ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。

文字の大きさ
上 下
72 / 181

71話 人外の戦い

しおりを挟む
「それじゃ、結界をはりまーす」

 世界樹の巫女、ラピスがはしゃぎながらバルコニー席に出た。
 僕達は世界樹の裏手に造られた闘技場に連れてこられている。エルフ軍の訓練場も兼ねていて、ミハエル女王がバルコニー席から僕らを見下ろしていた。

 にしても、同じ巫女なのに随分違うな。

 世界樹の巫女は大抵、一人しか生まれない。だけどこの二人は双子として生まれてきたそうだ。
 エルフの国の歴史でも類を見ない事例らしい。しかも二人そろって世界樹の加護を受けられるそうで、今がこの国の最盛期だとの事だ。

「世界樹さーん、結界をはってくださいなー。祈りっ!」

 ラピスが手を握り合わせるなり、彼女の体がぼんやりと輝く。同時に僕とラズリにも、世界樹の光が浮かんだ。

「はいこれで大丈夫。どんなに暴れても世界樹さんも街の人たちにも、姉様達にも怪我はなくなるよ。思い切り戦っても死なないから、二人とも頑張ってね!」

 さり気なく物騒な事を言ったなこの子。ようは死ぬ気で戦えって事か。

「私ね、ラズリが戦う姿が大好きなんだ。とくに血がぶしゃーって出てくる瞬間とか、素プラッタで綺麗でうっとりしちゃうよね。でも模擬戦だとそれやっちゃいけないから残念。でもでも試合を見るの大好きだから別にいいんだー」

 ……別口のバトルジャンキーかよこの巫女。人が戦う姿を見て楽しむって、殺伐としてんなおい。
 一方のラズリはと言うと、脈を測るように左の手首を握り、目を閉じている。あれが精神統一のルーティンなのかもな。

 さて、と。僕も心の準備をしておくか。

 母さんの刀を握り、刀身を見る。母さんから受け取った紫のオーラが、僕に勇気を与えてくれる。
 それに、シラヌイの前だ。格好悪い姿は見せたくない。相手は一国を亡ぼす力を持った、最強のエルフだ。持ちうるすべての力を使って、絶対に勝つ。

 ……思えば、全力戦闘はフェイス戦以来か。
 あれから僕は、強くなった。それがどれほどの物か試すのに、丁度いい機会だな。

「無様に負ける覚悟はいいな人間。言っておくが、私は人間が嫌いだ。私達を執拗に狙い、挙句の果ては数万もの兵を率いて襲ってきた。そんな奴に好意的な感情を持つことはできない」
「胸中、お察しします」
「自分には関係ないと言った顔か。いや、まぁ確かにお前に言っても仕方は無いのだけど……と言うかもうそれ二百年前の話だから、お前にぶつけるのはお門違いというか何と言うか……それに勇者を倒すって事は人間の敵だから、むしろ悪感情を向けるのは筋が違うか?」
「ん?」
「そうだよな、人間にもいい奴がいれば悪い奴も居る。人間嫌いだからってお前一人に怒りをぶつけるのは違うな、うん。後で謝っておくから、さっきの発言は忘れろ。うん」

 あれ? ものすごい勢いでメッキが剥がれてないか?
 ちょっとにじみ出た良い子オーラに毒気が抜かれた。案外シリアスが苦手なエルフなのかもしれない。
 けど、それはそれ、勝負は勝負だ。

「よろしくお願いします」
「こちらこそ胸を貸そう。姉様、合図を」

「はーい。じゃあコインを投げるから、落ちたらスタートね。それーっ!」

 バルコニーからコインが落ちてくる。刀に手を触れると同時に、小さな音がした。

「しっ!」

 瞬間、ラズリが剛腕を突き出した。
 反射的に身をよじるなり、鼻先を衝撃波がかすめる。衝撃は減衰する事無く直進し、木々を思い切り傾がせ、遥か遠方にある山の中腹を抉り取った。

 驚く間もなく、ラズリが襲ってくる。ほんの一瞬で距離を詰め、嵐のような連撃を繰り出してきた。
 彼女が拳を振るい、足を踏みだす度、地震や暴風が起こる。まともに食らえば最後、体が消滅するだろう。一撃必殺の攻撃を、ラズリは息も切らさず連発していた。

