ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。

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25話 ディックの異変

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「空間と時間を操る力が使えないか。一本取られたな」

 俺は四天王の力を試そうとしていた。だが何度試しても使う事は出来ない。どうやらあの場に居た三人は分身だったようだ。
 エンディミオンのコピー能力は使用者を直接見ないと効果が無い。分身や人形を介して使われたら、コピーも無力化も出来ない。
 伊達に四天王を名乗っているわけじゃないか。シラヌイの炎魔法は俺達でも使える物だから、コピーしても旨味は薄い。
 にしても、どうしてあいつらは聖剣の弱点を突けたんだ? ディックには知られていないはずなんだが。

「ま、いいか。魔導具の力は奪えたし」

 エンディミオンがある限り、俺は無敵だ。これからも楽しませてもらおうか。

「勇者様! 昼食の準備ができましたよ」
「うん、すぐに行く」

 おっと、声がかかったか。こいつらには俺の裏の顔を知られないようにしないとな。
 今日の担当はディックの代わりに入れた女剣士か。あいつより実力は劣るが、それなりに使える女だ。回復役の女僧侶と火力担当の女魔法使い、これが今の俺のパーティだ。

 全員選りすぐった美女ばかり。ハーレムを引き連れて旅するのは気分がいい。こいつらの前では、品のいい勇者を演じていないとな。
 ディックが消えてから本当に気分がいい。ただ、あいつが魔王軍についていたのは少し驚いたけど。

 ……母親なんてのに拘るお前は気に食わないんだよ。

 俺の方が上だ。何しろ三人もの美女に囲まれ、行く先々でも女から言い寄られている。母親にばかり目が行くお前とは格が違うんだ。
 愛情なんてくだらない物にすがるお前が、この俺に勝てるわけがない。

 お前との格付けは済んでいる、敗者は敗者らしく、頭を垂れて這いつくばっていろ。

  ◇◇◇
<ディック視点>

 僕は訓練室で、藁束を前にしていた。
 目を閉じ、刀を握る。瞬間浮かぶのは、フェイスに体を刻まれる瞬間。母さんから教わった抜刀術を悉く潰され、完膚なきまでに敗北してしまった。
 敗戦の記憶に体が竦んで、刀が抜けなくなる。ため息を吐き、刀を見やった。

「……居合が使えない」

 奴との二度の敗戦は思った以上にのしかかっていた。刀を握る度、奴から受けた恐怖が蘇って、鞘を抜く事が出来なくなっていた。
 スランプ、もしくはイップスという物だろうか。フェイスに母さんの居合術を完全否定されてしまった、それが無意識に体を竦ませている。

「……困ったな」
「何が困ったの?」
「どうやっても、刀が使えないんだよ、シラヌイ」

 振り向き、やってきた彼女に向き直る。シラヌイには僕の状態を話してある。

「自信を持ってた剣術で完膚なきまでにやられたわけだしね。あんた結構繊細な奴だったのね」
「情けない事にね。同じ相手に何度も負けたからかな……無意識に「通用しない」って体が竦むみたいなんだ」

 とはいえ、ショックは大きい。刀と抜刀術は母さんが遺してくれた形見だ。それが使えなくなるのは、僕にとって死ぬよりも辛い。……母さんと引きはがされたような気がするから。

「ほら、しゃんとする! 落ち込みっぱなしはらしくないっての!」

 シラヌイが乱暴に頭を撫でてきた。ぐしゃぐしゃと髪を乱され、きょとんとする。

「あんたがまた居合を使えるように、私も手伝ってあげるから。そんな泣きそうな顔すんじゃないの。剣術なんて全然知らないけど、何かのきっかけがあればまた使えるでしょ」
「そうかな」
「上司が言う事は絶対なの。それにあんたが刀を使う姿が見れなくなるの嫌だし、居合使うあんた、かっこいいし……見れなくなるの、嫌だから」
「何? 後半聞き取れなかったけど」
「うっさい聞き返すな!」

 シラヌイに思い切り蹴り飛ばされた。彼女なりの激励なんだろうけど、やっぱり痛い。

「そう言えば、まだ礼を言ってなかったね。フェイスから庇ってくれてありがとう」
「庇う? えぁー……あれは体が勝手に動いただけで、あんたを助けようと思ったわけではなくて……皆まで言わせんな!」

 また蹴られた。でも耳まで赤くしていたら説得力無いよ。

 気付いたら、もう彼女の事を母さんみたいと思わなくなった僕が居る。母さんに似ているけど、僕はシラヌイ本人を……いや、これ以上はやめておこう。照れくさい。
 フェイスに奪われた居合術と刀、どうにかして取り戻さないと。

