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3話 仕方ぬぇーから私がお世話して美味しい血にして差し上げますわよ!

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 午後に退院したエストは、マルク達を伴い、冒険者ギルドへ向かった。
 マルクへの依頼書を出すためだ。クエストにすれば、ギルドのバックアップを受けられる。情報提供から道具の支援と言った援助をしてくれるから、仇探しが楽になるのだ。
 とは言え、ギルドを使うのは初めてだから、どうすればいいのか分からない……。

「受付で依頼の旨を伝えて、書類を書けばいい。本来なら審査に数日から一週間はかかるんだが、今回は俺が直接受注するから、即日で完了できるぞ」
「助かりますわ」

 ギルドと言えど、全ての依頼を受けるわけではない。その依頼に正当性があるかどうか、職員が精査してから、初めて受注される。Sランクには強い発言力があるため、今回は審査をスキップして直接マルクに受注されるそうだ。
 受付にて依頼後、エストは書類を書き、マルクの口添えで即完了。ハンコを押された所で彼が受け取った。本来なら依頼料も先にギルドへ預けるのだが、マルクの厚意で後払いにしてくれた。

「君の依頼、確かに引き受けた。と言っても俺も多忙だ、何の手掛かりもない以上、君の依頼は片手間になってしまうが、それでもいいかな?」
「構いませんわ、元よりすぐ見つかるとは思っていませんもの。顔しか覚えていない、手がかりのない影を追うのですから」

 それでも、あの嗤い顔は今でも脳に焼き付いている。忘れようにも、忘れられない。
 憤りを懸命に堪え、エストは前を向いた。マルクが味方になったのは大きな一歩である、Sランク冒険者の持つパイプは、世界有数の物だ。

 ……覚悟なさい、地の果てまで貴方を追い詰めて、必ずぶっ殺してさしあげますわ……!

「マルク様、昨日のクエストの報酬を受け取りに行きましょう」
「おっと忘れる所だった、お前達の給金に関わるからな、急がねば」
「午前中時間があったでしょうに、何を遊んでいらしたの?」
「あんたを運んでからも俺達、仕事があったんだよ。三時間しか寝てなくてあくびが出ちゃうや、ふぁーあ……」

 ウィードは大きな伸びをした。パキパキと関節が鳴る音がする。セラも少し疲れ気味だ。
 でもマルクは平然としていた。Aランクでも音を上げるような仕事を苦も無くこなすあたり、奴は鉄人だ。
 Sランク冒険者って凄いんだなぁ。そんな感想を浮かべた後、エストはふと思った。

「貴方、ちゃんと睡眠取ってますの?」
「ああ、三十分も寝たぞ」

 エストは固まった。三十分、「も」? なんか発言がおかしい気がする。

「……おしょ、お食事はきちんととってますわよね?」
「携帯食があるからな。最近の栄養食は凄いんだぞ、一食で一日に必要な栄養素が全部摂れるんだ。そいつをプロテインで流し込んでいるよ」

「まさか、一日一食だけ? でも水分くらいは、プロテイン以外も飲んでますわよね?」
「俺渇きに強くてな、あまり飲まなくても問題ないんだ。はっはっは!」
「え、えっと……流石にもうおやすみですわよね!? 昨日徹夜でお仕事なさったのですから、午後からお休みくらいとりますわよね!?」

「いや、これからもう三件あるが? まぁ追加でもう十件以上は来るだろうが」
「最後に休日取れたのはいつですの!?」
「んー……ひと月、いやふた月前か? もう覚えていないな」

「半年前ですね。私達はちょくちょく取れているんですけど」
「いかんせん旦那はSランクだからさぁ、とにかくギルドからの要請が止まらないんだ」
「まぁ人間忙しいくらいが丁度いいもんさ、はっはっは!」



「はっはっは! じゃねーですわぁ!!!!」



 思わずエストは叫んでしまった。要約するとマルクは半年間休み無しで、一日携帯食料一食のみで、睡眠時間も三十分未満の超絶激務をこなしていたというわけか?

 ……よく生きてるもんだこのオッサン。

「そ、そんなん血が不味くなるに決まってますわよ! 何ですの、冒険者とはそんなに人手不足なんですの!?」
「それもあるが、ここ最近クエストの難度が高くなっていてな。C、Bでは対応できない案件が多くて、どうしてもAや俺に多く仕事が回ってしまうんだ。そのせいもあって、仕事にありつけない奴らが出てしまうんだが」

 周りには暇そうにしているB、Cランクの冒険者がくすぶっている。ギルドは酒場も併設していて、酒盛りをしている連中が多くみられた。
 ギルドの出す仕事には、内容に応じた適正ランクが設けられている。CランクはBランクの仕事が出来ず、BランクはAランクの仕事が出来ない。

 冒険者は自由業、個人の匙加減で仕事を調整できるのだが、総数の多いB・Cランクの冒険者は仕事の取り合いになる。酒場の連中はただ飲んでいるのではなく、職員が仕事を張り出すのを虎視眈々と狙っているのだ。
 A以上となるとギルド側から率先して仕事を融通されるようになるが、Sランクともなれば能力の高さから、その数は膨大になってしまうわけだ。

「だとしても工夫の仕様があるでしょうに! これはギルド側の怠慢ですわ! 無問題どころか問題まみれの超絶ブラックですわぁ!」

 たった一人にこんだけ依存した組織が存在しているとは衝撃だ。こんなんじゃマルクの血はまずくなる一方、エストの命も地獄に向かって一直線だ。

「こんな過重労働断固抗議すべきですわ! 午後の仕事は全部中止しなさい! 貴方にはその権利があるはずですわ! いいですわね!」
「そいつは無理だ、何しろ俺達でなければ対応できない代物ばかりで」
「ごちゃごちゃ抜かしてねーで依頼書貸してくださいまし! ちょっと案内嬢! 案内じょー!!」

 エストはカウンターへ行くなり、マルクの受けていた依頼書を思いっきり叩きつけた。

「これ全部くすぶってる奴らに回してくださいまし! 腐っても冒険者なら仕事しやがれってんですわよ!」
「えっ!? で、でもこれ全部Aランク以上じゃないと出来ないような難しいものばっかりで、マルクさんじゃないとどうにも……」

「だったらギルド側で道具出すなりなんなりサポートすりゃーいいだけの話ですわよ! 一人一人弱いなら数増やしていきゃーいいじゃねーですの! てめぇらのお粗末な仕事他人のせいにしてなんもしないとか、斡旋所としてあまりに無責任すぎやしませんの!? 第一冒険者の皆様方も皆様方ですわ! Sランクがこんだけシャカリキになっているにも関わらず、真昼間から管巻いて恥ずかしいと思いませんのこの昼行燈どもが!」

 冒険者達は言い淀んだ。彼らにとってマルクは憧れの存在、それに比べて自分達の姿を振り返り、情けなさから俯いてしまう。

「少しは自分達も上を目指そうとやってみなさい! ハングリー精神足りてねーですわ! ネバギバですわ! 諦めんなよですわ!! もっと熱くなれよぉですわぁ!! お米食べろですわぁ!!!」
「そうだな……あんたの言う通りだ! もっと俺達にも仕事を回せ!」
「ありがとよ嬢ちゃん、目が覚めたぜ! 俺はやるぜ俺はやるぜ!」
「あたいらだって腕に自信はあるんだ、ギルドに舐められっぱなしでたまるかい!」

 エストに焚きつけられ、冒険者はやんややんやの大喝采。やりたい放題の暴れっぷりに受付嬢は勿論、マルク達もぽかんとしていた。

「ギルドマスターはどちらに! 末端ではなく責任者出て来やがれですわ!!! 消費者の声直接お届けにあがって差し上げますわぁー!!!!」

 エストはギルドマスターへ殴り込みを掛け、長々とクレームを叩き込んだ。滅茶苦茶弁が立つ上に正論なので反論できず、最終的にギルド職員全員でエストに頭を下げる羽目になってしまった。
 その後、マルクも併せて依頼書を検討し、暇を持て余していた冒険者達の戦力を正当に振り分け、ギルド側も手厚い支援を施して、各自仕事に向かわせたのだった。

 今度はマルク達が唖然とする番である。このヴァンパイア、物凄くエネルギッシュだ。

「こっちゃ死活問題だっちゅーのに、貴方もなんで疑問に感じず働き続けていらしたの!」
「仕事が好きだから、つい張り切ってしまってな。はっはっは!」

「ええい! 少しは自分を顧みなさいな! くそったれですわ、昨夜の緊急クエスト出した奴許しませんわ! 依頼主は……ノゼ? ノゼだかハゼだか知らねーけど魚みてーな名前しやがって許すまじですわ! 少しは依頼受ける側の事も考えやがれですわぁ! どうせ助けるなら休日明けにしろってんですわぁ!」

「旦那、この子面白いっすね」
「そうだな」
「そうね」

 この子、悪い子じゃないや。マルク達の思考は一致した。

「しかし参ったな、依頼が全部なくなってしまったから、時間を持て余してしまったぞ」
「なら一杯ひっかけにいきません? いいとこ知ってるんすよ俺!」
「久しぶりのお休みですし、羽を伸ばしましょう」
「いいえ、貴方にも一言ありますわよ」

 エストはマルクの腕を引き、席に座らせた。なぜか舌を見せろと言うので口を開けたら、エストはため息を吐いた。

「単刀直入に言いますわ、貴方体がガッタガタですわよ。さっきので血がくっそまじぃ理由がよーっく分かりましたもの!」
「そうなのか? あまり自覚症状は無いんだが」
「大体そんなもんですのよ、体の不調なんて意外と気づかないのですわ。ですが! 貴方のは特にひっでぇですの! このままだと、四,五年後にぶっ倒れますわよ!」
「なんだと? 本当か?」
「血はその者の体調を直に表しますわ。あんな吐瀉物と糞尿を混ぜ合わせた汚物をホルマリンで溶かした分泌物みたいな味の血、恐らく内臓とかもかなりやられてるはずですわ」

 やっぱり語彙力凄いなこの子。マルクは素直に思った。

「それで、俺の体は具体的に、どんな状態なんだ」
「まずは過労、それと栄養不足ですわ。貴方の舌、白っぽい上にむくんで歯形が付いてますわよ。先の症状を持った人にありがちな状態ですの。いかに携帯食の栄養が豊富でも、内臓が疲れていては吸収量が落ちて十分な量が体に回りません。貴方の体、かなりの飢餓状態ですわ」
「ほぉ……」

 このお嬢様、ポンコツと思いきや意外と知性が高い。ヴァンパイアという種族の特性上、結構医療に精通しているのかもしれない。

「それと水分不足と睡眠不足。水を飲まないと血がドロドロになるし、睡眠不足は高血圧を誘発させますわ。思考力だって大きく落ちますし、何より脳が委縮して痴呆にも繋がりますの。今の生活を続けては、貴方の命は先に言った通り、近い内に寿命を迎えますわ」
「そいつは、困るな」
「困るのは私もですわ。貴方が死ぬ=血が飲めなくて私も死なのですから、もっとお体をいたわっていただかないと」

「俺が死ねば呪いが解けるんじゃないのか?」
「貴方が私に掛けていればね。今回の呪いは私が私に貴方に従属するようかけてしまった、つまり貴方が死んでも呪いは解除されませんの。……自分で言ってて、意味わかんねーポカですわ……何してるんですの私は……(泣)」

「ミスは誰にでもある、前を向いて行こう!」
「アンデットだからネガティブなんですのよ! おほん。ともかく、貴方の血が飲んだ瞬間重い吐き気と頭痛、加えて末端の痺れ、更には平衡感覚に異常をきたして幻覚幻聴が発生し、最終的に全身の穴と言う穴から血を吹きだして激痛が走る上に、全感覚が喪失しての意識混濁と自傷行為を引き起こすレベルの物だとしても、私にとっては重要な生命線ですの」

「ふむ、やはり吸血攻撃を得意とする相手には、逆に攻撃を受ければ優位に立てそうだな」
「私を実験台に新たな戦略考えるんじゃねーですわこのサイコ野郎!」

「貴方、ある意味自分から進んで実験台になってないかしら?」
「や か ま し! ともかく、その生命線が私の生命を脅かす物となっているわけですから、復讐以前の問題ですわ。貴方にはこれから健康体になって美味しい血を作ってもらいます。まずは一週間休んでもらって、貴方に新しい生活習慣を身に付けてもらいますわ」

「旦那休ませたら、依頼の件はどうするのさ? 復讐できねーじゃん」
「そんなもん後回しですわよ、じゃないと復讐の前に私が死にますから……」

 割と切実な問題である。

「新しい生活習慣……要するに、ちゃんと三食食べてよく寝ろって事だな」
「小学生の学級目標みたいですけど、健康の基本ですわ。ともあれ! 貴方のお仕事はこの依頼主である私の指示に従う事! 生活改善のスタートですわ!」

 マルクのため、なによりエストの命のため。Sランク冒険者生活改善作戦が始まったのだった。
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