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77 大炎
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「君たちは惚れた女性はいるか?抱きたい女性はいるか?」
ガラじゃないことは分かっているが、万の兵士を前に壇上で攻城戦前の激を飛ばす。数がもたらす人間の圧が強いが、その圧の中にありながらなんとしても言いたいことが、転移してからずっと苛立っていることが俺の中にあった。
「まぁいるよな。恋人でも母親でも姉でも妹でもいい。大切な女性っているよな」
兵士たちが頷いている。いないワケがない。
「俺がこの国に来てからというもの、女性が売られていることに一番驚いた。俺がいた国では人間の売り買いなんてのはおおっぴらには無かったからな。この国では堂々と女性が売られている」
一息入れる。わずかな緊張感の高まりにも、軍というのは圧を感じさせる。
「自分たちが恥ずかしくないか?女性たちを売ることで自分たちが守られることに。自分たちに怒りが湧いて来ないか?女性たちに守られることでかろうじて生きていけることに。いいか?この先の戦争は国を勝たせるための戦争じゃねぇ。自分が思う大切な女性の事を思いながら戦え!女性を守るために戦え!国のための戦いとは思うな!女性に守られて生きてきたこの国の誇りを取り戻すための戦いだ!」
万の兵士たちが吠える。
それでいい。失い続けてきたものを思えば、その思いは敵への殺意に変わるだろう。
苛立ちというものが怒りや殺意に容易に変化し、それはまた人から人へと伝播もする。いまは彼ら自身へ向けられた怒りが敵を滅ぼすことに賭けてみたい。
「出陣!」
ムサエフ将軍の一言で全軍が動く。
ここから半日先にある難攻不落の城。そこを攻略する。ペテルグ史上最大の軍事作戦だ。
行軍する兵たちはうまいこと殺気立っている。その怒りを敵の城にぶつければいい。難攻不落であることすら忘れて、まずはこちらの全力をぶつければいい。
ムサエフ将軍も王様もムサエフの部下たちも、神妙な顔つきをしている。
奪われていたのは土地だけではない。我々が抱けるはずだった美しい女性たちが奪われ、男としての誇りも奪われていたのだ。
威容を誇る城を前にしても、ペテルグ軍の戦意が失われることは無かった。
降り注ぐ矢に対しては一般兵が装備している鎧と同じ作りの大盾を使って、工兵たちの進路を確保する。盾の間からはボウガンが狙い撃ちし、敵の弓兵を減らす。
工兵たちは一本足のレールがつけられた板を持って走る。空堀も情報通りだ。きちんと強化された大板一枚が通れば衝車が走るための道ができる。
味方の陣ではやぐらと土嚢を組み合わせ、衝車の発射台が作られている。位置エネルギーと巨大な質量で、正確に敵の城の門を叩く。一度で落ちなければぶち破るまで何度でも叩く。どれほど補強されていようが、分厚かろうが、高速で走り出した巨大質量でぶち破れないものは無い。
降り注ぐ矢の数が減っている。前日に敵兵を減らしたせいか、チュノス軍は城を維持できないほどの数になっているのかもしれない。衝車で叩く本命に兵が回せないよう、他の門では別働隊が働いている。降り注ぐ矢が少なくなれば、別働隊が正門以外を突破するだろう。
「衝車、走らせろ!」
ムサエフ将軍の号令をきっかけに衝車が走り出す。
車軸と軸受けはドワーフ製の金属製。車輪はこの国の木工技術の粋を尽くした円形。レールのついた板の上を衝車が走って、門に激突した。
地鳴りと共に轟音が響く。わずかに門が開いた。
「衝車を回収しろ!第二弾急げ!」
演習が効いている。工兵たちは他の兵科の力を借りながら衝車を再び発射台へと戻してゆく。
いい感じにボウガンが効いているな。敵の弓兵の抵抗がどんどん弱まっている。
別の門からも地鳴りが聞こえてきた。おそらく王が率いている別働隊だろう。城門用の破壊槌だけで落としてしまうかもしれないな。どこの門から城が落ちたところで同じ勝利には違いが無いが、ペテルグ軍の総意としてあの頑強で忌々しい正門からこじ開けて、チュノスをコケにしてやりたいという気分でいっぱいだろう。
正門近くに油を入れた壺が落とされたようだ。火矢が落とされて火が点いているが、一手遅かった。衝車を見た瞬間に火でレールを潰していれば効いていたかもしれないが、あいにくと板もレールもたっぷりと水を含んでいる。もう二時間は余裕で持つ。
「衝車発射準備完了しました!」
「即時発射!」
レールの上を演習通りに衝車が走り、門に向かう。
油と火を用いることに敵が躊躇するのも正しい。門自体にも火が燃え移っている。
あと一撃。イケる。
燃え盛る正門に衝車は激突し、長年この土地に君臨してきた忌まわしい城の正門を叩き潰した。
長年に渡ってペテルグを押さえつけてきた城の門が開く。
「吶喊!」
ムサエフ将軍の合図とともに、ペテルグ軍が城に雪崩れ込む。
これで城の内部を制圧すればわれわれの勝利だ。
「わずか一日での落城作戦、お見事でした。これでペテルグを他の四大国の緩衝地と見る者もいなくなるでしょう」
サーシャの言葉に俺も頷く。
美女が生き残れる世界、という俺の理想に一歩だけ近づいた。世界など簡単に代わるものじゃない。それでもこの一歩は誇ってもいいだろうと思う。
ガラじゃないことは分かっているが、万の兵士を前に壇上で攻城戦前の激を飛ばす。数がもたらす人間の圧が強いが、その圧の中にありながらなんとしても言いたいことが、転移してからずっと苛立っていることが俺の中にあった。
「まぁいるよな。恋人でも母親でも姉でも妹でもいい。大切な女性っているよな」
兵士たちが頷いている。いないワケがない。
「俺がこの国に来てからというもの、女性が売られていることに一番驚いた。俺がいた国では人間の売り買いなんてのはおおっぴらには無かったからな。この国では堂々と女性が売られている」
一息入れる。わずかな緊張感の高まりにも、軍というのは圧を感じさせる。
「自分たちが恥ずかしくないか?女性たちを売ることで自分たちが守られることに。自分たちに怒りが湧いて来ないか?女性たちに守られることでかろうじて生きていけることに。いいか?この先の戦争は国を勝たせるための戦争じゃねぇ。自分が思う大切な女性の事を思いながら戦え!女性を守るために戦え!国のための戦いとは思うな!女性に守られて生きてきたこの国の誇りを取り戻すための戦いだ!」
万の兵士たちが吠える。
それでいい。失い続けてきたものを思えば、その思いは敵への殺意に変わるだろう。
苛立ちというものが怒りや殺意に容易に変化し、それはまた人から人へと伝播もする。いまは彼ら自身へ向けられた怒りが敵を滅ぼすことに賭けてみたい。
「出陣!」
ムサエフ将軍の一言で全軍が動く。
ここから半日先にある難攻不落の城。そこを攻略する。ペテルグ史上最大の軍事作戦だ。
行軍する兵たちはうまいこと殺気立っている。その怒りを敵の城にぶつければいい。難攻不落であることすら忘れて、まずはこちらの全力をぶつければいい。
ムサエフ将軍も王様もムサエフの部下たちも、神妙な顔つきをしている。
奪われていたのは土地だけではない。我々が抱けるはずだった美しい女性たちが奪われ、男としての誇りも奪われていたのだ。
威容を誇る城を前にしても、ペテルグ軍の戦意が失われることは無かった。
降り注ぐ矢に対しては一般兵が装備している鎧と同じ作りの大盾を使って、工兵たちの進路を確保する。盾の間からはボウガンが狙い撃ちし、敵の弓兵を減らす。
工兵たちは一本足のレールがつけられた板を持って走る。空堀も情報通りだ。きちんと強化された大板一枚が通れば衝車が走るための道ができる。
味方の陣ではやぐらと土嚢を組み合わせ、衝車の発射台が作られている。位置エネルギーと巨大な質量で、正確に敵の城の門を叩く。一度で落ちなければぶち破るまで何度でも叩く。どれほど補強されていようが、分厚かろうが、高速で走り出した巨大質量でぶち破れないものは無い。
降り注ぐ矢の数が減っている。前日に敵兵を減らしたせいか、チュノス軍は城を維持できないほどの数になっているのかもしれない。衝車で叩く本命に兵が回せないよう、他の門では別働隊が働いている。降り注ぐ矢が少なくなれば、別働隊が正門以外を突破するだろう。
「衝車、走らせろ!」
ムサエフ将軍の号令をきっかけに衝車が走り出す。
車軸と軸受けはドワーフ製の金属製。車輪はこの国の木工技術の粋を尽くした円形。レールのついた板の上を衝車が走って、門に激突した。
地鳴りと共に轟音が響く。わずかに門が開いた。
「衝車を回収しろ!第二弾急げ!」
演習が効いている。工兵たちは他の兵科の力を借りながら衝車を再び発射台へと戻してゆく。
いい感じにボウガンが効いているな。敵の弓兵の抵抗がどんどん弱まっている。
別の門からも地鳴りが聞こえてきた。おそらく王が率いている別働隊だろう。城門用の破壊槌だけで落としてしまうかもしれないな。どこの門から城が落ちたところで同じ勝利には違いが無いが、ペテルグ軍の総意としてあの頑強で忌々しい正門からこじ開けて、チュノスをコケにしてやりたいという気分でいっぱいだろう。
正門近くに油を入れた壺が落とされたようだ。火矢が落とされて火が点いているが、一手遅かった。衝車を見た瞬間に火でレールを潰していれば効いていたかもしれないが、あいにくと板もレールもたっぷりと水を含んでいる。もう二時間は余裕で持つ。
「衝車発射準備完了しました!」
「即時発射!」
レールの上を演習通りに衝車が走り、門に向かう。
油と火を用いることに敵が躊躇するのも正しい。門自体にも火が燃え移っている。
あと一撃。イケる。
燃え盛る正門に衝車は激突し、長年この土地に君臨してきた忌まわしい城の正門を叩き潰した。
長年に渡ってペテルグを押さえつけてきた城の門が開く。
「吶喊!」
ムサエフ将軍の合図とともに、ペテルグ軍が城に雪崩れ込む。
これで城の内部を制圧すればわれわれの勝利だ。
「わずか一日での落城作戦、お見事でした。これでペテルグを他の四大国の緩衝地と見る者もいなくなるでしょう」
サーシャの言葉に俺も頷く。
美女が生き残れる世界、という俺の理想に一歩だけ近づいた。世界など簡単に代わるものじゃない。それでもこの一歩は誇ってもいいだろうと思う。
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