異世界マッチョ

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65 マッチョさん、浴衣の持ち主に遭う

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 光が失われ、ジェイさんの周辺がザワついている。おそらく倒れたか疲労で動けないのだろう。
 光があった場所の近くまで私たちは近づいていった。ジェイさんが槍にもたれかかる恰好で疲労困憊している。取り巻いている龍族はなにをしたらいいのか分からないという感じだ。
 「マッチョ君の言っていた通りになったな。」族長だ。
 そう。精霊の恩寵を受けた勇者は、光を失ったのちに疲れてしまう。
 倒れなかっただけジェイさんが丈夫だということだろう。
 「ジェイさん、大丈夫ですか?」
 「・・・これが精霊の恩寵か。水の精霊よ、龍族はたしかに精霊の恩寵を賜りましたぞ!」
 歓声が上がるのはいいが、もうジェイさんも限界だろう。
 「ゆっくり横になってください。人を運ぶものを誰か持ってきてくれませんか?」
 「いらぬ。歩ける。」
 私たちを手助けしてくれた龍族が手を貸そうとした。
 「いらぬ。歩かせろ。我は勇者だぞ。」
 気迫に押されて一人で歩き始めた。フェイスさんがずかずかと近づいてきて、ジェイさんを支えた。
 「いらぬ。勝手をするな、人間。」
 「お前こそ勝手だ。勇者がぶっ倒れたら示しがつかねぇだろうが。こういう時の好意くらい受け取っておけ。」
 「・・・勝手にしろ。」
 
 ジェイさんを水に入れても流されてしまうだろうということで、清流から少し離れたところに簡単な休憩所が作られた。フェイスさんとジェイさんがそこへ連れられて、私もそこへ入ってゆく。
 「私が見ます。たぶんドワーフの時と同じだと思うので。ここ、痛みますか?」
 ジェイさんが小さなうめき声を出した。ものを振り回すときに用いる筋肉の使い過ぎ、腱には支障なし。関節周辺は専門家に見てもらった方がいいな。
 「お魚を多めに食べて安静にしておけば大丈夫だと思います。」
 「・・・少し寝る。」
 ジェイさんは眠ってしまった。反動はドワーフの時に比べたら少ないが、やはり疲労が酷い。
 「おいマッチョ、ドワーフに勇者が出たときもこんなだったのか?」
 「意識がはっきりしていなくて、その場に倒れてしまいましたよ。龍族の人たちのほうが頑丈なんですね。」
 「そうか・・・あんまり精霊に頼るもんじゃねぇな。こんなもん繰り返していたら死ぬぞ。」
 おそらくフェイスさんは勇者を大駒として戦争にどう使うのか、運用方法を考えているのだろう。だが精霊に頼るのは本当に最後の手段だ。固有種レベルが相手であるならばやりようというものがあるだろう。族長も入ってきた。
 「あとは我々のドクターに任せておけ。ここで話すと勇者を起こしてしまいそうだ。我の小屋で話そう。」

 族長の小屋にフェイスさんの指揮下に置かれた人たちすべてが集まった。
 「フェイス、よくやってくれた。読み通りだったな。」
 「焦りましたよ。二体目が出てくるとは思っていなかったものですから。」
 「本来なら二体目のほうは我々の力だけで抑えるべきだったのだ。気にするな。古き盟約に従い、固有種は人間国に渡そう。報酬は他にいるか?」
 「食料と水の補給だけあれば。なにより以前に助けられた恩がありますからね。あと限界領域まで案内してくれる龍族が数人いればいいです。」
 フェイスさんは龍族の人たちに助けられたことがあるのか。
 「マッチョ君にツイグ君?もよくやってくれた。なにか欲しいものがあるかね?」
 「俺はいい加減名前を憶えて欲しいっす・・・」
 「分かった。里の恩人の名、憶えよう。」
 報酬か。この里はあまりに牧歌的で貧しく、私が欲しくなるようなものなど無いだろう。魔石を持って帰ることになるだろうから、もしかしたらギルドや王家から褒賞が出るかもしれない。
 「この里ってあまり他の種族に知られたくないんですよね?」
 「そうだな。まぁ誰でも来られるような場所ではないが。旅人が来るような場所になってしまうと、我らの信仰に支障が出るかもしれないからな。」
 「ではまた来たときに清流をお借りしたいです。美しい里ですから。」
 ははっ、と乾いた声で小気味よく里長は笑った。
 「里の恩人を無碍にしない。精霊の御名に誓って、歓迎しよう。」
 
 私たちの助勢をしてくれた龍族が入ってきた。クレイかダニエルのどちらかだが、まだ見分けがつかない。
 「フェイス、お仲間が来ているぞ。族長、代表者だけでも通していいですか?」
 仲間。フェイスさんが言っていた通り、軍が捜索に来たのだろうか?
 「お通ししなさい。おそらくフェイスたちの仲間だ。」
 案内されて族長の小屋に見たことが無い軍人さんがやって来た。
 身長173cm、体重68kg、体脂肪率19%か。軽度肥満というところだが、山を動き回る人間の体脂肪率としてはこれでいいのかもしれない。山道を歩くという動作はスタミナが必要になるのだと身をもって知った。
 そういえば著名な登山家はあまり筋肉質なタイプが少なく、体脂肪率も高めだと聞いたことがある。筋肉の重さが山を移動するためのスタミナを奪うのだろう。程よい脂肪も極限の飢餓状態でも生き残るために必要なのかもしれない。
 「タカロスか。久しぶりだな。」
 「フェイスさん、どういう事情で龍族の里で暴れているんですか・・・」
 フェイスさんは龍族に起こった危機の話をした。
 「というわけだ。固有種を持って帰るのは大変だろうから、腑分けして魔石だけ先に持って帰ってくれ。」
 「了解です。とりあえずフェイスさんたちを発見したのでハト飛ばしておきますね。」
 「ハトはあと何羽持ってきた?」
 「残りは三羽だけですね。龍王、後日追加分を持ってきますので、人間国との連絡用に使ってください。」
 ん?
 「文字を持たない種族の方が、どうやってハトを使うんですか?」
 「我だけが文字を使える。旅をしていた時に学んだからな。若い時は人間国の豊かさに魅かれて目が眩む思いだったが、やはり私も龍族なのだな。今となってはこういう落ち着いた里が一番だ。」
 ソロウのお風呂屋のおばちゃんが言っていた人って・・・
 「もしかして、浴衣を作って浴場に置いていかなかったですか?」
 「知っているのか!懐かしいな!」
 ははっとまた乾いた笑い声で里長は笑った。
 「私が普段着として使わせてもらっています。」
 龍族の旅人って里長のことだったのか。
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