが横なぎに振られると、僕の居た空間に歪が生じた。
 直後に強震が起こる。大気が空間ごと切断され、その衝撃が伝播したんだ。

「なんて力だ……いや、それよりも」
『主よ、危機的状況だ。我が力が貫通された』

 これまで僕を守っていたハヌマーンの力を強引に突破された。あいつがあの姿になってから、魔導具の力が跳ね上がっている。
 ケイの言っていた事が現実になっている。あいつ、一体どこまで強さを隠しているんだよ。

『おいおい、お前まだそいつを覚醒させてねぇのか? つまらねぇな、この姿になった途端退屈な奴になりやがって』
「……どうかな」

 相手が奥の手を使った以上、僕も出し惜しみをしている場合じゃない。
 煌力、僕に力を貸してくれ!

「煌力モード……!」

 煌力をとりこみ、全身に曲線模様を刻み付ける。体の奥底にまで響く力の奔流が勇気をくれた。
 スパークが漂い始めると、フェイスは少しだけ驚いていた。

『ウィンディア人って奴が使ったあれか。てめぇも使えたのか』
「お前を倒すために身に着けた。ただそれだけだ」
『あっそ。んじゃ、俺も使ってやるかな』
「!?」

 フェイスが言った瞬間、奴の体にも曲線が浮かび上がる。僕よりも遥かに速い速度で取り込み、煌力モードを発動させていた。

『こんな感じだろ。忘れたか、エンディミオンのコピー能力を。お前が目の前で発動したおかげで俺も使えるようになったよ』
「まさか、ハヌマーンの力を無視して……」

 覚醒したエンディミオンは、アンチ魔導具の力すら貫くのか。

「ディックが時間をかけて習得したってのに、あの勇者……!」
『単純な話だろ、こいつより俺の方が上って事だ。さて、と』

 フェイスが身構える。煌力をとりこんだ今、明らかにあいつの方が強いだろう。
 ……それでも、僕は僕を信じるしかない。
 母さんから教わったんだ。剣は、己の魂で振るう物だと。僕とあいつの間に開いた、この巨大な差は……僕自身の心で埋めるしかない。
 シラヌイ、願わくば……君だけは、生き延びてくれ。

「うおおおおっ!」

 フェイスに切り込んでいくと、奴が右に避けようとする未来が見えた。けど駄目だ、見えてから反応するんじゃない、見える前に反応しろ。
 奴より早く動き、刀を振り下ろす。エンディミオンと刀がぶつかり合った瞬間、ハヌマーンの力でフェイスが大きく吹っ飛ばされた。

 防御は無理でも攻撃は通じる……まだ、戦える!
 行きつく間もなく攻め立てて、フェイスが行動に入るのを許さない。上から叩き続けると、一瞬体勢が崩れた。

「せやぁっ!」

 袈裟斬りで裂傷を与え、フェイスがうめき声を上げる。すぐに追撃するけど、双剣で受け止められ、弾き飛ばされた。
 一太刀浴びせたはいいけど、すぐに傷が癒えてしまう。ダメージはほぼ無いな。

 フェイスが攻勢に入る。膂力は相手が上、受け止められない。なら避けろ!

 ギリギリで猛攻を回避し、煌力を全力で乗せて攻撃する。息する暇もないほどの、スリリングな戦いが展開された。
 集中しろ、気を抜けば一瞬で殺される。僕は絶対に、絶対に死ねない。シラヌイと約束したんだ、絶対、君と添い遂げるって。
 やっと、添い遂げるスタートラインに立ったばかりなのに……君を悲しませるわけにはいかない。
 振り絞れ、心を削り、尖らせろ。この化け物を退ける一手を、探し続けるんだ!

  ◇◇◇
<シラヌイ視点>

「……レベルが、違いすぎる……」

 ディックとフェイスの戦いを見ている事しかできなかった。
 もはや、剣を振っている事しか分からない。二人が剣を打ち合う度に激震が起き、空が割れる。これは戦闘ではない、戦争だ。
 フェイスの方がずっと強いのに、ディックは頑張っている。埋めようのない差を心の力で縮めて、互角以上に戦っていた。
 けど、そんなの長く持つはずがないよ。
 ディックの煌力モードは三分しか持たない、煌力が切れたら、ディックに打つ手はない。

「うああっ!?」

 上空から悲鳴が上がって、ラズリが落ちてきた。彼女はボロボロになっていて、体から煙が上がっている。ディアボロスの炎にやられたんだ。

『ばっはっは! どうした、ここまでか? 世界樹の巫女よ。もっと来い、貴様との殺し合いは血肉が沸騰するからな!』
「ぐ……う……! 姉様、すみません……! 世界樹の力を受けても、奴は……強すぎる!」

 ラズリがディアボロスに押されている。眼下のドラゴン達もエルフを圧し続けて、戦線が突破されかけていた。

「おいおいマジかよ……予想が外れちまったぜ、まさかこれほどまでの差があったとはな……!」

 ワイルですら動揺を隠せていない。状況は、絶望的だ。このままじゃ、皆ドラゴンに殺される……!

「ダメ……そんなの、ダメ……!」

 こんな所で諦めてたまるもんか。私は、あいつとずっと一緒に居るって約束したんだ。
 躊躇ってなんかいられない……! あの力を使うしか、打開策はないわ。

「ミストルティン、ケーリュネイオン……私に力を貸しなさい」

 この身がどうなろうと関係ない。神と鬼の力を解禁するしか、方法はないもの。
 お願い、どうかディックだけは、あいつだけは、助けて!

『そのまま力を使えば、滅びるのは貴様だぞ?』

 頭の中に声が聞こえた。

『ふふ、どうやら、ここが一番の大見せ場みたいだな。約束を果たす時が来たようだ、淫魔シラヌイよ』
「……誰?」
『おっと、記憶を消したままだったか。待っていろ、今すぐ思い出させてやる』

 脳裏に沢山の記憶がよみがえる。そうか、思い出した。私はこの力を使う手段を、もう持っていたんだ。

『今こそ歴史が変わる時。貴様の一手がいかなる未来を示すのか、自身の力で証明せよ』
「ええ、望むところよ!」

 杖を掲げ、ディックとフェイスに向ける。大丈夫、あいつには当たらない。私が大好きな人に、炎を当てたりなんかするもんか!

「幻魔シルフィに命ずる! 魔王四天王シラヌイの名の下に、使い魔として契りを交わせ!」
『よかろう!』

 瞬間、私の頭上にシルフィが現れた。
 突如として現れた幻魔に、全員の動きが止まる。その一瞬に私はフェイスに向けて、神と鬼の力を解放した。
 シルフィを介して魔石が力を発動する。幻魔は力の奔流を受け流し、魔石の力を限界まで引き出す。

「ファイアボール……!」

 呟いた途端、フェイスの体がはじけ飛んだ。数秒遅れて、爆発的な熱波が吹きすさび、世界樹の葉をチリチリと燃やしてしまう。
 火球が見えない程の速度で飛んだ。そう理解するのに時間がかかった。余波でディアボロスをも弾き飛ばしている。

『止まるな、追撃しろ!』
「分かってる!」

 フェイスは再生してしまうけど、それなら再生が間に合わない速度で攻撃すればいい!

「縺九?陦?縺ッ繝槭げ繝槭?∫n縺輔∴辟シ縺榊ース縺上☆辟斐?∫┌髯舌↓霑ス縺?カ壹¢繧狗?エ貊?シ! 隱ー繧ュサ縺九i騾?l繧倶コ九?蜃コ譚・縺ェ縺??∫オカ譛帙○繧茨シ!
 鬲皮・櫁オ、鬮ェ縲∝・エ繧堤ク帙l!」

 フェイスの足元からマグマの糸がまとわりつく。これは呪いよ、一度受ければ、相手が消えるまでマグマの糸が焼き続ける古代魔法!

