98 / 133
98 マッチョさん、人間王を鍛える
しおりを挟む
人間王の依頼によって、私は人間王と王子であるアルクの二人のトレーナーを務めることになった。
いくつかのトレーニングを試してみたところ、王家の肉体がその辺にいる冒険者とはまったく別のものであるということが分かってきた。さすが筋トレを王家の嗜みとまで言うほどのことはある。トレーニーとしての鍛え方は私の方が上だろうが、この世界を生き延びる鍛え方としては最適解であると言えるだろう。戦うこと以上に生存確率を上げていく鍛え方が王家には伝わっているようだ。
たしかに最高指揮官が死んでしまったら魔物退治も人間国の統治もままならない。攻撃の方法は軍隊やら優秀な冒険者やら他にもあるのだから、これが妥当な鍛え方なのだろう。
「ふーむ、棒の握り方で鍛えられる場所も変化するのか。それでこれはどういう効果があるのだ?」
「より安全な握り方だということです。手首にかかる負担を軽減し、明日もトレーニングができるようにします。」
「なるほど・・・負荷をかけるだけがトレーニングでは無い、ということだな。」
「そうです。手首や肘は怪我をするとクセになりますから。」
やはり人間王は聡明だな。一言聞いただけでそこまで理解できるものか。
「継続的に、部位別に、毎日少しずつトレーニングを行うということが大切なのです。できることならば毎日どこか別のところが筋肉痛になっていることが理想です。」
鍛え方自体は間違ってはいないが、一週間や一カ月を通していかに鍛えるのかという部分が王家には伝わっていなかったと見える。なんとなく上腕を鍛えたり、なんとなく素振りの回数を増やしたりしている。だがそれではダメなのだ。筋肥大自体を目的とするのであれば、高負荷・短時間でトレーニングを切り上げ、部位別に鍛えた方が早く仕上がる。
「マッチョさん、以前に僕が教わったやつ、どうにも筋肉痛が無くて不安なのですが・・・」
アルクはあれほどの体幹トレーニングをこなした上に、さらに負荷も上げていったらしい。
「分かります。私もそうです。」
筋肉痛がトレーニングの実感となっているトレーニーは少なくない。
だが体幹トレーニングの疲労というのは実感できても筋肉痛は出づらいのだ。負荷を上げながら体幹をさらに鍛えた肉体ならば、おそらく既に効果は出始めているはずだ。
「アルクは素振りもやっていましたね。ドロスさんに見てもらいましたか?」
「素振りと走り込みは続けていましたが、ドロスさんにはまだ見てもらっていません。」
「たぶん剣の扱い方や身体の使い方が変化してきていると思います。あとは実戦形式訓練を始めたら、体幹の使い方が分かるようになってくると思いますよ。大丈夫です。鍛えた分だけ成果が出ているはずです。」
「分かりました。あとでドロスさんに見てもらいます。」
体幹トレーニングによって起こった私の肉体の変化に、ドロスさんは私よりも先に気づいた。スクルトさんはまったく気づけなかったにも関わらずだ。鍛え強くなることが人生の目的であり日常になっている人のほうが、部位ではなく身体全体の使い方を見られるのだろう。運動能力を見極めるという能力はトレーニーの範疇では無いのだ。格闘家や武道家や軍人といった人たちの方が相手の能力を見極める能力が高いだろう。
私は外から体幹の変化を見極められるほどの感覚は無いが、筋肉なら分かる。ふくらはぎやヒラメ筋といった、敏捷性に関わる筋肉が一回り大きくなっている。アルクは気づいていないだろうが、あれは使いこなせれば武器になる筋肉だ。この筋肉の特殊な使い方もドロスさんが教えるだろう。
アルクは外に素振りとランニングに出かけた。本当に勤勉だな。尊敬する父親に追いつこうとする息子の姿だ。
「アルクは優秀ですよ。人間王様よりも強くなってしまうかもしれません。」
「うむ。私の子だからな。子どもに追い越されることも悪くは無いだろう。まぁ簡単に追い越させるつもりは無いがな。」
人間族の実質最強はおそらくドロスさんだろうが、建前上は人間王こそが最強ということになっている。ドロスさんに人間王が師事していることは知られているが、同時にドロスさんが人間王に仕えていることも知られている。いつか魔王が出現するような危機がやって来た時には人間王こそが最後の砦みたいなものだと思われている。
これは精霊信仰の一種だ。
初代人間王の末裔である人間王に、精霊が力を貸してくれることで人間王が勇者となり魔王を倒す、と人間族には信じられている。そして実際にそうなるのだろうと私も思っている。現人間王の時代が終わった後にはアルクがその重責を担うのだが、あの調子であれば人間王としてふさわしい肉体の持ち主になるだろう。
ソフィーさんがサバスを持ってきてくれた。きな粉黒蜜味だ。さらに味が良くなって来ているな。
「鍛錬のやり方といい、サバスの改良といい、異世界人の知恵というのは驚くべきものだな。」
「私が考えたものはほとんどありません。既に誰かが考えたものを、私が憶えていたというその程度のことです。それにサバスの改良はこの世界の料理人が考えたものですよ。」
私が読んだ異世界転生のマンガではこの辺でスゴイスゴイと言われてちやほやされていたが、本気で技術革新を起こしてやろうというドワーフ族の熱意や、オーパーツ並の戦闘用糧食を作ろうとしているスクルトさんの執念や、まだこの世界に存在していない料理を次々と産みだすタベルナ村の村長などを見ていると、どうにもチート的な知識を自分の手柄にする気にはなれない。
世界を変えるというのは、ああいう人たちがやっているのだ。
私ができることといえばトレーナーの真似事。それにトレーニーとして自分の肉体で進むべき道を示すことだけだ。
