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91 マッチョさん、ヤマを迎える
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「この里で私が翻訳した手記、マッチョさんにも見て欲しいです。あとこちらで作っている技術書用の辞書の確認もお願いします。」
「読みますよ。そのために来たのです。」
なるほど。翻訳されているのにぜんぜん分からない。極端に技術偏重の文書だ。
「図を見ながらの方が分かりやすいかもしれませんね。」
機械に関係する単語は出てきても、筋肉に関する単語はぜんぜん出てこない。初代王もドワーフに説明するのは大変だったろうなと思う。図を見ながら説明を受けることによって、半分くらいは理解できたが、半分くらいは分からない。これはもうロゴスとドワーフ族にしか分からないな。
「いくつかは同じ大きさで現物を作ってあります。カイトから聞いているとは思いますが、軸受けのところが分からないんですよ。図も無かったですし。」
「その問題は解決しそうです。里長に話を通してから伝えますね。」
そういえばこのドワーフ国に伝わっている技術文書もまた、人間族統一のあとに書かれたものだ。
つまり、初代王が肉体改造を進めたのは人間国統一から魔物退治するようになってからだ。肉体改造をし始めた時期と前線に立つ時期が一致している。もしや、肉体改造をしてみたら前線に立ちたくなったのだろうか?トレーニーならこういう発想もあるかもしれないが、手記が示すところの初代王の人格はどうにも一般的なトレーニーの心理とも違う気がする。
ドアをノックする音が聞こえてロゴスが返事をすると、大親方が入ってきた。
「どうしたんですか?今日は里長が称えられるための夜でしょう。」
「こっちの方が急ぎだ。マッチョ。カイトに見せたこの図面、他のドワーフや人間に見せたか?」
お酒は入っているが、里長の顔は真剣そのものである。
「いえ。カイトさんに軸受けの話を聞かれて、こういうものが作れないかと提案しただけです。」
「外部には出ていないんだな?」
「ええ。」
里長は少しほっとした顔をしている。外部に出たらマズいレベルの技術だったのだろうか。
「少し順を追って話す。ロゴスも他言無用で頼む。いいな?」
「はい!」少し緊張した返事だった。
「ロゴスは知らないかもしれないが、王家にはロゴスが作っている機械とほとんど同じものがあるんだ。俺が年に一度、調整をしに行っている。手を入れないと痛むからな。初代王の時代からの機械だ。」
「・・・はっ?」
「信じられないかもしれないが、初代王の時代から同じ機械が脈々と受け継がれてきたんだよ。王家の人間がデカいのはあの機械で鍛錬しているからだ。」
「・・・数百年前の機械がそのまま使えるかたちで残っているんですか?」
「そうです。私も見せてもらったことがあります。まだ表には出ていない話ですよ。」
「でだ。マッチョが書いたこの図面がヤバい。カイトの進捗を聞いて初めて気づいたが、俺たちは王家が占有している機械を作っているじゃないか。」
そうなるだろうと思って翻訳も進めてロゴスも派遣したのだ。
「どの辺がヤバいんでしょうか?」
「あのなぁ。俺たちは人間王に頼まれたついでに先人の技術を勉強させてもらっているんだ。技術や機械の作り方を盗んだと言われるワケにはいかないんだ。これは人間国とドワーフ国との国家間の信義の話だ。」
イヤな流れだ。
「もしかして、カイトさんたちが作っている機械、壊しちゃうんですか?」
「壊しはしねぇが、カイトたちにこれ以上進めさせるワケにもいかねぇ。俺も自分の仕事で手一杯だったから目が行き届いていなかったな。ロゴスの翻訳は役に立っているようだから続けてもらうが、どう処理したものか悩んでいる。」
大陸を壊滅させる最終兵器でも作っているような口ぶりだ。作っているのはトレーニングマシンだというのに。
うーむ。先にトレーニングマシンを作ってしまった後で私が購入するという、外堀を知らんぷりしてとっとと埋めてマイトレーニングルームを作るという作戦は失敗してしまったようだ。技術的に難易度の高いものを作っているのだ。作っている途中でバレてしまうか。クソっ。
「私が人間王に報告します。人間王自身がある程度は鍛錬のやり方を公開するつもりのようでしたから。一部は軍で既に公開されていると聞いています。」トレーニングマシンの存在はまだ非公表なのだが。
「本来なら俺が行かなくてはいけない内容なのだが、マッチョ頼めるか?ロイスに事情を伝える親書を書くように指示しておく。作りかけの炉を放っておいて人間国に俺が行くのも難しいんだ。」
異世界でトレーニングマシンを作ることがこれほどの大問題になるとは思わなかった。
「私が書いたその図面が問題だということは、機械はほとんど完成しているんでしょうか?」
「カイトに現物を見せてもらったが、軸受けと重量物を吊るす鋼線さえ安定してしまえば完成だ。俺が作った炉が予想通りに動いたとしたら、強度も王家のものに比肩する出来になる。そもそも軸受けも鋼線も俺が作った予備部品があるからな。ほとんど完成したようなものだ。」
なんだ。いい話ではないか。
里長はずいぶんと気を揉んでいるが、外堀は私が知らないあいだに埋まっていたのだ。
トレーニングマシンが作れるというのは朗報以外の何物でもない。
ロゴスもカイトさんも、なにが出来るか知らずにトレーニングマシンを作っていたのだ。人間王も強く叱責はできないだろう。手記に残されている初代王の仕事を知りたがっていたのはその人間王なのだ。
あとはそのトレーニングマシンを人間国に移送し、私が個人的に購入できるのかどうかという話だけだ。
「里長にもドワーフ国にもご迷惑がかからぬよう、全力で王を説得しようと思います。」
ここがヤマである。
ここを超えたらついに私は異世界で夢のマイトレーニングルームを手に入れることができる。
それにしても里長には申し訳が無いことをした。一世一代の晴れ舞台の日であるというのに、ドワーフ国が傾くレベルのスパイ疑惑みたいな話になったのである。マシンが完成するであろうことは分かっていたが、里長に迷惑がかかるとは思いもよらなかった。
「頼む。まさか古い手記からこういう問題が出てくるとは思いもよらなかった。」
「人間王の裁可が出たら、この図面のものを作っても問題が無いんですね?」
「初代王の手記の解読は人間王から頼まれた仕事でもある。作っても問題無いだろう。その辺も人間王と話してみてくれ。」
俄然やる気が出てきた。あとひと押しである。
「読みますよ。そのために来たのです。」
なるほど。翻訳されているのにぜんぜん分からない。極端に技術偏重の文書だ。
「図を見ながらの方が分かりやすいかもしれませんね。」
機械に関係する単語は出てきても、筋肉に関する単語はぜんぜん出てこない。初代王もドワーフに説明するのは大変だったろうなと思う。図を見ながら説明を受けることによって、半分くらいは理解できたが、半分くらいは分からない。これはもうロゴスとドワーフ族にしか分からないな。
「いくつかは同じ大きさで現物を作ってあります。カイトから聞いているとは思いますが、軸受けのところが分からないんですよ。図も無かったですし。」
「その問題は解決しそうです。里長に話を通してから伝えますね。」
そういえばこのドワーフ国に伝わっている技術文書もまた、人間族統一のあとに書かれたものだ。
つまり、初代王が肉体改造を進めたのは人間国統一から魔物退治するようになってからだ。肉体改造をし始めた時期と前線に立つ時期が一致している。もしや、肉体改造をしてみたら前線に立ちたくなったのだろうか?トレーニーならこういう発想もあるかもしれないが、手記が示すところの初代王の人格はどうにも一般的なトレーニーの心理とも違う気がする。
ドアをノックする音が聞こえてロゴスが返事をすると、大親方が入ってきた。
「どうしたんですか?今日は里長が称えられるための夜でしょう。」
「こっちの方が急ぎだ。マッチョ。カイトに見せたこの図面、他のドワーフや人間に見せたか?」
お酒は入っているが、里長の顔は真剣そのものである。
「いえ。カイトさんに軸受けの話を聞かれて、こういうものが作れないかと提案しただけです。」
「外部には出ていないんだな?」
「ええ。」
里長は少しほっとした顔をしている。外部に出たらマズいレベルの技術だったのだろうか。
「少し順を追って話す。ロゴスも他言無用で頼む。いいな?」
「はい!」少し緊張した返事だった。
