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12話 少し時間は経ちりて
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とある休日のある日、セラとウィードはカフェで、共に朝食を取っていた。
オープンテラスでコーヒーとチョコクロワッサンを楽しみ、仕事前の一服だ。
「セラ姉と鉢合わせるのも珍しいな」
「そうね、普段仕事以外じゃ会わないし」
「水臭いよなぁ、たまには弟分に付き合ってくれてもいいじゃんか」
「まぁたまにならね。手あたり次第にナンパとかしなければだけど」
「いやセラ姉も美人だよ? けど男の性っていうか本能と言うか」
「全くもう。その点マルク様はいいわよね、紳士だし、ユーモアもあるし。ああ言う方とお付き合いしたいわ。エストはいいわね、あの人と同居してるなんて。嫉妬しちゃうわ」
「セラ姉おっさん好きだもんな。旦那には下心満載で近づいたんだろ」
「そりゃあもう。見透かされてたけど……」
当時のセラはCランクで燻っていた。マルクには好意半分、養ってもらいたいが半分で近づいた。
邪な下心はマルクには見破られていて、最初こそ断られた。でも「夢は無いか?」と聞かれて答えたら、「俺が君を鍛えてやろう!」と、笑顔で弟子にさせられた。今では好意と恩義が入り混じっていた。
「魔法を通じた人道支援団体の設立、それが私の夢。冒険者になったのも、力や資金を集めるのにうってつけだと思ったから。でも魔法使いの家系なのに才能無くて、役立たずと背中蹴られて追い出され、外も冷たい奴らばかりで……あの人だけは私を見捨てず、共に居てくれたんだもの。惚れない理由なんて無いわ」
「分かる分かる。旦那は絶対俺達を見捨てないからな。つーかお人好しだぜ? こんな屑を拾うなんてさぁ」
ウィードは元浮浪児だ。十二歳の頃に冒険者となったが、なかなか芽が出ず、長らく燻っていた。そんな中出会ったのが、マルクだ。
「俺の夢語ったら、「なら手を貸そう」って言って弟子にしてくれてさ」
「学校建てたいんでしょ、自分みたいな奴をこれ以上出さないように」
「そうそう。あの人にゃ感謝しているよ。あの人、さり気なく寄り添ってくれるから、居心地いいんだよな。多分エストちゃんも、同じ事思ってんじゃない?」
「かもね。気づいたら、あの子が入って結構経つわね」
「二ヶ月か。旦那の血はまだ不味いままみたいだけど、いつになったら美味くなるのかね」
「うーん、でも不味いままで居てほしい気も少しだけ、あるかな」
「エストちゃんにゃ悪いけど、面白いからなーあの子の反応」
毎回違うリアクションを取ってくれるから見てて飽きないのだ。それにポンコツ過ぎるから、何か放っておけないと言うか、憎めない妹分である。
それに……エストの探す仇も未だ影も形も見えない。仕事の合間合間で情報収集しているのだが、進展なしだ。
「ラスクでも買ってってあげるか」
「ついでにクロワッサンもね」
エストへ土産を買おうと、レジへ向かったらだ。
「おや、貴方は」
「あんたは!」
ウィードは驚いた。出てきたのは剣を直してくれた、あの男だったのだ。
「知り合い?」
「前話しただろ、鍛冶してくれた奴。旅の途中って言ってたけど、戻って来たのか?」
「ええ。とても素敵な街でしたので、暫し滞在しようと踵を返してしまいました」
