異世界マッチョ

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29 マッチョさん、頭を使いながら働く

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 こうして私は、初代王が書いたとされる手記の解読を手伝うことになった。極秘の解読チームはこの世界の言語学の専門家を三人。それに私だ。まずは彼らにアルファベットを教え、手記を書き写させた。ざっと読んでみると、ほとんどが日々の記録で日記と言ってもいいものだった。この世界での歴史的な意味はあるのだろうが、私はあまり興味が無い。初代王の個人的な話は解読しなくてもいいだろう。重要なのは、初代王のトレーニング方法と栄養摂取の方法。それと魔王についての記述だ。
 ブロック体で高校卒業程度の英語を用いて書かれている。これなら私でもなんとか読めそうだ。なにせ紙に書かれていたものだ。文字が消えかかっていて、どれだけのことが分かるものなのか。時系列もけっこういい加減だ。すべてをきちんと解読するには数年かかるだろう。 
 初代王の時代。 
 それは、数百年前のこの世界の話なのだ。初代王が私と同時代の日本人だとするならば、その知恵はその時代において、ほとんど奇跡に近いものになる。私は筋肉とは関係がない厄介ごとを極力避けて、この世界に影響を与えないようにしてきた。面倒くさいからだ。
 しかし初代王は違う。自らの知識を用いて、この世界の発展に尽力した。本物の偉人と言ってもいいだろう。その偉人が、暗号化して自分にしか読めないテキストを作っておくことは、自分の身を守ることだったのかもしれない。あるいは、自分と同じように異世界人がこの世界にやって来ることを予期してのことだったのか。それとも魔王が復活する時に、異世界人がやって来ると知っていたのかもしれない。
 カンチュウというこの王都の名前で、城が造られる故事の由来を思い出した。劉邦の時代、蕭何の施策だ。宮殿の豪華さに劉邦が激怒したというエピソードが私の記憶に残っていた。そしてカンチュウは漢中。劉邦は漢中の王、漢中王という立場から群雄割拠の中国の統一が始まったと記憶している。
 しかし私の記憶が確かならば、劉邦は戦の傷が原因となって死んだのではなかっただろうか?自らをなぞらえるという意味ではあまり適切ではない気もする。古代中国史に詳しいのであれば、始皇帝のようにもっと相応しい人物がいたのではないだろうか?
 以下、私が解読した初代王の手記の翻訳だ。

 ”私の功績を讃えられる時に、私はまず彼女のことを思い出してしまう。どんな歓呼の中にも、私は彼女の影を見つけ、彼女の喜んだ碧い瞳を思い出してしまう。”

 人間の世界の統一後と思われる言葉だ。これがSさんのことなのだろう。
 よっぽど深い愛情で結ばれていたらしい。にもかかわらず、Sさんのことを誰も知らないとはどういうことなのだろう。

 ”大量の魔物に襲われた。軍を使ってようやく倒すことができた。人間の国家を統一し、軍として再編していなかったら、おそらくこの世界は魔物によって埋め尽くされていただろう。”

 これは統一国家を作った後に魔物との戦いを描いたものだった。
 見逃せない文章があった。

 ”魔物は放っておくと酷い腐臭を放った。私は魔物の死体が腐る前に焼くように命令した。”

 この世界の魔物は、放っておいたら消えるものでは無いのか?依頼の帰り道で、数日前に倒した魔物が消える瞬間を見たことがある。初代王の時代には残って腐臭を放っていた魔物が、なぜ今は消えるのだ?
 どうやら魔物の役割や質が初代王の時代と根本的に違うようだ。人間や家畜や野生動物を襲うことだけが目的ではない気がする。王には報告するとして、私はあまりこのことを詰めて考えないようにした。憶測がこの世界をミスリードしてしまったら、おそらく魔王の思うツボになってしまう。
 この世界に馴染んできたのだろう。すっかり私も魔王の存在を信じるようになった。

 ”魔物の中でも恐ろしく強い相手もいる。軍を用いても足止め程度しかできなかった。私はこれを固有種と名付け、私を含めた精鋭部隊でこれを撃破した。固有種には軍隊が効かないことがあるようだ。私は軍隊以上の鍛錬と強さを求めている人間が集まる組織を作ることにして、ギルドと名付けた。”

 ギルドのシステムも、初代王が考えたものだったのか。しかもそれは固有種の対策としてだ。より強い個人を作るためのシステム。たしかにフェイスさんやドロスさんの強さを見ると、今でもしっかりと機能しているようだ。

 ”ギルドのシステムは予想外の弊害ももたらした。強い冒険者がいると、魔物が逃げて一カ所に集まり、混乱した状態で大きな街を襲うようだ。私はこれを魔物災害と名付けた。タベルナがやられた責任の一端は私にもある。魔物災害を予期するためのシステムも作りたい。”

 タベルナ。タベルナ村のことだろうか?あそこは古都、もしくは小都市だったのかもしれない。
 異世界人に縁がある場所のようだ。そういう場所には人間の力場のようなものが働き、人を引き付ける。優秀なトレーニーがなんとなく同じジムに集まることと同じだ。

 ”個人としての私もより強くならなくてはいけない。私自身を鍛えるための機材が必要だ。ドワーフ王へ依頼して、私が知っているトレーニング機材を作ってもらった。”

 ドワーフ。いるのか、この世界に。
 この仕事と固有種撃退のおかげで、私の懐はけっこう温まっている。値段の折り合いがついて、ドワーフに会う機会があれば、是非とも私も機材を作りたい。しかし王家の占有となっている現在では、王の許可が下りないかもしれない。

 ”栄養摂取についての知識がいまいち心もとない。特にビタミンや、脂肪燃焼効果のある物質についての知識がイマイチだ。私は王直属の王宮薬師という職種を作り、栄養学的側面からも肉体強化に臨んだ。”

 王宮薬師。
 たしかスクルトさんからもらった鎮痛剤が王宮薬師の手によるものだった。栄養学についての記述は見つからなかった。ぐむむむ、それこそ私が求めるものだったというのに。初代人間王の実績から察するに、初代人間王の栄養摂取プログラムはうまくいったのだろうと思う。私も王宮薬師と実際に会えるものだろうか?そして私にも栄養面でのアドバイスはもらえるのだろうか?この世界ではサプリメントが無い。ビタミンや疲労回復の物質で、未知のものと出会えるかもしれない。

 いまのところ気になったテキストはこの程度だ。まだ数割程度しか整理できていない。残りの手記になにか書かれているかもしれないが、あまり過大な期待はしないことにした。

 いつか初代王の歴史を振り返ろうとする時、このテキストの翻訳が大きな役割を果たすのだろう。
 この世界で信じられている一つの大きな宗教、精霊信仰は彼とその仲間が精霊の恩寵を賜った時から始まったのだ。私がいた世界の某世界的ベストセラーと似たような扱いになるかもしれない。
 さきほど人間王に呼びだされた。なんでもこのテキストとはまた別に、初代王の頃から王家に伝わっている道具を見てほしいそうだ。
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