異世界マッチョ

文字の大きさ
上 下
113 / 133

113 マッチョさん、リハビリに悩む

しおりを挟む
 肘のリハビリを始めてから一カ月が経った。肘の動き自体はかなり戻ってきたが、動き方によってはたまに鈍痛が走る。日常生活には問題が無くなってきたが、なかなか筋トレへと進めない。スクワットや腹筋のように完全に肘の位置を固定して、肘に負担がかからないものであれば筋力を現状維持のためのトレーニングができる。問題は背筋である。重いものを引く、下げるといった動作ができないのだ。
 しかし、考え続ければトレーニング方法も思いつくものである。
 正式名称は忘れたが、スーパーマンなんとかというトレーニング方法があった。私も初めて試す。
 タオルを敷いて床にうつ伏せになり、肘と膝の角度は固定する。あごを上げ、上体は胸からへそを意識して上に大きく逸らし、下半身は股関節から足の指先までしっかりと意識してこれまた大きく上に逸らす。背筋からハムストリングまで全体に効くトレーニングだ。私のように自重が大きくなると意外と負荷も大きい。たった十数回であっという間に息切れをするようになった。二か月も背筋をほったらかしにしていたのだ。私の背筋は少し小さくなったかもしれない。まぁ焦っても良くはならない。こういう怪我は一生付き合ってゆくものなのだ。最終的にどの程度の負荷をかけられるのか分からないが、肘はゆっくりと治してゆけばいい。
 どんなトレーニングの本にも、怪我についての話は必ず書いてある。怪我をしないというのはトレーニーだけに留まらずスポーツにおける才能の一種なのだ。多くのトレーニーは怪我を抱えながら理想の肉体を追い求める。今まで私は怪我と無縁だったのだが、年齢を考えるとよくぞここまで怪我をしなかったとも思える。

 やる事が無いし肘もかなり良くなってきたので、お付きのニャンコ族とともに王都を隅々まで散策した。ハムの焼き印のせいで私は少し有名人になってしまっているのかと思っていたのだが、王都という場所は流行が廃れるのも早いのだろう。とくに私だということに気づかれることもなく、気になった場所はどこにでも行くことができた。あるいは私の背筋が例のハムの焼き印ほどの存在感を失ってしまったのかもしれない。まぁ気兼ねなく王都の銭湯にも行けるようになったというのはありがたいことだ。
 色々とものごとが進んでいることもある。
 リベリのギルドでは大型船の研究が始まったようだ。高い精度の軸受けが作れるようになったおかげで、帆船の大型化にメドがついたということだ。かつては冒険者だった人たちが財を成して集まった土地だ。海の向こう側にはなにがあるのか。もと冒険者としては気になって仕方ないだろう。この世界でも東西南北はあるし、お日様は東から登って西へ沈む。方向を示すものがあるならば現在位置を知る方法もあるだろう。万が一この大陸が魔王によって滅ぼされたとしても、逃げる先というものがあればいつかは大陸を奪還する機会というものが得られるかもしれない。
 魚の缶詰は軍を離れて国が運営することになった。ニャンコ族とトレーニーが競うように買うようになったおかげで、新しい需要が作られたのだ。高い技術が必要だったがお金さえ集まれば優秀な人材も集まる。よく売れるので税収も見込める。この大陸でもっともお金が集まりやすいリベリという土地との相性も良かったのだろう。良質で安価なサバ缶が一般にも出回るようになった。

 魔物の出現の話も聞かず、魔王についての話も聞かず、新しい勇者が出て来たという話も聞かず、初代王の痕跡についての話も聞かず、ただただ怪我と向き合う日々であった。ある意味でこの世界にやってきて最も平和な時間だったともいえる。
 だが、平和というものはいつか終わるのだ。
 「マッチョよ。怪我の具合はどうだ?」
 久しぶりに人間王の顔を見たな。王城の私の自室を訪ねて来た。
 「やはり負荷をかけると痛みますね。ふつうに生活する上ではかなり良くなってきています。」ゆで卵が自分の手でむけるというのはいいものだ。
 「うむ。報告通りか。少しほっとしたぞ。」
 ・・・これ、なにかあるカンジだな。
 「・・・私への仕事の依頼でしょうか?まだ完治からは程遠いのですが。」
 「うむ・・・実はな、エルフ国へ行ってほしいのだ。」
 なぜ私なのだ。
 「また外交官や大臣の仕事じゃないですか。なぜ私なのですか?」
 「向こうがお前をご指名なのだ。エルフ国との外交はここ数ヶ月考え得る限りの手は尽くしたが、どうにもナメられている。正式な国交回復や相互軍事提携を詰めていたのだが、あやつら長命種のせいか他の種族を軽く見ているきらいがある。というよりも、俺たちが子どものように見えてしまうのかもな。国と国との付き合いである以上、こちらも譲歩できぬところというのはある。」
 事情は分かったが、なぜ私を指名するのだ。
 「エルフ国が私に何を求めているのでしょうか?」
 「エルフ国にはまだ勇者が出ていない。だからやたらと精霊の恩寵が顕れる場所に出くわす、マッチョに会ってみたいということなのだと思う。お前は知らないかもしらんが、既にお前の名前はこの大陸のすべての国に知れ渡っている。勇者に関わるというのはそういうことなのだ。」
 エルフの勇者はまだ出ていないのか。そういえば人間国にも勇者がいない。
 「人間国の勇者はやはり人間王が選ばれるのでしょうか?」
 「普通に考えたら俺だろうが・・・王家の言い伝えによると人間国の勇者というのは少し他の種族の勇者とは違うのだ。他の勇者は精霊の恩寵を受けるが、人間国の勇者は大精霊の恩寵を受ける。そして大精霊の恩寵は四精霊の恩寵がすべて出てからではないと顕現しないというのだ。」
 精霊のラスボスというところか。
 「もうひとつ行ってみて欲しい理由がある。エルフ国には古くから伝わる特殊な医療があってな。細い針を使った医療なのだ。詳しくは知らないがそれも初代人間王が伝えたと言われている。マッチョの肘に効くかもしれんと思ってな。」
 鍼灸術か。
 私がいた世界ではスポーツ医学を中心に鍼灸術の再評価が行われていた。何度聞いても原理が分からないが、特に筋肉・腱・神経といったものの炎症には西洋医学で説明できないレベルで劇的に効くのだ。あと、なぜか難産にも劇的に効くと聞いたことがある。
 私の肘に効くというのなら興味が湧いてきた。わざわざ人間王が私に提案してきた理由も分かる。
 「マッチョが人間国で療養するというのであれば、特に俺から頼むつもりは無い。エルフ国が本当にマッチョに興味があるなら向こうからマッチョに会いに来るだろうからな。エルフ国に伝わる医療は秘儀であると言われているが、国を代表して行くというのであればその医療も受けられるかもしれん。」
 ・・・仕事、では無いな。
 これは王個人の好意による、私の怪我への埋め合わせだ。
 マシントレーニングもできないし、王都をぶらぶらして現状維持をするだけの自重トレーニングをする日常も飽きてきた。新しい治療法があるというのなら、その好意を受け取るべきだろう。
 「分かりました。エルフの勇者を発見するためになにができるのか分かりませんが、エルフ国に行くだけ行ってみます。」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

処理中です...