異世界マッチョ

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93 マッチョさん、平和を願う

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 トレーニングマシンが手に入ることによほど浮かれてしまうのかと思っていたが、私は落ち着いていた。
 この世界で必須の筋トレとは体幹トレーニングだ。私好みの見た目に依った筋肥大を目指すトレーニングでは無い。高い運動能力を維持するため体脂肪も必要とする。
 もしトレーニングマシンがこの異世界で必要となる状況を考えるならば、それは魔王を封じ魔物が消えた平和な時代が訪れた時だろう。戦う必要が無いからこそ、ようやく安心して肉体を作り上げることができるのだ。その折には筋肥大の素晴らしさと美しさを多くの人に知らしめ、この世界で初めてのボディビルディングの競技会が開けるかもしれない。なんなら私が主催してもいい。
 自分がいた世界が平和だったからこそ筋トレがあり得たという発想は、今の今まで私は考えたことも無かった。平和だからこそ安価で良質なタンパク質は手に入ったし、運動能力を無視した肉体の作り方ができ、見た目と大きさを重視したボディビルディングなどという競技が成立したのだ。敵と戦い、足止めし、叩き潰すための筋肉の作り方では無い。
 純粋に美的価値観を体現する競技のためには、平和が必要なのだ。スポーツとはだいたいそういうものなのだろう。
 私は自分が浮かれていない理由に気づいた後に、私が次にやらなくてはいけない宗教的使命というものに気づいた。
 魔物が襲ってくるような世界で私が理想とするトレーニングはできない。
 平和でなければボディビルディングはできないのだ。
 だがそれは非常に難しい問題だ。ただのトレーニーが魔王を倒したり封印することなどできるワケが無いではないか。
 しかし案じることも無けれれば、私が魔王を封印する必要もない。
 この世界には勇者という精霊に選ばれた人たちがいる。彼らが全力で魔王を封印できるサポートを筋肉の側面からやればよい。いちトレーニーにできることなど、その程度のことである。

 ドワーフの里に行き、ドワーフ王とカイトさんとロイスさん同席のもと話し合った。
 こういうものは大臣のような外交官がやる仕事なのではないかと思うが、今回もこういう流れだったので仕方が無い。
 「なるほど。人間国としては問題無く、研究も継続可能か。しかもマッチョが新作の製作について助言をしてくれるというのか。何事もなくて良かったなぁ。」
 「仮になにか新しいことが分かったとしても、人間国にも技術提供してくれるのであれば大丈夫だそうです。それになにか作れたとしても、一般人が手に入れられるような価格にはならないだろうというのが人間王の考えでした。」
 「あー。俺らは欲しいモンがあれば作っちまうからなぁ、俺たちになにか依頼をしてくる奴のことなど考えもしかなったよ。しかしそういう奴がいてもおかしくないよなぁ。」
 「値段についても販売方法も私が管理します。ですが値段を考えると国家や王族貴族でしか手に入らないようなものでしょう。管理方法について決まりましたら人間国にも親書を送ります。」
 ロイスさんがあいだに入って売買をするのであれば、おそらくなんの問題も起きないだろう。
 
 「で、マッチョ個人の購入が優先か。ってかお前個人で買えるのかよ・・・すげぇな・・・」
 「マッチョさん、お金持ちだったんですね・・・」
 タベルナ村の豚舎に投資したお金もいつの間にか回収できていた。ドロスさんは爵位がもらえるほどの金額だと言っていたし、おそらくトレーニングマシンくらい買えるだろう。
 「マッチョさんにだったらタダで作ってもいいですけれどもね。」
 「カイト。それはいけません。マッチョ様が賄賂を貰ったように見えてしまいますから。適正価格を請求させていただけたらと思います。」
 こういう時のロイスさんは助かるな。タダと言われたらノリでいただいてしまうところだった。トレーニングマシンには国家間の問題が絡むのだ。気軽に親戚から野菜をもらうようにトレーニングマシンはもらえない。

 こうして私はしばらくの間ドワーフの里に住み、トレーニングマシンの詰めを手伝うことになった。
 「しかしマッチョはこの機械がどういう具合に動くか知っているのだろう?なぜ安全装置なんか必要なんだ?」
 どうにもこの、ドワーフ流の機械など動けばいいという感覚が私には合わない。
 「怪我をせず多くの人に使ってもらうためです。」
 「新しい機械なんだから怪我はするだろう。」
 「その怪我をしないように、洗練されたものが必要なんです。強い力が加わっても折れない、曲がらない、ズレない、滑らない。怪我をしてしまったら次の日には機械が使えないじゃないですか。」
 ドワーフ王はどうにもピンと来てないようだ。
 「大親方。マッチョさんは機械を使った次の日も機械を使いたいんですよ。俺たちが次の日も鍛冶場に入ってなんか作りたいってのと同じですよ。」
 「あー、なるほどなぁ。そういう感覚なら分かるな・・・よし。ドワーフの技術の粋を集めてどこよりも安全な機械にしてやろう。」
 「よろしくお願いします。」
 大親方が作った高炉もうまいこと試運転ができているようだ。いつか話してくれた鉄の純度を上げる方法も上手くいったらしい。丈夫な鉄があるのであれば、金属疲労で壊れづらいトレーニングマシンが作れるだろう。

 試作品がかたちになるに従って、私のトレーニングメニューも少しずつマシントレーニングの量を増やしていった。どうしても上半身に比べて小さくなりがちな足回りの筋肉を中心にトレーニングを変え、上半身の筋肉への利かせ方もベンチの角度を変更することで、細部に渡り詰めていくことができるようになった。
 だが本題はトレーニングマシンの安全確認である。気持ちが入ったトレーニングをしているかと聞かれると、それほどでもない。平和にならないと私が理想とするトレーニングはできないし、理想を体現しようとするトレーニングはこの世界での私の生存率を下げてしまうのだ。
 「マッチョさんのその肘当て、なんなんですか?以前はそういうのしてませんでしたよね?」
 「少し関節が痛むのです。これは怪我の予防に使っているものですね。」
 「へぇー。そう言えば昔は熟練のドワーフもそういうのを巻いてましたね。手首とか肘に。マッチョさんが使っているということは、ある程度は効果があるんですねぇ。」
 初耳である。やはり鍛治仕事のような腕から先を使うような肉体労働でも関節は痛むのか。
 「ドワーフの方もやはり関節は痛むのですね。」頑丈そうに見えるんだけれどもなぁ。
 「でもドワーフの大半は精度が出なくなるのを嫌がってつけませんけれどもね。どうしても動かなくなったら、長い休息を取るか引退するしか無いですね。」
 どうやらドワーフにも関節の治療をする方法は無いらしい。いつかソロウでドクターに言われた通りである。関節の周辺を酷使したら、もう後戻りはできないのだ。
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