130 / 133
130 マッチョさん、探索する
しおりを挟む
気絶しているあいだに魔王を適当に拘束し、魔王の洞窟をみんなで探索した。
空調が効いているかのようなやたら快適な温度と湿度だ。魔王はいま魔法を使えないはずだから、この洞窟特有の性質なのか。だとしたら外に出たくないのも理解できる。快適過ぎるのだ。
洞窟の奥に位置する、寝室とおぼしき部屋に見覚えのあるものが転がっていた。赤いパッケージのポテトチップス、赤いパッケージのコーラ、白いパッケージの超大盛りのカップ焼きそばだ。デカデカと2000キロカロリーを超える数字が書かれている。常軌を逸しているとしか思えない食生活だな。
「こ、これだニャ・・・漆黒の食事に漆黒の飲み物・・・」
表現として間違ってはいないが、私が居た世界ではその辺で売っている食糧と飲み物だ。
「見覚えがあります。私が居た世界にあったものです。」
体脂肪率40%を超えるとなると尋常ではないカロリーを摂取しなければならない。こういう食生活をして快適な洞窟でゴロゴロしていたら一年も経たずにああいう肉体になるだろう。糖質は生物のエネルギー源でもあるが、同時に生物を支配している麻薬でもあるのだ。
「マッチョさん。エルフ族の古い物語では魔王が堕落した人間だという話があります。人間族とも共闘しなくてはいけないのでなかなか口には出せませんでしたが、あの魔王は堕落したもと人間だったのでしょうか?」
「・・・残念ながらその通りだと思います。」
この食生活を堕落と呼ばずに何と呼ぶのか。まずは食生活の改善から行わなくてはいけないか。
魔王の寝室にはデスクトップパソコンまであった。どういう仕組みか分からないがネットに繋がっている。私も見たことがある匿名掲示板が開かれたままだった。魔王だけれどなにか質問ある?part38というところでレスバトルをしている。現役の魔王がやっているからスレッドが伸びているのだろうか・・・
「マッチョさん、これは・・・なにか文字のようなものを表示して光っていますが・・・」
「私の世界にあった機械です。遠くの人と文字で会話したり、買い物ができたりします。」説明として間違いでは無い。
ふーむ。買い物。
ログイン状態だったので私は勝手に魔王のパソコンのブラウザ履歴を見てみたら、やはりネットスーパーがあった。私はさらにパソコンを操作し適当に水と食料を勝手に購入してみた。商品は見覚えのある箱に入った状態で魔王の部屋に転送された。まったく仕組みは分からないが、魔王はこうやって日用品を手に入れていたらしい。なるほど。欲しいものはだいたい手に入るな。ここにいるあいだは私たちの食料や水もこうやって手に入れたらいいだろう。
ちょっと気になってブラウザの検索ページからランドクルーザー岡田の現在を確認してみた。前に居た世界の時間軸の上では、私よりも魔王が生きていた時代の方が後だったのだ。つまり私が生きていた時代より先の未来を、私は確認しようとしている。
ランドクルーザー岡田はシニアの部で世界一になっていた。さすがの一言である。
「マッチョ。このおじいさんは誰なのかニャ?」
「私の師匠です。」正確には心の師であるが。
年老いてもなお現役であり続けたランドクルーザー岡田の肉体と笑顔に、私は勇気づけられた。
魔王の筋トレを指導するというこの役割、しっかりと果たしてみせる。
魔王に筋トレを教えるという方針は勇者のあいだでけっこう揉めた。
そもそも魔王を強くしたら封印すらできないではないか、というのが主な論点だ。
私は筋トレの効能についてじっくりと語った。いかに人間が変わるか、私が変わったか。平行線の議論に終止符を打ったのは意外にもミャオさんだった。
「もういいニャ・・・マッチョの宗教上の信念ニャんだから、揺らぐことは無いと思うニャー。それに封印できるのはマッチョだけなんだから、マッチョが決めたらいいニャ。」
「しかしそれでは勇者としての使命が・・・」
「いや、僕も諦めました。宗教上の理由でしたら仕方ありません。マッチョさんの言葉を信じるしかないでしょう。」
「宗教は大切ですからね。私もマッチョさんの信じるものを信じたいと思います。」
「・・・そうか。ならば仕方ないな・・・マッチョ殿。我もマッチョ殿が信じるものを信じるとしよう。」
魔王の監視は引き続きジェイさんに任せて、他の勇者たちと私は補給をするために洞窟をいったん出ることにした。
洞窟を出たらもう夜だった。ちょっと冷えるな。また星が見られるとは思ってもいなかった。言葉が通じない魔王だったら私は魔王を封印して帰れなかったはずだ。
議論も長引いたし、お腹も空いた。それに久しぶりに怒った気がする。
トレーニーになってから私はどちらかというと寛容な人間になっていた。私がトレーニングをすることと、他の人間がトレーニングをしないことなど何の関係も無い。だが魔王との会話はなぜか私を苛立たせ怒らせた。
魔王には成功体験というものが感じられない人間独特の卑屈さを感じたのだ。
人間が変わることは難しい。悩みながら考え続けたトレーニングが狙い通りに必ず成功するとは限らないのだ。そして他人を変えることはもっと難しい。安易に人間は変わらないし、人間を変えられると思っている人間はあまりにも自信家で傲慢が過ぎるだろう。
だが魔王のような状況の場合は別だ。そもそもの成功体験というものがおそらく無いのだ。その空虚な経験の積み重ねが言葉から透けて見えて私を苛立たせたのだと思う。そういう人間が匿名掲示板でレスバトルをしているのだろうと。
肉体が変わればそれは成功体験になり、卑屈さも消えるだろう。
元気なランドクルーザー岡田の顔を見て、私は勇気と確信をもらった。
魔王は変われる。少なくとも肉体だけは変えてみせる。
