34 / 181
33話 ディックの心の傷
しおりを挟む
「シラヌイが、イップスの原因?」
僕は診断結果に驚きを隠せなかった。
「君がフェイスに殺されかけた時、彼女が庇ったと聞いた。その時君は何を感じた?」
「……それが、思い出せないんだ……」
実はシラヌイが庇った時、その時だけの記憶が抜け落ちている。気づいたらリージョン達が駆けつけていて、フェイスを退けてくれたのだけど……。
「人は強いショックを受けた時、その記憶を消すと言われている。ただ、記憶は消せても消えない物はあってね。君の記憶を見た時、残渣を感じ取れたよ」
「……それはなんだ?」
「感情だ。君の抜け落ちた記憶には、強い感情が残っていた。悲しみ、苦しみ、そして恐れ。たった一瞬で、十何年もの間蓄えていた負の感情が一斉に噴出したんだ。君は頭のいい男だ、これだけ言えば、刀を抜けなくなった理由も分かるんじゃないかな?」
……そういうことか。
シラヌイが庇った瞬間、僕の脳裏に母さんとの別れがフラッシュバックしたんだ。
僕は母さんを助けようと必死に刀を握り続けた。でも母さんは結局救えなかった。フェイスと戦った時もそう。僕は奴からシラヌイを守ろうと立ち向かったんだ。
だけど僕は敗北し、その末にシラヌイを殺されかけた。
その瞬間、僕の意識に「何も守れない」って蓋が付けられた。
どれだけ僕が大切に思っていても、どれだけ僕が抗っても、僕は誰一人として守れない。
……その絶望と諦めが、僕の心をへし折ったんだ。
「君が刀を抜けなくなった本当の理由は、自分には大事な人を守れない、そう思ってしまったから。その諦めと絶望が、君の心に枷をかけた犯人だ」
「……僕のせいじゃないか……」
シラヌイのせいなんかじゃない。僕が勝手に諦め、絶望して、殻にこもっただけなんだ。
刀が抜けないのは……僕が弱いのが原因だ。
「青年。君はなんのために生きているんだい?」
「……急になんだ?」
「私はね、「人生は楽しんだものが勝者だ」って宇宙一のモットーを持っている。だけどそれにはあえて隠している言葉があるんだ。私としても歯が浮くセリフなんで、自分の中で留めているのだけどね」
「それは一体……」
「『人生は、恋した人と楽しんだ者が勝者だ』。それが私の真のモットー、それを軸に私は生きているんだ」
「恋した人と……」
「この荒野はね、クミンの故郷があった場所なんだ」
……なんだって?
「ダイダラボッチが国を滅ぼしたと言っただろう? その国が彼女の故郷だったんだ。クミンはそこの貧民街出身でね、仕事を求めてはるばる魔王軍に入隊したのさ。私と同時期にね。たまたま入隊式で隣になったんだけど……」
「だけど?」
「いやぁ、まさか一目惚れしちゃうなんてなぁ! 出会った時から宇宙一の美人でねぇ! ついつい初日で口説いてしまって即OKをもらって! 入隊初日からバラ色のスタートだったよあっはっは!」
「帰っていいか?」
「待った待った、良い所なんだからちゃんと聞いてくれ」
あんたの惚気話聞くためにここへ来たんじゃないんだよ。
「ただ、彼女の顔はいつも晴れなくてね。当時のバルドフは貧富の差が酷く、クミンはそれに心を痛めていた。彼女にはずっと笑っていてほしかったから、クミンの暗い顔を見るのはつらい物があったよ」
「それは、分かるな。僕も母さんが苦しい顔をするのは、見たくないから」
「だろう? だから私は決めたのさ。四天王になって彼女に笑顔を見せようってね」
「……え?」
「四天王クラスの権力があればなんだって出来るからね。四天王になった後、私は真っ先にクミンが心を痛めた原因のスラム街を片付ける事にした。貧困で苦しんでいる人達に仕事を与え、貧しい人達を全員助けたのさ。
それと当時の魔王軍もガチガチで息苦しいと言うか、皆暗い顔をして仕事をしていたからね。それじゃあクミンの心によくないだろう? だから歌って踊って明るく楽しい職場にしようと、私自ら道化を演じる事にした。そしたら職場がどんどん明るくなって、業績がどんどん上がっていったのさ。
勿論いい事ばかりじゃない。四天王となれば危険な仕事も多くなって、クミンに心配をかける事も少なくなかった。だから私はいつも彼女に言う事にしたのさ、自分が宇宙一の男であると。彼女が心配できないくらい、強い男であるとアピールし続けているのさ」
「…………」
なんだこいつ……行動の全部が、たった一人の女のためだって言うのか?
