異世界マッチョ

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104 マッチョさん、サバ缶を食す

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 こういう戦場の空気は久しぶりだな。ドワーフ国の魔物災害以来か。
 私やドロスさんがハイネスブルク卿の城塞に到着した頃には、軍の部隊が既に戦い始めていた。遠くから見ると魔物というよりも、歩いて暴れる木だな。
 「トレントの固有種二体確認できました!一体はライノス中将が、もう一体はタカロス少将が抑え込んでいます!」
 軍の伝令が状況を伝えに来た。ライノス中将という人とは対策会議の時に挨拶をしたな。規律と伝統を守るよき軍人さんという印象だった。
 「他の魔物も軍で抑え込めているな?」
 「数で優っているので問題ないと思われます!」
 「よし。ロキにジェイ。固有種を倒して来なさい。」
 元気な返事とともに勇者の二人は戦場を走っていった。
 「私は行かなくてもいいんでしょうか?」
 「固有種二体なら遅れを取らんじゃろう。固有種に連携でもされたら厄介だがのう。」
 人が戦っている時に待機をするというのは初めての経験だな。これはこれで落ち着かないものだ。手元に斧があるせいか、木があると切り倒してみたくなるな。
 「待つのも仕事じゃよ、マッチョ君。あの二人を信じなさい。」
 「はい。」
 ニャンコ族の若衆たちも手持ち無沙汰のようだ。本部付けのギルドメンバーは軍が動いてくれるとラクでいいなどと話している。
 ほどなくして城塞周辺から歓喜の声が上がった。軍が魔物を倒しまくっている中で、さらなる歓呼の音が響いた。
 「終わったようじゃの。」
 「そうみたいですね。」
 さすがに強いな、あの二人は。
 「ま、次からが本番じゃよ。」
 予行演習が終わったという口ぶりだ。
 ドロスさんの言う通りだな。目的地に進むほどに敵は強くなりそうなのだ。

 ハイネスブルク卿は戦勝のお祝いをしたいという話だったのだが、今回の軍事作戦は魔王と戦うための軍事演習としての側面もあると言ったらあっさり引き下がった。ハイネスブルク卿にとって今回が初めての魔物災害だったそうだ。本来なら王都で起きるはずのものを自分の領土で経験したら、魔王という言葉の持つ強さがまったく違って感じられるだろう。
 怪我人と衛生兵をハイネスブルク卿に預け、日があるうちにニャンコ族の集落の近くまでそのまま進軍することになった。集落の近くに大きめの古い砦があるそうだ。
 「そういえばお二人とも、精霊の力は借りられましたか?」
 「借りられませんでした。なんとか自力でジェイさんと固有種を倒しました。」
 「連携となると課題が見えるな。二人がかりで何度か剣聖と戦う演習はしたが、敵の大きさが違うとどうにも難しくなる。」
 「ドロスさんとの演習と違って敵の大きさで味方のジェイさんの位置が見えないんですよね。もっと早く仕留められたと思うんですが。」
 「魔王が相手となると、ああいうスキは見逃さないだろうしな。勇者が増えるとなると、連携はより難しくなるかもしれん。軍のお二方との連携も難しかったしな。」
 「僕らまだまだ勇者のひよっこですね。課題が山積みです・・・」
 固有種を倒してなお反省点があるのか。二人とも頼もしくなったな。
 「二人ともよくやったの。次は連戦になるかもしれん。今日はいい練習になったじゃろう。」
 褒められても勇者の二人は緩みもしない。むしろ実戦経験を積めたことで落ち着きが出てきた。
 二人がかりとはいえ固有種相手にこの余裕か。それにしても・・・
 「固有種と戦う時にも精霊は力を貸してくれないのですね。」
 「まだ人間が対処できる部類の危機だということかもしれんのう。今回はしっかりと後備えもあったことじゃし、実際に勇者でもないワシやマッチョ君でも固有種は倒せるしの。」
 勇者のふたりもドロスさんの言葉にうなづいている。
 裏を返せば精霊が力を貸してくれる時というのは、人間が対処できない部類の危機ということになるのか。

 ニャンコ国近くの砦にタカロス隊とニャンコ族の若衆、それに本部付けのギルドメンバーが集まって野営となった。
 頑強で立派な砦だが、古すぎて遺跡にすら見える。タカロスさんに招待され、部隊の上層部やドロスさん、それにニャンコ族の代表の人たちと食事をすることになった。
 「スクルトさんから今回の作戦に持っていけと送られて来たんですよね。宮廷薬師が安全を確認した新しい戦闘用糧食だそうです。」
 缶詰だ。缶切りまでついている。開けてみると中身はサバだった。
 「魚のようですが、食べられるんでしょうかね?封を開いたらそのまま食べられると手紙には書いてありましたが。」
 試しにいただいてみる。
 むうっ・・・味が格段に良くなっている。ほぼサバ缶の水煮のような味だ。自分の肘の状態も顧みず、またトレーニングが捗ってしまいそうだ。ついにここまでやってしまったのか、スクルトさんは。
 「今までの糧食とはかなり違うの。最前線にいながら魚を食べられるとはありがたいのう。この年で干し肉はしんどくなってきてな。」
 「先導していた斥候が狩りに行って適当に肉も補充しましたから、そちらも食べてください。ウチの部隊一番の腕利きが料理しますから。」
 「タカロスの部隊は変わっているのう。料理担当がおるのか?」
 「山岳戦は気持ちの戦いですから。現地調達した食料を美味しく調理できる人間を多めに入れてあるんですよ。」
 「悪くない発想じゃの。他の部隊にも入れられるか検討してみたらどうじゃ?」
 「戦争中に私の部隊だけ料理が美味そうだと後方から攻撃されそうですね。せっかく少将になったのですから、献策するだけしてみますよ。」
 戦闘のための食事にこだわりがあるからこそ、最新の戦闘用糧食がタカロスさんの部隊に回ってくるのだろうな。サバスの時もそうだった。

 「あのー、オイラも食べてみていいかニャ?サカナっていうのはニャンコ族に伝わる伝説的な食べ物と同じ名前で気になるニャ。」
 ニャンコ族の若衆の代表だ。ミャオという名前だったな。
 一口食べてミャオの目の色が変わった。
 「ふぁっ?ニャんだ!」
 あっという間にサバ缶を平らげた。ぽかんと見ている私たちを尻目に汁まで飲み干してしまった。
 「ヒト族ってスゴいニャ!あれニャんニャのニャ?」
 興奮で少し呂律が回らなくなっている。
 「新作の戦闘用の食料ですが・・・そんなに興奮するほど美味しかったですか?」
 「これこそニャンコ族に伝わる伝説の食べ物ニャ!まだあるかニャ?ニャンコ族のみんなにも食べてもらいたいニャ!」
 タカロスさんの指示でニャンコ族にサバ缶が振る舞われた。
 砦の下層にあるニャンコ族の野営地では、早くも故郷を奪還したかのような喜びの声が上がっている。
 「すごい興奮状態ですね・・・」
 「私の故郷にもニャンコ族に似た種族がいましたが、ああいう状態は初めてみました。」
 まさに猫まっしぐらである。
 「こんなに騒いで魔物に襲われないのだろうか?」
 「まぁ大丈夫だとは思いますけれどね。なにか動きがあれば見張りから連絡が来るでしょうから。」
 うーむ・・・サバ缶はニャンコ族とトレーニーとの奪い合いになるのか。
 この作戦が終わったのちにも、私にはサバ缶の奪い合いという熾烈な戦いが待っているということになる。
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