  ◇◇◇
<ソユーズ視点>

「ああんもう、そこはキックじゃなくてキッスでしょうがシラヌイちゃん!」
「ディックもぬぼーっとしてないで頭撫で返すとか肩を抱き返すとかアクションを返せ!」

「……お前ら何をしている」

 我は訓練室を覗き込んでいる馬鹿二人にツッコミを入れていた。
 我も覗き込めば、もどかしい空気のディックとシラヌイが。成程……またいつものように茶々を入れているわけか。
 こいつらはあの二人の関係を面白がっているらしく、物陰で覗いてはちょっかいを出している。……仕事しろ。

「だぁってぇ、ディックちゃんてばスランプに掛かっているのよ。そのチャンスを逃しちゃだめじゃなぁい」
「自信を失い弱った所を支えてやれば、より関係が深まるだろう。だというのにあの二人はまたもじもじきょとんとして。けしからん!」
「……ディックの一大事をラブイベントにするな阿呆共」

 ディックにとって重大な問題に直面しているのだ、遊び半分でちょっかいを出してやるな。
 ……あいつはいい奴だ、暗い我にも平等に接してくれる。数少ない友人の危機ならば、我としても手を貸してやりたいものだ。

「どうしようかしら……やっぱここは強引に理由付けて出張させる? ホテルに泊まらせる? そしたら自然にサキュバスドッキングするわよね」
「だがシラヌイにそんな度胸はあるまい、ディックの朴念仁ぶりも考慮すれば愚策だぞ。ならばちょっとしたトラブルに見せかけて密着する機会を与えてだな」

「…………(怒)」

 とりあえずこの阿呆二人は鉄棒でぶん殴って処理しておいた。

「……いい加減空気を読め。特にバツイチ、お前が出しゃばっては逆に破局するだろ」
「確かにねぇ。奥様と別れたのってにゃんにゃんの時マニアックなプレイ要求し過ぎて愛想をつかされたのが原因なんでしょお?」
「なんで知ってんだよ!?」
「魔王様から聞いたのよぉ」

 部下の夜の生活まで把握するのはアブノーマルが過ぎますよ魔王様。ただ、

「……頭の中身がハッピーセットは放置しておくか」
「そうしましょうかぁ」
「お前ら俺を虐めて楽しいか?」

 いじけたリージョンは放っておくとして……じゃないな。

「……おいリージョン、お前の感情を操る力、あれでディックのイップスを治す事は可能か?」
「ぐすん……結論から言えば無理だな。イップスは過剰なストレスに強いトラウマが加わる事で起こる。俺の力はリラックス状態に出来るが、記憶を消す事は出来ない。奴がフェイス戦で植え付けられた恐怖を克服しない限り、刀を抜ける様にはなるまいよ」
「……そうか。メイライト」
「同じくよぉ。私は体の状態を戻すだけで、心の状態までは戻せないの。それに過去へ戻るような時渡りまでは使えないし、ディックちゃんの心が治らないとどうしようもできないわ」

 ……四天王の力とて、人の心を戻せるほど万能ではないか。

 己の信じていた剣術が通用しなかった事は、ディックにとって大きなショックだったのだろう。まずはそれを取り除く所から始めねばならないようだな。

「慌てたってしょうがないわよぉ。ならまずはぁ、楽しい事して気持ちを切り替える事から始めましょうよぉ。となればやっぱりぃ……シラヌイちゃんとデートさせてあげるのが」
「……お前もそこから離れろ恋愛脳」

 話が振り出しに戻っただろうが。なんだこいつら、ツッコミ役は我しかいないのか? 頼むシラヌイこっちに来てくれ、我一人ではボケの量が多すぎて裁ききれん。

『楽しい事をするかぁ。それ頂き!』

 この混沌に更なるカオスが現れる。……魔王様だ。相変らず後光で素顔が見えない人だ。
 魔王様は楽しそうにキャピキャピすると、手を叩いた。

『いっやー、ずっと悩んでいたのさ。たまには魔王軍で息抜きがてらのイベントやってみたいなぁって。この機会に皆で親睦を深めようじゃない!』
「……唐突に何を」
「私もいい案だと思いますわ魔王様」
「同じく。実行委員はこのリージョンが勤めましょう」

 おいお前ら、何をノリノリになっているんだ?

「だっていい機会じゃないのよぉ、あの二人で遊ぶ……じゃなかった近づける絶好のチャンスよぉ」

 今遊ぶとか言ったよな。我は聞き逃さなかったぞ。

「たまには四天王対抗で戦わねばなるまい。……普段お前らに酷い目に遭わされているんだ、逆襲のいい機会だぞ」

 お前に至っては逆恨みだろうが。さっきの流れガン無視で私利私欲に走るな。

『じゃあ決まり! それじゃリージョン、イベントの内容考えようかー』
「承知!」

 完全にイベント開催に話が進んでいる。大丈夫なのかこの職場。
 ……魔導具の解析終わったから報告しようと思ったのだが、これじゃあ無理だな。
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