空調が効いているかのようなやたら快適な温度と湿度だ。魔王はいま魔法を使えないはずだから、この洞窟特有の性質なのか。だとしたら外に出たくないのも理解できる。快適過ぎるのだ。
洞窟の奥に位置する、寝室とおぼしき部屋に見覚えのあるものが転がっていた。赤いパッケージのポテトチップス、赤いパッケージのコーラ、白いパッケージの超大盛りのカップ焼きそばだ。デカデカと2000キロカロリーを超える数字が書かれている。常軌を逸しているとしか思えない食生活だな。
「こ、これだニャ・・・漆黒の食事に漆黒の飲み物・・・」
表現として間違ってはいないが、私が居た世界ではその辺で売っている食糧と飲み物だ。
「見覚えがあります。私が居た世界にあったものです。」
体脂肪率40%を超えるとなると尋常ではないカロリーを摂取しなければならない。こういう食生活をして快適な洞窟でゴロゴロしていたら一年も経たずにああいう肉体になるだろう。糖質は生物のエネルギー源でもあるが、同時に生物を支配している麻薬でもあるのだ。
「マッチョさん。エルフ族の古い物語では魔王が堕落した人間だという話があります。人間族とも共闘しなくてはいけないのでなかなか口には出せませんでしたが、あの魔王は堕落したもと人間だったのでしょうか?」
「・・・残念ながらその通りだと思います。」
この食生活を堕落と呼ばずに何と呼ぶのか。まずは食生活の改善から行わなくてはいけないか。
魔王の寝室にはデスクトップパソコンまであった。どういう仕組みか分からないがネットに繋がっている。私も見たことがある匿名掲示板が開かれたままだった。魔王だけれどなにか質問ある?part38というところでレスバトルをしている。現役の魔王がやっているからスレッドが伸びているのだろうか・・・
「マッチョさん、これは・・・なにか文字のようなものを表示して光っていますが・・・」
「私の世界にあった機械です。遠くの人と文字で会話したり、買い物ができたりします。」説明として間違いでは無い。
ふーむ。買い物。
ログイン状態だったので私は勝手に魔王のパソコンのブラウザ履歴を見てみたら、やはりネットスーパーがあった。私はさらにパソコンを操作し適当に水と食料を勝手に購入してみた。商品は見覚えのある箱に入った状態で魔王の部屋に転送された。まったく仕組みは分からないが、魔王はこうやって日用品を手に入れていたらしい。なるほど。欲しいものはだいたい手に入るな。ここにいるあいだは私たちの食料や水もこうやって手に入れたらいいだろう。
ちょっと気になってブラウザの検索ページからランドクルーザー岡田の現在を確認してみた。前に居た世界の時間軸の上では、私よりも魔王が生きていた時代の方が後だったのだ。つまり私が生きていた時代より先の未来を、私は確認しようとしている。
ランドクルーザー岡田はシニアの部で世界一になっていた。さすがの一言である。
「マッチョ。このおじいさんは誰なのかニャ?」
「私の師匠です。」正確には心の師であるが。
年老いてもなお現役であり続けたランドクルーザー岡田の肉体と笑顔に、私は勇気づけられた。
魔王の筋トレを指導するというこの役割、しっかりと果たしてみせる。
魔王に筋トレを教えるという方針は勇者のあいだでけっこう揉めた。
そもそも魔王を強くしたら封印すらできないではないか、というのが主な論点だ。
私は筋トレの効能についてじっくりと語った。いかに人間が変わるか、私が変わったか。平行線の議論に終止符を打ったのは意外にもミャオさんだった。
「もういいニャ・・・マッチョの宗教上の信念ニャんだから、揺らぐことは無いと思うニャー。それに封印できるのはマッチョだけなんだから、マッチョが決めたらいいニャ。」
「しかしそれでは勇者としての使命が・・・」
「いや、僕も諦めました。宗教上の理由でしたら仕方ありません。マッチョさんの言葉を信じるしかないでしょう。」
「宗教は大切ですからね。私もマッチョさんの信じるものを信じたいと思います。」
「・・・そうか。ならば仕方ないな・・・マッチョ殿。我もマッチョ殿が信じるものを信じるとしよう。」
魔王の監視は引き続きジェイさんに任せて、他の勇者たちと私は補給をするために洞窟をいったん出ることにした。
洞窟を出たらもう夜だった。ちょっと冷えるな。また星が見られるとは思ってもいなかった。言葉が通じない魔王だったら私は魔王を封印して帰れなかったはずだ。
議論も長引いたし、お腹も空いた。それに久しぶりに怒った気がする。
トレーニーになってから私はどちらかというと寛容な人間になっていた。私がトレーニングをすることと、他の人間がトレーニングをしないことなど何の関係も無い。だが魔王との会話はなぜか私を苛立たせ怒らせた。
魔王には成功体験というものが感じられない人間独特の卑屈さを感じたのだ。
人間が変わることは難しい。悩みながら考え続けたトレーニングが狙い通りに必ず成功するとは限らないのだ。そして他人を変えることはもっと難しい。安易に人間は変わらないし、人間を変えられると思っている人間はあまりにも自信家で傲慢が過ぎるだろう。
だが魔王のような状況の場合は別だ。そもそもの成功体験というものがおそらく無いのだ。その空虚な経験の積み重ねが言葉から透けて見えて私を苛立たせたのだと思う。そういう人間が匿名掲示板でレスバトルをしているのだろうと。
肉体が変わればそれは成功体験になり、卑屈さも消えるだろう。
元気なランドクルーザー岡田の顔を見て、私は勇気と確信をもらった。
魔王は変われる。少なくとも肉体だけは変えてみせる。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる