ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。

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66話 魔王軍最強の剣士

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 煌力を習得して、さらに数時間後。

「やるじゃないかディック! まさかここまで煌力を扱えるようになるなんて!」
「師匠の教え方が良いからさ」

 ケイと手合わせしながら、僕は煌力をまといながら動く訓練に入っていた。
 まだ煌力を纏って激しく動くことはできない。なのでケイに付き添われながら、力を込めてジャンプしたり、思い切り走ったり、基礎動作を何度も反復していた。
 それにしても凄い力だ。何度も繰り返すうちに力が体になじんで、その強さに驚いてしまう。軽く力を入れるだけでも空高く飛べるし、考えるよりも早く体が動いてくれる。なんだか生まれ変わったような気分だよ。

「あ、お父さんとお兄ちゃん! 仲良く遊んでるの?」

 訓練の途中でポルカとアスラがやってきた。手にはお重が乗っている。

「おはぎ作ってきたの、これでも食べて一休みしない?」
「いいね、賛成だ。って事でディック、一旦休憩な」
「了解」

 煌力を解除すると、全身が反動でビリビリしびれる。体が壊れないよう調整して使っているけど、骨身がきしむ痛みが走るな。
 アスラが作ってきたおはぎを食べつつ、僕はケイと反省会をした。

「普通に動く分にはもう問題ないな。解除しても倒れなくなったし、次のステップに入ってもいいだろう」
「って事はいよいよ、戦闘か」
「ああ、けど俺が相手だと多分訓練にならないと思う。素の戦闘力が負けているからな。だから」

 ケイは四天王達を見た。

「魔王四天王の皆さん、ディックの模擬戦の相手をお願いできませんか?」
「俺達か?」
「はい。煌力を手にしたディックは、恐らく皆さんでなければ相手になりません。彼はそれだけの力を持った剣士です」
「ほぉ……師匠にそうまで言わせるほどか」

 リージョンは興味深そうに僕を見やると、四天王達と頷きあった。

「いいだろう、ディックとの手合わせ、了解した。俺達としても、ディックと戦うのは初めてだ。どれほど強いのか、改めて確認させてもらおう」
「ありがとう、恩に着るよ、リージョン」

 四天王は魔王軍最高戦力だ。彼らに通用すれば、フェイスにも通用するはず。
 ただ、彼らとやるには少し……。

「おーっとシラヌイ、君は下がっているといい。宇宙一の代打として、私がやろう」
「えっ、でも」
「想い人に剣を向ける。それがどれだけ辛い事か、考えてごらん」

 シラヌイははっとしてくれた。彼女とだけは、模擬戦でも戦えない、剣が絶対止まってしまう。それじゃ訓練にならない。

「現役を退いても、気持ちはいまだに宇宙一の四天王だ。役者としては十分ではないかな?」
「申し分ないよ、よろしく頼む、ドレカー」

 ドレカーの実力は確かだ、シラヌイと遜色ない。相手として最高だ。
 よし、じゃあ試してみよう。煌力の真価を確かめないとな。

  ◇◇◇
<シラヌイ視点>

「むぅ……なんかムカつくけど……しょうがないかぁ……」

 不満はあるけど、私はディックの模擬戦を見学する事にした。
 あいつの相手は私がしたかったけど、私としてもディックに炎を向けるのは気が引ける。面と向かって戦うのは、私も無理かもしれないわ。
 となると、ドレカー先輩が出てきてくれたのはよかったかもしれない。

「ふふ、彼と喧嘩した事はない?」
「アスラさん。喧嘩と言いますか、言い争い程度なら何度か」
「そう、じゃあ模擬戦は難しいわね。私はケイと沢山喧嘩したし、酷い時には殴り合いをしたこともあるわよ」
「激し、くないですか? なんでそんな」
「理由なんて忘れちゃった。でもそれで仲が悪くなったりしないの、むしろもっと仲良くなったわ」
「喧嘩をしたのにですか?」
「夫婦なんてそんなものよ、何度も喧嘩して、ぶつかり合って、互いを理解していくの。まだ彼とぶつかり合うのが恐いのは、幸せが壊れないか不安な証拠ね」

 うん、確かに。ディックと喧嘩したら仲が壊れてしまいそうで、思い切りぶつかり合うのは無理かもしれないわ。

「でも本当に好きなら、ちょっとくらいの喧嘩は積極的にするべきよ。それでやっと見える物もあるはずだからね」

 女として先輩なだけに、言葉には重みがあった。
 まだ同棲を始めたばかりの私達は、男女としてこれからってわけね。

「さ、始まるみたいよ。彼を応援してあげて」
「お兄ちゃんがんばってー!」

 ポルカが無邪気に手を振っている。その目の前では、ディックと四天王達が今まさに模擬戦を始めようとしていた。
 リージョン達に加えて、ドレカー先輩まで居るパーティ……間違いなくゴールデンメンバーね。あんな化け物相手にディックは一人で挑もうとしているのか。
 不安になってくる、あいつ、無事で帰ってこれるでしょうね。

「遠慮はいらない、全力でかかってこい、ディック」
「うん、それじゃあ……いくよ」

 ディックが全身に煌力を纏う。肌に曲線模様が浮かび上がって、バチバチとスパークが上がる。
 いよいよ、新しいあいつのデビュー戦だ。

「じゃあ、始め!」

 ケイが合図をした、瞬間だった。
 ディックが四人の後ろに瞬間移動し、ワンテンポ遅れて四人に斬撃の嵐が襲い掛かった。全員反応しきれずまともに食らい、一斉に膝をついた。

「な、なんだ!? 何が起こった!?」
「時間を操る私が、虚を突かれた!? そんなのいやん!」

 メイライトがディックに時止めを使った。ディックの時間が止まって、身動きが出来なくなる……かと思いきや。

「はぁっ!」

 力ずくで止められた時を動かし、メイライトに肉薄。通り過ぎるなり、メイライトの意識が飛んで倒れてしまう。
 首筋に赤い痣、手刀で気絶させたの? 何も見えなかった。

「吠えろ、邪眼!」

 ソユーズの光線攻撃。でもディックは光線を避け、ソユーズの腹に刀の柄を叩き込んで気絶させてしまう。
 あっという間に四天王が二人もダウンしてしまった。ディックの動きが全然見えない、四天王であるはずの私の目ですら、捕えきれないなんて。

「それに光線避けるって、あいつ光より早いの……?」

 残ったリージョンとドレカー先輩にディックが迫る。リージョンはディックの前にゲートを開き、ドレカー先輩も魑魅魍魎を呼び出して囲い込んだ。
 だけど、ゲートは刀で粉砕され、魑魅魍魎も一撃で霧散する。四天王の攻撃がまるで通用していなかった。

「なんと……これは」
「想像以上だ……!」

 二人がつぶやくと同時に、ディックが駆け抜ける。通り過ぎた後には、倒れ伏したリージョンと先輩が。
 僅か三十秒、一方的な攻撃で、ディックが勝利を収めてしまった。
 信じられない……四天王は魔王軍最高戦力よ、それをこんな、一瞬で倒してしまうなんて……!

「ぐふっ……!」

 戦闘を終えた途端、ディックは煌力を解除するなり倒れてしまった。
 急いで駆け寄ると、ディックは息も絶え絶えで、意識を保つのがやっとって感じだった。

「ぜぇ……ぜぇ……全開で使うと、危険すぎる……危うく、気絶しかけたよ……」
「そんなに消耗するんだ……」

 一回使えば、ほんの数十秒しか持たない全力の形態。けど断言できる、煌力を取り込んだディックは間違いなく、魔王軍最強戦力になっていた。

「少し、休む……おやすみ……」
「あ、寝ちゃった……」

 疲れたのは分かるけど、少し不安になる。こんな圧倒的な力を振るって、ディックは大丈夫なのかしら。

「今はまだ使い始めだから、こうなってしまうのは当然さ。けど慣れて力をセーブできるようになれば、数分間はあの形態を維持できるはずだ」
「……でもこれじゃ、いつかディックは体を壊してしまうんじゃ。だってこいつ、誰かのために平気で無茶をするような、無鉄砲極まりない奴なんですよ」
「だからこそ、君がいるんじゃないのか?」

 ケイは四天王達を助けに向かいつつ、

「煌力は危険な力だけど、俺はディックなら使いこなせると信じて託した。なんでそうできるか、わかるかい?」
「いえ……」
「シラヌイがいるからだよ。君がディックのブレーキになってくれると信じているから、俺は煌力を教えたのさ。ディックが危なくなったら、君がディックを守れ。それが君の、パートナーとしてやるべき事さ」

 私のパートナーとしてやるべき事。そう言われて、私は少し自信を無くす。
 こんな弱いサキュバスの私に、ディックを守る事なんてできるの? 煌力を手に入れてディックは強くなったけど、私はこいつの隣に立ち続ける自信がない。
 ねぇディック、私は貴方と一緒に、本当にいていいの?
 不安になって聞いてみても、答えは返ってこない。ディックが遠い人になってしまった気がして、私は強い孤独感を受けていた。
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