異世界マッチョ

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最終話 マッチョさん、大決断をする

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 マシントレーニング中の魔王の姿勢が気になり、何度か正しい姿勢をとるように指導した。
 なぜか魔王はボディタッチを極端に嫌がるのだ。
 「フィンさん。魔王の姿勢が気になってたまに矯正するんですが、やたら身体に触られるのを嫌がるんですよね。」
 フィンさんが呆れかえった顔で私を見ている。
 「魔王とはいえ女性なんですから、そりゃ男性に気軽に身体を触られたらイヤでしょう!」
 ・・・そうなの?
 他の勇者もマジかコイツというポンコツを見る目で私を見ている。
 「ほら・・・マッチョさん、やっぱり気づいてなかったでしょう・・・」
 「賭けはお主の勝ちだな。次期龍族族長としてドワーフ族には龍族領地周辺の資源探索を許可するようにしよう。」
 私が気づくかどうか賭けの対象になっていた。
 だいぶウエストが減ってきたと思ったが、あれは女性のくびれだったのか・・・
 「マッチョさんが教えてくれるから、彼女は必死に食らいついてきているんだと思いますよ。女性として。」
 ・・・魔王からなにか視線を感じることはあったのだが、あれはぶっ飛ばされた恨みではなく、思慕の視線だったのか。

 うーむ。魔王とはいえ私は女性をぶっ飛ばした上に、ムチャクチャハードなトレーニングを強いてきたようだ。今までのトレーニング方法はすべて成人男性用(スポーツの経験あり)のものだったのだが、よく魔王はついてこれたな。もともとトレーニーとしての資質があったのかもしれない。
 魔王が女性だとしてもトレーニングは続けなくてはいけない。そしてもっとも魔王と多くの時間を共にするのは私なのだ。慕われていると知ってしまったら私だって意識する。二人の男女が多くの時間をともに過ごしていれば、それなりの関係にはなる。
 DVの悪癖が抜けない男とダメ男にしか魅かれない女のような関係だが、やはり責任というものは取らなくてはいけないだろう。
 私は魔王と所帯を持つことにした。

 数ヶ月後。
 既に勇者たちは人間国へと報告に行き、自国へと帰っていた。
 そしてフェイスさんを護衛にして、わざわざ人間王が魔王の山へと訪ねて来た。
 魔王は私の嫁としてしおらしく振る舞い、温かいほうじ茶を客人に振舞った。お茶請けは例のエルフ族のプロテインバーである。しかし見事にトレーニーの肉体へと変貌したな。フィンさんが化粧の仕方や髪の手入れの仕方やボディケアを教えたら、魔王は別人のように美しくなった。2000キロカロリーを超えるようなカップ焼きそばを求める魔王はもう居ない。ここのいるのは一人のトレーニーだ。
 「このような可憐な女性が魔王だとは・・・報告にはあったが実際に目にしないことには誰も信じないぞ・・・」
 「主人にカラダを変えられましたから・・・」
 筋肉の話である。
 「そして魔王を封印ではなく更生させるとはな・・・私はそこまで王家の秘儀を信じたことは無かった。お前と俺との大きな差がこれだな。」
 ダイニングテーブルに人間王が座り、対面に私が座って私の隣には魔王が座る。
 「私としても賭けでした。ですが勝算のある賭けでした。」
 「その報告も聞いている。魔王がお前とともにある限り、魔物は我らの領土には出ないのだな。」
 「魔物は定期的に召還しなくてはいけませんが、魔王の言いつけを聞く種類だけを選んで召還しています。どんな種族も襲いません。私は農業から始めようと思っています。魔物が自給自足を行える生活を目指します。」
 植物が育てば動物を育てることもできるだろう。動物が育つようになれば、魔物の食料事情もネットに頼らずに済む。
 いつかは魔物たちが穏やかに暮らし魔王が統治できる国ができるかもしれない。

 「マッチョ。お前、魔王の婿とか呼ばれているが、それでいいのか?」
 久しぶりにお茶を噴いた。いや・・・現実だけ見たらそう呼ばれても仕方が無いのか。
 「私もやる事があるのでここを離れるワケにもいきませんし。もうそういう呼ばれ方でもいいですよ。」
 「そうか。そう・・・か。もうお前と筋肉について共に語ることも無くなるのだろうな・・・」
 「私はここに魔物のための国を作ろうと思います。ずっと先になると思いますが、いつか他の種族とも交流できたらと思っています。その折にはまた筋肉について語り合いたいです。」
 この異世界に来てから私と人間王が筋肉について語り合えた時間。
 あれはまさに黄金の時間だった。
 筋肉について人間王と語り合う日が再びやって来ることを私は祈っている。
 
 「ああそうだ。フェイス。お前も話があるだろう?」
 護衛として立っていたフェイスさんが話しだした。
 「リクトンとルリと一緒に海の向こう側まで行く。こちらの限界領域はお前のおかげで見られた。次は海の向こう側だ。」
 「この世界に・・・海があるのですか・・・」
 魔王はこの山にずっと引きこもっていたから、この世界になにがあるのかほとんど知らないのだ。 
 そういえば群馬にも海が無かった気がする。彼女は群馬と魔王の山周辺しか世界を知らないのだ。残りの知識はネットで得た知識だ。
 「いつか海にも行けますよ。連れていきます。」
 魔王はにっこりと微笑んだ。私たちの関係は順調であるが、新婚旅行もしていないのだ。彼女は私とともにずっとトレーニングを続けている。私は少しずつこの山を持ち上げる手ごたえを感じているため、できることならもう少しこの場で挑戦し続けたいのだ。
 「・・・で、報告なんだが・・・その・・・ルリと結婚した。魔王と結婚したやつがいるのに、人間にビビってても仕方ないからな。」
 「おめでとうございます!」
 私と魔王はフェイスさんの結婚を祝福した。ルリさんもようやく落ち着けただろう。
 話を終えた二人を見送って、私は今日の分のトレーニングをすることにした。今日こそは持ち上げてみたい。

 私の名前は街尾スグル。
 異世界に飛ばされたトレーニーであり、美しい魔王の夫である。
 そしてもうすぐ新しい魔王の父となる。
 タベルナ村のハムは今日も美味しい。
 諸事情を深く考えなければ、幸せな家庭と充実した趣味の中で私は生きている。
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