いくつかのトレーニングを試してみたところ、王家の肉体がその辺にいる冒険者とはまったく別のものであるということが分かってきた。さすが筋トレを王家の嗜みとまで言うほどのことはある。トレーニーとしての鍛え方は私の方が上だろうが、この世界を生き延びる鍛え方としては最適解であると言えるだろう。戦うこと以上に生存確率を上げていく鍛え方が王家には伝わっているようだ。
たしかに最高指揮官が死んでしまったら魔物退治も人間国の統治もままならない。攻撃の方法は軍隊やら優秀な冒険者やら他にもあるのだから、これが妥当な鍛え方なのだろう。
「ふーむ、棒の握り方で鍛えられる場所も変化するのか。それでこれはどういう効果があるのだ?」
「より安全な握り方だということです。手首にかかる負担を軽減し、明日もトレーニングができるようにします。」
「なるほど・・・負荷をかけるだけがトレーニングでは無い、ということだな。」
「そうです。手首や肘は怪我をするとクセになりますから。」
やはり人間王は聡明だな。一言聞いただけでそこまで理解できるものか。
「継続的に、部位別に、毎日少しずつトレーニングを行うということが大切なのです。できることならば毎日どこか別のところが筋肉痛になっていることが理想です。」
鍛え方自体は間違ってはいないが、一週間や一カ月を通していかに鍛えるのかという部分が王家には伝わっていなかったと見える。なんとなく上腕を鍛えたり、なんとなく素振りの回数を増やしたりしている。だがそれではダメなのだ。筋肥大自体を目的とするのであれば、高負荷・短時間でトレーニングを切り上げ、部位別に鍛えた方が早く仕上がる。
「マッチョさん、以前に僕が教わったやつ、どうにも筋肉痛が無くて不安なのですが・・・」
アルクはあれほどの体幹トレーニングをこなした上に、さらに負荷も上げていったらしい。
「分かります。私もそうです。」
筋肉痛がトレーニングの実感となっているトレーニーは少なくない。
だが体幹トレーニングの疲労というのは実感できても筋肉痛は出づらいのだ。負荷を上げながら体幹をさらに鍛えた肉体ならば、おそらく既に効果は出始めているはずだ。
「アルクは素振りもやっていましたね。ドロスさんに見てもらいましたか?」
「素振りと走り込みは続けていましたが、ドロスさんにはまだ見てもらっていません。」
「たぶん剣の扱い方や身体の使い方が変化してきていると思います。あとは実戦形式訓練を始めたら、体幹の使い方が分かるようになってくると思いますよ。大丈夫です。鍛えた分だけ成果が出ているはずです。」
「分かりました。あとでドロスさんに見てもらいます。」
体幹トレーニングによって起こった私の肉体の変化に、ドロスさんは私よりも先に気づいた。スクルトさんはまったく気づけなかったにも関わらずだ。鍛え強くなることが人生の目的であり日常になっている人のほうが、部位ではなく身体全体の使い方を見られるのだろう。運動能力を見極めるという能力はトレーニーの範疇では無いのだ。格闘家や武道家や軍人といった人たちの方が相手の能力を見極める能力が高いだろう。
私は外から体幹の変化を見極められるほどの感覚は無いが、筋肉なら分かる。ふくらはぎやヒラメ筋といった、敏捷性に関わる筋肉が一回り大きくなっている。アルクは気づいていないだろうが、あれは使いこなせれば武器になる筋肉だ。この筋肉の特殊な使い方もドロスさんが教えるだろう。
アルクは外に素振りとランニングに出かけた。本当に勤勉だな。尊敬する父親に追いつこうとする息子の姿だ。
「アルクは優秀ですよ。人間王様よりも強くなってしまうかもしれません。」
「うむ。私の子だからな。子どもに追い越されることも悪くは無いだろう。まぁ簡単に追い越させるつもりは無いがな。」
人間族の実質最強はおそらくドロスさんだろうが、建前上は人間王こそが最強ということになっている。ドロスさんに人間王が師事していることは知られているが、同時にドロスさんが人間王に仕えていることも知られている。いつか魔王が出現するような危機がやって来た時には人間王こそが最後の砦みたいなものだと思われている。
これは精霊信仰の一種だ。
初代人間王の末裔である人間王に、精霊が力を貸してくれることで人間王が勇者となり魔王を倒す、と人間族には信じられている。そして実際にそうなるのだろうと私も思っている。現人間王の時代が終わった後にはアルクがその重責を担うのだが、あの調子であれば人間王としてふさわしい肉体の持ち主になるだろう。
ソフィーさんがサバスを持ってきてくれた。きな粉黒蜜味だ。さらに味が良くなって来ているな。
「鍛錬のやり方といい、サバスの改良といい、異世界人の知恵というのは驚くべきものだな。」
「私が考えたものはほとんどありません。既に誰かが考えたものを、私が憶えていたというその程度のことです。それにサバスの改良はこの世界の料理人が考えたものですよ。」
私が読んだ異世界転生のマンガではこの辺でスゴイスゴイと言われてちやほやされていたが、本気で技術革新を起こしてやろうというドワーフ族の熱意や、オーパーツ並の戦闘用糧食を作ろうとしているスクルトさんの執念や、まだこの世界に存在していない料理を次々と産みだすタベルナ村の村長などを見ていると、どうにもチート的な知識を自分の手柄にする気にはなれない。
世界を変えるというのは、ああいう人たちがやっているのだ。
私ができることといえばトレーナーの真似事。それにトレーニーとして自分の肉体で進むべき道を示すことだけだ。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる