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16話 俺に任せろ
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帰宅したエストは、俯いたまま動けなかった。
意味も無く同胞を虐殺した奴だ、ろくでなしだろうなとは思っていた。でも……あいつはろくでなしどころじゃない。「善意」を盾に他者の人生を啜る害虫だ。
あんなにも殺したがっていたはずなのに、エストは殺意を抱けなくなっていた。怒りを通り越して虚しさが湧いてくる。唇を噛み、エストは涙した。
「エスト……大丈夫かしら……単なる会話だけで、あんなにも傷つけられるなんて」
「無理ねえよ、あんなクソを通り越したサイコパス野郎、思い出すだけでムカついてくる。悪意や害意がない分余計に気持ち悪いぜ」
「マルク様は、存じていたのですか? あれほどの危険人物だと……」
「俺も正直、想像以上だった。狂人は幾人も相手にしてきたが、あれほど倫理観の欠如した存在は初めてだ。そのくせ性質が悪いのは、Sランク並みの実力を持った相手だと言う事。場所を選ばねば、周囲に甚大な被害が発生するだろう」
ウィードとセラはぞっとした。マルクは微笑み、
「心配するな、相手がどういった手合いか分かった以上、奴に関しては対策出来る」
「エストは、どうされますか?」
マルクはエストを見つめ、二人に手を上げた。二人は頷いて、マルクに任せた。
「隣、座るぞ」
エストから返事は無かった。マルクはゆっくり座り、エストが話すのを待った。
「……貴方は、酷い方ですわね。私をあの野郎と会わせるなんて」
「すまない」
「……あんな奴だったのなら、会いたくなかった。会う前に、貴方に殺してほしかった。あんなゴミみたいな奴、同じ場所に居るだけで吐き気がする。あんな奴を殺したって、なんの意味も価値もありませんわ。むしろ、こっちが汚される。ふとした拍子に、奴の顔が思い浮かんで……その度に、後悔してしまいますわ……!」
エストは泣きながら、マルクを叩いた。
「どうして!? どうして私がこんな目に遭わねばならないの!? 私が何をしたと言うの!? 皆の仇は殺す価値すらないゴキブリ未満のどぶ野郎! 故郷は二度と戻れぬ焼野原! 挙句の果てには呪いがかかって劇物みたいなまっずい血しか飲めなくなるし! 誰がこんな仕打ちをした! なぜこんな仕打ちをされなければならない! どうしてこうまで人生を狂わされなければならない! ねぇ教えてよ、なんで私ばかりこんな、悲しい思いをしなければならないんですの!?」
胸に抱いていた物をぶちまけ、エストは何度もマルクを殴った。マルクは何も言わず、エストの言葉に耳を傾けた。
やがて疲れたのか、エストは手を下げた。赤くなった目元を擦ると、マルクがハンカチを手渡した。
「目が痛くなるぞ、これで拭うといい」
「……ありがとうございますわ」
溜まっていた物を全部吐き出したからか、エストは落ち着いていた。悲しみこそ残っているけれど、雑念は涙と共に流れ出てくれた。
マルクに叩いた事を謝ろうとしたけど、やめた。その前に彼自身が首を横に振ったから。
エストは大きなため息をついて、マルクの腕を突いた。
「血、くださいまし。そろそろ、血液切れの時間ですわ」
「任せろ、とびきり不味いのをご馳走しよう」
「せめて美味しい血であってくださいな……」
って事でマルクの血を貰うと、やっぱり不味い! 喉に針を千本無理やり押し込まれたような痛みが走り、飲み下せば腹の中で一寸法師みたいな奴が暴れ始める! エストはカクカクと不可思議なポーズを取りまくり、ヘッドバンキングで何度も床に頭を叩きつけた!