「成程な、それでここで働くことにしたと」
「いいえ、今回はバリスタが急遽休んでしまったそうで、代役をしているだけです。私の一品、いかがでしたか?」
「美味かったよ。もしかしてクロワッサンも?」
「ええ、お口に合いませんでした?」
「とても美味しかったです」
「それは良かった、お美しいお嬢さんに喜ばれるとは、私は幸せ者だ」
男に微笑まれ、セラは赤らんだ。彼は傍に居ると安らぐ、不思議な空気を纏っていた。
「あの、また来ても?」
「残念ながら、私は今日まででして。ですが貴方が望むのなら、またここでコーヒーをお淹れしましょう」
彼から土産を買い、二人はギルドへ足を向けた。セラは小さなため息をつき、紙袋を抱きしめる。
「何、惚れた?」
「少しだけ心が揺らいだわ。しまった、名前を聞くの忘れてた」
「そういや俺もだ。あいつ、なんて呼べばいいのかな」
まぁまた会えるだろう。二人はそう納得して振り返ると、男は手を振って見送っていた。
いい人だ。二人も手を振り、去っていった。
☆☆☆
エストは覚悟を固めていた。毎朝恒例の、吸血の時間である。
マルクの生活改善を始めてから二ヶ月が経過した。いい加減、血の味に変化が出てほしい所、なのだが……。
「うげほっ! ごほっごほっ! おぅぇえええ~~~~……」
一滴舐めるなりトイレへ駆け込み、ゲロゲロ吐いてしまう。相も変わらずマルクの血はまずいままだ。
ただ、ちょっとは改善の兆しが見えるようになってきた。
「で、味は」
「……二十四年物のシュールストレミングですわ……」
「とりあえず珍味にはなったな、はっはっは!」
出会った当初は劇物だった血は、どうにか食い物に例えられる程度にはなっていた。
……二十四年物のシュールストレミングとか軍に通報されるレベルの危険物なのだが。結局化学兵器の類じゃねぇか。
当然ながらエストにとって苦痛なのには変わらない。何度も壁に頭を打ち付けて、苦痛のあまりのたうち回った。
「き、き……気が狂いそうですわぁ……! の、脳の中で……ゾンビが踊り狂いますわぁ……! バイオテロも甚だしいですわぁ……貴方の血液テロリストが住み着いてますわぁ……!」
「セキュリティが行き届いているな、病原体が入ってきても安心だ」
「むしろセキュリティに狩られる側ですわよ!」
エストはよろめいて、うつぶせにぶっ倒れた。
「血……血が飲みてぇですわ……血……家畜の血じゃ全然渇きを満たせませんの……もう二ヶ月もまともな血を飲んでねぇですの……血ぃ……血ぃ……血ぃ……新鮮でうんめぇ血をちゅうちゅう飲みてぇですわ……!」
減量末期のボクサーみたいなうわ言を呟き、エストはブラッドソーセージを齧った。
呪いの影響で、マルク以外の血を摂取しても心が潤わない。吸血はヴァンパイア最大の娯楽、それを奪われた彼女は、蚊にすら嫉妬を覚える程に追い詰められていた。
「あーーーーっ!!! モスキートのメスはいーですわねー毎日鮮度ばっちりな血が飲めて! こちとらいー加減脱血症状ですわよ! 貴方も早ううめぇ血になりなさいな! これ以上不味い血飲み続けたら私禁断症状の末廃吸血鬼になってしまいますわよぉ!」
マルクをぼこぼこ叩いて憂さ晴らしをするエスト。このままでは彼女の心は壊れてしまう。
「……待てよ、シュールストレミング……一応、食材ですわよね……」
「どうした?」
「……料理すればいけんじゃね?」
エストに電流走る・・・!
