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82 展望
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屋敷ではアンナにトリスの世話を任せた。
護衛や諜報の仕事ができそうにも思えないし、アンナに家事やら屋敷のルールやらを教わればそれなりにトリスにも気品というものも出てくるだろう。トリスはずいぶんと緊張しながら屋敷に来たけれど、これが普通の反応だよな。リザもリタもアンナも仕事として男の家に来ていたわけだし。
トリスには少しずつ新しい環境に馴染んでもらおうと思っている。
いちおう今夜にでもいきなり抱くようなことはしないとトリスには伝えた。
たまに忘れてしまうが、なにしろ俺はお味のある顔なのだ。
リザに詳細を聞くと、サーシャはしばらく王城から帰って来られないらしい。諜報部でも育成に関するものは俺の屋敷にほぼまとめられているが、本部自体は王城にあるらしい。ほとんど俺と一緒に居たはずなのに、本部付けの仕事は連絡員を通じて指揮していたそうだ。どういう仕事っぷりだ。
自室でのんびりとするのも久しぶりな気がする。
ドワーフたちに作ってもらいたいものが山ほどある。そのために必要な王室や軍への根回しなど、わりとやる事はたくさんあるが、今日はなんとも気が進まない。
扉窓を開くと心地よい太陽の光と、草と土が混じった風が入ってくる。
春の風だな。
アンナとトリスの声が聞こえてくる。ガリプナの群生地を見てから、アンナには花を植え育てる場所をねだられていた。屋敷の敷地については使い方を俺に一任されているので、彼女の好きなようにさせた。早いものは夏にでも花が見られるらしい。
リザがドアをノックして、火と紅茶を持ってきた。
サーシャ以外の人間がこうやって来ること自体、すごく違和感があるな。
「なんだか慣れないな、サーシャ以外が来るというのは」
「慣れていただきます。ここ数年はサーシャ様お一人に仕事が集まり過ぎていましたから。私も早く屋敷の仕事や新人育成の仕事を憶えなくてはいけません」
煙草に火を点けて、サーシャが淹れたものとは違う香りのする紅茶をすする。
「この紅茶はリザが淹れたのか?」
「早くこの屋敷に慣れたいとのことでしたので、トリスにやらせました。茶葉もお湯もサーシャ様と同じものだったのですが、お口に合いませんでしたか?」
「いや旨いよ。いつもと違うなと思っただけだよ」
口までサーシャを求めているのか。
礼をして部屋から出ていこうとするので、リザを引き留め紅茶を勧めた。サーシャが座っていた席だと思うと少し気が引けたが、ラドヴィッツも座ったのだ。座らせてもいいだろう。
「リザが知っている限りでいいが、諜報部が持っている他の国の情報を知りたい」
「一言でいえば諸国は半日で攻城戦に勝利した結果に面食らっているというかたちです。リーベリとマハカムは城の奪取に驚きながらも納得しているようです。チュノスは内乱が起きる可能性も出てきました。チュノス王家と辺境伯との力関係が拮抗し過ぎていますし、悪政に対して民の反感も買っていました。タージは我々の活動が上手く機能しているようで、いまだ内戦状態です」
そういやリザが内戦状態を作り上げたんだよな。
「サーシャ様は軍部と連携して各国の次の手を探ろうとしています。必要とあれば追加で人員を配置し、ペテルグにとって有利な立場を取ろうとされていますね」
正確な情報を手に入れるという段階は既に終わっていたか。
諜報部は諸国に対して、どの情報を敵に渡し、どの情報を隠蔽するのかという段階に入っている。 今回の会議では戦果と褒賞と今後の内政についての話だけだったが、そのうち王家でまた外交に関する会議が行われるかもしれないな。
「この春にどこかが攻めてくる可能性は少ないということか」
「おそらくは。トカイ城にチュノス本隊がやって来ましたが、ムサエフ将軍が形式だけ戦って撃退したと聞いています。そもそも普通の装備や軍で簡単に落とせる城ではありません」
「トカイ城?」
「アラヒト様の策で落としたチュノスの城です。ペテルグではあの城に名前もつけていませんでしたので、トカイ城と名付けたそうですよ」
あの城はそんな名前になったのか。偉人とかの名前なのかな。
それにしてもムサエフ将軍は大変だな。あの城の修復と防衛計画の途中で防衛戦までやってのけたのか。激務ではあるけれど、ムサエフ将軍以外に防衛戦と修復を同時にできる人間が居ないのだろうな。王は猪突猛進型だし、あえて可能性を探ればラドヴィッツくらいか。
「リーベリから攻めてくる可能性もありますが、リーベリに妙な動きがあったらリタが知らせてくれるでしょう。サーシャ様からは極秘扱いだとして教えてもらえませんでしたが、王家とラドヴィッツ家のわだかまりが消えてラドヴィッツ家がリーベリとの防波堤として機能しています」
その極秘事項ってやつはラドヴィッツ個人の床の問題だ。
あの程度で国が安定するのであれば、ずいぶんとコスパのいい話だな。
つまるところ、春の種まきが終わればペテルグは内政と商売と産業の季節になるのか。
しかしなぁ・・・
「今のまま五つの国が拮抗している方がペテルグにとって安全だろうか?それとも軍事的な一歩が必要になると思うか?」
「サーシャ様ならお答えできるかもしれませんが、私では何も言いかねます」
・・・なんかリザの様子がおかしいんだよな。いつもよりも少し早口な気がする。
「リザ。早くこの部屋から出ようとしてないか?」
リザは困ったような顔をしながら紅茶をさらに一口飲んだ。
「サーシャ様の代わりにしなくてはいけない仕事が山積みなのです。もちろんアラヒト様の護衛を最優先するようにとは言われてはいますが」
あんな涼しい顔をしておいて、サーシャはリザが困るほどの仕事をしていたのか。
こうやって居なくなってこそ存在感が出てくる人間なんているんだな。
「リザ、悪いがワインを一本とグラスをひとつ持ってきてくれ。訪れてきた春の感覚を楽しみたい。ラドヴィッツからもらったものがいい」
南で作られているワインのせいか、重厚さの奥にどことなく華やかな春の香りのようなものがある。
どうにも今日は働く気にならない。酒でも飲みながら、生き残れた春をのんびりと楽しみたい。
リザは一礼してワインを取りに部屋を出た。
護衛や諜報の仕事ができそうにも思えないし、アンナに家事やら屋敷のルールやらを教わればそれなりにトリスにも気品というものも出てくるだろう。トリスはずいぶんと緊張しながら屋敷に来たけれど、これが普通の反応だよな。リザもリタもアンナも仕事として男の家に来ていたわけだし。
トリスには少しずつ新しい環境に馴染んでもらおうと思っている。
いちおう今夜にでもいきなり抱くようなことはしないとトリスには伝えた。
たまに忘れてしまうが、なにしろ俺はお味のある顔なのだ。
リザに詳細を聞くと、サーシャはしばらく王城から帰って来られないらしい。諜報部でも育成に関するものは俺の屋敷にほぼまとめられているが、本部自体は王城にあるらしい。ほとんど俺と一緒に居たはずなのに、本部付けの仕事は連絡員を通じて指揮していたそうだ。どういう仕事っぷりだ。
自室でのんびりとするのも久しぶりな気がする。
ドワーフたちに作ってもらいたいものが山ほどある。そのために必要な王室や軍への根回しなど、わりとやる事はたくさんあるが、今日はなんとも気が進まない。
扉窓を開くと心地よい太陽の光と、草と土が混じった風が入ってくる。
春の風だな。
アンナとトリスの声が聞こえてくる。ガリプナの群生地を見てから、アンナには花を植え育てる場所をねだられていた。屋敷の敷地については使い方を俺に一任されているので、彼女の好きなようにさせた。早いものは夏にでも花が見られるらしい。
リザがドアをノックして、火と紅茶を持ってきた。
サーシャ以外の人間がこうやって来ること自体、すごく違和感があるな。
「なんだか慣れないな、サーシャ以外が来るというのは」
「慣れていただきます。ここ数年はサーシャ様お一人に仕事が集まり過ぎていましたから。私も早く屋敷の仕事や新人育成の仕事を憶えなくてはいけません」
煙草に火を点けて、サーシャが淹れたものとは違う香りのする紅茶をすする。
「この紅茶はリザが淹れたのか?」
「早くこの屋敷に慣れたいとのことでしたので、トリスにやらせました。茶葉もお湯もサーシャ様と同じものだったのですが、お口に合いませんでしたか?」
「いや旨いよ。いつもと違うなと思っただけだよ」
口までサーシャを求めているのか。
礼をして部屋から出ていこうとするので、リザを引き留め紅茶を勧めた。サーシャが座っていた席だと思うと少し気が引けたが、ラドヴィッツも座ったのだ。座らせてもいいだろう。
「リザが知っている限りでいいが、諜報部が持っている他の国の情報を知りたい」
「一言でいえば諸国は半日で攻城戦に勝利した結果に面食らっているというかたちです。リーベリとマハカムは城の奪取に驚きながらも納得しているようです。チュノスは内乱が起きる可能性も出てきました。チュノス王家と辺境伯との力関係が拮抗し過ぎていますし、悪政に対して民の反感も買っていました。タージは我々の活動が上手く機能しているようで、いまだ内戦状態です」
そういやリザが内戦状態を作り上げたんだよな。
「サーシャ様は軍部と連携して各国の次の手を探ろうとしています。必要とあれば追加で人員を配置し、ペテルグにとって有利な立場を取ろうとされていますね」
正確な情報を手に入れるという段階は既に終わっていたか。
諜報部は諸国に対して、どの情報を敵に渡し、どの情報を隠蔽するのかという段階に入っている。 今回の会議では戦果と褒賞と今後の内政についての話だけだったが、そのうち王家でまた外交に関する会議が行われるかもしれないな。
「この春にどこかが攻めてくる可能性は少ないということか」
「おそらくは。トカイ城にチュノス本隊がやって来ましたが、ムサエフ将軍が形式だけ戦って撃退したと聞いています。そもそも普通の装備や軍で簡単に落とせる城ではありません」
「トカイ城?」
「アラヒト様の策で落としたチュノスの城です。ペテルグではあの城に名前もつけていませんでしたので、トカイ城と名付けたそうですよ」
あの城はそんな名前になったのか。偉人とかの名前なのかな。
それにしてもムサエフ将軍は大変だな。あの城の修復と防衛計画の途中で防衛戦までやってのけたのか。激務ではあるけれど、ムサエフ将軍以外に防衛戦と修復を同時にできる人間が居ないのだろうな。王は猪突猛進型だし、あえて可能性を探ればラドヴィッツくらいか。
「リーベリから攻めてくる可能性もありますが、リーベリに妙な動きがあったらリタが知らせてくれるでしょう。サーシャ様からは極秘扱いだとして教えてもらえませんでしたが、王家とラドヴィッツ家のわだかまりが消えてラドヴィッツ家がリーベリとの防波堤として機能しています」
その極秘事項ってやつはラドヴィッツ個人の床の問題だ。
あの程度で国が安定するのであれば、ずいぶんとコスパのいい話だな。
つまるところ、春の種まきが終わればペテルグは内政と商売と産業の季節になるのか。
しかしなぁ・・・
「今のまま五つの国が拮抗している方がペテルグにとって安全だろうか?それとも軍事的な一歩が必要になると思うか?」
「サーシャ様ならお答えできるかもしれませんが、私では何も言いかねます」
・・・なんかリザの様子がおかしいんだよな。いつもよりも少し早口な気がする。
「リザ。早くこの部屋から出ようとしてないか?」
リザは困ったような顔をしながら紅茶をさらに一口飲んだ。
「サーシャ様の代わりにしなくてはいけない仕事が山積みなのです。もちろんアラヒト様の護衛を最優先するようにとは言われてはいますが」
あんな涼しい顔をしておいて、サーシャはリザが困るほどの仕事をしていたのか。
こうやって居なくなってこそ存在感が出てくる人間なんているんだな。
「リザ、悪いがワインを一本とグラスをひとつ持ってきてくれ。訪れてきた春の感覚を楽しみたい。ラドヴィッツからもらったものがいい」
南で作られているワインのせいか、重厚さの奥にどことなく華やかな春の香りのようなものがある。
どうにも今日は働く気にならない。酒でも飲みながら、生き残れた春をのんびりと楽しみたい。
リザは一礼してワインを取りに部屋を出た。
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