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8話 有能ディックとポンコツシラヌイ
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ディックの入職が決定してから、とんとん拍子に契約が進んでしまった。
四天王の私の副官としての採用も確定してしまい、私がこいつの監視をしつつ、仕事を教える事になってしまった。
ディックを連れてオフィスに向かっているけど、もうね、歩いているだけで胃が痛い。
今まで自分のテリトリーに他人を招くとかした事ないし、入られると凄く恐いと言うか、足が震えると言うか……。
「あーもう、どうすればいいのよー」
「…………」
「あんたも何か言いなさいよ!」
「……話してもいいんだな?」
「何言って、ってああ、それがあったわね」
ディックには私からの希望で、服従の首輪をつけさせてもらっている。勇者フェイスに付けられていたアレをだ。
こっち来てから外していたけど、念のためもう一度つけさせた。もしかしたら劣情にかまけて襲ってくるかもしれないし、男と二人きりの状況が恐いのよ。
……私、サキュバスなのにいまだ処女だし。生まれて百年経つけど、一度も男から精気を奪った事がないのである。そのせいで他のサキュバスから馬鹿にされるのよねぇ……。
「あれ、部屋通り過ぎたんじゃないか?」
「とっとっと、ごめん……」
考え事してたから見落としていた。胸を叩きつつ部屋に入るなり、ディックは目を瞬いた。
「これは、随分な書類の数だな」
そ、私のデスクには人の身長くらいに積まれた書類が並んでいる。片付けても片付けても終わらないから、ここ数年間オフィスが片付いた事はない。
「……あ、そーだ」
私の頭に妙案が思いつく。こいつに重労働させて、自主退職するよう仕向けるのはどうだろう。
パワハラに当たるかもしれないけど、人間が魔王軍で働く事自体がまずありえない事なわけだし……言うのもあれだけど、私の仕事量は四天王で一番多い。思い切り仕事振って音を上げさせて潰してやる。
「そんじゃ早速仕事を任せようかな。事務仕事片付けるから、その間にこの書類整理しておいてくれる」
「分かった」
くくっ、覚悟しなさい。書類を置く位置が一センチでもズレてたり、向きがほんの数ミリでも気に食わなかったりしたら、徹底的に当たり散らしてやるんだから。
そう思いつつ仕事をして、三十分後。
「終わったよ」
「ってはやっ!? しかも綺麗!?」
書類の重要度に合わせてきっちり組み分けされているし、時期や種類に応じて付箋も使い分けているし、向きも位置も完璧やん。
おまけに、書類の数が減っているような。
「ねぇ、なんで書類減ってんの?」
「いくつか期限が切れていたし、同じ内容の物がダブってもいたんだ。それらは全部細かく粉砕してゴミ袋にまとめておいた」
「え、そんなのあったの」
「結構。多分五分の一はあったかな」
うーわっ、確かに思い返してみれば、無くしたと思って追加でもらったり、結局ポシャッた計画書を放り出してたっけ。
……自分の杜撰さを目の当たりにして恥ずかしくなる。私って今まで無駄な仕事まで抱え込んでいたんだ。
「それと、この書類は僕が預かるよ。これは四天王の判がなくても処理できそうだし。あとこの山は今日じゃなくても、来週までに処理すれば大丈夫だよ」
「う、うん……」
「あと今日のスケジュールも作っておいた。四〇分後に会議があるからそれまでに片付けられるだけ片付けて、会議が終わったらシラヌイ軍との作戦の打合せ、その後は……」
え、なにこいつ。すげー綿密かつ完璧なスケジューリングなんですけど。
今までの私は目につく仕事をとにかく片付けて、会議とかもギリギリで出席したりして、一日中ドタバタしてたんだけど、これだけタスクをクリーンアップされると滅茶苦茶楽になるわね。
……これもしかして、私が逆に役立たずになるんじゃない?
