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第12章
VS原初の男
しおりを挟む降り注ぐクナイの群れが盛大な砂煙を巻き起こす。
ズドドドドッ!と地面が揺れる度に、つい先程まで大地の一部だったものが砕け、宙に舞い、砂煙に紛れてどこかへ弾き飛ばされる。
もはや原形を留めていない地面に着地し、イナリは無言で舞い上がる砂煙の向こうを見つめる。
至近距離での手数のゴリ押し。
やられる側からすると意外と厄介なのだが、果たして男に効くのかどうか………。
まぁ実際のところ、きっとあんまり効いていないのだろう。
これしきの攻撃で目立ったダメージを与えられないのは重々承知している。
もちろんこれで倒れてくれるならそれに越したことはないが。
しかし最悪の場合、効いていなくても問題は無いのだ。
それよりもあのスキル(仮)について手がかりになるものを見つけなければ。
まずはあの即死級に反則な技を見破る。
そうしない限り、イナリの勝利への道は程遠い。
今は完全に敗色濃厚。
何がなんでも反撃の糸口を掴まなくてはならない。
そのため、試しにクナイの弾幕で全方位から攻撃してみたは良いものの…………。
ザフッ!と一瞬で砂煙が吹き飛ばされる。
「………そう言えば、"仕事は絶対に完遂する"って言ってましたもんね………」
手の内を知られたくなくて出し惜しみだとか、相手のレベルに合わせて力を抜くだとか。
男にそんなある種の甘ったれた考えは無い。
ただ実直に、与えられた仕事を完遂だけ。
言葉の通り"絶対に"。
心に慢心も驕りも油断もない。
微かな余韻を残すその中央に立つ男の周りを、まるで衛星のように旋回するのは、一筋の風を体現したかのようなエメラルドグリーンの軌跡。
数は全部で六本。
形状は斬撃と言うのが分かりやすいだろうか。
切っ先がなぞった軌跡を、そのまま具現化したような剣閃が球を描いて旋回し男を守っている。
最初は出し惜しみしてスキルを………全力を見せないのではないか。
そんなイナリの考えは甘かったのかもしれない。
堂々と、隠すことなくスキルを発動した。
知られても問題ない…………知られたとしても消すから問題ないのか。
もしくはそもそも隠す気すらないのか、それとも元よりその低度で物事を考えていないのか。
いずれにせよ全力で殺りに来ているのを改めて肌で感じ、イナリは冷や汗を流す。
「…………遅いな」
不意に刃の一本がイナリ目掛けて一直線に突っ込んできた。
どうやら遠隔操作もできるらしい。
目の前まで迫ったそれを斜め後ろに弾き、続いて迫っていたもう一本も蹴り上げる。
術者だけでなくイナリにも触れることは可能。
射程は不明(最低でも男からイナリまでの数十メートル)。
本数は六本が限界?
遠隔操作型なので、物理法則は基本的に無視されると思っていた方が良さそうだ。
今のところ分かっているのはこんな感じか。
グッと左足にタメを作りながら、整理した能力や注意点を簡潔に頭にまとめる。
────しかし、そんな呑気に分析している暇があるなら、もっと周りに注意を配ればよかった。
もしそうしていたら、おそらく視界の隅に映ったであろう光景。
斬撃が空中に固定されているという、異様な光景を認識出来たはずだ。
ザシュッ………!!
「あぐぅ………!?」
乾いた生々しい音を残して、イナリの太ももと肩口に鋭い痛みが走る。
ざらざらしたヤスリで擦られているような、とてつもなく不快感のある痛み。
顔を苦痛に歪ませながら視線を落としたイナリが見たのは、自身の太ももに突き刺さるエメラルドグリーンの剣。
なんと空中に固定された斬撃から、それぞれ一本ずつ、剣を形取った刀身が突き出していたのだ。
まるで空間に入った亀裂かのごとく、ぱっくり開いた傷口から鋭く繰り出された第二の斬撃は、妖気で守られたイナリの肉体を易々と貫通した。
幸いにもそのまま磔になるようなことはなく、風の刃は数秒で跡形もなく姿を消した。
しかし二箇所の傷口からはブシッ……!と血が吹き出し、走った激痛に思わず顔を顰める。
足の力が抜け前に倒れ込みそうになる。
だが何とか踏ん張ってそれに耐え、すぐさま筋肉を引き締めて止血。
吹き出した血を手の周りに集め赤黒い鉤爪に変換すると、瞬時に男の背後に回り、その鋭い爪を振り下ろす。
ガギィンッ…………!
しかし。
儚い音と共に、あまりにもあっさりと血の鉤爪は砕かれてしまった。
的確に破壊された訳はない。
男はずっと背を向けていた。
ただ単に、無蔵座にその場にあった風の刃に押し負けた。
スキルの格が違う。
彼の背にはかすり傷一つついていなかった。
「いつまで…………"なんとかなる"と、考えているつもりだ」
男の周りを旋回していた風の刃が一つ、無慈悲にもイナリの腹を貫通した。
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