黒パンにマルクの血を垂らし、ジャガイモ・玉ねぎ・サワークリーム・香草を挟んだ、臭みを消すひと手間をかけた一品。御託はここまでいざいざ
「晴嵐車ぁぁっ!?(ちゅどーん!)」
吐血する程不味くてすまんかった。
「ちょ、調理したら逆に臭みが増しましたわぁ……意識が理不尽にも吹き飛んだ、ですわぁ……」
「ごりん終、だな。だがどんなクソゲーでも根気よくやればクリアできるさ、はっはっは!」
「攻略本もねぇプレイヤーも居ねぇ完全手探りのゲームなんざ何時間かけりゃいーんですのよ! だーくそこんなん台パン案件ですわぁ! くたばれぇこのクソゲーがぁぁぁっ!」
ともあれ美味しく食べよう作戦も失敗したエストは、肩を落としてギルドへ向かった。
「よっすエストちゃん! これラスク、後で食べなよ」
「それとチョコクロワッサンも。美味しいわよ」
「わぁい! 私両方だぁーい好きですわぁ! ありがとございますぅ!」
でもってすぐに機嫌を直すチョロさであった。
「匂いだけで分かりますわ、中々腕のいい人が作ったみたいですわね」
「流石犬並みの嗅覚。実はさ、前に俺の剣を直してくれた奴がバリスタやってたんだよ」
「ほう? 鍛冶だけでなく調理も。万能だな」
「コーヒーも凄く美味しかったんですよ。マルク様もいらしてみてはいかがです?」
「考えておこう」
マルクは目を閉じ、併設している酒場へ向かった。酒場は冒険者達がたむろしており、情報を得るのにうってつけだ。
「やぁ。すまんが時間を貰ってもいいか?」
「えっ、えっ! マルクさん!?」
「やばっ、声掛けられた! サイン貰ってもいいですか!?」
「なななななんですかっ!? 自分らに出来る事があれば何でも言ってください!」
こんな時、人気者は便利だ。労せず情報を得られる。
「カフェでバイトしていた、シズクと言うCランク冒険者が居ただろう? 彼女がどこに居るか、知っているか?」
「そう言えばここ最近、見ませんね」
「そうか。他にも行方が分からなくなった知人は居るか?」
「え、えーっと……言われてみれば……BやCランクで知った顔が居なくなってますね」
「クエスト先で死んだとか、じゃないですか? この業界よくある事ですし、赤の他人なんて気にしてたらきり無いですよ」
「お、おい! その口の利き方、マルクさんに失礼だぞ!?」
「構わん構わん! 他に知る限りで、行方不明になった知人を教えてくれるか?」
マルクは行方不明の冒険者達と、彼らがやっていた副業も聞いた。
B・Cランクの冒険者達は、冒険者業だけで食っていけないため、カフェや市場でアルバイトをやっている。冒険者を辞めてそちらを本業に切り替える者も多く、バリスタ等の技術を習得しているのだ。
行方不明になった冒険者達は、そういった技能の持ち主ばかりだった。
「では最後に、最近、こういった男に会った事はあるか?」
マルクの問いかけに、冒険者達は皆頷いた。
「凄く親切な人でした。俺の怪我を治してくれたし、薬まで分けてくれたんですよ」
「私も新しい服を拵えてくれて助けてもらいましたよ。マルクさんも一度会ってみてはどうですか?」
「会えたらな。有用な情報助かった。こいつは礼だ、好きに使ってくれ」
マルクは情報を貰った冒険者達に、他言無用の約束と共に謝礼を出した。
「あら、どこへ行ってらしたの?」
「携帯食を買いにな」
「もう、携帯食なら私が作りましたから、必要ありませんわ」
エストはマルク達に包みを渡した。ヴァンパイアお手製レーション、「お嬢様すぺしゃる・めんたい味」だ。
携帯食以上の栄養と回復効果を誇り、腹持ちもいい完全上位互換である。当然味も拘っていて、一口食べれば止められない止まらない、後を引く美味しさだ。
