時計師

時計師

またか、と思わせる客だ。
まったく可哀想に。
少しは時計の気持ちになってみろってもんだよ。
あー、また作り笑いしてるよ。コイツも。これがなっかなか気分が悪いんだよなぁ。まぁ作り笑いするくらいしか無いか。コレだもんな。

しかしまぁ、ダセぇなぁ。
これが一番しっくりくるわ。
ダセぇ。
せっかくの機械式腕時計をダメにしちまう人間ってのは、どうにも我慢ならねぇ。

時計ってのはなぁ、時計一人ではどうにもならねぇんだよ。周りの人間の助けがあって、健気なちっこいバネの力で必死に世界がいつ何時なのか教えてくれるのが時計だろうが。

なんだろうなぁ。
いつからか知らねぇけれど、時計から相手の人格まで決めつけるようになっちまったなぁ。俺。
これはこれで俺もたいがいダセぇくらいは、中卒の俺でも分かるわ。分かっていても仕方ねぇんだよなぁ。

いや、気分が分からないワケじゃないんだよ。
カッコいいもんな、時計。じゃなければ買わねぇよ。いっぱい持ちたくなるもんな。でなけりゃ俺のところまで来ねえだろ。

何しに来るって、死んだもんを生き返らせてくれって来るんだ。
一回死んだもんは、もう死んでるんだよ。
俺が動くようにした時計は、もうアンタらが知っていた時計じゃねぇんだよ。

似ているけれど、もう別のなにかだ。

あそこまで変えられちゃ日には、もう同じ時計とは言えねえだろうが。
なんか喜んでるけれど、ちゃんと分かってんのか？その辺。
分かってねぇから、こういう扱いになるんだよ。

定期的なオーバーホールが必要？
当たり前じゃねぇか。
ものってのは何だって壊れるもんだ。手入れの行き届いていねぇ家に誰が住みたいって言うんだ。

最近はよぉ、資格ってものに気を配れない奴が多くていけねぇ。
自分が持っちゃいけねぇものまで欲しがる。
そりゃ俺だってF1？みてぇな車を運転してみてぇよ。速いってのはカッコいいじゃねぇか。

でもよぉ。
やりたいこととやっちゃいけねぇことって、たいがい別モンだろ。
やりたいこととやってもいいことが一致するもんかね。
オカシイだろ？誰がどう考えても。俺がF1運転してちゃ。

でもなぁ。
たまーにいるんだよ。
十年に一度とか。
エグいのが。
スゲーのが来る。

どう見てもF1に乗っててもオカシくねぇ奴なのに、俺のところにスッと来る。
もうな。ソイツも時計も完璧なんだよ。もう時計の方がソイツの一部になりたがってる。

ああいうのはなんて呼べばいいんだろうな。
ああ、なんか喋り過ぎたわ。
面倒くさくなってきた。
とりあえず仕事に戻るわ。
仕事の話になると熱くなっていけねぇ。