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15話 穏やかな異常事態
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現場は異様で酷い有様だった。広大な森は火の海と化し、あまりの熱で空が揺らいでいる。
異質なのは森を焼いているのは青い炎だという事だ。酸素を多く含む極高温の炎が広範囲に広がるのは不自然すぎる。
「なんて勢い……このままでは辺り一帯が荒野になりますわ! 早く鎮火」
「ふんぬっ!」
マルクが拳を振り抜いた瞬間、炎がぶっ飛んだ。所謂爆風鎮火ってやつなのだけど。
「……私のセリフまでかき消さないでくださいまし……」
「非常事態だったんでな、我慢してくれ」
腕力で山火事消せるのも、マルクだったら当たり前。エストはもう驚きやしなかった。
そんな事より被害状況だ。ここは街の者が薬草や野草を採取しに来る大事な場所、民間人が巻き込まれている可能性がある。
エストは血の分身で周囲を探った。予想通り民間人や付き添いの冒険者、野生動物の焼死体が見つかってしまう。
死んではセラでも治療できない。かなりの犠牲者が出てしまい、マルク隊の面々はやるせない思いを抱いた。
この山火事は人為的に起こされた物だ。何の目的で、これだけの災害を起こしたんだ。
「あの、すみません」
その答えを知る者が、現れた。
「この方も、逃げ遅れた方なのです。どうか、一緒に供養してはいただけませんか?」
エストが振り向いた先には、焼死体を抱える男が居た。
優しそうな風貌の、癖のある銀髪の青年だ。ふわりとした、どことなくほっとする空気を纏った、善人にしか見えない赤目の男。
そいつを見た途端、エストの瞳孔が開いた。脳裏に刻まれた忌々しき記憶がフラッシュバックし、魂がそいつを殺せと叫んでいる。
血の槍を顕現させ、男に次々と射出した。四方八方から槍が飛び交い、逃げ道はない。
しかし槍は当たらなかった。男の周囲に不可視の壁が出ているようで、当たる前に防がれてしまった。
「エストちゃん!? ちょっと落ち着いて!」
「どけ! 邪魔だ! そいつなんだ! そいつが私の……私の大事な人達を殺した犯人だ!」
忘れるはずがないし、落ち着けるはずがない。あの優し気な微笑みを浮かべながら、エストの故郷で虐殺を繰り広げた張本人。ヘイズ・J・リークがようやく姿を見せたのだから。
ウィードを振り払い、エストはヘイズへ襲い掛かった。両手に鋭い爪を出して振り抜くなり、大地に鋭い爪痕が走る。
「お気を付けてください、この方の亡骸が傷ついてしまいます」
ヘイズは苦も無くエストの爪を避けていた。悠々と死体を焼死体の山に乗せ、黙祷を捧げている。
セラは息を呑み、ヘイズに釘付けになっていた。
「……どうして、貴方がここに?」
「おや、お久しぶりです。また会えましたね」
セラとの会話がかみ合っていない。ヘイズはエストに目をやると、心から嬉しそうな、穏やかな笑みを浮かべた。
その笑みには、嘲りも侮蔑もない。ただ純粋な善意のみが込められていた。
「そちらのお嬢さんも。本当にお久しぶりですね、二ヶ月ぶりでしょうか。また貴女と会えた幸運、私としても非常に喜ばしく思います」
「! 貴様……貴様ぁっ! どの口でほざくか!」
またしてもエストの攻撃を避け、ヘイズはマルクへ近づいていた。
「彼女を救っていただき、誠に感謝します。鋼鬼のマルク。いかんせん私が行くには手が離せなかったため、貴方を頼らざるを得ませんでした」
「気にするな。人助けは冒険者の基礎、ランクに限らずブレてはならない理念だ。しかし依頼を出す時にミドルネームのみと言うのはいささか不躾じゃあないか?」
「ああすいません、手癖なもので」
「癖か。それなら仕方ないな」
マルクは穏やかに返した。異様な光景にエスト達は汗を垂らした。凄惨たる現場に居るはずなのに、マルクとヘイズはカフェで過ごすかのような会話をしていた。
「ヘイズ・J・リークだな。この山火事が起きた原因を知らないか」
「ああ、私が起こしました」
ヘイズはあっさりと自白した。証拠だと言わんばかりに、指先に蒼炎を出した。
ウィードとセラに衝撃が走った。ヘイズが犯人だったのは勿論だが、それを自ら認めたのが異常すぎる。
「理由を聞かせてもらおうか」
「実はこの森に、人間が大好物の危険な魔物が出現しまして。カニバルアント、ご存じですか?」
「群れを成して人間を喰らう昆虫だな。体長もそこらの蟻とほぼ変わらんから、発見も駆除も面倒で危険な奴だ」
「放置していてはファンダムの方々が危険に晒されてしまいます。ですので、未然に駆除をしたのです。カニバルアントの生息範囲全域を燃やしましたから、もう安心ですよ」
「引き換えに……一体どれほどの犠牲者を出したと思っていますの!」
エストが怒鳴ると、ヘイズはにこやかに両手を広げた。
「感謝していただいて、誠にありがとうございます。貴方の言う通り、ファンダムの方々は救われました。皆さんがお怪我をしないで、本当に良かったです」
「お、おい……あんた、ちゃんとエストちゃんの話、理解してんのか? さっきから会話になってないんだよ!」
「ああ、以前お会いした方ですね。剣の調子はいかがですか? また刃毀れが起こりましたら私に任せてください」
「誰が触らせるか! てめぇ……なんなんだよ一体!?」
「私はヘイズ・J・リーク、そちらのお嬢さんと同じヴァンパイアです。人の役に立つのが生き甲斐でして、困っている方を見ると居ても立っても居られない性分です。ですので、何かお困りでしたら私を頼ってください。必ずや、貴方方の役に立ってみせます」
駄目だ、会話がどんどん乖離していく。話せば話すほど、焦点がずれていった。
「……これまで、ファンダムで起こっていた殺人事件、ならびに……エストの故郷を襲撃したのも、全部、貴方なの?」
「ええ、皆さん私に技術を授けてくださいまして。人の役に立つためにご協力して頂いて、本当に嬉しい限りです」
ヘイズは両腕を広げ、聖母のごとく優しい表情を浮かべた。
「私は人助けが好きですが、あらゆる困りごとに対してお応えできるほどの能力は持っていません。ですから、少々他の方から拝借しているのです」
「やはりか。お前の持つ能力は、技能の強奪だな。吸血が条件と見ていいだろう」
「その通りです。一定量の血を摂取する事で、その方の持つ技術や能力を得られるのですが……必要量が非常に多くて、殺めてしまうのです。でも、結果的に人の役に立てるのですから、問題ありませんよね」
「ないわけ、ないだろ!? お前正気か!? 本気で言ってるのか!?」
「ですが、私が居なければ貴方の剣は壊れていましたよ? カフェの店主さんも、お店を営業できなかったし、それが他の従業員の方の迷惑に繋がってしまいます。私が技能を頂戴して代わりを務めたから、解決したじゃないですか。あ、そうそう忘れる所でした」
ヘイズはエストへ歩み寄ると、うやうやしく跪いた。
「この度はご協力いただきありがとうございます。皆様方のおかげで、私は能力や技の練習が出来ました。つきましては、生き残りのエスト氏へ多大なる感謝をこの場でお伝えいたします」
「き……っさまぁぁぁ!」
エストは血の刃を放った。でもヘイズには当たらなくて、悠々と避けられてしまった。
さっきから、私を悉く……!
