ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。

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31話 不調の原因

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「依頼内容の確認だが、魔導具の修復と彼のイップスの治療、その二つでいいんだね?」
「はい。ですが先輩、いつの間に医師になられたのですか?」

 私は、先輩に案内されながら聞いてみた。

「単純さ。ここを立ち上げた時、医師が居なかったからね。だから私が医者になるしかなかった。宇宙一単純な理屈だろう?」
「……え、それだけ?」
「それだけ。男が動く理由なんて単純な物なのだよ。はっはっは!」

 相変わらず豪快な人だなぁ。三十年前と全く変わってない。
 けど実務能力はリージョンを遥かに凌駕するのよね。副官だった頃、この人の仕事量に目を回したっけ。

「まずは魔導具の修理から片付けよう。ディック、君の診察はそれからでいいかな?」
「かまわないけど、その前に聞いてもいいか。あの巨人についてだ」

 ディックに聞かれ、先輩は「ああ」と頷いた。

「あの巨人は何もない所から突然現れた。あんたの様子を見るに、何度も戦っているみたいだけど……」
「何度も? けどあの巨人は先輩が倒したじゃない?」
「いいや、ディックの推理が正しい。あの巨人は不死の化け物さ。また数日もすれば出てきてしまうだろうね」

 不死の化け物? そんなのが何もない所から出てくる? 聞いた事が無いわね。

「巨人の名はダイダラボッチ。三十年前にこの土地に突如として現れ、以降幾度も私が戦い続けている、宇宙一面倒な怪異だ。さっきの戦いは楽勝に見えるだろうが、本来ならば四天王が総出で立ち向かわねば歯が立たない怪物でもあるのだよ」
「なんだって?」

 私も驚いた。先輩がいとも簡単に倒すものだから、全然恐さが伝わらなかった。

「恐さが伝わるよう、宇宙一分かりやすく説明してあげよう。この広大な荒野はダイダラボッチが造ったんだ」
「えっ?」
「三十年前、ここは荒野ではなく草原で、バルドフ以上に栄えた国があった。だが突如現れたダイダラボッチによって、一晩で国は消滅。草原も草木が生えない荒野と化した。奴はこの荒野から離れることはないが、もしバルドフへ進撃すれば、甚大な被害が出るだろうな」
「……そんな化け物を、あんたは一人で食い止めているのか?」

「その通り。最初こそ苦戦したが、何度も戦えば攻略法も理解できるものでね、片手間に駆除できるようになったよ。余裕で倒せなければお客様を安心させられないだろう? 私は宇宙一ホスピタリティに気を遣う男、イン・ドレカーだ。あの化け物退治は今じゃ、このリゾートの目玉イベントになっているのだよ」

 化け物の出現を逆手にとって、集客に利用しているのね。引退しても実力は健在、先輩らしい豪快な方法だけど……。

「……先輩、あのダイダラボッチって何なんですか?」
「僕もだ。唐突に出現する巨人なんて聞いた事がない。なぜダイダラボッチはこの周辺にしか出現しないんだ?」
「それに関しては後で話してあげよう。私の宇宙一の家が見えてきたからね」

 先輩が指さす先には、塀付きの立派な造りの屋敷が建っている。私達が近づくなり、門から二人の人影が飛び出してきた。
 一人はキツネの耳と九本の尻尾をはやした女性で、もう一人はリージョンと同じ種族の男、しゃくれ顎が目を引く青鬼だ。

「おかえりキャプテン! あたい見てたよ、ダイダラボッチを倒す雄姿を!」
「流石はワシらのキャプテンなんだな! キャプテンが居れば恐れる物は何もないんだな!」
「その通りだともわが親友よ! おっと紹介遅れたね、九尾のキツネのガラン、青鬼のマサラ。私が誇る宇宙一の親友だ!」
「存じ上げていますよ。先輩が退職して一番についてきた二人ですし」
「僕は知らないからありがたいけどね」

 そういやそうだった。魔王軍に馴染んでいるから忘れていたわね。

「お前が魔王軍に入った人間かい? 思ったよりもイケメンじゃないか、気に入った」
「ガランは面食いなんだな、惚れっぽいから気を付けるんだな」
「バカ言うない、あたいが惚れるのは後にも先にもキャプテン一人! お前もそうだろマサラ!」
「その通り! なぜならわしらのキャプテンはぁー♪」
『宇宙一の男 イン・ドレカーなのだからぁー♪♪♪』

 三人でポーズをとって、また合唱。変わらないなぁこの三人。

「……なぁ、なんでいちいちミュージカルを挟むんだ?」
「いい質問だ青年。笑って明るい人生と 俯きくら~い人生と 君ならどっちを歩みたい? ガラン!」
「断然笑って明るい人生さ!」
「そうその通り! 笑顔で楽しい人生にゃ 何と何が欠かせない? マサラ!」
「歌と踊りが欠かせないんだな!」

「そうだろうそうだろう! 悔しい時に辛い時 生きてりゃ必ず訪れる そんな時こそ歌って踊れ! 嘲笑上等 歌と踊りを馬鹿にする奴ぁ 人生十割損してる! 人生最後にゃ 心の底から楽しんだ奴こそ 宇宙一の勝者なのさぁ♪」

 派手なフラメンコを披露して、自分のモットーを語る先輩。この人は「人生は楽しんだ奴が勝者」を信条としている。この人が四天王だった頃、魔王軍は今以上に賑やかだったな。
 ……まぁこの人の影響で呑気な奴が増えすぎちゃったんだけど。

