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第13章
再会
しおりを挟むその後も、ひたすらに原初について書かれた書籍を探し回っては読み漁り、気づけば結構な時間が過ぎ去っていた。
どうやら没頭しすぎていたらしい。
十六冊のうち、最後の一冊を本棚に戻した俺は、背筋を反らせ思いっきり伸びをする。
「う~ん…………いてて、首凝ってんな………」
生粋の猫背が災いして、長時間不自然な体勢で固定されていた背骨や俯き気味だった首が悲鳴を上げる。
アイリスにも注意されたけど、こりゃさすがに姿勢の矯正した方が良いかもな………。
このままではいつか猿人みたいな体勢になってしまいそうだ。
人類の祖先に戻ってしまう。
「…………よし、ジパング行くか」
冗談はさて置き、誰に返事を求めるでもなく俺はそう呟いた。
まぁここには誰も居ないので、独り言なのは当たり前なのだが…………。
─────────もうすぐ会えるね………。
「っ!?」
耳元で声がした。
そっと囁くような甘い吐息が耳をかすめ、何とも言えない懐かしさが胸を抜ける。
どこかで聞いたことがある声色だ。
反射的に右手の手のひらに魔力を練り、それが霧散したことで我に返る。
……………そう言えばここ、魔法使えないんだったな……。
どういう原理かは定かでないが、どうやらここでは魔法が使えないらしい。
おそらく盗難防止や破壊防止のためだろう。
本を取るために飛行魔法を使おうとして失敗したことを思い出し、また反射的とは言え、すぐに戦闘態勢に入ろうとする物騒な自分を恥じ、目を逸らしながら頬をかいた。
「一旦落ち着こう………」
今のは気のせいだったのだろうか。
いや、確かに女の子の声が聞こえた。
最初は誰か別の人が新しく入って来たのかと思ったが、今のところそれらしき気配はこの空間に居ない。
それにあの脳内に直接語りかけられているような声は聞き覚えがあった。
どこで聞いたんだ……?
ふとそんな疑問が頭の中に過ぎるが、首を横に振って霧散させる。
今はそれよりも、こっちの方が大切だ。
"原初の大妖魔"。
イナリにシンパシーを感じられる彼女について、もっと知りたくなった。
と言うのも色々な書籍を読んだが、原初の大妖魔だけ明らかに記述が少なかったのだ。
かつては盛大に暴れ、聖魔戦争のラスボス的な立ち位置に居た存在にしては情報が無さすぎる。
"九尾の狐"と恐れられたキツネの獣人。
意図的な隠蔽なのか、それとも情報を残せるほど原初の大妖魔に接近出来なかったのか………。
真相は分からない。
だったら当事者に話を聞けば良いのでは?
そんな結論に至った。
目的としては、同じ"九尾"という名に縁のある原初の大妖魔について調べることで、今イナリに起きている現象を知ることができるのではないか。
また当時の話を聞くことで、今後起こるであろう原初との衝突に際して有意義な情報を得られるのではないか。
そんなところかな?
そうと決まれば早速明日行ってみるか………。
善は急げってやつだ。
イナリや皆の様子も見ながら、可能なのであれば少し出かけさせてもらおう。
◇◆◇◆◇◆
後日。
結論から言うと、皆は快くジパングに向かうことを許してくれた。
喜ばしいことにイナリの体調が若干落ち着き、熱も下がり気味だったので後は任せて欲しいとの事だ。
皆、優しすぎて泣きそう………。
出かける前に少しイナリとある事について話し、それが終わってから俺は家を出た。
ジパングにはすでに一度行ったことがあるので、転移魔法でひとっ飛びだ。
家の前で魔法を発動すると共に、視界が特有の引き伸ばされる感覚に陥り、気づいた時にはもう別の場所に居た。
和風な内装のされた部屋は我が家の一室に比べて少し大きく、整頓された家具は昔ながらのものが多く自然と安心感をもたらす。
どこかレトロとは違った"昔のもの"。
それこそ江戸時代と言った方が分かりやすいだろうか。
………いや、まぁ本当にこんな部屋が江戸時代にあったかは知らないけどさ。
きっと再現しようと思ったらこんな感じになるんだろうな………そんな部屋だった。
ここはシュカが用意してくれた、俺達専用の部屋だ。
俺が転移魔法を使えると知ったシュカは、いつでも来れるようにとわざわざ城の中の一室を取ったのだ。
そりゃまぁ人前に転移する訳にもいかないから、こういう場所があれば気軽に来れるけどさ………。
なんだか申し訳ない。
ちゃっかり家具まで用意されてるし、泊まること前提の作りだ。
適当に物置みたいな質素な作りで良いものの、シュカのこだわりを感じる一部屋である。
「さて、シュカはどこ居るのかな~………っと」
あ、今更だけど居ない可能性もあるのか………。
何せ相手は一国の主。
そもそも気軽に会える存在ではない上に、きっと今は原初の件の後処理なんかで大忙しだと思われる。
失念していた。
そうだよな、相手の都合もある訳だし…………ううむ、予定を聞いて一回出直すか?
よく考えたらアポ無し訪問ってマナーがなってないか………。
ラフな関係なおかげですっかり忘れていた。
危ない危ない、このまま友達のノリで行ったらとんでもない迷惑野郎だ。
…………………あ、でも一応城には居るみたい。
シュカの気配を見つけた。
どうやら走ってか早歩きかで移動しているらしく、少し動くのが早い。
やっぱり忙しいのかな…………あれ、この感じ………この部屋に向かってる………?
不意におかしな動き方をする気配が気になって首を傾げる。
ここはどちらかと言うと接待に使う向けの部屋が多いから、執務とかで来ることは滅多にないと思うんだけど………。
「────────ろぉ!」
「………ん?」
今、なんか聞こえなかった?
また"繫縛の間"で聞いた例の声か、それとも幻聴………?
「───────シローー!!」
いやこれ、明らかに現実だわ。
部屋の外。
おそらく通路の向こう側から響いてくる聞き覚えのある声に、思わず苦笑いする。
"なぜ彼女がここに居るのだろう"。
そんな疑問が頭の中に浮かぶが、仲良いもんな………であっという間に片付いた。
「マシローーーー!!」
「うわっぷ!?」
出会った時も、イナリやクロを連れて再開した時も変わらなかった、もはや出会い頭の挨拶と化したダイレクトアタック。
真正面の扉をぶち破って飛び込んできた何者かが俺の頭を抱き寄せ、視界が褐色に塞がれる。
な、なんて柔らかい感触なんだ………!
ここは天国か!?
後頭部に回された腕に力が籠ると共に、顔面に押し付けられた凶器がふよんふよん、と形を変えて俺を包み込む。
このままではダメ人間になってしまいそうだ。
だが落ち着け夢咲真白、御歳二百数歳(自分で言っててびっくり)。
お前には大切な嫁が居るだろう、とりあえず落ち着け。
何とか深呼吸を繰り返し、冷静な心を保とうと……………。
「んんっ、そんな熱心にワシの匂いを嗅ぐとは………ワシも会いたかったぞマシロ」
「酷い語弊だ!?」
違うわ!
こっちはただ心を落ち着かせようと……………………あれ、傍から見たらおっしゃる通りでは?
なんか逆に冷静になれた気がする。
そう、冷静になった。
だから随分と艶めかしい彼女の嬌声になんて反応してないし、ザラザラした舌で頬を舐めるのも何とも思ってない。
……………………………嘘です、めっちゃドキドキしてます。
顔や後頭部を抱きしめる全体的に柔らかい感触や、鼻孔をくすぐる独特の甘い匂い。
頬を舐めるザラザラした舌や息遣い。
これでドキドキしない方がおかしいだろう。
もししない奴がいたら、そいつは本物の聖人だ(断言)。
すみません、男子ってこういう生き物なんです………。
「…………久しぶり、センリ」
「うむ。また会えて嬉しいぞマシロ!」
俺の上に覆い被さった猫又の少女ことセンリは、にかっと懐かしい笑みを浮かべた。
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