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第12章

異変の正体②

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音もなく崩れ去る"富士の山"の中心部に、何者かは浮かんでいた。

三、四メートルはありそうな褐色の巨体は筋骨隆々。
下半身は武士の甲冑のようなものを着ているものの、対して上半身は裸。
鍛え抜かれた鋼の肉体を日の元に晒している。
また腰にぶら下がる日本刀とちょんまげは侍を思わせ、眼下を睥睨する瞳は実に鋭い。
頭につけた鬼の面がまた不気味さを醸し出す。

一見、身長以外はどこにでもいる人間のような外見だが……………とんでもない。
中身は有り得ないほど化け物だ。
あの巨体から感じられるのはグルグル渦巻く、人々の悲鳴のような圧倒的な妖気。
何とも耳を塞ぎたくなる。

イナリとシュカの視線の先で、謎の男がグッと手を握った。
すると妖力が瞬き、まだ空中に残っていた富士の山の残骸や欠片などを跡形もなく消し飛ばした。
軽々と発生した突風が大気を裂き吹き荒れる。

ちょこっと妖気を解放しただけでこの強さ。
こちらまで空気の振動がビリビリ伝わってくる。
まるで嵐の日だ。
近くの木々がギシギシしなって今にも折れそうである。

ただでさえそのプレッシャーで参っているのに、木の葉や石の欠片なんかが飛んできて普通に危ない。
視界が悪い上に頭に当たったらちょっぴり痛そうだ。
思わず顔の前に腕をやってガードするイナリ───────不意にそこから見た光景に戦慄した。

目が合ったのだ。
本来交わるはずのない、遥か遠く離れた場所に居るはずの男と。
偶然なんかじゃない。

"そこに居るのは分かっている"。

そんな風に言うがごとく、淡々とした掴みどころのない朱色の瞳がゾクリと恐怖を与える。
無表情で有名な(?)クロとは全く別方向の無機物さ。
あれは人に対する視線では無い。


「イナリちゃん!」
「っ!」


次の瞬間。
シュカに言われなければ、もっと反応が遅れていただろう。
視界の端に写る、自分を覆う巨大な影。
それが何かは言うまでもない。

いつの間に──────。

反射的に受身を取るとほぼ同時に、とてつもない重みの蹴りが真上から叩き込まれた。
ミシッ、と嫌な音がイナリの鼓膜を打つ。


「くぅ!?」


拮抗する間もなく。
ピシッ!と細かい蜘蛛の巣のような亀裂が足元に走り、崩壊。
支えが失われ、弾き飛ばされたイナリは降り注ぐ破片を追い越して地上に落下する。
一瞬の間を置いて重い地響きと砂煙が辺りに広がった。

さらに手を休める事無くシュカ向けて裏拳が振るわれるが、それは空振りに終わる。
空中で一回転し回し蹴り。
渾身の一撃が顔面にクリーンヒットし、男は大きく仰け反った。

だが悲鳴は無く、むしろにやりと不気味な笑みを浮かべた。
好戦的とでも言うべきか。
どうやら全く効いていないらしい。

腰から抜刀術の要領で抜き放った日本刀が、妖力で形成された細長い刀と衝突。
二人の間で拮抗した鍔迫り合いが起こる。

男が扱う日本刀はシュカのものよりずっと分厚い。
長さだけで言えばシュカが大太刀、男が太刀といったところだが、刀身の分厚さは比べ物にならない。
どちらかと言うとなたに近いかもしれない。

ギチギチと決して互いに譲らぬぶつかり合いの中、シュカは目の前の男を睨む。
体格差は三倍以上。
普通なら速攻で押し潰されてしまっても仕方がない、矛盾したような光景だ。


「………久しいな、酒呑童子よ。相変わらず気だるそうな目をしている」
「今はっ、そんなつもりないんだけどな~………!」


、不本意ながら真剣だ。
少しでも気を抜けばその瞬間に押し負ける。
必死なシュカに対して、男はまだまだ余裕ありげに語りかける。


「ふっ、素っ気ないではないか。再会を喜ぼうとはしないのか?」
「本気で言ってるのかな?と言うか、君を復活させた大バカ野郎は何処のどいつか教えてくれる?」
「さあな。我は知らん」


刀が弾かれ強制的に二人の間に距離ができた。
当然とも言えるが、どうやら彼は自身の復活について何一つ話す気はないようだ。
彼が相手では倒して話を聞くなんてのは不可能。
断言する。
不可能だ。

躊躇ためらっていたらこっちが殺される。
殺すか封印し直すか。
いや、封印ももはや不可能だろう。
あれは何人もの大妖怪がその場に居て、初めて成功する荒技中の荒技。
たった一人でそれを成せるはずもなく。
ならば殺すしかない。
たとえ封印以上に難しくとも、残る道はそれだけだ。

もちろんシュカだけで戦うには確実に限度があるし、時間を稼いだところで何人助っ人が集まるか定かでは無い。
土蜘蛛のように逃げるやつも出てくるだろう。
場合によっては既に詰み──────────と、男は考えているであろう。


三度衝突を繰り返し、男は違和感に眉をひそめる。
それを確証に変えるかのように、大振りに振り下ろした刀がシュカに弾き返された。


「!?」
「君は変わらないね~。ボクを舐めすぎ」


ギリギリの笑みから零れた言葉にピクリと反応すると同時に、地上からボゴンッ!と勢いよく土煙が背後まで登ってきた。
男が横目に捉えたのは、左目に山吹色の妖力を宿らせ、腰から三本の脚を発現させたイナリの姿。

肌や服に汚れが付着しているものの、目立った傷はほとんどない。
骨も折れていないようだ。
うっすらと驚愕の色が男の瞳に写る。


「やあっ!!」


三本の脚がまるでドラゴンの爪のように、振り下ろした右腕を追って力強く男を切り裂いた。




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