上 下
7 / 181

6話 元勇者パーティの剣士、魔王軍にスカウトされる。

しおりを挟む
 私は、ディックの事が頭から離れなかった。
 僕は、シラヌイの事が頭から離れなかった。

 ディックから施しを向けられた事は腹が立った。私ではなく、記憶の中の母親を追っている事にもむかついた。
 シラヌイに母さんの影を追いすぎて、無遠慮な事をしてしまった。彼女はシラヌイだ、母さんではない。勝手に重ねるなんて、酷い話だ。

 ただ、落ち着いてくると……言い過ぎてしまったと後悔する自分が居る。
 こう、落ち着いてくると……やりすぎてしまったと後悔する自分が居る。

 経緯はともかく、あいつは私を気遣って手を回しただけに過ぎない。実際ディックの手助けで私は少しずつ元気になれた。
 経緯はともかく、僕は彼女の力になれればと思って手を回した。敵対する立場にある相手からそんな事をされたら、元気なんか出るわけない。

 でも本当にディックの本心なのだろうか。打算も無く近づく奴なんていない、私を懐柔して、魔王軍を内から壊そうとしているのかもしれない
 でも僕のした事は全て本心からの事だ。彼女を助けたいと心から思ったから、僕は自分のできる事を考えただけだ。

 知りたい、ディックの本心が。そうじゃないと、恐いから。
 伝えたい、シラヌイに本心を。そうじゃないと、辛いから。

  ◇◇◇
<リージョン視点>

「という事で一緒に来てくれる、リージョン」
「何の説明も無しに言われても困るのだが」

 俺の下に、シラヌイが突然やってきた。
 ノックも説明も無しとは、真面目な彼女には珍しいな。

「貴方に手伝ってほしい事があるの、地下牢へ一緒に来て頂戴」
「だから説明をしろ。地下牢というと、ディックの居る牢か?」
「……うん」

 シラヌイの事情を要約すると、ディックの本心が知りたいから手伝え、だそうだ。

 ……随分ややこしい理屈をつけているが、ようは前に酷い事言ったから謝りたいんだろう? 理由はどうあれ、ディックはシラヌイの体を癒していたんだ。礼を言うのが筋なのに、罵声を飛ばした。シラヌイは筋を通す狭義の強い女、敵であろうとも、理不尽な振る舞いに罪悪感を抱いているのだろう。

 ただ、一人で行くとバツが悪くてまた悪態を言いかねない。だから一緒について来てほしい。そんな所か? もう彼女とは長い付き合いになる、考えている事くらいわかるさ。

 以前部下と飲みに行った時聞いたが、シラヌイはツンデレ、という奴らしい。プライドが高すぎて素直に感情表現するのが苦手なんだとか。
 全く、損な性格をしている奴だ。

「事情は分かった。ただし行く前に深呼吸だ、緊張した状態で行っては相手も警戒するぞ。チャームで本心を聞き出すのだろうし、余裕を持って取り組め」
「うん、わかった……」
「では行くぞ、ひっひっふー、ひっひっふー!」
「ひっひっふー、ひっひっふー! って妊婦じゃねーわ!」

 うーむ、最近ストレスも減って余裕があるせいか、キレのあるノリツッコミだな。
 やはりシラヌイはからかいがいがある。

「これセクハラよ。魔王様に上告してやるから」
「悪ふざけの代償でかすぎるだろう」

 最近魔王軍ではハラスメントに関して煩くてな、下手に女兵士と絡んだら即セクハラだのパワハラだの訴えられてしまう。
 そして四天王のまとめ役である俺は、上は魔王様から説教され、下は同僚と部下から突き上げられる毎日……中間職には世知辛い世の中になった物だ……。

 というよりお前サキュバスだろ、どれだけ貞操観念硬いんだよ、こんなガチガチにガードの硬いサキュバスとか早々いないわ。

「悪ふざけしていないで、早く行くわよ、ほら」
「分かった分かった。そう急かすな」

 ふっ、仕事まだ残っているんだが……同僚のためなら残業程度、覚悟してやろう。

  ◇◇◇

 シラヌイと共にディックの牢へ向かうと、奴は相変わらず牢の隅に座っていた。
 ディック曰く、端っこの方が落ち着くらしい。勇者パーティに居た頃も、フェイスと極力関わらないよう、隅っこに引っ込んでいたそうだ。
 ここまで来ると虐待だな、敵ながら同情するぞ。

「シラヌイ……? 来てくれたのか」
「別に好きで来たわけじゃない。尋問し忘れた事があったから来ただけ」
「そうか。だけど僕から話せる事は全部伝えたはずなんだけど」
「それは、その……」

 いや本音を言えよ。この間はごめんなさい、強く言いすぎた。それを言うだけで済む話だろうが。
 ……こら、すがるように俺を見るな。既に最初の一言の時点で会話の空気は最悪だからな。
 いくら俺でも廃屋を新居に建て替える事は出来ないぞ。……だから縋るように俺を見るな!

「あー、まぁなんだ。今一度チャームをかけさせてもらうぞ。その方がお前も話しやすいだろう」
「って事は、また感情を弄るのか。わかった、好きにしてくれ」

 ここ最近のシラヌイ相談で、俺とディックはそれなりに打ち解けている。それにチェスも強くてな、時折対局してもらってもいる。俺の趣味なのだが、周りに敵が居なくてな。ディックは中々のライバルだ。

 感情を操る力を使い、ディックをリラックス状態にする。普段は敵に恐怖を与えたり、殺人で快楽を感じるよう受け付ける力だが、使い方を変えれば相手を落ち着かせる事も出来る。攻めにも癒しにも使える万能スキルだ。

 ディックの体から緊張が解けていく。これならいいだろう。

「シラヌイ」
「……うん」

 ディックにチャームをかけ、シラヌイは座り込む。さて、何を聞くのやら。

「……、えっと、その……あー、うー……」
「なぁシラヌイ、ちゃんと考えて来たんだろうな?」
「考えて来たわよ! でもこう対面するとこう、口がもにょもにょして上手く言えないの!」

 こいつ面倒くせぇ! 

 危うく飛び出しそうになった声を喉の奥で堪え、気を落ち着けるために自分を殴る。よし気がまぎれた。

 どうして俺の周りにはこんなのしかいないんだ。

 ツンデレサキュバス、ゆるゆる堕天使、根暗な魔神。意識高い系魔王と宰相も挟まって胃が痛くなるわコンチクショウ。
 四天王のまとめ役なんて、実質係長やら課長みたいな物。給料も大して変わるわけじゃないし、誰か代わってくれ。

「なら俺の言う通りにしろ。ディック、貴方はどうして」
「貴方はどうして」
「私にそんな優しくするの?」
「私にそんな優しくするの? って何言わせてんのよ!」

 今お前が聞きたい事だろうがばっきゃろう。いらついてこめかみがビキビキ言ってるわ。

「シラヌイに母さんの影を追っていたのは、確かだ。きっかけはそれで間違いない」
「……それが迷惑だって言ってんの」

「ああ、君と母さんは違う、それは頭で理解できている。でも最初に会った時、目に隈を作って、体もぼろぼろで、酷く疲れていた。それに人を近づかせないような空気を纏っていたけど、相手を見下しているんじゃなくて、自分が傷つきたくないから遠ざけている。そんな気がしたんだよ」

 これにはシラヌイも驚いた様子だ。無論俺もだが。
 中々相手を見ているじゃないか。マザコンはよく言えば母親想い、つまりは相手を気遣う優しさの持ち主と言える。

 シラヌイは本来、臆病なサキュバスだ。それがとげとげしい態度を作り、人を遠ざける性格を作っているんだ。

「僕はそんな人を放っておけないだけだ。単にお節介なだけかもしれないけどな」
「……殺し屋の癖に」
「もともと好きでやってたわけじゃない。母さんが居なくなってからは、本業も遠ざかっていたからね」
「……私を懐柔して、魔王軍を切り崩そうとしたりは?」
「思わない。母さんが居ない世界がどうなろうと、僕の知った事じゃないから。それに僕はフェイスから切り捨てられた。人間を恨みこそすれど、必死になって守る価値は肝心ない。今僕が生きてやりたい事は、シラヌイの力になる事。それしか頭にない」
「うっ……ま、真顔でそんな事を言わないでよ馬鹿! 私帰る!」

 大胆な告白にシラヌイが逃げていく。天然で歯の浮く事を言う奴だ。

「……また傷つけてしまったかな。上手く行かないや」
「むしろ逆だろう。あれで傷ついていたらこの社会で生きていけないぞ」

 顔を背けたから気づかなかったか。あいつが顔を赤くしていたのを。素直になれない相手には、素直に接するのが最適解ってわけか。
 ……彼にはチャームがかかっている、先ほどの言葉に嘘はない。そう思った時、俺の頭にある事が浮かび上がった。

 ディックの境遇を考えれば、俺達に協力してくれるだろう。

 元勇者パーティの剣士で、二千の魔物を一人で相手取る実力。魔王軍に欲しい人材だ。
 となれば、即断即決即行動。

「ディック、シラヌイの事が好きか?」
「難しい質問だな。確かに好きだ、でもその好きがどんなものなのかは分からない」
「母親の影を追っていたわけだから当然か。ただシラヌイはいいサキュバスだぞ。見ての通り純正のツンデレだし、淫魔だから夜の寝技も抜群だ」
「それセクハラだろ。彼女に聞かれたら魔王に上告されるんじゃないか?」
「……お前シラヌイに似てるな」

 真面目馬鹿が。かくいう俺も影でナチュラルハラスメンターとか言われている。……繰り返すが、世知辛い世の中だ……。

「まどろっこしい話は抜きにして、提案がある。お前からは魔王軍に逆らう様子が見えないし、むしろ人間達に対して敵意すら抱いている。是非とも提案したい事があるのだが、いかがだろうか」
「急に口調を丁寧にされてもな……わかりました、伺いましょう」

 相手に口調合わせるとか、どんだけ真面目だ。余程母親の教育が良かったと見れる。

「お前、魔王軍に入らないか?」
しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

処理中です...