「クミンの笑顔が増えてきたころに、私は彼女の故郷へ行く事にした。そこでプロポーズしようと思ってね。だがそこで現れたのが……ダイダラボッチだった。
私は戦ったが、まるで歯が立たなかった。ダイダラボッチは一晩で国を滅ぼし、私の目の前でクミンを殺したんだ」
「なんだって?」
「私と君、似ているだろう? それにダイダラボッチに殺された者は、成仏できなくなる。異形の妖怪として地縛霊となり、永遠に苦しみながら生かされてしまう。このリゾートの住民が妖怪なのは」
「全員が、ダイダラボッチに殺された人だからか……じゃあクミンも」
「そう。妖怪にされ、この世界に縛り付けられて、永遠に苦しむ事を強要されたんだよ。私とてショックだったさ、三日三晩は泣いたよ。でもね、三日後にはまた新たな目標を見つけた。私もこの地に留まり、クミンが無く暇もないくらい楽しいリゾートを作ろうってね」
たった三日で立ち直った? 僕とはまるで違うな……。
「それで私は魔王軍を辞め、この地で苦しみ嘆いていた妖怪達と共にリゾートを作り出した。幸い、ガランやマサラを始めとした、私について来てくれた者が大勢いたからね。わずか半月でリゾートを立ち上げて、妖怪達に歌と踊りを伝えたんだ。周りが幸せになって笑顔を見せれば、クミンも泣き続ける暇が無くなるだろうしね。そしてダイダラボッチを倒せるよう、鍛錬も積んだ。あれを簡単に倒せるようになれば、クミンが心配する事もなくなるから」
「……全部、クミンなのか?」
「ん?」
「あんたの行動は全部、クミンのためなのか? どうして彼女のためだけに、それだけの行動を起こせるんだ?」
「よく聞け青年。男が頑張る理由ってのは、宇宙一シンプルでいいんだよ」
「……なんだ?」
「愛する人のため。それ以外に理由は必要ないのさ」
聞いた途端、僕は強い衝撃を受けた気がした。
僕もドレカーと同じく、「母さんのため」に頑張っていた……つもりだった。なのにドレカーの言葉があまりにも重くて、僕の決意が軽いような気がして、雷に打たれたようだった。
「言葉に出して、行動して、初めて男の声は重みを得るのさ。ただね、独りよがりではいけないよ。愛する人と心が通じていなければ、声に重みは出ないんだ。そうだろう、クミン」
はっとし、僕は振り向いた。
そこに居たのはクミンと……シラヌイだった。
◇◇◇
<シラヌイ視点>
時間はちょっとだけ遡る。
私がクミンに呼び止められたのは、部屋に入る直前だった。
「ディックの診察結果?」
「……旦那様には止められていましたが、私は貴方もうかがうべきだと思います……」
「どうして今になって……」
「……あの方は女性を傷つけるのを嫌います。私を傷つけているようで嫌になると……」
最初は言葉の意味が分からなかった。でもこっそりディックの部屋に忍び込んで、診断結果を聞いて、私は重苦しい気持ちになった。
私の軽率な行動のせいで、ディックに余計な枷をつけてしまった。
だけどもし何もしなかったら、ディックは殺されていた。そんなのは嫌だったのに、私のせいで余計な苦しみを与えてしまったんだ。
「私が……変なことをしなければ……」
「……いいえ、貴方が悪くはありません。それに、あの人のお話はまだ終わってませんよ……」
クミンの言う通り、先輩は自分の事を話し始めた。
私達四天王にも教えなかった大きな傷口を抱えて、それでもあの人は愚直に突き進んでいる。どうしてそうまで、クミンのために戦えるのか、私はわからなかった。
「……男が動く理由は、とてもシンプル……でも動き出すきっかけは、女にしか作れません……」
「どういう事ですか?」
「男の背中を押せるのは、いつの時代も恋する乙女だけ……そう言う事ですよ……」
ドレカー先輩がリゾートを作るきっかけは確かに奥様だったらしい。でも動き出すきっかけになったのは、奥様の声だった。
『もう泣かないで……ドレカー……!』
この一声を聴いて、先輩は立ち上がったという。
本当は先輩も泣きたいくらい苦しんでいる。でも奥様に背中を押されて、涙は見せないようになったらしい。
「こんな体になった私に出来るのは、あの方の傍に居る事だけ……ですが貴方は、生きている……私とは別のやり方で、彼の背中を押せるはずでは……」
「……分かっています」
私はディックが好き。もう隠したってしょうがないから口に出してやる。
あいつが苦しんでいるのなら、そこから引き上げるのは私の役目なんだ。
他の誰にも出来ないし、させたくない。私は私のやり方で、ディックを元に戻してやるんだ。
「シラヌイ……」
「……今の、全部聞いてたから」
とは言っても、どうしよう。何の作戦も立てずに出てきちゃったから、どう言葉かけをすればいいのやら……私の気持ちを伝えるのは場違いだしなぁ……。
「やはりいい所で来てくれた。流石は私の妻だね」
「……旦那様の事なら、私はなんでも分かりますから……」
「うんうん。では、私も最後に二人の後押しをしようじゃないか」
ドレカー先輩が印を組みだした。すると紫の焔が浮かび上がって、大きな輪を作り出す。
降霊術だ。冥界に居る死者の魂を呼び出す術。
「君達にサプライズをしようと準備していてね。気付かれないように旅館の手伝いをしてもらったのさ。何しろ、この人を探し出すのに時間がかかってしまったから」
「……あなた達の迷いを晴らす、太陽のような人ですよ……」
炎の輪から、人が現れた。
その人は私に瓜二つの姿をしている。長い黒髪に、サファイアのような青の瞳。顔立ちに至るまで、そっくりだ。
ディックが立ち上がる。だってその人は、ディックにとって大事な人だから。
「……母、さん……?」
僕は診断結果に驚きを隠せなかった。
「君がフェイスに殺されかけた時、彼女が庇ったと聞いた。その時君は何を感じた?」
「……それが、思い出せないんだ……」
実はシラヌイが庇った時、その時だけの記憶が抜け落ちている。気づいたらリージョン達が駆けつけていて、フェイスを退けてくれたのだけど……。
「人は強いショックを受けた時、その記憶を消すと言われている。ただ、記憶は消せても消えない物はあってね。君の記憶を見た時、残渣を感じ取れたよ」
「……それはなんだ?」
「感情だ。君の抜け落ちた記憶には、強い感情が残っていた。悲しみ、苦しみ、そして恐れ。たった一瞬で、十何年もの間蓄えていた負の感情が一斉に噴出したんだ。君は頭のいい男だ、これだけ言えば、刀を抜けなくなった理由も分かるんじゃないかな?」
……そういうことか。
シラヌイが庇った瞬間、僕の脳裏に母さんとの別れがフラッシュバックしたんだ。
僕は母さんを助けようと必死に刀を握り続けた。でも母さんは結局救えなかった。フェイスと戦った時もそう。僕は奴からシラヌイを守ろうと立ち向かったんだ。
だけど僕は敗北し、その末にシラヌイを殺されかけた。
その瞬間、僕の意識に「何も守れない」って蓋が付けられた。
どれだけ僕が大切に思っていても、どれだけ僕が抗っても、僕は誰一人として守れない。
……その絶望と諦めが、僕の心をへし折ったんだ。
「君が刀を抜けなくなった本当の理由は、自分には大事な人を守れない、そう思ってしまったから。その諦めと絶望が、君の心に枷をかけた犯人だ」
「……僕のせいじゃないか……」
シラヌイのせいなんかじゃない。僕が勝手に諦め、絶望して、殻にこもっただけなんだ。
刀が抜けないのは……僕が弱いのが原因だ。
「青年。君はなんのために生きているんだい?」
「……急になんだ?」
「私はね、「人生は楽しんだものが勝者だ」って宇宙一のモットーを持っている。だけどそれにはあえて隠している言葉があるんだ。私としても歯が浮くセリフなんで、自分の中で留めているのだけどね」
「それは一体……」
「『人生は、恋した人と楽しんだ者が勝者だ』。それが私の真のモットー、それを軸に私は生きているんだ」
「恋した人と……」
「この荒野はね、クミンの故郷があった場所なんだ」
……なんだって?