「ロゴスは知らないかもしれないが、王家にはロゴスが作っている機械とほとんど同じものがあるんだ。俺が年に一度、調整をしに行っている。手を入れないと痛むからな。初代王の時代からの機械だ。」
「・・・はっ?」
「信じられないかもしれないが、初代王の時代から同じ機械が脈々と受け継がれてきたんだよ。王家の人間がデカいのはあの機械で鍛錬しているからだ。」
「・・・数百年前の機械がそのまま使えるかたちで残っているんですか?」
「そうです。私も見せてもらったことがあります。まだ表には出ていない話ですよ。」
「でだ。マッチョが書いたこの図面がヤバい。カイトの進捗を聞いて初めて気づいたが、俺たちは王家が占有している機械を作っているじゃないか。」
そうなるだろうと思って翻訳も進めてロゴスも派遣したのだ。
「どの辺がヤバいんでしょうか?」
「あのなぁ。俺たちは人間王に頼まれたついでに先人の技術を勉強させてもらっているんだ。技術や機械の作り方を盗んだと言われるワケにはいかないんだ。これは人間国とドワーフ国との国家間の信義の話だ。」
イヤな流れだ。
「もしかして、カイトさんたちが作っている機械、壊しちゃうんですか?」
「壊しはしねぇが、カイトたちにこれ以上進めさせるワケにもいかねぇ。俺も自分の仕事で手一杯だったから目が行き届いていなかったな。ロゴスの翻訳は役に立っているようだから続けてもらうが、どう処理したものか悩んでいる。」
大陸を壊滅させる最終兵器でも作っているような口ぶりだ。作っているのはトレーニングマシンだというのに。
うーむ。先にトレーニングマシンを作ってしまった後で私が購入するという、外堀を知らんぷりしてとっとと埋めてマイトレーニングルームを作るという作戦は失敗してしまったようだ。技術的に難易度の高いものを作っているのだ。作っている途中でバレてしまうか。クソっ。
「私が人間王に報告します。人間王自身がある程度は鍛錬のやり方を公開するつもりのようでしたから。一部は軍で既に公開されていると聞いています。」トレーニングマシンの存在はまだ非公表なのだが。
「本来なら俺が行かなくてはいけない内容なのだが、マッチョ頼めるか?ロイスに事情を伝える親書を書くように指示しておく。作りかけの炉を放っておいて人間国に俺が行くのも難しいんだ。」
異世界でトレーニングマシンを作ることがこれほどの大問題になるとは思わなかった。
「私が書いたその図面が問題だということは、機械はほとんど完成しているんでしょうか?」
「カイトに現物を見せてもらったが、軸受けと重量物を吊るす鋼線さえ安定してしまえば完成だ。俺が作った炉が予想通りに動いたとしたら、強度も王家のものに比肩する出来になる。そもそも軸受けも鋼線も俺が作った予備部品があるからな。ほとんど完成したようなものだ。」
なんだ。いい話ではないか。
里長はずいぶんと気を揉んでいるが、外堀は私が知らないあいだに埋まっていたのだ。
トレーニングマシンが作れるというのは朗報以外の何物でもない。
ロゴスもカイトさんも、なにが出来るか知らずにトレーニングマシンを作っていたのだ。人間王も強く叱責はできないだろう。手記に残されている初代王の仕事を知りたがっていたのはその人間王なのだ。
あとはそのトレーニングマシンを人間国に移送し、私が個人的に購入できるのかどうかという話だけだ。
「里長にもドワーフ国にもご迷惑がかからぬよう、全力で王を説得しようと思います。」
ここがヤマである。
ここを超えたらついに私は異世界で夢のマイトレーニングルームを手に入れることができる。
それにしても里長には申し訳が無いことをした。一世一代の晴れ舞台の日であるというのに、ドワーフ国が傾くレベルのスパイ疑惑みたいな話になったのである。マシンが完成するであろうことは分かっていたが、里長に迷惑がかかるとは思いもよらなかった。
「頼む。まさか古い手記からこういう問題が出てくるとは思いもよらなかった。」
「人間王の裁可が出たら、この図面のものを作っても問題が無いんですね?」
「初代王の手記の解読は人間王から頼まれた仕事でもある。作っても問題無いだろう。その辺も人間王と話してみてくれ。」
俄然やる気が出てきた。あとひと押しである。
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