ブラック企業「勇者パーティ」をクビになったら、魔王四天王が嫁になりました。~転職先はホワイト企業な魔王軍〜

歩く、歩く。

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17話 恋愛下手のあれこれ。

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 僕は魔王城裏手の森にやって来ていた。
 持ってきた藁束を並べ、刀を握る。鼓動を落ち着けて、抜刀。藁を一刀で横薙ぎに切り倒した。
 続けてもう一度、今度は一本ずつ確実に切り落とす。終わったらまた並べて切って、その繰り返し……。

「……、…………!」

 さっきのやり取りが脳裏に浮かぶと、体が勝手に動いてしまう。胸の奥が熱くなるような、迸る衝動はなんだろうか。
 少しでも雑念を振り払うため、僕はひたすらに刀を振るった。やがて藁が無くなると、今度は目につく木を刈り取っていく。

「シラヌイとか……シラヌイと……っ!」

 力が入りすぎて、大樹を縦に切り裂いた。メキメキと音を立てて倒れる樹木にようやく衝動が収まり、一旦刀を収めた。
 別に変な事をするわけじゃないだろう。ただ一緒に出掛けるだけだ。今までも特に意識した事ないだろう。

「なのに、なんだこの……体の芯が熱くなる感覚は」

 居酒屋で黒子に声をかけられてから、無意味に感情を揺さぶられる。黒子になげかけられた一声だけで、僕は彼女を強く意識していた。
 そしたらまた、刀を振るいたくなってきた。
 手あたり次第に木を切っていたら、その騒ぎを嗅ぎつけたか。

「おい、何をしている。ディック、落ち着け何があった!」

 リージョンがやってきて、僕を羽交い絞めにして止めてきた。
 感情を操る力で気を鎮められ、ようやく我に返る。気づけば森がボロボロだ。

「何があった? シラヌイにきつい事を言われたか?」
「違うんだ。そうじゃない、そうじゃなくて……」

  ◇◇◇

「シラヌイに遊びに行くよう誘われただと?」
「ああ……」

 リージョンの仕事部屋に場所を移し、さっきの出来事を説明すると、奴は同情の眼差しを向けてきた。

「……ディック、疲れているんだろう。明日は早めに仕事切り上げて休んでおけ」
「なんで可哀そうな人を見る目になっているんだ?」
「シラヌイがそんな事を言うなんて天地がひっくり返っても有り得んだろう。大方ストレス過多で幻聴でも聞いたんじゃないか?」
「おい、それ普通にパワハラだぞ」
「えっ!?」

 そんな調子だからハラスメントの鬼とか言われてるんだぞ、少しは自覚しろ無自覚ハラスメント野郎。

「明後日休みが被るから、って事で約束を取り付けたはいいんだけど……その後から胸が痛くなって、じっとしていられないんだ」
「それで刀を振り回していたわけか……物騒な発散をする奴だ。もう少し考えて発散しろよ、魔王軍は今ピリついているんだからな」
「というと」
「魔王軍で指名手配している奴が、このバルドフ付近に潜伏しているらしいんだ。今ソユーズを中心に捜索中でな、変に暴れたら間違えられて捕まるぞ」
「そ、そうか……気を付けるよ」

 ソユーズが居ないのもそんな理由があったからか。指名手配犯とは、魔王軍も大変だな。
 今はリージョンが落ち着けているから衝動は収まっているけれど、まだ僕の中で暴れ出しそうな感情が湧いている。気を抜けばまた、さっきみたいな事になるはずだ。

「ようはお前、シラヌイに誘われて嬉しくてはしゃいでいるって事だろう」
「はしゃぐ? 僕が?」
「他に理由があるのか? 女と遊ぶ予定立てて浮かれているようにしか見えんのだが」
「確かに母さん以外の人と過ごすのは、初めてだけど……」
「お前程の容姿なら女をとっかえひっかえしていたと思っていたが」
「そんな余裕はなかったよ。母さんの結核を治すために、殺し屋稼業ばかりやっていたから」

 仕事の依頼で恋人の振りをした事は何度かある。仕事抜きでとなると、勝手が違うな……。

「ならその頃していた通りに接すればいいんじゃないか?」
「無理だ。仕事の時は感情を殺せたから落ち着いて対処できたけど、シラヌイ相手だと無理だ。居酒屋で会った黒子のせいだよ、くそ」
「あー……あの茶々入れで変に意識してしまったわけか……」

 誘われた時なんかは、声が裏返りそうになったよ。返事をするのに必死で、どう話したのかも覚えていない。
 僕の中でシラヌイは、想像以上に大きな女性になっていたみたいだ。
 それだけに気になる。彼女が僕をどう思っているのか。その返答次第では、以降の関係に大きな傷が付くかもしれない。そう思うと、少し恐くなる。

「それで、どうするんだ? そんなガチガチじゃあ当日楽しめないだろう。当日はどう回る予定なんだ?」
「……未定」
「お前らなぁ、行き当たりばったりすぎやしないか。互いにこう色々ドヘタと言うか、不器用というか……いいか、俺が若い頃はなぁ」
「メイライトから聞いたけど、バツイチなんだろ? 変な説教は自分の首を絞めるだけだぞ」
「……あいつめ、余計な事を……」

 どうでもいいが四天王の人生歴が軒並み濃いな。こいつら仕事でもプライベートでも修羅場乗り越えすぎだろう。

「まぁともかくだ。シラヌイから誘ってくれた事で喜ぶのはいいが、はしゃぎすぎて間違いだけは起こすなよ。あいつは臆病で傷つきやすい、ガラスの女だ。普段通りでいい、いつも通りに過ごせばいいんだ。そんな神聖な事をやるわけじゃない、気楽に、自然に接すればいい。下手な緊張は、却ってあいつを不安にさせる。男なら女を不安にさせるな、ディック」

 なんだろう、物凄く説得力に満ちた発言なんだが。……確かバツイチだったか、背景が透けて見えるな。
 忠告はしっかり覚えておこう。僕もシラヌイを傷つけたくはない。

「今頃彼女は、どう過ごしているんだろうな」

  ◇◇◇
<シラヌイ視点>

 私は、最大の屈辱を味わっていた。

「はーいシラヌイちゃーん、今度はこっちよー♡」

 ……勝手に有給を使わされ、バルドフの服屋を連れまわされている。そして行く先々で着せ替え人形にさせられているのだ。
 こんにゃろ、私を使って遊んでるだろ。

「だって貴方、ローブ一着しか持ってないんでしょ。というより良くそれ一着で過ごしていたわね、匂いどうやって誤魔化してたの?」
「消臭剤頭から被ってた。服は月一で洗ってるの」

 その時にはこれ以外に着る物無いから、洗濯中は基本パンイチで過ごしてる。それを話したらメイライトは大きなため息を吐いた。

「貴方ねぇ、よくもまぁ女を干乾びさせるような事を平気でやる物だわぁ。工事現場のおっさんの休日じゃないのよぉ」
「誰しもあんたみたいに過ごしてるわけじゃないのよ、ほっときなさい」
「よくない。第一貴方、サキュバスなのに色気のない格好してぇ。外に居る時は常に人の視線を感じ続けなさい、それを忘れたら女として死んだも同然よぉ。特に、女の武器を利用するサキュバスなら余計にね」
「だって……私は魅了が使えないサキュバスだし……」
「魅了は魔法だけじゃないのよぉ。例えばほら、ちょっと口紅変えるだけでも」

 言うなりメイライトは、私の唇を桃色に変えた。
 手鏡を見せられたけど、ちょっとだけ印象が変わった気がする。普段の化粧を変えただけなのに。

「どぉ? これも立派な魅了の魔法よぉ。明後日までに私がしっかりレクチャーしてあげるからぁ、大船に乗った気でいて頂戴なぁ」
「むー……」

 と言われてもなぁ……私に一体何させようってのさ。

「まずはお洒落から入るでしょお、そしたらさり気ない意外性を見せてあげるの」
「意外性って言うと?」
「ディックちゃんてば、前に貴方に朝ごはん作ってくれたんでしょ? それなら貴方もそのお返しをすればいいのよぉ」
「料理しろっての? 私が? 無理よそんなの。だって今まで、まともにやった事ないし……」
「あら、やってみると結構楽しいのに。試しにどれだけできるか見せてみてよ」

 という事で場所を移し、無理矢理作らされるけど……。
 出来上がる物は見事に黒く炭化した何かばかり。メイライトも唖然としている。炎魔法の使い手だけに、消し炭しか作れないのね私は。

「これは、また……手の付け所に困るわねぇ」
「だから言ったでしょ。時間だって無いし、出来るようになるわけが……」
「大丈夫! 私は時間を操る堕天使よぉ、時間なんていくらでも作れるからぁ、しっかり教えてあげるわよ」
「なんでそこまでしなきゃなんないのよ、それもあんにゃろのために……」
「あら? 貴方ってされっぱなしで黙っていられる性質だったかしら?」

 そう言われると、なんか腹立つ。
 あいつには貸しを作りっぱなしだし……確かに料理の一つでも返してやらなきゃなんか、負けた気がして悔しいし。

「上等よ、がっつり鍛えて、あいつをぎゃふんと言わせてやるんだから! さ、何をすればいい、どうすればいい、まずは基礎から教えなさい!」
「あらまぁ、やっぱ煽ると弱いわねぇ」

 言ってなさい。私はただ、やられっぱなしが気に入らないだけなのよ。
 別にあいつを喜ばそうとか、なんかお返ししてやろうとか。そんなの欠片も思っていないんだからねっ!
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