異世界マッチョ

文字の大きさ
上 下
80 / 133

80 マッチョさん、苦悩する

しおりを挟む
 スクルトさんと漁港に行くと、様々な魚が水揚げされていた。
 イワシ、サンマ、サバといった青魚がメインだ。加工食品にするには適していない小魚が多かった。たまに鯛やカレイといった白身魚もあった。どうやら異世界特有の海産物というものは特に無さそうだ。むしろワカメは異世界っぽいけれど、こちらでは食べないのかもしれない。
 タコも少しは獲れるようだ。実はタコも筋肉にとって非常に有用な食材である。低カロリーでそこそこのタンパク質。それにあの噛み切れない硬さも食事の量を減らしたい時には実に有効なのである。さすがにタコだけで肉体を作った人の話は知らないが、補助食品として有能なことはトレーニーなら知るところである。干したタコの話をスクルトさんにしたらやんわりと却下された。
 カジキマグロなども獲れていたがあまり数は多くない。大味だし量が確保できない以上は缶詰にするのは難しいだろうな。ホンマグロが獲れるかもと期待もしていたが、そもそも大型のカヌーのような舟で網を使った漁をしている。ホンマグロが獲れるにしても偶然を狙うしか無いだろう。
 ざっくりとリベリの魚を見てきたが、やはりサバ缶が欲しい。
 最大の問題は鮮度である。私には魚の良し悪しの見分けなどつかないが、イワシやサンマがかなり良くない状態で漁港に入っていることだけは分かる。実際に漁師の方に話を伺ってみると、肥料の印象が強くて家でもあまり食べたりしないし、食べるときは必ず加熱をするそうだ。高タンパクなのに食べないとは勿体ないが、手間を考えるとこういう商売にした方が稼ぎになるのだろう。
 近海ものの魚でも冷蔵庫や冷凍庫が無い世界で加工から輸送までの工程は難しいかもしれない。思いつきと筋肉面の必要性から調査しに来たが、ちょっと成功している図が見えないな。

 どうも缶詰は思っていた以上の難事業になりそうだ。缶詰という概念がそもそも無いし、缶を作るのであれば薄い鉄をできるだけ均等な品質で大量生産をしなくてはいけない。食品加工のための設備も必要なのである。スクルトさんに缶詰というものを説明したら、ずいぶんと感心された。
 「マッチョさんの故郷ではそうまでして魚を食べたかったんですね。」
 「そうなのかもしれません。」
 「長期保存が効くという点がすごく魅力的に聞こえます。」
 「ハムやチーズや果実酒と同程度の長期保存が可能で、三年ほど経ってもほとんど劣化せずに食べられるのですが・・・」
 うーん。スクルトさんに話しながら問題点を洗い出すか。
 「まずは缶を作るための設備と技術ですよね。次に魚の鮮度と量の確保。最後に魚の加工場と味ですねぇ。」
 「瓶詰というのも考え方としては同じものなのでしょうか?」
 「だいたい同じですね。中に入れた食べ物に鉄の味が移ってしまう野菜のようなものは瓶詰の方がいいと思います。熱湯でビンを煮て消毒をして、熱いうちに調理加工済みの食べ物をビンに入れ、コルクで栓をすればいいですね。ビンは黒色で色が付いたものの方が日持ちします。」
 「うーん・・・マッチョさんのお話を聞いている限り、ビンの方が試験をしやすい感じですかねぇ。缶詰となると缶を作るところからですから・・・」
 「そういう気がしてきましたねぇ。」
 やはりサバ缶を作るのは難しいか。
 「あえて缶にする理由ってどこにあったんでしょうか?」
 「輸送がラクですし、規格化もラクですし、割れないですし、日光で痛んだりもしません。」
 「・・・なるほど。」
 スクルトさんも相当に考え込んでいる。筋肉のためとはいえ超えなくてはいけないハードルが高すぎるのだ。そもそも大量生産という発想自体が19世紀あたりにできた考え方だった気がする。やはり実現は難しいか?
 「ビンは試験用に100ほど急ぎで用意してみます。コルクはこの街の近くで大量に獲れるはずなので私が手配してみます。調理加工設備も用意できると思います。どの食材で試すかが問題ですね。」
 スクルトさんは完全にこの事業をやる気である。
 うーん。ほとんど思いつきでできるかどうか調べるだけのつもりだったのに、私だけ撤退しづらくなってしまった。

 夕方には筋トレを済ませてから出かける準備をした。宿にいい食堂が無いか聞いてみたところ、鶏肉が食べられるお店があるというのでそこに行くことにした。言われてみるとこの街ではゆで卵がけっこう安価で手に入ったな。ロキさんがどうも働きっぱなしのようなので、近況確認と慰労を兼ねて食事をすることにした。ドワーフ族にはやはり肉だろう。
 スクルトさんは瓶詰の可能性に夢中である。カニ缶の話をしたら余計に火が点いた。瓶詰の基本的な作り方だけスクルトさんに教えて、私は王都に帰ろうかと考え始めている。仕事もないし、筋トレの道具も無い。タンニングにも満足した。王都に帰ればトレーニングルームも使えるだろうし、許可が出たらドワーフの里へトレーニング機材製作の進捗を確かめに行くこともできるのだ。長くこの街に留まる理由は、いまは食材以外には無い。

 「マッチョさん、気を使っていただいてありがとうございます。」
 数日ぶりに見たロキさんは、たしかにちょっと疲れ気味だな。環境の変化もあったし、少し痩せたかもしれない。
 「ちょっと働き過ぎなんじゃないでしょうか?新しい街でこのペースでは、勇者でも身体が持たないんじゃないんですか?」
 「子どもが生まれましたからね。重要な局面では育てる方が頑張らないといけません。ヤマは越えたので大丈夫でしょう。教え子たちもよくついて来てくれています。」
 そうは言っても睡眠不足は筋肉の敵である。眠らない人間というのは筋肉を裏切っているのだ。

 お店はいかにも田舎の漁港近くの食堂っぽかった。だがこういう店が美味しかったりするのだ。
 こちらのお店の素材は、主に店主が育てているそうだ。メニューに店主のお勧めサラダがあったので興味本位で注文してみたら、数分後に私はブロッコリーと異世界で再会することになった。    
 ブロッコリーについては説明するまでもなく、トレーニー御用達の野菜である。この世界にもブロッコリーがあったのか。味も完全にブロッコリーである。意外過ぎる再会に少し感動してしまったが、私の脳みそは自動的にこのブロッコリーを他の土地でも食べられないかどうかを考え始めていた。ブロッコリーも魚同様に足が早くて簡単に黒ずんでしまう野菜だ。ふつうはわずかに酢を加えて茹でるか、電子レンジで温めていただく。塩コショウに鷹の爪やニンニクを入れても美味しいが火加減が難しい。
 うーむ。この世界でも気楽にブロッコリーが食べられないだろうか?
 ピクルスに加工して食べているトレーニーがいたな。酢漬けの瓶詰あるいは缶詰という方法が取れればいい。

 「マッチョさん、なにか難しい顔をしていますが、苦手な食べ物でもありましたか?」
 「・・・いえ。ちょっと宗教上の問題を思い出してしまいまして。」
 「そうですか。私も黙っていた方がいいでしょうか?」
 「いえ。食事中に失礼しました。ロキさんにいらない気づかいをさせてしまいましね。すみません。」
 そう、人と食事中である。補給について考えるのは失礼になってしまうだろう。そもそも私はロキさんを息抜きのために呼んだのだ。自分の補給食で悩んでいい状況ではない。
 「それにしてもこの野菜、ブロッコというのですか?変わった味をしていますね。初めて食べました。」
 そのブロッコが私の宗教上の問題なのだ。
 私だけでも保存食づくりから撤退する気だったのに、瓶詰にしてほしいアイテムが増えてしまった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...