 まるで災害だ。もしここに人が居れば、爆風や衝撃波で秒も持たず消え去っている。
 いったん距離を取るべくバックステップするも、引き離せない。この狭い場所じゃ戦いにくいな。
 なら、場所を変えるか。

「煌力、僕を助けてくれ」

 足首から先に煌力を纏う。全身を覆えば反動は大きいけど、部分的に使えば抑えられる。ケイのメモにあった技術だ。
 あとは、引力を発生させれば……幹を走れる!
 ラズリの拳を避けると同時に幹へ飛びつく。足がぴったりとくっつき、僕は世界樹の幹に立っていた。

「なん、だと? そんな事が出来るのか」

 ラズリは驚きながらも幹を駆け上がり、僕に肉薄する。ちょっとだけ、新しい魔法でも使ってみるか。

煌刃剣こうじんけん

 煌力で剣を形成し、射出する。煌力を手に入れてから習得した遠距離攻撃だ。
 ラズリはそれを拳で粉砕して防御するけど、正面だけに気を向けてたら危ないよ。
 彼女の周囲に剣を生み出し、時間差で撃ち出す。場所を問わず生成できるのがこの魔法の強み……なんだけど、全部回避している。凄い反射神経だ。

 舞台が世界樹の幹に変わっても、ラズリの攻勢は変わらない。にしてもすさまじいパワーとスピードだ。世界樹がぐらぐら揺れるほどの破壊力、ラピスが結界を張っていなければ、きっとへし折れている事だろう。実際山を壊したしな。

 たった一人で一国を相手取る、エルフ軍の最高戦力。噂以上の力だ。

「だけど、なんだろうな」

 手合わせしてふと思う。想像よりも、戦いやすい。
 多分、前の僕なら気配察知の先読みをしても、追いつけずに拳が当たっていただろう。だけど今の僕は、当たる気がしない。ゾーンに入っていなくても、このエルフについてこれる。

 フェイスを倒して得た自信は、僕を想像以上に強くしてくれたみたいだ。
 ……様子見はここまでにしよう、そろそろ入るか!

「ゾーン……強制突破!」

 一気に集中力を最大まで引き上げる。瞬間、ラズリの手が止まった。
 頭の中が軽くなり、体に力が漲るような感覚。自分がどこを狙うべきか、導く光が見える。

「なんだこの男……空気が変わった?」

 ラズリが警戒して、攻撃の手を緩めた。そんな事をしていいのかな?
 今度は僕から接近して居合切りを振るう。ラズリの顔色が変わって、大きく後退した。斬撃は威力を減衰せずに飛んで、遠くの山を切り裂いた。真っ二つになった山が崩れていく。
 ラズリが驚く間に、距離を詰めて斬撃を繰り出し、一転して彼女を追い詰めた。

「まさかお前、ゾーンに!? 私ですら到達していない境地に、立っているだと!?」

 ラズリも反撃に出た。拳と刀が何度も交差し、ぶつかり合って火花が散った。
 くそ、素手で刀を殴って平気とか……どんな体しているんだ。
 互いの攻撃で弾きあい、大きく距離が空く。ラズリは幹から落ちるけど、なんと空を蹴って空を飛んでいた。

「そんなのありかよ」

 身体能力高いで済まないぞ、脚力凄すぎるだろ。
 ……煌力を纏った足なら、空飛べるかな。
 引力から斥力に切り替えて、試しに飛んでみる。そしたら出来た、僕も空を蹴って飛んでいる。

「お前、本当に人間か? 魔術を使っているわけでもない、どんな体をしている」
「そっくりそのまま、全部返させてもらうよ」

 第三ラウンド、空中戦に入る。互いに空を蹴り、拳と刀で互いを崩す一手を探った。

「なら、双剣に切り替えるか」

 リズムを変えるべく、大剣を握る。突然のスタイルチェンジに反応が遅れて、ラズリが出遅れた。
 よし、先制打が入る! そう思い、大剣を彼女の肩に当てた時。

「ふん!」

 ラズリは肩をかちあげて剣を弾き飛ばす。そしてその拍子に、刃が折れた。
 今度は僕が驚く番だった。その隙にラズリは体勢を立て直してしまう。

「ライトニングボルト!」

 とうとうラズリが魔法を使い始めた。襲ってきた紫電を咄嗟に刀でぶった切るも、衝撃で腕がしびれた。
 初級の雷魔法なのに、まるで上級魔法のような威力だ。シラヌイ同様、魔法を限界まで研磨しているんだな。

「世界樹よ……力を!」

 ラズリが祈るなり、世界樹が光って、彼女に力を与える。威圧感がより強くなった。
 魔法と格闘を交え、翻弄し、僕を潰そうと迫ってくる。範囲も威力も絶大で、多種多様。緩急をつけた変幻自在の戦闘術だ。
 いよいよラズリが本気を出してきたな。彼女が暴れるたびに未曽有の大災害が起きて、森に住む動物や昆虫達が一斉に逃げ出した。

 同時に、彼女が起こす暴風により上昇気流が発生して、空に巨大な雨雲まででき始めている。地震も全く止まらない。

 やがて嵐が起こり、エルフの国に暴風雨が吹き荒れた。大地が抉れ、大気が揺れ、山がいくつも崩れていく。
 間違いない、本気のラズリだ。ステゴロで天変地異を起こす、生きる大災害。エルフ軍最高戦力の真の力か。
 ……この力、いったいどれほどの努力を重ねたんだろう。同じ武の道を歩く者として尊敬してしまう。

 本気を出してくれた彼女に敬意を示さなければ。奥の手を、煌力を最大で使う!

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 煌力をとりこみ、全身に浸透させる。曲線模様が浮かび上がって、全身の感覚が一段鋭くなる。スパークがほとばしり、視界に緑のスクリーンがかかる。
 煌力モード、発動。今の僕が出せる、最大最高の力だ。

「それが、お前の真の力か」
「……貴方ほどの戦士への、敬意の証だ」
「……そうか、ならば私も敬意を払おう! そして認めよう、貴公は素晴らしい剣士だ!」
「ありがとう、嬉しいよ!」

 僕とラズリがぶつかり合う。彼女の振りかざした拳をぎりぎりで避け、胴に一太刀を浴びせる。
 その一撃が、勝敗を決していた。

「……私の負けだな。実戦ならば、体が真っ二つになっていた。貴公の勝利だ」
「……手合わせ、ありがとうございました」

 勝った、エルフ軍最高戦力に、僕は勝ったんだ。
 そう思うなり、力が抜けそうになる。急いで戻らないと、煌力モードが解けて落ちてしまうな。
 闘技場に戻るなり、煌力モードが解ける。今の所、三分維持するのが限界って所か。けど使った後に気絶していない、充分な進歩だ。

「ラズリが負けた、だと? なんと……信じられぬ。夢ではあるまいな?」
「ふわぁ……凄い物見ちゃったぁ……」

 ミハエル女王とラピスは勿論、見学していたエルフ兵たちも動揺している。目の前で最高戦力が負けたんだ、当然の反応だよな。
 けど僕も紙一重だった。最後の瞬間、もし拳が当たっていたら、負けていたのは僕だった。

 彼女は強い、それも理屈をこねた強さじゃない。
 基礎能力が段違いなんだ。パワー・スピード・ディフェンス……その全てが異次元の領域に達している、シンプルでわかりやすい強さだ。

「ラズリ、貴方の実力、素晴らしかった」
「こちらこそ、得難い経験をさせてもらったよ。人間は嫌いだが、剣士ディック、貴公だけは認めさせてもらおう」

 僕達は固い握手を交わした。握った瞬間、彼女の手に肉刺ができているのが分かった。
 ……きっと何百年もの間、絶やさず努力をしてきたんだろう。その末の力だ。

「勇者フェイスを倒すか、成程……決して嘘ではなさそうだな。魔王軍は優秀な戦力を手に入れたようだ」
「お褒めに預かり光栄です」

 なぜかシラヌイがドヤ顔で答えた。僕が勝ったのがよほどうれしかったみたいだ。
 なんにせよ、エルフ軍最高戦力との試合は、最高の結果で終われたな。けど……。

「ごめんソユーズ、君の剣、壊してしまったよ」

 大剣が折れてしまったのは、ちょっとショックだな。
しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

処理中です...