「皆様がた、遠慮なくお召し上がりくださいね。エリクサー症候群なんてもってのほか! こんなの私があっちゅーまに量産しますから、気にせずガンガン消費しちゃってくださいまし! じゃないと製作者が泣きますわ」
「要は食べてもらいたいだけでしょう。実際美味しいから食べるけど」
「まーまー素直じゃございませんこと。私の美味なるレーションに舌鼓をお打ちなさーいおほほほほ!」
すぐ調子に乗るヴァンパイアだ。うざいけど可愛いから許すとしよう。
それにエストがアイテムを自作してくれるから、クエストの効率も上がっている。意外と器用なのだこのお嬢様。
「他にも必要な物があったら言ってくださいまし、ピッキングから透視眼鏡までなんでも取り揃えてますわよー!」
「危ない道具ばっかり作ってどうするのよ」
「完全犯罪でも計画してんの君? ……はっ! 透視眼鏡があれば女湯覗き放題なんj」
「こういう馬鹿が居るから、透視眼鏡は廃棄しましょう」
「作った私が愚かでしたわ、不覚ですわ」
ウィードはミンチにされてゴミ箱に放り込まれていた。
「仲が良くて結構! では出発しようか!」
今日も今日とて束になっている依頼書を手に、マルクは仕事へと向かった。
オープンテラスでコーヒーとチョコクロワッサンを楽しみ、仕事前の一服だ。
「セラ姉と鉢合わせるのも珍しいな」
「そうね、普段仕事以外じゃ会わないし」
「水臭いよなぁ、たまには弟分に付き合ってくれてもいいじゃんか」
「まぁたまにならね。手あたり次第にナンパとかしなければだけど」
「いやセラ姉も美人だよ? けど男の性っていうか本能と言うか」
「全くもう。その点マルク様はいいわよね、紳士だし、ユーモアもあるし。ああ言う方とお付き合いしたいわ。エストはいいわね、あの人と同居してるなんて。嫉妬しちゃうわ」
「セラ姉おっさん好きだもんな。旦那には下心満載で近づいたんだろ」
「そりゃあもう。見透かされてたけど……」
当時のセラはCランクで燻っていた。マルクには好意半分、養ってもらいたいが半分で近づいた。
邪な下心はマルクには見破られていて、最初こそ断られた。でも「夢は無いか?」と聞かれて答えたら、「俺が君を鍛えてやろう!」と、笑顔で弟子にさせられた。今では好意と恩義が入り混じっていた。
「魔法を通じた人道支援団体の設立、それが私の夢。冒険者になったのも、力や資金を集めるのにうってつけだと思ったから。でも魔法使いの家系なのに才能無くて、役立たずと背中蹴られて追い出され、外も冷たい奴らばかりで……あの人だけは私を見捨てず、共に居てくれたんだもの。惚れない理由なんて無いわ」
「分かる分かる。旦那は絶対俺達を見捨てないからな。つーかお人好しだぜ? こんな屑を拾うなんてさぁ」
ウィードは元浮浪児だ。十二歳の頃に冒険者となったが、なかなか芽が出ず、長らく燻っていた。そんな中出会ったのが、マルクだ。
「俺の夢語ったら、「なら手を貸そう」って言って弟子にしてくれてさ」
「学校建てたいんでしょ、自分みたいな奴をこれ以上出さないように」
「そうそう。あの人にゃ感謝しているよ。あの人、さり気なく寄り添ってくれるから、居心地いいんだよな。多分エストちゃんも、同じ事思ってんじゃない?」
「かもね。気づいたら、あの子が入って結構経つわね」
「二ヶ月か。旦那の血はまだ不味いままみたいだけど、いつになったら美味くなるのかね」
「うーん、でも不味いままで居てほしい気も少しだけ、あるかな」
「エストちゃんにゃ悪いけど、面白いからなーあの子の反応」
毎回違うリアクションを取ってくれるから見てて飽きないのだ。それにポンコツ過ぎるから、何か放っておけないと言うか、憎めない妹分である。
それに……エストの探す仇も未だ影も形も見えない。仕事の合間合間で情報収集しているのだが、進展なしだ。
「ラスクでも買ってってあげるか」
「ついでにクロワッサンもね」
エストへ土産を買おうと、レジへ向かったらだ。
「おや、貴方は」
「あんたは!」
ウィードは驚いた。出てきたのは剣を直してくれた、あの男だったのだ。
「知り合い?」
「前話しただろ、鍛冶してくれた奴。旅の途中って言ってたけど、戻って来たのか?」
「ええ。とても素敵な街でしたので、暫し滞在しようと踵を返してしまいました」
「成程な、それでここで働くことにしたと」
「いいえ、今回はバリスタが急遽休んでしまったそうで、代役をしているだけです。私の一品、いかがでしたか?」
「美味かったよ。もしかしてクロワッサンも?」
「ええ、お口に合いませんでした?」
「とても美味しかったです」
「それは良かった、お美しいお嬢さんに喜ばれるとは、私は幸せ者だ」
男に微笑まれ、セラは赤らんだ。彼は傍に居ると安らぐ、不思議な空気を纏っていた。
「あの、また来ても?」
「残念ながら、私は今日まででして。ですが貴方が望むのなら、またここでコーヒーをお淹れしましょう」
彼から土産を買い、二人はギルドへ足を向けた。セラは小さなため息をつき、紙袋を抱きしめる。
「何、惚れた?」
「少しだけ心が揺らいだわ。しまった、名前を聞くの忘れてた」
「そういや俺もだ。あいつ、なんて呼べばいいのかな」
まぁまた会えるだろう。二人はそう納得して振り返ると、男は手を振って見送っていた。
いい人だ。二人も手を振り、去っていった。
☆☆☆
エストは覚悟を固めていた。毎朝恒例の、吸血の時間である。
マルクの生活改善を始めてから二ヶ月が経過した。いい加減、血の味に変化が出てほしい所、なのだが……。
「うげほっ! ごほっごほっ! おぅぇえええ~~~~……」
一滴舐めるなりトイレへ駆け込み、ゲロゲロ吐いてしまう。相も変わらずマルクの血はまずいままだ。
ただ、ちょっとは改善の兆しが見えるようになってきた。
「で、味は」
「……二十四年物のシュールストレミングですわ……」
「とりあえず珍味にはなったな、はっはっは!」
出会った当初は劇物だった血は、どうにか食い物に例えられる程度にはなっていた。
……二十四年物のシュールストレミングとか軍に通報されるレベルの危険物なのだが。結局化学兵器の類じゃねぇか。
当然ながらエストにとって苦痛なのには変わらない。何度も壁に頭を打ち付けて、苦痛のあまりのたうち回った。
「き、き……気が狂いそうですわぁ……! の、脳の中で……ゾンビが踊り狂いますわぁ……! バイオテロも甚だしいですわぁ……貴方の血液テロリストが住み着いてますわぁ……!」
「セキュリティが行き届いているな、病原体が入ってきても安心だ」
「むしろセキュリティに狩られる側ですわよ!」
エストはよろめいて、うつぶせにぶっ倒れた。
「血……血が飲みてぇですわ……血……家畜の血じゃ全然渇きを満たせませんの……もう二ヶ月もまともな血を飲んでねぇですの……血ぃ……血ぃ……血ぃ……新鮮でうんめぇ血をちゅうちゅう飲みてぇですわ……!」
減量末期のボクサーみたいなうわ言を呟き、エストはブラッドソーセージを齧った。
呪いの影響で、マルク以外の血を摂取しても心が潤わない。吸血はヴァンパイア最大の娯楽、それを奪われた彼女は、蚊にすら嫉妬を覚える程に追い詰められていた。
「あーーーーっ!!! モスキートのメスはいーですわねー毎日鮮度ばっちりな血が飲めて! こちとらいー加減脱血症状ですわよ! 貴方も早ううめぇ血になりなさいな! これ以上不味い血飲み続けたら私禁断症状の末廃吸血鬼になってしまいますわよぉ!」
マルクをぼこぼこ叩いて憂さ晴らしをするエスト。このままでは彼女の心は壊れてしまう。
「……待てよ、シュールストレミング……一応、食材ですわよね……」
「どうした?」
「……料理すればいけんじゃね?」
エストに電流走る・・・!
黒パンにマルクの血を垂らし、ジャガイモ・玉ねぎ・サワークリーム・香草を挟んだ、臭みを消すひと手間をかけた一品。御託はここまでいざいざ
「晴嵐車ぁぁっ!?(ちゅどーん!)」
吐血する程不味くてすまんかった。
「ちょ、調理したら逆に臭みが増しましたわぁ……意識が理不尽にも吹き飛んだ、ですわぁ……」
「ごりん終、だな。だがどんなクソゲーでも根気よくやればクリアできるさ、はっはっは!」
「攻略本もねぇプレイヤーも居ねぇ完全手探りのゲームなんざ何時間かけりゃいーんですのよ! だーくそこんなん台パン案件ですわぁ! くたばれぇこのクソゲーがぁぁぁっ!」
ともあれ美味しく食べよう作戦も失敗したエストは、肩を落としてギルドへ向かった。
「よっすエストちゃん! これラスク、後で食べなよ」
「それとチョコクロワッサンも。美味しいわよ」
「わぁい! 私両方だぁーい好きですわぁ! ありがとございますぅ!」
でもってすぐに機嫌を直すチョロさであった。
「匂いだけで分かりますわ、中々腕のいい人が作ったみたいですわね」
「流石犬並みの嗅覚。実はさ、前に俺の剣を直してくれた奴がバリスタやってたんだよ」
「ほう? 鍛冶だけでなく調理も。万能だな」
「コーヒーも凄く美味しかったんですよ。マルク様もいらしてみてはいかがです?」
「考えておこう」
マルクは目を閉じ、併設している酒場へ向かった。酒場は冒険者達がたむろしており、情報を得るのにうってつけだ。
「やぁ。すまんが時間を貰ってもいいか?」
「えっ、えっ! マルクさん!?」
「やばっ、声掛けられた! サイン貰ってもいいですか!?」
「なななななんですかっ!? 自分らに出来る事があれば何でも言ってください!」
こんな時、人気者は便利だ。労せず情報を得られる。
「カフェでバイトしていた、シズクと言うCランク冒険者が居ただろう? 彼女がどこに居るか、知っているか?」
「そう言えばここ最近、見ませんね」
「そうか。他にも行方が分からなくなった知人は居るか?」
「え、えーっと……言われてみれば……BやCランクで知った顔が居なくなってますね」
「クエスト先で死んだとか、じゃないですか? この業界よくある事ですし、赤の他人なんて気にしてたらきり無いですよ」
「お、おい! その口の利き方、マルクさんに失礼だぞ!?」
「構わん構わん! 他に知る限りで、行方不明になった知人を教えてくれるか?」
マルクは行方不明の冒険者達と、彼らがやっていた副業も聞いた。
B・Cランクの冒険者達は、冒険者業だけで食っていけないため、カフェや市場でアルバイトをやっている。冒険者を辞めてそちらを本業に切り替える者も多く、バリスタ等の技術を習得しているのだ。
行方不明になった冒険者達は、そういった技能の持ち主ばかりだった。
「では最後に、最近、こういった男に会った事はあるか?」
マルクの問いかけに、冒険者達は皆頷いた。
「凄く親切な人でした。俺の怪我を治してくれたし、薬まで分けてくれたんですよ」
「私も新しい服を拵えてくれて助けてもらいましたよ。マルクさんも一度会ってみてはどうですか?」
「会えたらな。有用な情報助かった。こいつは礼だ、好きに使ってくれ」
マルクは情報を貰った冒険者達に、他言無用の約束と共に謝礼を出した。
「あら、どこへ行ってらしたの?」
「携帯食を買いにな」
「もう、携帯食なら私が作りましたから、必要ありませんわ」
エストはマルク達に包みを渡した。ヴァンパイアお手製レーション、「お嬢様すぺしゃる・めんたい味」だ。
携帯食以上の栄養と回復効果を誇り、腹持ちもいい完全上位互換である。当然味も拘っていて、一口食べれば止められない止まらない、後を引く美味しさだ。
「皆様がた、遠慮なくお召し上がりくださいね。エリクサー症候群なんてもってのほか! こんなの私があっちゅーまに量産しますから、気にせずガンガン消費しちゃってくださいまし! じゃないと製作者が泣きますわ」
「要は食べてもらいたいだけでしょう。実際美味しいから食べるけど」
「まーまー素直じゃございませんこと。私の美味なるレーションに舌鼓をお打ちなさーいおほほほほ!」
すぐ調子に乗るヴァンパイアだ。うざいけど可愛いから許すとしよう。
それにエストがアイテムを自作してくれるから、クエストの効率も上がっている。意外と器用なのだこのお嬢様。
「他にも必要な物があったら言ってくださいまし、ピッキングから透視眼鏡までなんでも取り揃えてますわよー!」
「危ない道具ばっかり作ってどうするのよ」
「完全犯罪でも計画してんの君? ……はっ! 透視眼鏡があれば女湯覗き放題なんj」
「こういう馬鹿が居るから、透視眼鏡は廃棄しましょう」
「作った私が愚かでしたわ、不覚ですわ」
ウィードはミンチにされてゴミ箱に放り込まれていた。
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