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88 継戦
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「ただいま戻りました」
仕事部屋でボーっとしていたら、サーシャが王城から戻って来て挨拶にやってきた。
「うん、おつかれさま」
1,2週間程度だったか?ようやくリザに慣れてきたところだけれど、やっぱりサーシャの方が見慣れている安定感があるな。
「本日からリザとお付きの任務を代わってもよろしいでしょうか?」
「いいけれど・・・疲れてないの?」
サーシャの顔色や表情から伺えるところが無い。
「いえ。今日から復帰する予定で戻ってきたのですが・・・いけませんか?」
「君の体調に問題が無いならいいけれど。忙しかったんじゃないの?」
「忙しかったんですが、急いで終わらせました。思っていたよりも面会を求めてくる人間が多くて・・・」
諜報部のトップに面会できる機会があったら、そりゃまとめて来るよな。
「まぁこちらの方は急いでやる事も無いし、少しずつ調子を取り戻してくれればいいよ」
「私の方からいくつか仕事があります。まずは水道橋の件なのですが、ペテルグの石工職人とドワーフの石工職人との間でどちらが主導権を握って施工するのか難航していまして。アラヒト様はお屋敷に上水道を引きたい、というお話を以前されていたと思うのですが」
「うん、してた」
水汲みというのは重労働なのだ。冬場に若い女性が水を汲みに行く光景はなかなか痛々しいものがあった。下賜された屋敷なのに井戸が無かったんだよな。毒物対策らしい。
「お屋敷に小さな水道橋を作って石工職人たちの技術を競わせ、どちらが主導して水道橋をつくるべきか決めたいと思っていたのですが、これは進めてよろしいでしょうか?」
「うん」
水道橋の建築計画まで詰めていたのか。そりゃしばらく居なくなるよな。
「ではアラヒト様の裁可が得られたということで、後で伝えておきます。外にお風呂が欲しいというお話でしたから、お風呂もついでに作ってもらいましょうか?」
いいな。
「うん、いいね。出来上がったらみんなで入ろう」
「ではそのように致します。取り急ぎ裁可が必要なものはこれだけですので」
取り急ぎじゃない仕事をどれだけこなしてきたんだろう?
部屋から出ていきそうなサーシャの雰囲気を見て思い出した。
「ああ。少し外交の話が聞きたい。特段変わりは無いかな?」
「今のところはありませんね。もう少し他国に動きがあるかもしれないと思っていたのですが。もしかしたら戦争の内容を検証するのに時間がかかっているのかもしれません。トカイ城周辺の情報封鎖は徹底していましたから」
他国間で起きた戦争だから、どちらが勝ったか以上にどのようにして勝ったかの検証の方が重要になるのだろう。俺という異世界人がペテルグに居ることは既に知られてはいるにしても、どういう能力や知見があるかネタが割れていないならば、他国にとってけん制ともなるということか。
「リザには話したのだけれど、現状からさらに踏み込んだ戦争は必要だと思うか?しばらくはペテルグ自体が危機的な状況にはならないように見えるんだけれど」
サーシャが残念ながら、という表情で首を振った。
「今の状況が盤石だとは思えません。特にチュノスに対しては王城陥落までがひとつの戦争だと考えた方がよろしいと思います。チュノスの主力も手つかずのままですし。おそらく王妃様や宰相様や将軍閣下も同じような答えを出すかと」
ふーむ。
「弱体化あるいは内紛でチュノスを滅ぼすのは難しいか?」
いや・・・これができるのであれば既にやっているだろうな。
「あくまで戦争の助けとなる程度のものとお考えください。チュノスを滅ぼすほどの大規模な内紛を起こすことは難しいです。なによりチュノスには、残っているドワーフの古老たちがいます。彼らとの共闘なしではペテルグが抱えているドワーフたちの動向まで変わってきます」
・・・ドワーフたちの立場について完全に忘れていたな。これはどうあっても戦争でチュノスを滅ぼすしか無いのか。
「あとでお話するつもりだったのですが、チュノス王城周辺の図面を用意しています。ご覧になられますか?」
「うん。あとで読んでおく。置いて行ってくれ」
前に居た世界では戦争というものに縁遠い生活を送っていた。避けられるものならば、ペテルグの軍人の血が流れることなくハーレムを維持できたらいいと思っていたのだけれど、なんか無理そうだな。最低でもチュノス滅亡まで持って行かなくてはいけないか。
まぁ考えようによっては、金融で他国の首を絞めるのも、外交で他国をガツガツと叩くのもすべて戦争とも言えるか。戦闘員が戦わなくても、国がひもじくなればその国民は飢えて死ぬ。目の前で死んだり自分の手で殺したりしないで済むから、俺でも悪辣とも言える国家転覆の一手を思いつけている。
「アラヒト様はもしかして、戦争がお嫌いなのですか?」
あれだけ戦争のための策略と道具を作っていると、俺が戦争嫌いなどとは考え付かないみたいだ。
「好きでは無いね」
勝利のあとに女性を抱く感触は、脳みそが蕩け落ちるかと思うくらい気持ち良かったけど。
「意外ですね。熱心であるように見えましたのに」
「俺がいた世界では戦争を行った結果生まれた考え方があってね。女性たちが売られたりしないで済むならば、戦争なんて自分からやりたくは無い」
戦争によって蓄積された怨恨というものは厄介なものだ。戦争の上に出来た束の間の安寧というものは、ほとんど怨恨から壊されると言ってもいいだろう。まぁ負けた側からしてみたら、勝者のルールに納得しろと言われても、なかなか納得などできないか。
「たっぷりと働いてきたのだから、俺からサーシャになにかしてほしいことってあるかな?」
「アラヒト様にしてほしいこと、ですか・・・」
ボッという音が聞こえるかのようにサーシャの顔が赤くなった。
「一つだけあります。その・・・」
サーシャの話を聞いてみたら難しいことでは無かった。だけれど理由がよく分からないな。
仕事部屋でボーっとしていたら、サーシャが王城から戻って来て挨拶にやってきた。
「うん、おつかれさま」
1,2週間程度だったか?ようやくリザに慣れてきたところだけれど、やっぱりサーシャの方が見慣れている安定感があるな。
「本日からリザとお付きの任務を代わってもよろしいでしょうか?」
「いいけれど・・・疲れてないの?」
サーシャの顔色や表情から伺えるところが無い。
「いえ。今日から復帰する予定で戻ってきたのですが・・・いけませんか?」
「君の体調に問題が無いならいいけれど。忙しかったんじゃないの?」
「忙しかったんですが、急いで終わらせました。思っていたよりも面会を求めてくる人間が多くて・・・」
諜報部のトップに面会できる機会があったら、そりゃまとめて来るよな。
「まぁこちらの方は急いでやる事も無いし、少しずつ調子を取り戻してくれればいいよ」
「私の方からいくつか仕事があります。まずは水道橋の件なのですが、ペテルグの石工職人とドワーフの石工職人との間でどちらが主導権を握って施工するのか難航していまして。アラヒト様はお屋敷に上水道を引きたい、というお話を以前されていたと思うのですが」
「うん、してた」
水汲みというのは重労働なのだ。冬場に若い女性が水を汲みに行く光景はなかなか痛々しいものがあった。下賜された屋敷なのに井戸が無かったんだよな。毒物対策らしい。
「お屋敷に小さな水道橋を作って石工職人たちの技術を競わせ、どちらが主導して水道橋をつくるべきか決めたいと思っていたのですが、これは進めてよろしいでしょうか?」
「うん」
水道橋の建築計画まで詰めていたのか。そりゃしばらく居なくなるよな。
「ではアラヒト様の裁可が得られたということで、後で伝えておきます。外にお風呂が欲しいというお話でしたから、お風呂もついでに作ってもらいましょうか?」
いいな。
「うん、いいね。出来上がったらみんなで入ろう」
「ではそのように致します。取り急ぎ裁可が必要なものはこれだけですので」
取り急ぎじゃない仕事をどれだけこなしてきたんだろう?
部屋から出ていきそうなサーシャの雰囲気を見て思い出した。
「ああ。少し外交の話が聞きたい。特段変わりは無いかな?」
「今のところはありませんね。もう少し他国に動きがあるかもしれないと思っていたのですが。もしかしたら戦争の内容を検証するのに時間がかかっているのかもしれません。トカイ城周辺の情報封鎖は徹底していましたから」
他国間で起きた戦争だから、どちらが勝ったか以上にどのようにして勝ったかの検証の方が重要になるのだろう。俺という異世界人がペテルグに居ることは既に知られてはいるにしても、どういう能力や知見があるかネタが割れていないならば、他国にとってけん制ともなるということか。
「リザには話したのだけれど、現状からさらに踏み込んだ戦争は必要だと思うか?しばらくはペテルグ自体が危機的な状況にはならないように見えるんだけれど」
サーシャが残念ながら、という表情で首を振った。
「今の状況が盤石だとは思えません。特にチュノスに対しては王城陥落までがひとつの戦争だと考えた方がよろしいと思います。チュノスの主力も手つかずのままですし。おそらく王妃様や宰相様や将軍閣下も同じような答えを出すかと」
ふーむ。
「弱体化あるいは内紛でチュノスを滅ぼすのは難しいか?」
いや・・・これができるのであれば既にやっているだろうな。
「あくまで戦争の助けとなる程度のものとお考えください。チュノスを滅ぼすほどの大規模な内紛を起こすことは難しいです。なによりチュノスには、残っているドワーフの古老たちがいます。彼らとの共闘なしではペテルグが抱えているドワーフたちの動向まで変わってきます」
・・・ドワーフたちの立場について完全に忘れていたな。これはどうあっても戦争でチュノスを滅ぼすしか無いのか。
「あとでお話するつもりだったのですが、チュノス王城周辺の図面を用意しています。ご覧になられますか?」
「うん。あとで読んでおく。置いて行ってくれ」
前に居た世界では戦争というものに縁遠い生活を送っていた。避けられるものならば、ペテルグの軍人の血が流れることなくハーレムを維持できたらいいと思っていたのだけれど、なんか無理そうだな。最低でもチュノス滅亡まで持って行かなくてはいけないか。
まぁ考えようによっては、金融で他国の首を絞めるのも、外交で他国をガツガツと叩くのもすべて戦争とも言えるか。戦闘員が戦わなくても、国がひもじくなればその国民は飢えて死ぬ。目の前で死んだり自分の手で殺したりしないで済むから、俺でも悪辣とも言える国家転覆の一手を思いつけている。
「アラヒト様はもしかして、戦争がお嫌いなのですか?」
あれだけ戦争のための策略と道具を作っていると、俺が戦争嫌いなどとは考え付かないみたいだ。
「好きでは無いね」
勝利のあとに女性を抱く感触は、脳みそが蕩け落ちるかと思うくらい気持ち良かったけど。
「意外ですね。熱心であるように見えましたのに」
「俺がいた世界では戦争を行った結果生まれた考え方があってね。女性たちが売られたりしないで済むならば、戦争なんて自分からやりたくは無い」
戦争によって蓄積された怨恨というものは厄介なものだ。戦争の上に出来た束の間の安寧というものは、ほとんど怨恨から壊されると言ってもいいだろう。まぁ負けた側からしてみたら、勝者のルールに納得しろと言われても、なかなか納得などできないか。
「たっぷりと働いてきたのだから、俺からサーシャになにかしてほしいことってあるかな?」
「アラヒト様にしてほしいこと、ですか・・・」
ボッという音が聞こえるかのようにサーシャの顔が赤くなった。
「一つだけあります。その・・・」
サーシャの話を聞いてみたら難しいことでは無かった。だけれど理由がよく分からないな。
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