226 / 272
第12章
異変の正体②
しおりを挟む音もなく崩れ去る"富士の山"の中心部に、何者かは浮かんでいた。
三、四メートルはありそうな褐色の巨体は筋骨隆々。
下半身は武士の甲冑のようなものを着ているものの、対して上半身は裸。
鍛え抜かれた鋼の肉体を日の元に晒している。
また腰にぶら下がる日本刀とちょんまげは侍を思わせ、眼下を睥睨する瞳は実に鋭い。
頭につけた鬼の面がまた不気味さを醸し出す。
一見、身長以外はどこにでもいる人間のような外見だが……………とんでもない。
中身は有り得ないほど化け物だ。
あの巨体から感じられるのはグルグル渦巻く、人々の悲鳴のような圧倒的な妖気。
何とも耳を塞ぎたくなる。
イナリとシュカの視線の先で、謎の男がグッと手を握った。
すると妖力が瞬き、まだ空中に残っていた富士の山の残骸や欠片などを跡形もなく消し飛ばした。
軽々と発生した突風が大気を裂き吹き荒れる。
ちょこっと妖気を解放しただけでこの強さ。
こちらまで空気の振動がビリビリ伝わってくる。
まるで嵐の日だ。
近くの木々がギシギシしなって今にも折れそうである。
ただでさえそのプレッシャーで参っているのに、木の葉や石の欠片なんかが飛んできて普通に危ない。
視界が悪い上に頭に当たったらちょっぴり痛そうだ。
思わず顔の前に腕をやってガードするイナリ───────不意にそこから見た光景に戦慄した。
目が合ったのだ。
本来交わるはずのない、遥か遠く離れた場所に居るはずの男と。
偶然なんかじゃない。
"そこに居るのは分かっている"。
そんな風に言うがごとく、淡々とした掴みどころのない朱色の瞳がゾクリと恐怖を与える。
無表情で有名な(?)クロとは全く別方向の無機物さ。
あれは人に対する視線では無い。
「イナリちゃん!」
「っ!」
次の瞬間。
シュカに言われなければ、もっと反応が遅れていただろう。
視界の端に写る、自分を覆う巨大な影。
それが何かは言うまでもない。
いつの間に──────。
反射的に受身を取るとほぼ同時に、とてつもない重みの蹴りが真上から叩き込まれた。
ミシッ、と嫌な音がイナリの鼓膜を打つ。
「くぅ!?」
拮抗する間もなく。
ピシッ!と細かい蜘蛛の巣のような亀裂が足元に走り、崩壊。
支えが失われ、弾き飛ばされたイナリは降り注ぐ破片を追い越して地上に落下する。
一瞬の間を置いて重い地響きと砂煙が辺りに広がった。
さらに手を休める事無くシュカ向けて裏拳が振るわれるが、それは空振りに終わる。
空中で一回転し回し蹴り。
渾身の一撃が顔面にクリーンヒットし、男は大きく仰け反った。
だが悲鳴は無く、むしろにやりと不気味な笑みを浮かべた。
好戦的とでも言うべきか。
どうやら全く効いていないらしい。
腰から抜刀術の要領で抜き放った日本刀が、妖力で形成された細長い刀と衝突。
二人の間で拮抗した鍔迫り合いが起こる。
男が扱う日本刀はシュカのものよりずっと分厚い。
長さだけで言えばシュカが大太刀、男が太刀といったところだが、刀身の分厚さは比べ物にならない。
どちらかと言うと鉈に近いかもしれない。
ギチギチと決して互いに譲らぬぶつかり合いの中、シュカは目の前の男を睨む。
体格差は三倍以上。
普通なら速攻で押し潰されてしまっても仕方がない、矛盾したような光景だ。
「………久しいな、酒呑童子よ。相変わらず気だるそうな目をしている」
「今はっ、そんなつもりないんだけどな~………!」
今だけは、不本意ながら真剣だ。
少しでも気を抜けばその瞬間に押し負ける。
必死なシュカに対して、男はまだまだ余裕ありげに語りかける。
「ふっ、素っ気ないではないか。再会を喜ぼうとはしないのか?」
「本気で言ってるのかな?と言うか、君を復活させた大バカ野郎は何処のどいつか教えてくれる?」
「さあな。我は知らん」
刀が弾かれ強制的に二人の間に距離ができた。
当然とも言えるが、どうやら彼は自身の復活について何一つ話す気はないようだ。
彼が相手では倒して話を聞くなんてのは不可能。
断言する。
不可能だ。
躊躇っていたらこっちが殺される。
殺すか封印し直すか。
いや、封印ももはや不可能だろう。
あれは何人もの大妖怪がその場に居て、初めて成功する荒技中の荒技。
たった一人でそれを成せるはずもなく。
ならば殺すしかない。
たとえ封印以上に難しくとも、残る道はそれだけだ。
もちろんシュカだけで戦うには確実に限度があるし、時間を稼いだところで何人助っ人が集まるか定かでは無い。
土蜘蛛のように逃げるやつも出てくるだろう。
場合によっては既に詰み──────────と、男は考えているであろう。
三度衝突を繰り返し、男は違和感に眉を顰める。
それを確証に変えるかのように、大振りに振り下ろした刀がシュカに弾き返された。
「!?」
「君は変わらないね~。ボク達を舐めすぎ」
ギリギリの笑みから零れた言葉にピクリと反応すると同時に、地上からボゴンッ!と勢いよく土煙が背後まで登ってきた。
男が横目に捉えたのは、左目に山吹色の妖力を宿らせ、腰から三本の脚を発現させたイナリの姿。
肌や服に汚れが付着しているものの、目立った傷はほとんどない。
骨も折れていないようだ。
うっすらと驚愕の色が男の瞳に写る。
「やあっ!!」
三本の脚がまるでドラゴンの爪のように、振り下ろした右腕を追って力強く男を切り裂いた。
7
お気に入りに追加
567
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたと思ったら何故か神界にいて神になりました
璃音
ファンタジー
主人公の音無 優はごく普通の高校生だった。ある日を境に優の人生が大きく変わることになる。なんと、優たちのクラスが異世界召喚されたのだ。だが、何故か優だけか違う場所にいた。その場所はなんと神界だった。優は神界で少しの間修行をすることに決めその後にクラスのみんなと合流することにした。
果たして優は地球ではない世界でどのように生きていくのか!?
これは、主人公の優が人間を辞め召喚された世界で出会う人達と問題を解決しつつ自由気ままに生活して行くお話。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜
平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。
『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。
この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。
その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。
一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。
俺だけ異世界行ける件〜会社をクビになった俺は異世界で最強となり、現実世界で気ままにスローライフを送る〜
平山和人
ファンタジー
平凡なサラリーマンである新城直人は不況の煽りで会社をクビになってしまう。
都会での暮らしに疲れた直人は、田舎の実家へと戻ることにした。
ある日、祖父の物置を掃除したら変わった鏡を見つける。その鏡は異世界へと繋がっていた。
さらに祖父が異世界を救った勇者であることが判明し、物置にあった武器やアイテムで直人はドラゴンをも一撃で倒す力を手に入れる。
こうして直人は異世界で魔物を倒して金を稼ぎ、現実では働かずにのんびり生きるスローライフ生活を始めるのであった。
神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~
雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。
2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件
後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。
転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。
それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。
これから零はどうなってしまうのか........。
お気に入り・感想等よろしくお願いします!!
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる