異世界マッチョ

文字の大きさ
上 下
45 / 133

45 マッチョさん、わずかに歴史を紐解く

しおりを挟む
 石碑についてのちにロキさんに聞いたところ、やはり石碑の近くで襲われた気がするという話だった。ロキさんは恐怖と怒りに囚われていたのだ。場所まであまり正確には憶えていないのだろう。
 「石碑についてはよく知っています。あのあたりは私が牧草地として使っていた場所なので。」
 「あの石碑自体は、ドワーフ族に広く知られたものだったのですか?」
 「なにか書いてあって、それが初代人間王によるものだということは知られていましたが、あまり興味を持つ人もいませんでした。なにか記念碑的なものなのだろう程度の感覚でしたね。」
 歴史とともにその役割も忘れられてしまったということか。

 石碑の話を里長にも話したら、実際に見てみたいということなので連れて行った。
 「ここか。そういやこんなのがあったな、くらいにしか思っていなかったよ。どれ・・・」
 里長が祈りを捧げる。なにも起きない。
 「うーん、なにかが足りないみたいだな。もしかしたらドワーフに一人だけしか勇者が産まれないのかもしらんし。まぁマッチョが見つけて読んだんだ。たぶんここでの祈りが精霊に通じたんだろうなぁ。」
 「他にこういう、文らしきものが書かれた石碑というものはどこかにありませんか?」
 「いや、俺たちの領土の中ではここだけだろう。他は山ばっかりだしなぁ。」
 新しいことはなにも分からなかった。

 ロキさんが回復するまで初代王のテキストの解読作業でもやろうかと思ったのだが、これがけっこうな難題だった。技術的なテキストなので私では分からないのだ。スケッチから推測しようにも、私にはこの手の素養が無い。スケッチにはトレーニング機材の設計図もあった。こちらは私にも仕組みは分かるが、細かい用語が分からない。
 一度王都へ戻った時に、解読チームの中から技術文書に強い人間を引っ張ってきて解読してもらうしか方法が無さそうだ。が、解読チームのメンバーは学者然としていてあまり筋肉質では無い。ドワーフたちに受け入れてもらえればいいのだが。

 里長は早く人間国の高炉を見たいと言いだした。
 数百年も機能するようなトレーニングマシンを作れるほどの高炉なのだ。技術者としてそりゃ血が騒ぐだろう。その高炉で里長の大業物を作ることになるかもしれない。
 だがさすがに私でも、一国の国王が勝手に他国をふらふらしていいかどうかくらいの分別はつく。
 とりあえずはドロスさんが出立するついでに、ドワーフ王が高炉を探すために人間国を訪れる旨を人間王に伝えてもらい、許可が出たら行くということで納得してもらった。他国の王なのだ。警護も必要だろう。

 ロキさんは無事に回復した。
 腱が傷ついていないか心配だったが、どうやら厚い筋肉に守られて無事だったらしい。
 私の差し入れも効果的なようだった。まさかタベルナ村のハムがこういう局面で役に立つとは思わなかった。回復食というものはいつだって準備しておくものなのだな。
 「そういえばなにか映像を見たんですよね。その後なにか分かりましたか?」
 例えば魔王の見た目とか。
 「なんでしょう。魔王と戦うというのに、みな楽しそうでしたね。仲が良かったのでしょう。ニャンコ族、龍族、人族、エルフ族、ドワーフ族。」
 ちょっと待て。多種族でパーティを組んだなどという話は聞いてないぞ。
 「里長。魔王を封印したパーティって今ロキさんが言ったメンバーで間違いないですか?」
 「いや、俺も初めて聞いた。ロキ、そのメンバーで間違いないか?」
 「はい。僕もちょっと不思議だったのでしっかりと憶えています。」
 なにがどう不思議なのだ?
 「不思議というと、なにが不思議だったのですか?」
 「ああ、マッチョはなんか遠い国から来たんだったな。この大陸の人間ならよく知っているが、種族間で仲が悪いんだ。俺たちは特にエルフ族が苦手でなぁ。戦争したこともあるらしい。」
 「龍族とニャンコ族の仲も悪いと聞いています。」
 「広く知れ渡っているからなぁ。お互いに近くに居たら戦争になってしまうっていうんで、初代人間王がお互いに近くに住まないように、人間国を中心として東西南北バラバラに住まわせたんだよ。どの種族にとっても住みやすい環境をわざわざ探してくれてな。」
 そこまで仲が悪いのか。
 「輪の中心にはいつも人間がいたビジョンが見えたので、初代人間王が種族間の橋渡しをしてくれていたのかもしれませんね。」
 ふーむ。伝説的な英雄とか超人という言葉さえ陳腐に聞こえる。初代王は千年続くような大陸の安定したあり方まで模索していたのだろう。

 「そのパーティ全員が精霊の恩寵を受けた状態のビジョンが、ロキさんには見えたんでしょうか?」
 「いえ。精霊の恩寵を受けられるには時間制限があるようです。それもビジョンで示されました。でも、人間王は長時間にわたって恩寵を受け続けられたみたいですね。」
 人間王と他の種族でなにが違っていたのだろうか。
 「人間王の見た目とか特徴は分かりますか?」
 「恩寵がない状態でも筋肉質でした。あと、なにか手に持っていましたけれど、あれ武器なんでしょうかね?」
 筋肉質。やはり筋トレが精霊の恩寵の反動を和らげるようだ。そして反動が和らぐからこそ、精霊は初代王に長い時間の精霊の恩寵を与えたのだろう。
 それにしても、分かりやすい武器を持っていない?まさか手ぶらで魔王を封印しにいったのか?
 いや。初代王はバーンマシンを使っていた。それにドワーフ族に残された手記に、アレが書いてあった。
 「ちょっと待っててください。」
 私は個室から手記を持ってきて、ロキさんに見せた。
 「手元にこういうものを持っていませんでしたか?」
 「ああ、持っていました。これ武器だったんですか。」
 「殴るとか蹴るとか投げるに特化した武器です。」
 バーンマシンは格闘家がよく用いるトレーニング用具だ。つまり初代人間王は格闘家として魔王と対峙したのだ。そしてこのメモ。ちょっと変わったダンベルなのかと思ったが、これはおそらく人間王専用の武器、ナックルだ。
 「ちょっと俺にも見せてくれ。ふーん、超近接用の格闘武器か。距離も取らないで魔物やら魔王に向かっていくなんて、凄いというよりも少しネジが飛んでいたのかもな。」
 「少し違うかもしれません。初代王は武器を扱う素養が無かったのではないでしょうか?殴るや投げるでしたら、私の国にも教え方というものがありますし。」
 私も武器の扱い方が分からなかったから、なんとなくルリさんの趣味で斧使いになってしまったのだ。
 「ああ、剣とか槍に慣れてなかったってことか。たしかに子どもの頃から遊んでいなかったら、手慣れた道具の方が熟達が早くなるか。それに魔法を使われたら距離を詰めるしかないし、近接武器の方が都合が良かったのかもな。これならウチの高炉でも作れるぞ。切れ味も関係ないし、剣や槍のように薄く作る必要も無いからな。硬度だけは保証できんが。」
 「では人間王へのお土産に作っていただけませんか?初代王の武器を再現したと言えば喜ぶと思いますよ。」
 「アイツにとって憧れの存在だろうからなぁ。分かった、作っておこう。」
 だいたい知りたいことは分かったと思う。
 そして私にはこれから大仕事が待っている。
 ロキさんへの筋トレの指導である。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

モブっと異世界転生

月夜の庭
ファンタジー
会社の経理課に所属する地味系OL鳳来寺 桜姫(ほうらいじ さくらこ)は、ゲーム片手に宅飲みしながら、家猫のカメリア(黒猫)と戯れることが生き甲斐だった。 ところが台風の夜に強風に飛ばされたプレハブが窓に直撃してカメリアを庇いながら息を引き取った………筈だった。 目が覚めると小さな籠の中で、おそらく兄弟らしき子猫達と一緒に丸くなって寝ていました。 サクラと名付けられた私は、黒猫の獣人だと知って驚愕する。 死ぬ寸前に遊んでた乙女ゲームじゃね?! しかもヒロイン(茶虎猫)の義理の妹…………ってモブかよ! *誤字脱字は発見次第、修正しますので長い目でお願い致します。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...