異世界マッチョ

文字の大きさ
上 下
78 / 133

78 マッチョさん、野望を共有する

しおりを挟む
 人間王の手配は完璧だった。畜産に関わる人間を育成するための建物、牛舎、牧草地、牛のための大量の水に当面の飼料。全てがリベリには揃っていた。たかだか十日間程度でよくここまでやれたものだと思うが、これがリベリという街の底力なのだろう。私とスクルトさんは、ロキさんの指示で数日ほど段取りを手伝った。
 ロキさんはここで牛に関することを生徒に教え、牛を育てる人を育てつつ牛を育て、さらにギルドメンバーによって戦闘訓練を受ける。街の外に出る時の護衛も、ここのギルドの精鋭たちがやってくれるだろう。
 ・・・あれ?
 ここまでしっかりと段取りが出来ているならば、私はこの街でやる事が無いのではないだろうか?
 既にロキさんの自重トレーニングのメニューも決まっている。ロキさんのフォームチェックが終わったら、私は王都に帰ってしまってもいいのかもしれない。
 勇者をリベリまでの道中一人で行かせるワケにはいかなかっただけだ。
 しかしせっかく海の街に来たのだ。とっとと帰ったりはせずに、しっかりと楽しみたい。筋肉に使えそうなものがこの街にはたくさんある気がする。予想外に高い筋肉濃度がそれを裏付けている。

 まずはスクルトさんに案内されて食事へと向かった。ずいぶんと高そうなお店だな。建物も調度品も格式をいちいち見せつけて来る。食堂ではなく立派なレストランだ。この世界に来て初めてドレスコードが気になったが、鎧兜も正装の扱いになるようだ。
 「スクルトさんは、リクトンさんに会いに来るのが目的だったんですよね。」
 「まぁそれもありますが、このお店の料理も楽しみでしたね。我々の仕事はほとんど終わりましたしゆっくりできます。それにしても贅沢な休暇の使い方ですよね。費用も王家持ちですし。」
 食事が楽しみであるというのは、正常かつ健康な証だ。食欲もまた筋肉を育てる才能のひとつである。
 私たちがなにも注文していないのに、蒸されたロブスターとカニが運ばれてきた。飲み物は食事が出た後に注文する。料理人が料理を選ぶという、なんだかちょっと変わったシステムのレストランらしい。テーブルにはやはり緑黄色野菜が無かった。この街の人たちはビタミンと食物繊維をどうやって補給しているのだろうか。
 「海産物が私の好物なんですが、王都では食べられませんからね。マッチョさんも食べてください。」
 「いただきます。」
 ロブスターもカニもたしかに美味しいのだが、この食事は筋肉に効くのだろうか?いちおうタンパク質っぽいが、こういう食事で筋肉を支えた人の話を聞いたことが無い。どうにも不安なので、あとで手持ちのハムを補給しておこう。
 しかしスクルトさんは美味しそうに食べるな。ビールとよく合いそうな組み合わせだ。私は常温のお茶にしてもらった。ありがたいことに水出しでもお茶を淹れてもらえるそうだ。
 甲殻類もいいのだが、私はどうしても魚が気になる。まさかこの世界に魚がいないということがあるのだろうか?給仕の方に魚を出すことがないのか聞いてみたが、ものが良ければ出ることもあるらしい。そもそもこのお店にはメニューというものが無いそうだ。その日水揚げされた魚貝類の中で、もっとも美味しいものを料理長が厳選して出すとのこと。ふーむ、よほど腕に自信のある料理人なのだな。実際にそれだけの価値はあるし値段も張る。
 
 「美味しそうに食べていますが、スクルトさんはお魚はあまり好みでは無いのですか?」
 すごく嬉しそうにスクルトさんはロブスターとカニを平らげた。
 「好物ですよ。海で獲れるものはだいたい好きです。今日はたまたま魚が出ませんでしたものね。人間王も魚はスキだったようですよ。干した魚を好んで食べたと言われています。にわかに信じがたいですが、鮮度がいいものを生で食べたという伝説がありますね。」
 日本人だったら刺身も食べたくもなるだろう。ここを保養地とした理由も分かる気がする。
 それに干物か。うーん・・・干した魚は、輸送するにも匂いがなぁ・・・
 「王都で魚介が食べられるとしたら、スクルトさんも嬉しいですよね?」
 「ええ、そりゃもう!・・・って、マッチョさんなにか考えがおありなのですか?」
 「この街で獲れるものに依りますね。あと、こちらの武器屋さんや防具屋さんといった、ものを作る人たちの力も必要ですし、食品も輸送するために加工する必要があります。」
 「それは・・・人間王からの依頼ですか?」
 「いえ、私個人としてできれば王都でも魚を食べたいのです。」
 「・・・マッチョさん。」
 スクルトさんが真顔になった。
 「私にできることなら全面協力させてもらいます。王都に魚を!」
 スクルトさんが杯を上げた。
 「王都に魚を!」
 私もスクルトさんのノリに付き合った。
 片や筋肉のため、片や好物のためではあるが、我々の結束は固まった。明日の早朝に漁港に行って調査することになった。とにかく漁港に行ってみないことには、なにが獲れるのか分からない。細かい話は後日にするとして、私はスクルトさんと別れた。スクルトさんはリクトンさんに稽古をつけてもらうそうだ。

 お腹いっぱいになったら、次はタンニングである。
 海の近くのお店で折り畳み式のリクライニングチェア兼ベッドを買い、私はそれを脇に抱えて海辺へと向かった。サングラスも欲しかったのだが、たかが数回の日焼けのためにちょっと気軽に買える値段では無い。さすが高級保養地である。
 浜辺には私以外にも日焼けをするために寝ている人がけっこういた。やはり海の街ではきちんと日焼けをしていないと貧弱に見えてしまうのだろう。白い筋肉はやはり私の美的価値観にも合わない。
 
 飲み物もタオルも用意し、さっそくタンニングを始める。
 サングラスが無いにしても・・・ああ!・・・なんという贅沢な時間だ!
 前に居た世界では屋内にあるお店の日焼けマシンを使っていた。日焼けによる火傷が怖かったからだ。
 だが晴天の浜辺で日焼けをするのはまるで気分が違う。日差しの強さも程よい。
 焼きあがった私の肉体の仕上がりを想像すると、期待感で胸がいっぱいになる。またトレーニングが捗ってしまうな。
 表も裏もしっかりと焼き、途中で何度も給水をする。時折涼しさを運んで来てくれる潮風が気持ちいいな。異世界に飛ばされてから今まで、仕事に関わること以外でここまで筋肉のために時間を使った記憶は無い。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

モブっと異世界転生

月夜の庭
ファンタジー
会社の経理課に所属する地味系OL鳳来寺 桜姫(ほうらいじ さくらこ)は、ゲーム片手に宅飲みしながら、家猫のカメリア(黒猫)と戯れることが生き甲斐だった。 ところが台風の夜に強風に飛ばされたプレハブが窓に直撃してカメリアを庇いながら息を引き取った………筈だった。 目が覚めると小さな籠の中で、おそらく兄弟らしき子猫達と一緒に丸くなって寝ていました。 サクラと名付けられた私は、黒猫の獣人だと知って驚愕する。 死ぬ寸前に遊んでた乙女ゲームじゃね?! しかもヒロイン(茶虎猫)の義理の妹…………ってモブかよ! *誤字脱字は発見次第、修正しますので長い目でお願い致します。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...