異世界マッチョ

文字の大きさ
上 下
44 / 133

44 マッチョさん、揺らぐ

しおりを挟む
 私はいまロキさんと初めて出会った草原にいる。
 魔物災害も解決したし、ドワーフの里に魔物が出ることも少なくなるだろう。
 しかし見事な草原だ。畜産とはまずは牧草地を作るところから始めなくてはいけないのか。人間王が仕事を急がせるワケだ。栄養面だけ見たら豚だけも事足りるだろうが、戦意高揚を目的とするならば豚だけでは足りないのだろう。よい筋肉を作るにあたり、食事はたしかに重要だ。似たような食事で栄養摂取をすることも追い込みをかける時にやることはあるが、やはり楽しみというものが無いと厳しいトレーニングは続かない。

 そう。筋肉だ。いつだってそれが問題になる。
 嫉妬や混乱は収まったが、好奇心はさらに募っていった。
 ドロスさんが言うように、ロキさんのあの肉体は筋トレをしたとしてもどうにか作れるような肉体ではない。トレーニーの理想形をそのまま肉体で表現したようなものだ。だが手本があるのであれば、私もあの肉体に近づくべきではないのか?
 神の肉体、という言葉をふと思いついた。
 たしかに神がかっている筋肉の付き方だった。

 「ふーむ。神の肉体。」
 私にとっての神の肉体とはランドクルーザー岡田の肉体だ。だがそれを上回る凄い肉体を、この異世界で見てしまった。あのような肉体が見られただけでも異世界に飛ばされた価値があったというものだ。しかし、あれを究極の肉体として目指すべきなのだろうか。そして、私は今の体幹を重視したままのトレーニングでいいものだろうか。
 いや、神の肉体という言葉が思いつくくらいなのだ。現実的な目標としてはよろしくないだろう。
 いつかソロウのドクターに注意されたな。私の肉体はいつか関節が悲鳴を上げると。ロキさんが現実離れした筋肉を身につけて、それでもなお肉体の他の部分に悪影響を与えずに動けるのは、あくまで精霊の恩寵があるからなのだ。そして人を超えた肉体になるが故の反動もある。

 こちらはただの人間だ。それに人知を超えた存在に頼ってまでカラダを作り上げることは、トレーニーの姿勢としてもいかがなものかと思ってしまう。ありとあらゆる科学的な理論や栄養摂取を貪欲に取り入れることには躊躇が無いにも関わらず、精霊に頼るというのはどうにもトレーニーとしての私の腑に落ちない。 
 これはドーピングに対する嫌悪感に似ているかもしれない。
 魔法で回復して超回復ループを作るのはセーフだ。回復しかしていないのだから。この辺の機微はなかなかトレーニー以外には分かってもらえないかもしれないし、トレーニーの間でも邪道と呼ぶ声があってもおかしくない。

 トレーニングについて考えながらぼんやりと遠くを見ながら歩いていたら、足元になにかがあることに気づかなかった。
 かがんでよく見てみる。
 なにか記念碑のようなものがあるな。かなり古い。
 石でできていて、なにかが彫ってある。初代王の暗号文だ。

 ”精霊の恩寵を求めるドワーフに永く伝える。この場で強く求めよ。さすれば与えられん”

 これか。
 ロキさんはこの場で祈ったのだ。そして精霊の恩寵を手に入れたのだ。
 おそらくここでの祈りによって、血統に関係なくドワーフ族の誰かに恩寵が与えられるのだろう。もしかしたら、精霊信仰は誰にでも精霊の恩寵が与えられる可能性があるからこそ広がったのかもしれない。
 そういえばフェイスさんもいつか言っていたな。古い遺跡で初代王の暗号文を見たことがあると。もしかしたらそこも精霊の恩寵を手に入れられる祈りの場なのかもしれない。そしてフェイスさんが見た遺跡以外の場所にも石碑があるのだろう。その手がかりは王都にある手記の中にある。わざわざ碑文を残すくらいだ。別の碑文の場所も記録してあるだろう。
 初代王は精霊のことをこの時代の人たちよりも詳しく知っていたのかもしれない。だから精霊の恩寵を受けられる場所を探し当てられたのか?いや、もしかしたらこの世界の人たちにとって精霊はもともと身近に感じられたものなのかもしれない。あまりに信仰の対象が遠い存在であるとしたら、大陸で唯一の宗教になどならないのではないだろうか?
 うーむ。仮説に仮説を重ね過ぎている気がする。理屈として飛躍しすぎだろうか?
 しかし少なくとも、初代王は精霊の恩寵を手に入れられる場所を知っていたのだ。
 なぜ知っていたのかは分からない。だがわざわざ碑文として残したことは間違いがないだろう。

 私がなぜこうも精霊の恩寵に惹かれるようになったのか、ようやく整理がついてきた。
 私は、それがたとえ自分ではなかったとしても、神の肉体をまた見たいのだ。
 ひとりのトレーニーとして。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...