「ダイダラボッチが国を滅ぼしたと言っただろう? その国が彼女の故郷だったんだ。クミンはそこの貧民街出身でね、仕事を求めてはるばる魔王軍に入隊したのさ。私と同時期にね。たまたま入隊式で隣になったんだけど……」
「だけど?」
「いやぁ、まさか一目惚れしちゃうなんてなぁ! 出会った時から宇宙一の美人でねぇ! ついつい初日で口説いてしまって即OKをもらって! 入隊初日からバラ色のスタートだったよあっはっは!」
「帰っていいか?」
「待った待った、良い所なんだからちゃんと聞いてくれ」
あんたの惚気話聞くためにここへ来たんじゃないんだよ。
「ただ、彼女の顔はいつも晴れなくてね。当時のバルドフは貧富の差が酷く、クミンはそれに心を痛めていた。彼女にはずっと笑っていてほしかったから、クミンの暗い顔を見るのはつらい物があったよ」
「それは、分かるな。僕も母さんが苦しい顔をするのは、見たくないから」
「だろう? だから私は決めたのさ。四天王になって彼女に笑顔を見せようってね」
「……え?」
「四天王クラスの権力があればなんだって出来るからね。四天王になった後、私は真っ先にクミンが心を痛めた原因のスラム街を片付ける事にした。貧困で苦しんでいる人達に仕事を与え、貧しい人達を全員助けたのさ。
それと当時の魔王軍もガチガチで息苦しいと言うか、皆暗い顔をして仕事をしていたからね。それじゃあクミンの心によくないだろう? だから歌って踊って明るく楽しい職場にしようと、私自ら道化を演じる事にした。そしたら職場がどんどん明るくなって、業績がどんどん上がっていったのさ。
勿論いい事ばかりじゃない。四天王となれば危険な仕事も多くなって、クミンに心配をかける事も少なくなかった。だから私はいつも彼女に言う事にしたのさ、自分が宇宙一の男であると。彼女が心配できないくらい、強い男であるとアピールし続けているのさ」
「…………」
なんだこいつ……行動の全部が、たった一人の女のためだって言うのか?
「クミンの笑顔が増えてきたころに、私は彼女の故郷へ行く事にした。そこでプロポーズしようと思ってね。だがそこで現れたのが……ダイダラボッチだった。
私は戦ったが、まるで歯が立たなかった。ダイダラボッチは一晩で国を滅ぼし、私の目の前でクミンを殺したんだ」
「なんだって?」
「私と君、似ているだろう? それにダイダラボッチに殺された者は、成仏できなくなる。異形の妖怪として地縛霊となり、永遠に苦しみながら生かされてしまう。このリゾートの住民が妖怪なのは」
「全員が、ダイダラボッチに殺された人だからか……じゃあクミンも」
「そう。妖怪にされ、この世界に縛り付けられて、永遠に苦しむ事を強要されたんだよ。私とてショックだったさ、三日三晩は泣いたよ。でもね、三日後にはまた新たな目標を見つけた。私もこの地に留まり、クミンが無く暇もないくらい楽しいリゾートを作ろうってね」
たった三日で立ち直った? 僕とはまるで違うな……。
「それで私は魔王軍を辞め、この地で苦しみ嘆いていた妖怪達と共にリゾートを作り出した。幸い、ガランやマサラを始めとした、私について来てくれた者が大勢いたからね。わずか半月でリゾートを立ち上げて、妖怪達に歌と踊りを伝えたんだ。周りが幸せになって笑顔を見せれば、クミンも泣き続ける暇が無くなるだろうしね。そしてダイダラボッチを倒せるよう、鍛錬も積んだ。あれを簡単に倒せるようになれば、クミンが心配する事もなくなるから」
「……全部、クミンなのか?」
「ん?」
「あんたの行動は全部、クミンのためなのか? どうして彼女のためだけに、それだけの行動を起こせるんだ?」
「よく聞け青年。男が頑張る理由ってのは、宇宙一シンプルでいいんだよ」
「……なんだ?」
「愛する人のため。それ以外に理由は必要ないのさ」
聞いた途端、僕は強い衝撃を受けた気がした。
