異世界マッチョ

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95 マッチョさん、監修する

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 「マッチョさん、大親方みたいでしたよ。なにかをずーっと考え続けているみたいで、ちょっと質問をしたり話しかけたりできる雰囲気じゃなかったです。」
 「そうだなぁ。とても話しかけられる雰囲気じゃなかったなぁ・・・マッチョが言う通り、この機械の安全対策ってのがよっぽど大事だったのだろうな。」
 ここ数日の私は大胸筋と僧帽筋について考えてばかりいたので、どうにも近づきがたい雰囲気だったようだ。マシンのこともちらりと頭をかすめることもあったが、基本的に自分の筋肉に関することで頭がいっぱいだった。
 「ちょっと信仰心を試されるような宗教的試練に出くわしてしまいまして・・・」
 「カラダを鍛えてよく食べる宗教だったな。まぁ信仰ってのは大事だもんな。勇者が出るしなぁ。」
 祈ることでロキさんとジェイさんは勇者として認められ、精霊に力を借りられるようになったのだ。
 この世界で信仰が大切にされる理由というのも納得がゆく。

 「私の話はともかくとして、例の機械はどんな具合ですか?」
 「あー。安全対策ってやつをしっかりとやってみた。座席を動かしたあとに固定する方法をマッチョの指示通りに作ってみた。これならデカい力がかかってもこれなら大丈夫だろう。素材代はたいして変わらないんだが、手間が五倍はかかるな。」
 どうにも安全対策というものについてドワーフの人たちがピンと来ていなかったようなので、まずはフットプレスを用いて安全対策というものについて一通り教えた。急に大きな力がかかっても壊れない、動かない、ズレない。ウエイトを上下させるラックもウエイトがズレないように工夫してもらい、
上下動をさせる滑車は金属製に変更。鋼線も使わせてもらった。
 「ああ、いい感じですね。出来上がりましたか。」
 見た目は完璧だ。
 「マッチョが大丈夫だと言ったら、それで完成だ。なんでも龍族まで使えるような機械にしたいっていう話だったからな。俺たちが四人がかりで使ってもビクともしないのだから、まぁさすがに大丈夫だろう。」
 実際にちょっと使ってみるとよく出来ている。これだけ頑丈なら大丈夫だろう。
 マイトレーニングマシンが完成したというのに、私の気持ちは高まらなかった。単純に苦労したという気分だけが残っている。これではまるで仕事だな。

 理由は分かっている。私が日々全力でトレーニングマシンを用いる日々は、もう来ないであろうからだ。この世界では肉体を現状維持をしつつ、不具合が出てくる筋肉の周辺をしっかりと鍛え上げ、それでいて体脂肪が必要なのだ。加齢や肘の問題もある。すっかり自重トレーニングばかりやる習慣になってしまっていた。
 だがそれは悪いことばかりでは無い。
 身につけた筋肉を無駄なく具体的に使うために行うトレーニングというのも、どうやら私は嫌いではないようだ。肉体の動きひとつひとつに対してどの筋肉をどのように用いるのか理解が深まるたびに、自分の筋肉に対しての愛着も強くなるというものだ。

 運動神経という言葉があるが、これは意外と定義が難しい。
 そもそも競技として行うスポーツによって重視される筋肉は別のものだからだ。ボールを使った競技が得意な人間もいれば、格闘技のようなものが得意な人間もいるだろう。稀になにをやらせても一流の人間もいるが、それはもはや特別な人間である。
 思考方法や脳もまた訓練によって鍛えられるように、運動神経にも鍛えようがあると私は考えるようになった。なにを目的として手を動かすのか、足を動かすのか、腰を切るのか、膝を曲げるのか、重心の位置と移動を行うのか。それらをひとつひとつ要素として分解し、適切な関節の角度、力の入れ方、重心移動を行う。フェイスさんやドロスさんのような達人がいて本当に良かった。筋肉ばかりを見ていたので、どのように筋肉を用いるのか良い手本となった。

 あとは筋トレと同じである。
 反復し、確認し、修正する。筋トレとの違いは筋肉を肥大化させることが目的ではなく、筋肉を動かすために用いる「時間」を短縮することだ。
 思考して神経に伝達させて肉体に的確な動作をさせるのでは反応が遅すぎる。そもそも考えずとも特定の状況下においていくつもの筋肉が連動させ、適切に動けるようにするために訓練をするのだ。ドロスさんの足技などはその極みと言えるだろう。
 必要な筋肉さえそろっていれば、あとはこの訓練を継続するだけである。
 トレーニーは筋トレの最中に気づいたら日課のスクワットが終わっていたり、腹筋が終わっていたりすることがある。であるならば逆に意識をしないまま肉体を動かす訓練もできるはずなのだ。
 鍛えるべき筋肉を意識しないというのは筋肥大の側面からはよろしくないが。

 「で、どうなんだマッチョ。これで大丈夫そうか?」
 気づいたらひたすらフットプレスを繰り返していた。まさにこれである。すっかり試運転中だということを忘れていた。
 「もう少し試させてください。ウエイトの追加をお願いします。あと三枚追加で。」
 「この重りな。よし、三枚追加したぞ。」
 せっかくだからここは集中して追い込む。ぐっ。効くな。
 グラつきも無ければマシン自体の強度も問題無さそうだ。三回1セットだけやって終えた。
 「これでいいです。お疲れ様でした。」
 ドワーフ王の顔に安堵の色が浮かんでいる。
 「なんか難しい顔をしながら黙々と動かし続けていたからなぁ。デカい間違いでもあったんじゃねぇかとヒヤヒヤしたよ。」
 「ちょっと昔を思い出しまして。」
 「なんだ?こういう機械にいい思い出でもあるのか?」
 「ええ。若き日の本当にいい思い出です。」
 そう。ひたすらに筋肥大を追いかけていた日々。ランドクルーザー岡田に憧れていた日々だ。
 トレーニングマシン自体は欲しいし今後も使うだろうが、私のトレーニングの質や方法自体が変化してきているのだ。かつてのようにマシントレーニングに強いこだわりを持つことは、もう無いだろう。
 ただの感傷に浸るつもりは無い。
 新たな筋肉との向き合い方をしている自分を、前向きに捉えられればそれで良い。
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