異世界マッチョ

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67 マッチョさん、限界領域へと行く

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 朝食も食べ終わり、装備も確認した。族長に挨拶をしてから限界領域へと向かうそうだ。
 軽くストレッチをする。うん、いい動きだ。多少上腕が疲れているが、歩くだけなら問題無いだろう。タカロスさんは回復薬も持ってきてくれた。クエン酸は助かるな。ややタンパク質が心もとないが、いざという時にはサバスを使えばいいだろう。
 「お主ら、その恰好で限界領域まで向かうのか?」
 「そのつもりですが。」私とフェイスさんは鉄鎧、ツイグは皮鎧だ。
 「この時期の限界領域は寒いぞ。我々の防寒着を貸してやるから、帰りに寄りなさい。」
 回復したらジェイさんと話もしたいし、龍族の里経由で人間国に帰ってもいいだろう。
 
 それにしてもこの世界の季節感はよく分からない。タベルナ村では二か月ほど前に収穫があったから冬に入っただろう。そして西の廃墟からこちらの山々はほとんど初夏の陽気だ。水に入ると気持ちがいいくらいだった。この異世界では場所によって季節感が変わるのかもしれない。一年中冬のところや夏のところもあるかもしれないな。これも精霊の影響なのだろうか。
 となると問題になるのはタンパク質だ。
 豚にしろ鶏にしろ、家畜は穀物を食べて育つ。その穀物は季節が移り変わる土地じゃないときちんと育たないはずだ。少なくとも私が見聞きした穀物は以前の世界と同じものだった。穀物が育つ場所というのはこの世界では思っていた以上に貴重な場所なのかもしれない。
 そういえばドワーフ国もずーっと春か秋のような感覚だった。そういう風土では牧草がよく育つのかもしれない。
 「マッチョさん、なんか真面目な顔しているっすね。」
 「私の信仰上、大切なことを考えているのです。」
 「信仰は大事ですからね。ちょっくら俺は黙っておくっす。」

 族長が言っていた通り、限界領域周辺までは寒かった。風が強く冷たくてツライ。
 体脂肪率がやや低めの肉体にはけっこう堪える。
 しかしこの世界の季節感について考えを巡らすというのは結果として良かったことに思える。
 減量期には暑い土地を選んで体脂肪を落とし、増量期には寒い土地で体脂肪を増やせばいいのだ。たかが数日移動するだけで筋肉がその時必要な環境を得ることができる。うーむ、異世界もトレーニングを軸に考えるとそれほど悪くないな。
 
 道中でトロールが何体か来たが、龍族の二人とツイグが倒してくれるので旅は非常にラクになった。歩哨も私の代わりにやってくれるのでしっかりと睡眠が取れる。ようやく私が欲しい旅っぽくなってきた。
 下半身は毎日歩き回っているので、ストレッチを多めに行い上半身を適度に鍛えた。やはり旅の最中にトレーニングとなると難しいな。筋トレをするには定住が一番よろしい。
 サバスも一度試してはみたが、やはり酷い味だった。仕方が無いので作った分はなんとか飲んだが。旅の仲間に飲ませてみたところ、全会一致でマズいということが分かった。龍族に提供などしなくて良かった。量産を続けようとしているのなら、いちど止めた方がいい気がする。

 「着いたぞ。ここが限界領域だ。」
 草木ひとつ生えていない岩山をいくつか超え、魔物を何度か倒し、三日後にようやく到着した。魔物がいつも通り襲ってきていたら、もう数日かかっていたのだろう。
 山脈の一部の頂上なのだが、独立峰に近い形状をした山なのでやたらと風が冷たい。防寒着が無ければ撤退していただろうな。
 眼下には岩山がまだまだ見える。その先の山々も岩山だ。
 なにか私の知っている山とは違う。
 高地であるのに氷も雪も無いのだ。
 「この一帯、雨も降らないんですか?」
 「雨も雪も降らない。水が手に入らないから植物も育たんし、植物が育たないから動物も暮らしていない。出るのは魔物だけだ。」
 「寒いっす・・・用事が済んだら早く帰りたいっす・・・」
 「俺が知っている初代王の暗号っぽいものはこれだな。」
 石碑だ。たしかになにか書いてある。
 
 ”この先、生物が進める場所に非ず。引き返すべし。初代人間王アラヒト”

 「書いてあるのはそれだけか?」
 「ええ。」
 初代王もここから先には行けなかったのだろう。軍が補給を繋いでいけばこの先になにがあるのか分かるかもしれないが、なにも無いのかもしれない。少なくとも人間や亜人の冒険者がパーティだけで進んでも途中で補給が切れる。フェイスさんは限界領域のその先を見つめている。
 「フェイスさん、この先まで行きたいんですか?」
 「行けるんならな。未知の場所になにがあるのか知りたい。なにも無かったとしてもな。」
 合理的な思考法をすると思ったら、超非合理的思考法で未知へと挑戦したがる。たしかにフェイスさんは軍人ではなく冒険者だ。私もフェイスさんが見ている方向を見る。うら寂しい風景だな。
 「この先に魔物の巣窟がある、という伝説がある。子どもを怖がらせるおとぎ話だと思っていたんだが、実際にここに来てみるとこの先にそういうものがあってもおかしくないって思わせるよな。」
 「俺も聞いたことがあるっす。本当に魔物しか住めなさそうっすね。」
 「あと魔王とかな。どこに封印したのか、王家も知らないらしいんだ。この先に封印したんだとしたら、魔王と一戦やるってのは軍が入れない領域で補給無しの少人数戦になる。」
 魔王。この先にいるのかもしれないのか。

 「さて。龍族の里に帰るか。長く居ても仕方のない場所だ。」
 「ういっす。」
 「・・・マッチョ、ツイグ、西の廃墟の墓の話は人間王にも黙っておけ。」
 「どうしてっすか?」
 「龍族が何百年も大切にしてきてくれたんだ。いまさら龍族との火種を増やすことも無いだろう。あそこにはなにも無かったし龍族も出なかった。昔俺が組んでいたパーティの連中にも釘を刺しておく。いいな?」
 「了解っす。」
 「・・・王家ゆかりのものなら、王様には知らせた方がいいんじゃないでしょうか?」
 王家にとって最重要人物の墓を私たちだけの秘密にするというのは違和感がある。
 「・・・マッチョ、今は俺の言う通りにしておいてくれないか。師匠には俺から話すし、時期が来たら俺か師匠から王に話す。」
 「・・・分かりました。」
 納得したワケでは無いが、なにか繊細で危険な話があるのだろう。
 いつか人間王に見せてもらった王家のティアラ。あれに彫られていた女性の名前と名もなきその子ども。
 そして王都から離れた場所にあるお墓。
 フェイスさんはなにかに気づいているが、確信は無いようだ。だが私があれこれ詮索したところで的外れになるだろう。この話はフェイスさんに預け、私たちは龍族の里へと向かった。
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