「か、かかっ……かかかかっ……こぉぉぉぉんのドアホォ!? 私のこれまでの努力が全部無駄になるほどの味に仕上がってません!? 折角ギリギリ甘めに見積もって発酵食品まで昇華した血が再び毒物にワープ退化してますわよぉ!?」
「君のツッコミを受けると日常が戻って来た感じがするな、はっはっは!」
「人の命の危機を日常のワンシーンに落とし込むなこのマッスルサイコパス!」
げしげしマルクを蹴ってもびくともしねぇ。こいつもこいつでかなり頭がいかれてやがる。
でも、ヘイズと決定的に違う所がある。
「……貴方、随分怒ってますわね」
「どうしてそう思う」
「血の味で、相手のストレスの具合とかもわかりますから。この上ない程、ストレスを感じてる味がしましたの。嫌って程貴方の血を貰ってきましたけど、こんなにも味が落ちたのは初めてですもの。相当怒ってないと、これほどの味になりませんわ」
「いい探偵になれるな。あのような者を俺は知らない、平気な顔で他者の命を奪い、弄び、挙句君を深く悲しませた。そんな奴を許すほど、俺は寛容じゃあないさ」
マルクは立ち上がり、手招きした。
「散歩でも行かないか?」
「こんな時に、悠長な」
「こんな時だからこそ、考えを纏めるのに必要なのさ。ただ、歩くだけと言うのも味気ないからな。君の好きな事をして回ってみよう」
「別に私に付き合う必要はありませんわ」
「俺は遊ぶのが苦手でな、君に寄り道の仕方を教えてほしいんだ」
「……そういう事なら、付き合ってあげてもよろしくってよ」
言葉巧みに口説かれて、マルクと向かう事に。歳を重ねているだけに人を乗せるのが上手い奴だ。
☆☆☆
ファンダムを回ってる間、エストは気が気じゃなかった。ヘイズはこの街のどこかに潜伏している、そう思うと背後から急に出てきそうで、気持ちが悪い。
「なぜあの二人は誘わなかったのですか?」
「ちょっとやってもらいたい事があってな、別行動をとってもらっている。それと、心配するな。君の安全は俺が保証する。それより、ファンダムはどうだ? この先やっていけそうか?」
「そうですわね、嫌いじゃありませんわ。高貴なるヴァンパイアである私に対して慣れ慣れしすぎますけど、「あらエストちゃん、飴舐める?」もごもご……皆様悪い人じゃありませんし、「やぁエスト! パンの耳揚げたんだけど、一本どうだい?」はぐはぐ……冒険者として生きるのも悪くありませんし、「エストさん、この間薬草を分けてもらってありがとうございました」苦しゅうないですわ。……私なりにこの街にも愛着が「エストだ! 何してんの!」ええい! 私真面目なお話をしているのですわよ! 邪魔しないでくださいまし!」
むきゃー! と両腕を振り上げ怒るエスト。行く先々で色んな人に絡まれ弄られ、全然話が進んでいかない。
それだけ彼女が愛されている証拠でもある。エストも満更じゃなさそうで、時折笑顔が見られた。
居場所が出来て良かった。そうマルクはほっとしていた。
「ファンダムを好きになってくれてありがとう。俺としてもここは気に入っているからな、君も好きになってくれたのならなによりだ」
「まぁ、腰を落ち着けてもいいかなーとは思いますわ。あのゴキブリ男に奪われたくない、そう思える程度には、なりましたもの」
エストは街が見渡せる高台へ向かった。何もかも失って流れ着いた場所だけど、この場所で新しく得た物が沢山できた。
「こんな時に言うのも変ですけど、一応お礼を伝えておきますわ。この場所を紹介していただいたおかげで、希望が持てるようになりましたから」
「そいつは嬉しいものだ。連れて来た甲斐があったよ」
「貴方の思い通りになってるようで癪ですけどね。私の復讐に関しても、全てわかっていたから、すんなり受けてくれたのでしょう?」
「そうだな、君の救助依頼を受けた時点できな臭さを感じていた。加えて君の人となりを見て、単独で奴に挑みそうだと危惧してな。若い命をむざむざ散らすわけにはいかん。俺はSランク、最強の冒険者「鋼鬼のマルク」だ。君の救助を受けた以上、この名と力に懸けて、最後まで責任を果たさねばならないのさ」
「……そんな物を感じているなら、貴方は何を考えていますの? ヘイズと邂逅した事があるなら、その時点で捕まえていれば終わっていたはず。なのになぜ、私に会うまで何もしませんでしたの?」
「あの時点では、確たる証拠が揃っていなかった。そんな状態で捕えては、俺に過失が出来てしまう。それに、この件における主役は君だ。俺は依頼を受けた者として、君が納得のいく結末になるよう手伝う責務がある。仮にあの場で事を治めた場合、君は納得したかい?」
「……しませんわ。私の大事な人達を奪った奴ですもの、どんな相手なのか一目見て、私自ら相応の罰を与えてやらないと、腹の虫がおさまりませんわ」
そう考えると、単にマルクがとっちめるだけでは、ヘイズに打撃を与えられない。エスト自身があの害獣に、思いっきり平手打ちを喰らわせなければ気が済まない。
「君が抱えた問題は、君自身で解決しなければ、永遠に後悔し続けるだろう。君の想いや誇りを無視しては解決とはならない。君自身が奴との因縁を過去の物に出来るよう援助するのが俺の役割であり、プロとしての義務でもある。ただ結果として、君を傷つけてしまったのは俺のミスだ、その点は謝罪させてほしい」
「いいえ、殴るべき相手の人物像が伺えましたから、むしろお礼を言いますわ。私こそ先ほどの八つ当たり、失礼いたしました。ちゃんと相手を見据えた上で果たすべき問題ですもの、むしろ逃げようとしたのは私。ヘイズとしっかり向き合い、一発手痛い拳骨を浴びせねば、亡くなってしまった方々への手向けになりませんわ」
「やはり君は強い娘だ。真の誇りを持った、気高きヴァンパイアだ。その心を踏み躙ったヘイズを、許すわけにはいかんな」
マルクは他人のために怒って、誰かのために戦ってくれる。悲しんでいる時はさり気なく寄り添って、その人の苦しみに付き合ってくれて、痛みを共に感じてくれる。
ヘイズのように表面だけ見て善意を押し付ける身勝手な優しさではなく、きちんとその人に向き合った上で手を差し伸べてくれる、本当の意味での優しさを理解している男だ。
「貴方に相談したいのですけれど、ヘイズに手痛い打撃を与えるにはどうすればよいのでしょう。あいつは無敵の人ですわ、何を言おうが、何をしようが効果が無いような気がするのですけど」
「そう難しく考えなくていいさ。ああいう手合いには、案外単純な方法が効果的なんだ」
マルクからヘイズの殴り方を教わると、エストは目を丸くした。本当に、凄く単純だ。
そんなので効果あるのだろうか。でも確かに、奴の本分を根底から否定する行動だ。
「特に、君からの一撃が一番効くはずだ。騙されたと思って試してみてくれ」
「やってみますわ。問題はその先……戦闘は避けられないでしょうけど……私では戦いにすらならないでしょう。ウィードやセラの手を借りても、ド腐れに太刀打ちできないかと」
「そんな時こそ俺が居るんだろう」
「ですが貴方、相手は無数の能力を持ったヴァンパイアですのよ? どんな手札を持っているか分からない上に、思考がイかれている分行動も読みづらいですし、いかに貴方が強いとて、筋肉一本鎗で太刀打ちできるかどうか……」
「心配ない、俺に任せろ!」
マルクは胸を叩いて、たった一言で返した。
不安になるのが馬鹿らしくなるくらい、あっけらかんな答えだ。マルクの声は自信に満ちていて、エストの恐怖を、一息に吹き飛ばしてしまう。
「貴方を信じましょう、貴方ならば、何でも出来てしまうんですもの。どうか、私をあの外道から救ってくださいまし」
エストはマルクを全面に信じ、彼の手を取った。
意味も無く同胞を虐殺した奴だ、ろくでなしだろうなとは思っていた。でも……あいつはろくでなしどころじゃない。「善意」を盾に他者の人生を啜る害虫だ。
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「無理ねえよ、あんなクソを通り越したサイコパス野郎、思い出すだけでムカついてくる。悪意や害意がない分余計に気持ち悪いぜ」
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ウィードとセラはぞっとした。マルクは微笑み、
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「エストは、どうされますか?」
マルクはエストを見つめ、二人に手を上げた。二人は頷いて、マルクに任せた。
「隣、座るぞ」
エストから返事は無かった。マルクはゆっくり座り、エストが話すのを待った。
「……貴方は、酷い方ですわね。私をあの野郎と会わせるなんて」
「すまない」
「……あんな奴だったのなら、会いたくなかった。会う前に、貴方に殺してほしかった。あんなゴミみたいな奴、同じ場所に居るだけで吐き気がする。あんな奴を殺したって、なんの意味も価値もありませんわ。むしろ、こっちが汚される。ふとした拍子に、奴の顔が思い浮かんで……その度に、後悔してしまいますわ……!」
エストは泣きながら、マルクを叩いた。
「どうして!? どうして私がこんな目に遭わねばならないの!? 私が何をしたと言うの!? 皆の仇は殺す価値すらないゴキブリ未満のどぶ野郎! 故郷は二度と戻れぬ焼野原! 挙句の果てには呪いがかかって劇物みたいなまっずい血しか飲めなくなるし! 誰がこんな仕打ちをした! なぜこんな仕打ちをされなければならない! どうしてこうまで人生を狂わされなければならない! ねぇ教えてよ、なんで私ばかりこんな、悲しい思いをしなければならないんですの!?」
胸に抱いていた物をぶちまけ、エストは何度もマルクを殴った。マルクは何も言わず、エストの言葉に耳を傾けた。
やがて疲れたのか、エストは手を下げた。赤くなった目元を擦ると、マルクがハンカチを手渡した。
「目が痛くなるぞ、これで拭うといい」
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「任せろ、とびきり不味いのをご馳走しよう」
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「君のツッコミを受けると日常が戻って来た感じがするな、はっはっは!」
「人の命の危機を日常のワンシーンに落とし込むなこのマッスルサイコパス!」
げしげしマルクを蹴ってもびくともしねぇ。こいつもこいつでかなり頭がいかれてやがる。
でも、ヘイズと決定的に違う所がある。
「……貴方、随分怒ってますわね」
「どうしてそう思う」
「血の味で、相手のストレスの具合とかもわかりますから。この上ない程、ストレスを感じてる味がしましたの。嫌って程貴方の血を貰ってきましたけど、こんなにも味が落ちたのは初めてですもの。相当怒ってないと、これほどの味になりませんわ」
「いい探偵になれるな。あのような者を俺は知らない、平気な顔で他者の命を奪い、弄び、挙句君を深く悲しませた。そんな奴を許すほど、俺は寛容じゃあないさ」
マルクは立ち上がり、手招きした。
「散歩でも行かないか?」
「こんな時に、悠長な」
「こんな時だからこそ、考えを纏めるのに必要なのさ。ただ、歩くだけと言うのも味気ないからな。君の好きな事をして回ってみよう」
「別に私に付き合う必要はありませんわ」
「俺は遊ぶのが苦手でな、君に寄り道の仕方を教えてほしいんだ」
「……そういう事なら、付き合ってあげてもよろしくってよ」
言葉巧みに口説かれて、マルクと向かう事に。歳を重ねているだけに人を乗せるのが上手い奴だ。
☆☆☆
ファンダムを回ってる間、エストは気が気じゃなかった。ヘイズはこの街のどこかに潜伏している、そう思うと背後から急に出てきそうで、気持ちが悪い。
「なぜあの二人は誘わなかったのですか?」
「ちょっとやってもらいたい事があってな、別行動をとってもらっている。それと、心配するな。君の安全は俺が保証する。それより、ファンダムはどうだ? この先やっていけそうか?」
「そうですわね、嫌いじゃありませんわ。高貴なるヴァンパイアである私に対して慣れ慣れしすぎますけど、「あらエストちゃん、飴舐める?」もごもご……皆様悪い人じゃありませんし、「やぁエスト! パンの耳揚げたんだけど、一本どうだい?」はぐはぐ……冒険者として生きるのも悪くありませんし、「エストさん、この間薬草を分けてもらってありがとうございました」苦しゅうないですわ。……私なりにこの街にも愛着が「エストだ! 何してんの!」ええい! 私真面目なお話をしているのですわよ! 邪魔しないでくださいまし!」
むきゃー! と両腕を振り上げ怒るエスト。行く先々で色んな人に絡まれ弄られ、全然話が進んでいかない。
それだけ彼女が愛されている証拠でもある。エストも満更じゃなさそうで、時折笑顔が見られた。
居場所が出来て良かった。そうマルクはほっとしていた。
「ファンダムを好きになってくれてありがとう。俺としてもここは気に入っているからな、君も好きになってくれたのならなによりだ」
「まぁ、腰を落ち着けてもいいかなーとは思いますわ。あのゴキブリ男に奪われたくない、そう思える程度には、なりましたもの」
エストは街が見渡せる高台へ向かった。何もかも失って流れ着いた場所だけど、この場所で新しく得た物が沢山できた。
「こんな時に言うのも変ですけど、一応お礼を伝えておきますわ。この場所を紹介していただいたおかげで、希望が持てるようになりましたから」
「そいつは嬉しいものだ。連れて来た甲斐があったよ」
「貴方の思い通りになってるようで癪ですけどね。私の復讐に関しても、全てわかっていたから、すんなり受けてくれたのでしょう?」
「そうだな、君の救助依頼を受けた時点できな臭さを感じていた。加えて君の人となりを見て、単独で奴に挑みそうだと危惧してな。若い命をむざむざ散らすわけにはいかん。俺はSランク、最強の冒険者「鋼鬼のマルク」だ。君の救助を受けた以上、この名と力に懸けて、最後まで責任を果たさねばならないのさ」
「……そんな物を感じているなら、貴方は何を考えていますの? ヘイズと邂逅した事があるなら、その時点で捕まえていれば終わっていたはず。なのになぜ、私に会うまで何もしませんでしたの?」
「あの時点では、確たる証拠が揃っていなかった。そんな状態で捕えては、俺に過失が出来てしまう。それに、この件における主役は君だ。俺は依頼を受けた者として、君が納得のいく結末になるよう手伝う責務がある。仮にあの場で事を治めた場合、君は納得したかい?」
「……しませんわ。私の大事な人達を奪った奴ですもの、どんな相手なのか一目見て、私自ら相応の罰を与えてやらないと、腹の虫がおさまりませんわ」
そう考えると、単にマルクがとっちめるだけでは、ヘイズに打撃を与えられない。エスト自身があの害獣に、思いっきり平手打ちを喰らわせなければ気が済まない。
「君が抱えた問題は、君自身で解決しなければ、永遠に後悔し続けるだろう。君の想いや誇りを無視しては解決とはならない。君自身が奴との因縁を過去の物に出来るよう援助するのが俺の役割であり、プロとしての義務でもある。ただ結果として、君を傷つけてしまったのは俺のミスだ、その点は謝罪させてほしい」
「いいえ、殴るべき相手の人物像が伺えましたから、むしろお礼を言いますわ。私こそ先ほどの八つ当たり、失礼いたしました。ちゃんと相手を見据えた上で果たすべき問題ですもの、むしろ逃げようとしたのは私。ヘイズとしっかり向き合い、一発手痛い拳骨を浴びせねば、亡くなってしまった方々への手向けになりませんわ」
「やはり君は強い娘だ。真の誇りを持った、気高きヴァンパイアだ。その心を踏み躙ったヘイズを、許すわけにはいかんな」
マルクは他人のために怒って、誰かのために戦ってくれる。悲しんでいる時はさり気なく寄り添って、その人の苦しみに付き合ってくれて、痛みを共に感じてくれる。
ヘイズのように表面だけ見て善意を押し付ける身勝手な優しさではなく、きちんとその人に向き合った上で手を差し伸べてくれる、本当の意味での優しさを理解している男だ。
「貴方に相談したいのですけれど、ヘイズに手痛い打撃を与えるにはどうすればよいのでしょう。あいつは無敵の人ですわ、何を言おうが、何をしようが効果が無いような気がするのですけど」
「そう難しく考えなくていいさ。ああいう手合いには、案外単純な方法が効果的なんだ」
マルクからヘイズの殴り方を教わると、エストは目を丸くした。本当に、凄く単純だ。
そんなので効果あるのだろうか。でも確かに、奴の本分を根底から否定する行動だ。
「特に、君からの一撃が一番効くはずだ。騙されたと思って試してみてくれ」
「やってみますわ。問題はその先……戦闘は避けられないでしょうけど……私では戦いにすらならないでしょう。ウィードやセラの手を借りても、ド腐れに太刀打ちできないかと」
「そんな時こそ俺が居るんだろう」
「ですが貴方、相手は無数の能力を持ったヴァンパイアですのよ? どんな手札を持っているか分からない上に、思考がイかれている分行動も読みづらいですし、いかに貴方が強いとて、筋肉一本鎗で太刀打ちできるかどうか……」
「心配ない、俺に任せろ!」
マルクは胸を叩いて、たった一言で返した。
不安になるのが馬鹿らしくなるくらい、あっけらかんな答えだ。マルクの声は自信に満ちていて、エストの恐怖を、一息に吹き飛ばしてしまう。
「貴方を信じましょう、貴方ならば、何でも出来てしまうんですもの。どうか、私をあの外道から救ってくださいまし」
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