「歓迎のミュージカルも終わったことだし、さぁ入った入った」
「ととっ……背中を押すなよ」
「強引すぎるんだから……きゃっ」

 つんのめって転びそうになったけど、ディックが支えてくれた。こういうさり気ない気づかいされると弱いんだってのに。

「……いらっしゃいませ……」

 その時、物凄く暗い声が聞こえた。
 顔を上げると、死装束に天冠をつけた、長い茶髪の女性が三つ指を立てている。体が薄く透けていて、表情もぐったりしていた。

「……本日はようこそドレカー亭へ。一同総出でおもてなし致します……」

 今にも消えそうな、か細い声ね。立ち振る舞いもふらふらと倒れそうで、見ているこっちが不安になるわ。

「先輩、この方は?」
「妻だ」
「へぇ、奥様……」
『え』

 思わずディックと顔を見合わせた。

「どうだ、宇宙一美しいだろう。彼女は私の妻、名をクミンと言うのさ! クミン、君からも一言!」
「……お初目にお目にかかります……イン・ドレカーの妻、クミンでございます……」
『……はぁぁぁぁぁ!?』

 あまりにイメージ破りな奥様に、私はディックと一緒に叫んでしまった。

  ◇◇◇
<ディック視点>

 やっぱりこいつは意味が分からない。
 僕はイン・ドレカーの背を見ながらそう思った。
 人の好みに文句をつける気はないけど、これはちょっと予想外すぎる。
 イン・ドレカーの印象は派手好きかつ破天荒な男だ。でも娶ったのは、印象とは正反対の暗くてじめっとした女の幽霊。ドレカーの事がますますわからなくなる。
 ……けど結婚しているのなら、安心してもよさそうだな。

「ディック、何ガッツポーズとってんの?」
「何でもない」
「あんたそんな事するキャラじゃないでしょ、気になるから言いなさい」
「いやだ」
「二人とも、口喧嘩はさておいて、例の魔導具を出してくれるかい?」

 ドレカーに言われて我に返り、僕は急いで魔導具を出した。
 受け取ると、ドレカーは屋敷の奥へ向かう。そこには淡い光を放つ泉があった。

「この泉は自然エネルギーを放出する物でね、これに浸すだけで、魔導具を始めとするマジックアイテムに魔力を充填することができるのさ」

 言うなり、籠手と具足を沈める。あとは一日待てば充填が完了するそうだ。
 てっきり大掛かりな儀式をすると思ったのだけど、意外とあっさり終わったもんだな。

「さて次だ。ディック、君の診療をしようじゃないか。心の病は宇宙一の心療内科、イン・ドレカーに任せておけ」
「……いよいよか」

 場所を移し、診察室のような場所でドレカーと向き合う。……看護師のつもりか知らないけど、クミンが部屋の隅でじっと見ていて落ち着かないな……。

「イップスの症状は、刀を鞘から抜けなくなった、と聞いている。まずは原因となった事を教えてくれるかな?」
「わかった」

 シラヌイの補足も受けつつ、僕はフェイスとの一戦を話した。ドレカーは親身になって聞き込み、時折カルテにメモを取って、目を閉じた。

「……ふむ、では君達は、勇者フェイスの敗戦が大きな原因と捉えているのだね」
「僕はそう思っているけど、違うのか?」
「結論を焦らない。その前に一つ伺いたいのだが、君とシラヌイはどのようにして接点を持ったのかね?」
「ぶっ!? 先輩、それは今関係ないでしょう!」
「……夫は至極真面目です……診断に必要な質問をしているのです……お答えを……」

 クミンから威圧感のある詰問を受けた。僕のイップスと何か関係があるのかな。

「シラヌイは、僕の母さんにそっくりなんだ。このロケットを見ればわかる」
「ほう。ふむ! 確かにシラヌイに似て美人だ。サキュバスと人間、種族が違っても姿が似ている人がいるのだな。元気にしているのかね?」
「……もうずいぶん前に亡くなっている」
「それは失礼した。このような美女を失うとは、宇宙一の大損失だ。となると、見えてきたな」

 ドレカーは不意に手を伸ばし、僕の頭に置いた。

「少しだけ君の中に入らせてもらおう」

 言うなり、ドレカーの目が光った。何が起こったのか分からず、僕は目を瞬く。

「……うむ、分かったよ。君のイップスの本当の理由が」
「えっ、何をしたんだ?」
「私は宇宙一の呪術使い、イン・ドレカーだ。君の記憶をのぞき込んで、当時の君が何を思い感じたのかを見させてもらったのさ」

 さらっと凄い事したなこいつ。何でもありすぎるだろ。

「それで先輩、何なのですか? どうしてディックは刀を握れなくなったんですか?」

 シラヌイが身を乗り出して聞いてくる。そしたらドレカーは、

「おっと! そう言えばクミン、予約していた団体客が来るのはいつだったかな?」
『えっ?』
「……もう間もなくかと思います……」
「おおーっとこれは失敬! 実は私は宇宙一の旅館も営んでいてねぇ、団体客には私が案内すると決めているのだよ。なので診察はここで終わりだ、私はおもてなしに行かねばならない!」
「待てよ、僕のイップスの原因って? フェイス以外の理由があるのか!?」
「ちゃんと答えてください先輩!」
「そうだなぁ、教えて欲しいのなら……ちょっと条件を付けさせてもらおうか」

 イン・ドレカーは、にやっと笑った。
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