◇◇◇
結局その後、ディックが事前連絡などを済ませてくれたおかげで各種手続きも即座に終了。打合せや会議も司会進行をやってくれたから簡単にまとまってくれたし、今までの苦労がなんだって位楽に仕事が進んでいく。
……おかげで余裕をもって昼食にありつけるんだけど。きっちり六十分も休憩取れるとか、私は夢でも見ているの?
仕事部屋で黙々お昼を食べている時も、ディックは手帳を確認し、予定の修正をしている。眼鏡かけて仕事をする姿はなんというか、私以上に仕事出来ます感が漂っていた。
「あんた近眼なの?」
「いや、目が良すぎて裸眼だとかえって疲れるんだ」
「……あそ」
「仕事の話に戻すけど、午後の業務も説明した予定でこなせば、今日は一時間残業で済むはずだ。明日は朝早いから、早めに上がって休んでおこう」
「……むー……」
「どうかしたのか?」
「……別に」
まさかここまで仕事が出来る奴だったとは……文句のつけようがないじゃない。
おまけに書類の処理も私より速くて、隙間時間でオフィスの掃除までしちゃったし……お陰で埃っぽかったオフィスがすっきりちゃったし、おまけにどっから取ってきたのか、花まで飾って明るい雰囲気になって働きやすくなってるし! なにこれ、役に立ちすぎてお釣りがありあまってるんだけど。
畜生、追い返す所か感謝している自分が憎らしい。嫌がらせしようとしてもする隙がないし、逆にちょっとでも意地悪しようとした自分が醜くて仕方ないし……。
「疲れたのか? それならスケジュールを調整するけど」
「……随分手慣れてるじゃない。何? ママにも同じ事してたわけ?」
「やってたな。少しでも母さんの力になれるように、子供の頃から母さんのスケジュール管理は僕がやっていたんだ」
「マジか」
「マジだ」
「って事は、私と同じようにズボラな人だったわけ?」
「いいや、むしろ逆だった。何事もきっちりしていないと気が済まない人でさ。依頼書とかも難易度や報酬を計算して整理していたし、家も仕事の合間に綺麗にしていたよ」
「悪かったですね、仕事部屋汚くて」
「忙しかったんだろう、毎日これだけの予定を詰めていたら寝る時間もないよ。出来るだけ仕事のサポートをしていくから、一緒に頑張ろう」
「……むー……」
優しすぎるでしょ……こいつ、なんで怒らないんだろ。
結構私悪態ついてるのに、全部聞き入れて、それ以上の仕事をしてくれる。これじゃ、私が我儘で嫌な女になっちゃうじゃないの。
……今日はもう黙っていよう。変にしゃべったら私が悪人になっちゃうし、悪口言って恩を仇で返しかねないし……。
ため息つきつつ立ち上がると、頭にぽてっとした感触が。
何かと思ってそれをつまんでみると、そいつは私の大っ嫌いな……
「Gー!? や、めっめっ! Gはダメー!」
人間の天敵であるとともに、私にとっても天敵だ! こいつだけは絶対、ダメなのよぉ!
「落ち着いて。僕の後ろへ」
「ひいいっ!」
気が動転して、私はディックに抱き着いた。
彼は窓を開けると、鞘でGを誘導し、外に逃がしてくれる。あーもう、恐かったぁ……。
「ゴキブリは狭い隙間からも入ってくるからね、城のどこかから侵入したんだろう」
「だ、だといいけど……いや待って、一匹見たら三十匹居るかもしれないしぃぃぃ……!」
「大丈夫、気配は感じない。屋外で繁殖する種類なんだろうな」
「ほんとに? ほんとに大丈夫?」
「うん。昆虫までならどこに居るのか気で察知できるから」
「よ、よかったぁぁぁぁ……!」
安心したら力が抜けてしまう。つーかこいつ便利すぎ……気で相手の居場所を探るとか、仙人かあんた。
ここで私は気づいた。腰砕けになったはずなのに、肩をしっかり抱かれて、倒れずに済んでいる。
……我に返り思いだす。Gの恐怖で思わずディックに抱き着いていた事に。
「ひゃああっ!? どこ触ってんのよぉ!?」
「ごめっ……足元!」
「うわあっ!?」
テーブルの脚に引っかかり、危うく倒れそうになった所をディックに救われる。またしてもこいつの腕に抱えられ、情けなさが湧いてくる。顔から火が出る位恥ずかしくて、真っ赤になってるのが自分でも分かった。
「……もう死にたい」
「どこか痛めた所があるのか?」
「……心が痛くてもう死にたい……!」
ああもう、穴を掘って埋まりたいわ……!
四天王の私の副官としての採用も確定してしまい、私がこいつの監視をしつつ、仕事を教える事になってしまった。
ディックを連れてオフィスに向かっているけど、もうね、歩いているだけで胃が痛い。
今まで自分のテリトリーに他人を招くとかした事ないし、入られると凄く恐いと言うか、足が震えると言うか……。
「あーもう、どうすればいいのよー」
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考え事してたから見落としていた。胸を叩きつつ部屋に入るなり、ディックは目を瞬いた。
「これは、随分な書類の数だな」
そ、私のデスクには人の身長くらいに積まれた書類が並んでいる。片付けても片付けても終わらないから、ここ数年間オフィスが片付いた事はない。
「……あ、そーだ」
私の頭に妙案が思いつく。こいつに重労働させて、自主退職するよう仕向けるのはどうだろう。
パワハラに当たるかもしれないけど、人間が魔王軍で働く事自体がまずありえない事なわけだし……言うのもあれだけど、私の仕事量は四天王で一番多い。思い切り仕事振って音を上げさせて潰してやる。
「そんじゃ早速仕事を任せようかな。事務仕事片付けるから、その間にこの書類整理しておいてくれる」
「分かった」
くくっ、覚悟しなさい。書類を置く位置が一センチでもズレてたり、向きがほんの数ミリでも気に食わなかったりしたら、徹底的に当たり散らしてやるんだから。
そう思いつつ仕事をして、三十分後。
「終わったよ」
「ってはやっ!? しかも綺麗!?」
書類の重要度に合わせてきっちり組み分けされているし、時期や種類に応じて付箋も使い分けているし、向きも位置も完璧やん。
おまけに、書類の数が減っているような。
「ねぇ、なんで書類減ってんの?」
「いくつか期限が切れていたし、同じ内容の物がダブってもいたんだ。それらは全部細かく粉砕してゴミ袋にまとめておいた」
「え、そんなのあったの」
「結構。多分五分の一はあったかな」
うーわっ、確かに思い返してみれば、無くしたと思って追加でもらったり、結局ポシャッた計画書を放り出してたっけ。
……自分の杜撰さを目の当たりにして恥ずかしくなる。私って今まで無駄な仕事まで抱え込んでいたんだ。
「それと、この書類は僕が預かるよ。これは四天王の判がなくても処理できそうだし。あとこの山は今日じゃなくても、来週までに処理すれば大丈夫だよ」
「う、うん……」
「あと今日のスケジュールも作っておいた。四〇分後に会議があるからそれまでに片付けられるだけ片付けて、会議が終わったらシラヌイ軍との作戦の打合せ、その後は……」
え、なにこいつ。すげー綿密かつ完璧なスケジューリングなんですけど。
今までの私は目につく仕事をとにかく片付けて、会議とかもギリギリで出席したりして、一日中ドタバタしてたんだけど、これだけタスクをクリーンアップされると滅茶苦茶楽になるわね。
……これもしかして、私が逆に役立たずになるんじゃない?
◇◇◇
結局その後、ディックが事前連絡などを済ませてくれたおかげで各種手続きも即座に終了。打合せや会議も司会進行をやってくれたから簡単にまとまってくれたし、今までの苦労がなんだって位楽に仕事が進んでいく。
……おかげで余裕をもって昼食にありつけるんだけど。きっちり六十分も休憩取れるとか、私は夢でも見ているの?
仕事部屋で黙々お昼を食べている時も、ディックは手帳を確認し、予定の修正をしている。眼鏡かけて仕事をする姿はなんというか、私以上に仕事出来ます感が漂っていた。
「あんた近眼なの?」
「いや、目が良すぎて裸眼だとかえって疲れるんだ」
「……あそ」
「仕事の話に戻すけど、午後の業務も説明した予定でこなせば、今日は一時間残業で済むはずだ。明日は朝早いから、早めに上がって休んでおこう」
「……むー……」
「どうかしたのか?」
「……別に」
まさかここまで仕事が出来る奴だったとは……文句のつけようがないじゃない。
おまけに書類の処理も私より速くて、隙間時間でオフィスの掃除までしちゃったし……お陰で埃っぽかったオフィスがすっきりちゃったし、おまけにどっから取ってきたのか、花まで飾って明るい雰囲気になって働きやすくなってるし! なにこれ、役に立ちすぎてお釣りがありあまってるんだけど。
畜生、追い返す所か感謝している自分が憎らしい。嫌がらせしようとしてもする隙がないし、逆にちょっとでも意地悪しようとした自分が醜くて仕方ないし……。
「疲れたのか? それならスケジュールを調整するけど」
「……随分手慣れてるじゃない。何? ママにも同じ事してたわけ?」
「やってたな。少しでも母さんの力になれるように、子供の頃から母さんのスケジュール管理は僕がやっていたんだ」
「マジか」
「マジだ」
「って事は、私と同じようにズボラな人だったわけ?」
「いいや、むしろ逆だった。何事もきっちりしていないと気が済まない人でさ。依頼書とかも難易度や報酬を計算して整理していたし、家も仕事の合間に綺麗にしていたよ」
「悪かったですね、仕事部屋汚くて」
「忙しかったんだろう、毎日これだけの予定を詰めていたら寝る時間もないよ。出来るだけ仕事のサポートをしていくから、一緒に頑張ろう」
「……むー……」
優しすぎるでしょ……こいつ、なんで怒らないんだろ。
結構私悪態ついてるのに、全部聞き入れて、それ以上の仕事をしてくれる。これじゃ、私が我儘で嫌な女になっちゃうじゃないの。
……今日はもう黙っていよう。変にしゃべったら私が悪人になっちゃうし、悪口言って恩を仇で返しかねないし……。
ため息つきつつ立ち上がると、頭にぽてっとした感触が。
何かと思ってそれをつまんでみると、そいつは私の大っ嫌いな……
「Gー!? や、めっめっ! Gはダメー!」
人間の天敵であるとともに、私にとっても天敵だ! こいつだけは絶対、ダメなのよぉ!
「落ち着いて。僕の後ろへ」
「ひいいっ!」
気が動転して、私はディックに抱き着いた。
彼は窓を開けると、鞘でGを誘導し、外に逃がしてくれる。あーもう、恐かったぁ……。
「ゴキブリは狭い隙間からも入ってくるからね、城のどこかから侵入したんだろう」
「だ、だといいけど……いや待って、一匹見たら三十匹居るかもしれないしぃぃぃ……!」
「大丈夫、気配は感じない。屋外で繁殖する種類なんだろうな」
「ほんとに? ほんとに大丈夫?」
「うん。昆虫までならどこに居るのか気で察知できるから」
「よ、よかったぁぁぁぁ……!」
安心したら力が抜けてしまう。つーかこいつ便利すぎ……気で相手の居場所を探るとか、仙人かあんた。
ここで私は気づいた。腰砕けになったはずなのに、肩をしっかり抱かれて、倒れずに済んでいる。
……我に返り思いだす。Gの恐怖で思わずディックに抱き着いていた事に。
「ひゃああっ!? どこ触ってんのよぉ!?」
「ごめっ……足元!」
「うわあっ!?」
テーブルの脚に引っかかり、危うく倒れそうになった所をディックに救われる。またしてもこいつの腕に抱えられ、情けなさが湧いてくる。顔から火が出る位恥ずかしくて、真っ赤になってるのが自分でも分かった。
「……もう死にたい」
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