『ぐっ! なんだこの魔力、振り切れねぇ!? くそっ!』

 フェイスは首を引きちぎって放り捨てた。その首から体が再生し、残った体はマグマに溶かされる。
 でも再生した瞬間にまたマグマの糸が出現する。言ったでしょ、あんたが消えるまでそいつはどこまでも追いかけてくるわよ。

『その力、ミストルティンとケーリュネイオンか。ばっはっは! まさか魔石の力を使いこなしているのか、サキュバスめ!』

 ディアボロスが私にブレスを放ってくる。ラズリをも跳ね除ける炎だけど、私だって炎の使い手。龍王の力に負けてなるものか!

「打ち砕け、ブラストキャノン!」

 高圧縮した火球をぶち込み、ディアボロスの炎を打ち砕く。顔面に直撃し、ディアボロスが墜落した。

「シラヌイ、君は、まさか……」
「魔石の力を使っただけよ、後で説明してあげる。今は勇者と龍王を倒さないと」

 フェイスのマグマの糸は解呪されたみたい。同時に、ディックの煌力も解除された。

「ぐぐ……あの四天王、勇者様と龍王を一人で退けた?」
「で、でもまだ! ドラゴン達の軍勢がいる! この戦闘で勝てればエルフの国を制圧できるわ!」
「そいつはどうかなぁ?」

 勇者パーティの女どもが喚いた時、ワイルが眼下を見下ろしながら笑った。
 ドラゴンと人間達が、急に発狂し始めたのだ。狂ったように同士討ちをして、次々に墜落していく。
 この光景、よく見た事がある。感情を操られているんだ。

「すまんなシラヌイ、ディック。援軍が遅れた」
「来てくれたのね、頼もしい助っ人だわ」

 こんな事が出来る助っ人はただ一人しかいない。魔王四天王のリーダー、リージョンよ!
 ペガサスに乗ってリージョンがやってくる。あいつの感情を操る能力で、ドラゴンと人間達を恐慌状態にしたんだわ。
 同時に、魔王軍の兵士達がエルフ達を援護する。ドラゴン達は瞬く間に後退して、戦線が退いた。

「ミハエル女王が魔王様に緊急連絡をしてくれてな、急遽俺が派遣される事になったのさ」
「助かったよ、リージョン……!」

 痛む体に鞭打って、ディックが立ち上がる。フェイスは舌打ちすると、背を向けた。

『興覚めだ、帰るぞ』
「え、でも!」
『ばっはっは! まぁ今は従え娘ども、我らドラゴン軍が削られるのも困るのでな、大局を見るのもまた戦略よ、ばっはっは!』

 フェイスがディアボロスに乗り、勇者パーティも急いで続いていく。どうやら、威力偵察が目的だったみたいね。

「ヘイヘイ! 散々っぱら荒らして「はいさようなら」、ってのは都合が良すぎやしないか、勇者フェイス。賠償金は払っていきな!」

 ワイルはにやりとすると、女剣士が持つ剣に「スナッチ」を使った。
 オベリスクを奪い、誇らしげに掲げる。盗まれた女剣士は狼狽えた。

「そんな、龍王様に貰った剣が!?」
『おい何してんだこら!』

 フェイスが動くけど、その前にファイアボールで黙らせる。私の威嚇に舌打ちして、フェイスは引き下がった。

『ばっはっは! その程度くれてやれ。相手が強ければ強いほど戦は燃える物だからな! 全軍撤退! 下がれ下がれぇ! ばっはっはっはっは!』

 ディアボロスは上機嫌に去っていく。ドラゴン軍も撤退して、エルフの国はどうにか危機を超えたみたい。

「ふーぅ、綱渡りだったがどうにか凌げたな。いやぁ、危なかったぜ……ってか、重っ、この剣……!」

 ワイルはオベリスクを落っことした。その間の抜けた姿に緊張感がほぐれる。

「ぎりぎりだった……本当に、助かったよシラヌイ……」
「ええ、本当にそうよ」

 ディックを守れた、それだけで今は十分だわ。なんだか、凄く疲れちゃった……。
 二人で座り込み、ため息を吐く。今は少しだけ、休ませて頂戴。
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