僕もドレカーと同じく、「母さんのため」に頑張っていた……つもりだった。なのにドレカーの言葉があまりにも重くて、僕の決意が軽いような気がして、雷に打たれたようだった。
「言葉に出して、行動して、初めて男の声は重みを得るのさ。ただね、独りよがりではいけないよ。愛する人と心が通じていなければ、声に重みは出ないんだ。そうだろう、クミン」
はっとし、僕は振り向いた。
そこに居たのはクミンと……シラヌイだった。
◇◇◇
<シラヌイ視点>
時間はちょっとだけ遡る。
私がクミンに呼び止められたのは、部屋に入る直前だった。
「ディックの診察結果?」
「……旦那様には止められていましたが、私は貴方もうかがうべきだと思います……」
「どうして今になって……」
「……あの方は女性を傷つけるのを嫌います。私を傷つけているようで嫌になると……」
最初は言葉の意味が分からなかった。でもこっそりディックの部屋に忍び込んで、診断結果を聞いて、私は重苦しい気持ちになった。
私の軽率な行動のせいで、ディックに余計な枷をつけてしまった。
だけどもし何もしなかったら、ディックは殺されていた。そんなのは嫌だったのに、私のせいで余計な苦しみを与えてしまったんだ。
「私が……変なことをしなければ……」
「……いいえ、貴方が悪くはありません。それに、あの人のお話はまだ終わってませんよ……」
クミンの言う通り、先輩は自分の事を話し始めた。
私達四天王にも教えなかった大きな傷口を抱えて、それでもあの人は愚直に突き進んでいる。どうしてそうまで、クミンのために戦えるのか、私はわからなかった。
「……男が動く理由は、とてもシンプル……でも動き出すきっかけは、女にしか作れません……」
「どういう事ですか?」
「男の背中を押せるのは、いつの時代も恋する乙女だけ……そう言う事ですよ……」
ドレカー先輩がリゾートを作るきっかけは確かに奥様だったらしい。でも動き出すきっかけになったのは、奥様の声だった。
『もう泣かないで……ドレカー……!』
この一声を聴いて、先輩は立ち上がったという。
本当は先輩も泣きたいくらい苦しんでいる。でも奥様に背中を押されて、涙は見せないようになったらしい。
「こんな体になった私に出来るのは、あの方の傍に居る事だけ……ですが貴方は、生きている……私とは別のやり方で、彼の背中を押せるはずでは……」
「……分かっています」
私はディックが好き。もう隠したってしょうがないから口に出してやる。
あいつが苦しんでいるのなら、そこから引き上げるのは私の役目なんだ。
他の誰にも出来ないし、させたくない。私は私のやり方で、ディックを元に戻してやるんだ。
「シラヌイ……」
「……今の、全部聞いてたから」
とは言っても、どうしよう。何の作戦も立てずに出てきちゃったから、どう言葉かけをすればいいのやら……私の気持ちを伝えるのは場違いだしなぁ……。
「やはりいい所で来てくれた。流石は私の妻だね」
「……旦那様の事なら、私はなんでも分かりますから……」
「うんうん。では、私も最後に二人の後押しをしようじゃないか」
ドレカー先輩が印を組みだした。すると紫の焔が浮かび上がって、大きな輪を作り出す。
降霊術だ。冥界に居る死者の魂を呼び出す術。
「君達にサプライズをしようと準備していてね。気付かれないように旅館の手伝いをしてもらったのさ。何しろ、この人を探し出すのに時間がかかってしまったから」
「……あなた達の迷いを晴らす、太陽のような人ですよ……」
炎の輪から、人が現れた。
その人は私に瓜二つの姿をしている。長い黒髪に、サファイアのような青の瞳。顔立ちに至るまで、そっくりだ。
ディックが立ち上がる。だってその人は、ディックにとって大事な人だから。
「……母、さん……?」
0
お気に入りに追加
3,383
あなたにおすすめの小説
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる