ち○○で楽しむ異世界生活

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 「サーシャ様・・・あれは・・・なんでしょうか?」
 アンナが気づいた方向に目を向けると、どこかで見たことがあるような大きな布張りのなにかが数人がかりで運ばれていた。なんだあれ・・・
 「アラヒト様。もしやあれはユーリ様のお宅で拝見した・・・」
 ・・・!?
 「・・・グライダーか?」
 嘘だろ?この冬に完成させたのか?

 グライダーに乗った人間が大きな声を挙げて、花が生えていない丘陵の斜面をくだってゆく。
 嘘だろ?飛ぶのかあれ?
 「乗っているのはユーリさんか?」
 「そうだと思います」
 グライダーはわずかに浮いて数メートルほど進み、地面に落ちた。ユーリさん大丈夫なのか?
 「サーシャ。ユーリさんを助けに行ってやって・・・どうした?」
 サーシャもリザも呆然としている。アンナが口を開いた。
 「サーシャ様・・・この国では人が浮くのですか?私の見間違えでしょうか?」
 「いえ・・・」
 初めて魔法みたいなものを見たら、そりゃ誰でも固まるか。
 壊れたグライダーからユーリさんが出てきて、グライダーを運んでくれていた人たちの歓声に応えていた。あの様子だと怪我は無いみたいだな。
 
 「やったぞアラヒト!見ただろう?飛んだぞ!」
 ユーリさんの様子を見に近づいてみたら、元気に抱きしめられた。
 「怪我が無いようでなによりです」
 そりゃ初めて作ったグライダーなら胴体着陸になるわな。
 「針金と言ったかな?ドワーフにあれを分けてもらったんじゃよ。おかげでバラバラになったりもせんかったわい」
 過去にグライダーがバラバラになったことがあるのか。痛い目にあっていて、それでもまだ空を飛ぶことへの希求のほうが勝つのか。
 「ふむ。柔らかい場所を選んだつもりじゃったが、やはり壊れるのう。翼は大丈夫なようだが胴体は作り直しになるな」
 鼻息が荒い。ユーリさんの興奮が冷める気配は無いな。
 ユーリさんに自宅へと招待された。全員で訪ねるワケにもいかないので、俺とサーシャ、それにグライダーを見たがるアンナの三人でユーリさんのお宅にお邪魔することにした。

 「あらー!アラヒトさんにサーシャさん!よく来られましたね!」
 「お久しぶりですサライさん。お元気そうでなによりです」
 ユーリさんの小間使いをやっているサライさんだ。かなり幼く見えるが、20前後ぐらいだと思う。
 ユーリさんの家の前にご近所の人が集まって、料理の大皿が並んだテーブルを囲んでいた。ここでも春のお祭りを行っている最中だったようだ。グライダーの成功祝い?も兼ねていたのかな。
 うちの屋敷の女の子たちがやっていたように、近所の子どもたちが唄って踊っている。
 若い人たちが数人がかりで、少し壊れたグライダーを丁寧にユーリさんの工房へと運んでゆく。どこか不気味がっている気もするが、人間が空を飛ぶ道具はこの世界ではあまり率先して触りたいものでは無いかもしれないな。
 「アラヒト達も春を祝いにやってきていたのかな?」
 「ええ。綺麗な花に囲まれながら楽しもうと思っていたんですが、ユーリさんが飛ぶところを見ちゃったら、なんだかお祭りどころじゃなくなりましたが・・・」
 「アラヒト様。ユーリ様に紹介していただけないでしょうか?」
 アンナはよっぽどユーリさんと話したいんだな。
 「ユーリさん、こちらはマハカムからやって来たアンナです。グライダーに興味があるようなので連れてきました」
 「アンナさんか。噂は聞いている。今日は機嫌がいいからなんでも話すぞ!グライダーも好きなだけ見ていってくれ!」
 「ありがとうございます!」

 工房に行ってしまったアンナとユーリさんのテンションには追い付けなさそうだな。
 サーシャと一緒に春用に作っておいたというエールを飲みながら、サライさんの料理に舌鼓を打つ。ユーリさんの家の葉巻って旨いんだよな。作り方を聞いても教えてくれないし。
 それにしても、空か・・・
 グライダーと気球のどちらが先だったか忘れたが、気球というのは観測に使える手だな。高台を取って指揮しなくてもいい。問題はガスだが、初期の気球は水素ガスを使っていて、俺のいた時代に一般的だったのは熱気球だったか・・・圧縮酸素を作れたら先々にやりようもあるが・・・
 いやいやいや。
 まだチュノスとの戦にも勝っていない。産業も育っていないのに、いきなり化学工業とかあるわけないか。家どころか城だってまだボロいのに。
 俺はエールのおかわりをもらって、ただただ気分を変えることを考えた。
 今は春の祝祭の気分に酔えばいい。
 今この瞬間に戦が始まるかもしれないのに・・・いや、考え方が突飛になるのは始まるはずの戦への緊張感のせいか?
 それとも、この世界で初めて空を飛んだ人間の熱気に当てられて感化されたんだろうか?

 「アラヒト様。お考え事のようでしたが、もうよろしいのでしょうか?」
 サーシャは俺が考え事をしている最中の横顔をよく見ている。そういう時に話かけると思考の邪魔になるということをよく理解しているからだ。
 「うん。せっかくお招きされたというのに、こういう時まで考え事をするのは良くないな。アンナはまだ工房か?」
 「ええ。久しぶりにお屋敷の外に出て、珍しいものを見たのですから興奮が抑えられないのでしょう」
 子どもたちの唄と踊りのリズムが早くなって、はやし立てる酔っ払いの声も大きくなる。もうすぐフィナーレなんだろう。唄と踊りがピタリと止んだところで、子どもたちが大人から大きな喝采を浴びている。
 金髪碧眼美女を守れる国にするために、やれる事というのはまだまだたくさんある。
 まずは目先の戦だ。
 「アラヒト!今夜はグライダーの改善点について徹底的に話し合うぞ!」
 ユーリさんの興奮はまだ冷めないか。
 俺は別にグライダーの専門家じゃないんだけれどもな。
 それでもユーリさんが納得するまで議論しないことには、今夜は眠らせてくれそうにない。
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