異世界マッチョ

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85 マッチョさん、自室でトレーニングをする

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 久しぶりの王城の自室である。やはり大型の鏡があるというのはいい。
 人払いを済ませているので下着姿になってみる。うむ。タンニングの成果がかなり出ている。王が羨むワケだ。精悍かつ引き締まった肉体だ。ほどほどのキレにほどほどの体脂肪でありながら、体重の増減も許容範囲内だ。現状維持のトレーニングが上手くいっているということを示している。満足すべき結果と肉体だな。
 いまのところ自室には腹筋台しか無い。ドワーフ国に行くことでトレーニングマシンが手に入るようになれば、ここが私のマイトレーニングルームとなる。人と競い、励ましあい、語り合うトレーニングもいい。しかし私はやはり、自分で自分を追い込むことを好むタイプのトレーニーなのだ。できれば自前のトレーニングルームがあった方がいい。自分の筋肉に向き合う時というのは、トレーナーとともにではなく一人であるべきだと私は思っている。かつてはトレーナーと共に考えたりもしたが、どうにも筋肉に対しての誠実さに欠けるような気がして私の性に合わなかった。

 ふと思い立ってプランクをやってみることにした。今の私ならできる気がする。直接床に肘を置くと痛いので、枕を床に置いて試してみた。裸足になり足の指で身体を止める。どうだ?
 おおっ、できた!できたぞ!
 やはりきちんと鍛えれば新しいことができるようになるのだ。
 うーむ。今は20秒できれば御の字か。これを三分、五分とできるようになれば私はさらなる成長を実感できるようになる。膝プランクも卒業か。長かったような気もするしあっという間だったような気もする。
 さらに難易度を上げて片足片手プランクも試してみる。対角線になる左手と右足をまっすぐに伸ばしてみる。
 くっ・・・三秒と持たずに潰れてしまった。
 うーむ、足の位置と手の位置が違う気がする。普通のプランクと同じポジションで試してしまった。
 以前にいた世界でのお手本を思い出してみよう。よくよく考えてみると、手足のポジションが違っていた気がする。正中線を意識し、肘と膝を可能な限り中央へ寄せていく。これでどうだ?
 ポジションはこれで正解のようだが・・・ぐむむ、きちんとできたとは言い難い。手足がぷるぷる震えてしまっている。単純に私の手足の筋肉が重いのだ。負荷が強い状況はトレーニーとして願ったり叶ったりだが、あまりにも重すぎる。しばらくはプランクを20秒三セットでこなしていくことにした。最終的には対角線ではないほうの片手片足プランクにも挑戦したい。あれは最上級者のトレーニング方法だ。
 前の世界ではあまり気にしていなかったが、体幹トレーニングもやればやるほど面白い。斧を振ると思った場所にミリ単位で正確に当てられるようになり、足腰にも粘りが出てきた。想像通りに肉体が動く面白さというものもあるものなのだな。こういう面白さがあるとは思ってもみなかったが、一般的にスポーツをやる人間は誰もがこういう面白さを求めて肉体を作り上げているのだろう。
 この年で新たな挑戦をすることができるのか。なにか自分の中に湧き立つものを感じるな。
 内に秘めた優しさとはよく言ったものだ。見える部分だけが筋肉では無いのだ。

 翌日。私は王都の武器屋さんへと向かった。リクトンさんに貰った斧を持つためのサヤが必要なのだ。
 「ごめんください。」
 「はいよ。・・・あれ?お客さんハムの人ですか?」
 その呼び名、王都で浸透しているのか。うーん、軽装で出歩くんじゃなかったな。すれ違う人がヒソヒソ言っていたのも、ハムの人って呼ばれていたのかと思うとなんだか恥ずかしい。次から王都で出歩く時は鎧兜を着けて出歩こう。
 「ハムは好きですが、ハムの人ってのは知りませんね。」面倒くさいのでシラを切ることにした。
 「あー失礼しました。最近出回っている高級ハムに、お客さんのような背中の焼き印があるんですよ。」知っている。焼き印を作ったのはタベルナ村の村長だが、許可を出したのは私だ。
 「人間王の背中じゃないでしょうかね。立派な背中ですから。それよりも注文を聞いて欲しいのですが。」
 「重ね重ねあいすいません。ご用件はなんでしょうか?」
 「これの鞘が欲しいんです。」
 ん?という顔をしたあとに、武器屋さんは手に取ってまじまじとリクトンさんの斧をじっくりと見ている。
 「お客さん、これどこで手に入れたんですか?」
 なにか怪訝な顔をしているな。使い込まれた斧というのがマズいんだろうか?
 「リベリという街のギルマスからいただきました。もう振り回せないので私が使ってくれと。」
 「へぇー。いや失礼しました。戦闘用の斧なんて珍しいですからね。これウチで作ったものなんですよ。リクトンの旦那も名前を聞かなくなったと思ったら、リベリでギルマスやってるんですか。」
 「元気そうでしたよ。色々と教えていただきました。」
 「どっかで死んじゃったのかと思いましたよ。旦那も教えてくれればいいのに・・・」
 ずいぶんと話好きな店主だな。長くなりそうなのでこっちの話を勝手に進めよう。
 「で、持ち運び用に身につける鞘のようなものが欲しいのですが。」
 「鞘を渡さないで斧だけ渡すあたりがあの旦那っぽいですねぇ。リクトンの旦那は腰巻に収納してましたよ。利き手側だけ重くなるんですが、とっさの時にすぐ出せるのがいいって言ってましたね。腰巻型のサヤで大丈夫でしょうか?」
 リクトンさんが使っていた方法なら間違いないだろう。
 「ではそれでお願いします。」
 「一週間ほどかかりますが、よろしいですか?」
 「では待ちます。」
 一週間も王都で待つのか。いや、王都でやれる筋トレをやっておけばいい。
 鞘ができたら今度はドワーフ国である。期待通りのブツが完成していればいいのだが。
 支払いに、名前に、住所と。ギルド本部に届けてもらった方がいいか。王城に届けてもらうとなると話がややこしくなりそうな気がしてきた。
 「ん?200人切りのマッチョさんでしょうか?ソロウ防衛戦でソロウのギルマスと魔物を倒しまくったとかいう。」
 そんなに魔物を倒したかどうかもう憶えていない。それよりもそんな二つ名がついていたのか。ますます面倒くさいことになっているな。仕事も筋トレも王城内で片付くので王城から城下へ出ることがあまり無かったら、私の想像以上にややこしいことになっているようだ。もう一人で出歩かない方が良さそうだな。
 「たしかにあの場に居ましたし戦いましたが、そんなには倒していませんよ。軍が片づけてくれましたからね。」間違いではない。
 「あーそうでしたか。やはり話に尾ひれはつくもんですもんね。」
 どうにもこの武器屋さんは信用が置けない。率先して話に尾ひれをつけそうだ。
 鞘ができたらギルド本部に持ってきてもらうことにした。やたら他人に持ち上げられるのはトレーニーとしてあまり良い環境ではない。トレーニーは重量物を持ち上げることの方が大切なのだ。
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