エストは決して弱くない、ヘイズが、強すぎるのだ。隔絶たる差が、存在していた。
「ですが、貴方を保護出来なかったのは申し訳ありませんでした。貴方が故郷を離れた後、奴隷に堕とされたのは察知していたのですが、生憎私は別件がありまして。なので代わりにマルク氏に助けていただきました。貴方が無事で、本当に良かった。とても心配していましたよ」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れっ! その薄汚い口を閉じろ無礼者! さっきからなんだ! 私に対する侮辱か!? 練習だと? そんな理由で私の両親を! 友を! 同胞を殺害したと言うのか!? 私の大事な物を全部! 軽々しい理由で壊したと言うのか貴様っ!」
「はい」
即答だった。エストの慟哭と、心からの悲鳴に対する返事は、たった二文字だった。
エストは崩れ落ち、唇を噛み締めてヘイズを睨んだ。
「あの日に、大量の力が必要になりまして。ですが手にしてすぐには使えませんから、練習が必要だったのです。ですのでお嬢さんを始めとした皆様にご協力して頂いたのです。おかげで、技能を十分に使いこなせるようになりました」
もう言葉も出せなくなっていた。何を言おうと、いくら怒ろうと、ヘイズは善意を込めた返事をしてくる。
「二ヶ月間。姿を見せない間、何をしていた」
「各地を飛び回っていました。私の助けを求める方々が、大勢居ましたので」
「お前……ファンダムに戻ってきたのは、エストちゃんが狙いか? この子を殺すために、戻って来たのか?」
「いいえ、以前補給に立ち寄った時、ファンダムが素敵な街だと感じて、心から気に入ってしまいまして。住民の方々が幸せに暮らせる手助けがしたいと思い、移住を決意しました」
「嘘を、言ってない……この人の言葉、全部、本気だわ……」
セラは魔法で発言の真贋を探っていたが、言葉通り、ヘイズの言葉には嘘偽りなどない。
一切の悪意なく、奴は本当に人の役に立つために行動し、自身の行いで人が幸せになるのを望んでいた。
心から感謝し、慈しみ、エストへ親愛の情を向けてくる。だからこそ、エストの心が傷つけられていく。話せば話す程心が捻じれて、潰れてしまいそうだ。
「っぐ……ぅっ……こん……こんな……こんな狂人に……皆……っ……!」
「おやお嬢さん、どうして泣いているのです? 何か、辛い事があったのですか? 私でよければお話を伺いますよ? ファンダムにとても美味しいお茶とお菓子を売っているカフェがありますから、そこに行きましょう」
「いいや、それには及ばん。後で俺が、話を聞こう」
マルクは二人の間に割って入った。彼は微笑み、
「そういえば、以前俺に調味料を渡したな。あれは、どこから手に入れた?」
「浮浪者を加工したのです。容器は骨で、粉は肉、味は血で付けました。人間由来ですが、品質上問題はありませんので安心してください」
「いいや、あれは丁重に葬った」
「おや、もしかしてお気に召しませんでした? でしたら代わりの物をご用意しますが」
「いらんよ。人から調味料を作れるのなら、薬を作るのも容易だろう? 血清の応用、人間を使った、感染症の治療薬。それを近隣の村に配ったな」
「ええ、病を広げないために、私に出来る事をやりました」
「とことん、人の役に立つのが喜びか。その理念自体は大したものだ。己の行いに対し、一切の代価を望まぬ精神も素晴らしい。その「善意」だけは、認めざるをえないな」
「ありがとうございます」
ヘイズが答えるなり、マルクの拳が顔面にめり込んだ。
鋼の拳が直撃し、衝撃の余波が彼方まで貫き、大地を深く抉り取る。だがヘイズは頬に痣を作ったのみで、その痣も速やかに回復していく。
アンデットは体質としてリジェネ能力、つまり再生能力を持つが、ヘイズのそれは奪った能力で強化されており、そこらのアンデットとは比較にならない物だ。
その証拠に、ヘイズはダメージが伺えない。首を傾げ、疑問符を浮かべていた。なぜ自分が殴られたのか、理解できていないらしい。
「何か、お気に触るような事をしてしまいましたか? 理由も無く、叩いたりする方ではありませんよね」
「俺はこの子から、一族の仇を討つ協力をしてほしいと依頼を受けている。状況証拠も揃った今、その依頼を履行するだけだ」
「おや、そのような依頼をしていたのですか。では私も協力しましょう、お嬢さんの大事な方々を殺めた者ならば許せません」
マルクは返事代わりに、ヘイズへ攻撃を仕掛けた。マルクの猛攻を前に、ヘイズは互角に立ち回っている。反撃に指先に光球を作り、マルクへ撃ち出すと、彼の体がずれる程の衝撃が叩き込まれた。
Sランク相手に遜色ない攻防を繰り広げるも、ヘイズは戦う気が余り無く、
「では、失礼します」
頃合いを見て転移を使い、その場から離脱してしまった。
「大丈夫ですかマルク様!?」
「ダメージは無いから心配するな。しかし大した奴だ、俺から逃げるとはな」
「感心してる場合かよ! 早く追いかけないと!」
「その前に、エストのケアをせねばなるまい」
ヘイズとの会話で、エストは心を引き裂かれていた。虚ろな目で涙をこぼし、頭を抱えて蹲っている。
「準備もせず深追いした所で、奴の思うつぼだ。相手は無数の強奪した力を持っている、有利な条件で待ち構えられては余計な被害を生むだけだ。戦う相手がどのような者か、見定められただけでも収穫。今は仲間の心を優先しろ」
「そうっすね……なにより、エストちゃんがこれじゃあ……」
「肩、貸すわ。立てる?」
エストは辛うじて頷いた。
マルクは拳を握り、ヘイズが去った方角を一瞥した。
異質なのは森を焼いているのは青い炎だという事だ。酸素を多く含む極高温の炎が広範囲に広がるのは不自然すぎる。
「なんて勢い……このままでは辺り一帯が荒野になりますわ! 早く鎮火」
「ふんぬっ!」
マルクが拳を振り抜いた瞬間、炎がぶっ飛んだ。所謂爆風鎮火ってやつなのだけど。
「……私のセリフまでかき消さないでくださいまし……」
「非常事態だったんでな、我慢してくれ」
腕力で山火事消せるのも、マルクだったら当たり前。エストはもう驚きやしなかった。
そんな事より被害状況だ。ここは街の者が薬草や野草を採取しに来る大事な場所、民間人が巻き込まれている可能性がある。
エストは血の分身で周囲を探った。予想通り民間人や付き添いの冒険者、野生動物の焼死体が見つかってしまう。
死んではセラでも治療できない。かなりの犠牲者が出てしまい、マルク隊の面々はやるせない思いを抱いた。
この山火事は人為的に起こされた物だ。何の目的で、これだけの災害を起こしたんだ。
「あの、すみません」
その答えを知る者が、現れた。
「この方も、逃げ遅れた方なのです。どうか、一緒に供養してはいただけませんか?」
エストが振り向いた先には、焼死体を抱える男が居た。
優しそうな風貌の、癖のある銀髪の青年だ。ふわりとした、どことなくほっとする空気を纏った、善人にしか見えない赤目の男。
そいつを見た途端、エストの瞳孔が開いた。脳裏に刻まれた忌々しき記憶がフラッシュバックし、魂がそいつを殺せと叫んでいる。
血の槍を顕現させ、男に次々と射出した。四方八方から槍が飛び交い、逃げ道はない。
しかし槍は当たらなかった。男の周囲に不可視の壁が出ているようで、当たる前に防がれてしまった。
「エストちゃん!? ちょっと落ち着いて!」
「どけ! 邪魔だ! そいつなんだ! そいつが私の……私の大事な人達を殺した犯人だ!」
忘れるはずがないし、落ち着けるはずがない。あの優し気な微笑みを浮かべながら、エストの故郷で虐殺を繰り広げた張本人。ヘイズ・J・リークがようやく姿を見せたのだから。
ウィードを振り払い、エストはヘイズへ襲い掛かった。両手に鋭い爪を出して振り抜くなり、大地に鋭い爪痕が走る。
「お気を付けてください、この方の亡骸が傷ついてしまいます」
ヘイズは苦も無くエストの爪を避けていた。悠々と死体を焼死体の山に乗せ、黙祷を捧げている。
セラは息を呑み、ヘイズに釘付けになっていた。
「……どうして、貴方がここに?」
「おや、お久しぶりです。また会えましたね」
セラとの会話がかみ合っていない。ヘイズはエストに目をやると、心から嬉しそうな、穏やかな笑みを浮かべた。
その笑みには、嘲りも侮蔑もない。ただ純粋な善意のみが込められていた。
「そちらのお嬢さんも。本当にお久しぶりですね、二ヶ月ぶりでしょうか。また貴女と会えた幸運、私としても非常に喜ばしく思います」
「! 貴様……貴様ぁっ! どの口でほざくか!」
またしてもエストの攻撃を避け、ヘイズはマルクへ近づいていた。
「彼女を救っていただき、誠に感謝します。鋼鬼のマルク。いかんせん私が行くには手が離せなかったため、貴方を頼らざるを得ませんでした」
「気にするな。人助けは冒険者の基礎、ランクに限らずブレてはならない理念だ。しかし依頼を出す時にミドルネームのみと言うのはいささか不躾じゃあないか?」
「ああすいません、手癖なもので」
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「ヘイズ・J・リークだな。この山火事が起きた原因を知らないか」
「ああ、私が起こしました」
ヘイズはあっさりと自白した。証拠だと言わんばかりに、指先に蒼炎を出した。
ウィードとセラに衝撃が走った。ヘイズが犯人だったのは勿論だが、それを自ら認めたのが異常すぎる。
「理由を聞かせてもらおうか」
「実はこの森に、人間が大好物の危険な魔物が出現しまして。カニバルアント、ご存じですか?」
「群れを成して人間を喰らう昆虫だな。体長もそこらの蟻とほぼ変わらんから、発見も駆除も面倒で危険な奴だ」
「放置していてはファンダムの方々が危険に晒されてしまいます。ですので、未然に駆除をしたのです。カニバルアントの生息範囲全域を燃やしましたから、もう安心ですよ」
「引き換えに……一体どれほどの犠牲者を出したと思っていますの!」
エストが怒鳴ると、ヘイズはにこやかに両手を広げた。
「感謝していただいて、誠にありがとうございます。貴方の言う通り、ファンダムの方々は救われました。皆さんがお怪我をしないで、本当に良かったです」
「お、おい……あんた、ちゃんとエストちゃんの話、理解してんのか? さっきから会話になってないんだよ!」
「ああ、以前お会いした方ですね。剣の調子はいかがですか? また刃毀れが起こりましたら私に任せてください」
「誰が触らせるか! てめぇ……なんなんだよ一体!?」
「私はヘイズ・J・リーク、そちらのお嬢さんと同じヴァンパイアです。人の役に立つのが生き甲斐でして、困っている方を見ると居ても立っても居られない性分です。ですので、何かお困りでしたら私を頼ってください。必ずや、貴方方の役に立ってみせます」
駄目だ、会話がどんどん乖離していく。話せば話すほど、焦点がずれていった。
「……これまで、ファンダムで起こっていた殺人事件、ならびに……エストの故郷を襲撃したのも、全部、貴方なの?」
「ええ、皆さん私に技術を授けてくださいまして。人の役に立つためにご協力して頂いて、本当に嬉しい限りです」
ヘイズは両腕を広げ、聖母のごとく優しい表情を浮かべた。
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「やはりか。お前の持つ能力は、技能の強奪だな。吸血が条件と見ていいだろう」
「その通りです。一定量の血を摂取する事で、その方の持つ技術や能力を得られるのですが……必要量が非常に多くて、殺めてしまうのです。でも、結果的に人の役に立てるのですから、問題ありませんよね」
「ないわけ、ないだろ!? お前正気か!? 本気で言ってるのか!?」
「ですが、私が居なければ貴方の剣は壊れていましたよ? カフェの店主さんも、お店を営業できなかったし、それが他の従業員の方の迷惑に繋がってしまいます。私が技能を頂戴して代わりを務めたから、解決したじゃないですか。あ、そうそう忘れる所でした」
ヘイズはエストへ歩み寄ると、うやうやしく跪いた。
「この度はご協力いただきありがとうございます。皆様方のおかげで、私は能力や技の練習が出来ました。つきましては、生き残りのエスト氏へ多大なる感謝をこの場でお伝えいたします」
「き……っさまぁぁぁ!」
エストは血の刃を放った。でもヘイズには当たらなくて、悠々と避けられてしまった。
さっきから、私を悉く……!
エストは決して弱くない、ヘイズが、強すぎるのだ。隔絶たる差が、存在していた。
「ですが、貴方を保護出来なかったのは申し訳ありませんでした。貴方が故郷を離れた後、奴隷に堕とされたのは察知していたのですが、生憎私は別件がありまして。なので代わりにマルク氏に助けていただきました。貴方が無事で、本当に良かった。とても心配していましたよ」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れっ! その薄汚い口を閉じろ無礼者! さっきからなんだ! 私に対する侮辱か!? 練習だと? そんな理由で私の両親を! 友を! 同胞を殺害したと言うのか!? 私の大事な物を全部! 軽々しい理由で壊したと言うのか貴様っ!」
「はい」
即答だった。エストの慟哭と、心からの悲鳴に対する返事は、たった二文字だった。
エストは崩れ落ち、唇を噛み締めてヘイズを睨んだ。
「あの日に、大量の力が必要になりまして。ですが手にしてすぐには使えませんから、練習が必要だったのです。ですのでお嬢さんを始めとした皆様にご協力して頂いたのです。おかげで、技能を十分に使いこなせるようになりました」
もう言葉も出せなくなっていた。何を言おうと、いくら怒ろうと、ヘイズは善意を込めた返事をしてくる。
「二ヶ月間。姿を見せない間、何をしていた」
「各地を飛び回っていました。私の助けを求める方々が、大勢居ましたので」
「お前……ファンダムに戻ってきたのは、エストちゃんが狙いか? この子を殺すために、戻って来たのか?」
「いいえ、以前補給に立ち寄った時、ファンダムが素敵な街だと感じて、心から気に入ってしまいまして。住民の方々が幸せに暮らせる手助けがしたいと思い、移住を決意しました」
「嘘を、言ってない……この人の言葉、全部、本気だわ……」
セラは魔法で発言の真贋を探っていたが、言葉通り、ヘイズの言葉には嘘偽りなどない。
一切の悪意なく、奴は本当に人の役に立つために行動し、自身の行いで人が幸せになるのを望んでいた。
心から感謝し、慈しみ、エストへ親愛の情を向けてくる。だからこそ、エストの心が傷つけられていく。話せば話す程心が捻じれて、潰れてしまいそうだ。
「っぐ……ぅっ……こん……こんな……こんな狂人に……皆……っ……!」
「おやお嬢さん、どうして泣いているのです? 何か、辛い事があったのですか? 私でよければお話を伺いますよ? ファンダムにとても美味しいお茶とお菓子を売っているカフェがありますから、そこに行きましょう」
「いいや、それには及ばん。後で俺が、話を聞こう」
マルクは二人の間に割って入った。彼は微笑み、
「そういえば、以前俺に調味料を渡したな。あれは、どこから手に入れた?」
「浮浪者を加工したのです。容器は骨で、粉は肉、味は血で付けました。人間由来ですが、品質上問題はありませんので安心してください」
「いいや、あれは丁重に葬った」
「おや、もしかしてお気に召しませんでした? でしたら代わりの物をご用意しますが」
「いらんよ。人から調味料を作れるのなら、薬を作るのも容易だろう? 血清の応用、人間を使った、感染症の治療薬。それを近隣の村に配ったな」
「ええ、病を広げないために、私に出来る事をやりました」
「とことん、人の役に立つのが喜びか。その理念自体は大したものだ。己の行いに対し、一切の代価を望まぬ精神も素晴らしい。その「善意」だけは、認めざるをえないな」
「ありがとうございます」
ヘイズが答えるなり、マルクの拳が顔面にめり込んだ。
鋼の拳が直撃し、衝撃の余波が彼方まで貫き、大地を深く抉り取る。だがヘイズは頬に痣を作ったのみで、その痣も速やかに回復していく。
アンデットは体質としてリジェネ能力、つまり再生能力を持つが、ヘイズのそれは奪った能力で強化されており、そこらのアンデットとは比較にならない物だ。
その証拠に、ヘイズはダメージが伺えない。首を傾げ、疑問符を浮かべていた。なぜ自分が殴られたのか、理解できていないらしい。
「何か、お気に触るような事をしてしまいましたか? 理由も無く、叩いたりする方ではありませんよね」
「俺はこの子から、一族の仇を討つ協力をしてほしいと依頼を受けている。状況証拠も揃った今、その依頼を履行するだけだ」
「おや、そのような依頼をしていたのですか。では私も協力しましょう、お嬢さんの大事な方々を殺めた者ならば許せません」
マルクは返事代わりに、ヘイズへ攻撃を仕掛けた。マルクの猛攻を前に、ヘイズは互角に立ち回っている。反撃に指先に光球を作り、マルクへ撃ち出すと、彼の体がずれる程の衝撃が叩き込まれた。
Sランク相手に遜色ない攻防を繰り広げるも、ヘイズは戦う気が余り無く、
「では、失礼します」
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「大丈夫ですかマルク様!?」
「ダメージは無いから心配するな。しかし大した奴だ、俺から逃げるとはな」
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「その前に、エストのケアをせねばなるまい」
ヘイズとの会話で、エストは心を引き裂かれていた。虚ろな目で涙をこぼし、頭を抱えて蹲っている。
「準備もせず深追いした所で、奴の思うつぼだ。相手は無数の強奪した力を持っている、有利な条件で待ち構えられては余計な被害を生むだけだ。戦う相手がどのような者か、見定められただけでも収穫。今は仲間の心を優先しろ」
「そうっすね……なにより、エストちゃんがこれじゃあ……」
「肩、貸すわ。立てる?」
エストは辛うじて頷いた。
マルクは拳を握り、ヘイズが去った方角を一瞥した。
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