最強ご主人様はスローライフを送りたい

卯月しろ

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第10章

南門

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原初の片割れの力によって、王都を四方から飲み込むように迫る魔物の大群。
その総数はざっと八万以上にも上り、単純計算でかつてカディア村を襲ったスタンピードの四倍である。
おまけに強力な古代種まで紛れ込んでいるので、戦力的には比べ物にもならないだろう。

迎え撃つはオルメスト王国騎士団&軍と冒険者、傭兵など。
そしてマシロの嫁達だ。

イナリが北門で大暴れする時を同じくして、残りの東西南の門でも激しい戦闘が開始された。





まずはケルン率いる南軍。
彼の的確な指揮によって、始まったばかりと言えど部隊は善戦。
確実に襲い来る魔物の数を減らしていた。


「くそっ、こいつら次から次へと………!」


だが、それでも底が見えない。
どれだけ倒そうが、次から次へと湧き出てくる。
まるで本物の波と押し合い圧し合いをしている気分だ。
一時的に波が引いても、すぐに物量を取り戻して襲いかかる。

しかも各個体が中々に強い。
中には見たこともないような種類の魔物などもおり、その未知の存在がまた彼らの神経をすり減らした。
正直に言って、今後ジリ貧になるのは明白だ。
いくら下がって負傷は治せても、精神面の建て直しまでは出来ない。

ケルンは目の前のどデカい熊の魔物を斬り伏せ、額の汗を拭いながら周囲を見渡す。

この好調がどこまで続くか。
いかに実力者揃いの部隊と言えど、一瞬の隙で圧倒的な物量に押し潰されてしまいかねない。


「さて、どうする………?」


こういう時、ならどうするか。
剣を振るう手を止めずに考える。

自分の未熟さを教えてくれたマシロと言う少年を、彼は尊敬し勝手に師匠と呼んでいた。
実はあの日マシロに負けてから幾度となく弟子入りを志願しては、うやむやに断られていたのだが……………それは置いておいて。


「師匠なら…………正面突破だろうな」


迷うことなくその結論に至った。
あれから毎日、マシロの一挙一動を見逃さず観察していただけはある。


(あの人ならまず正面に穴を開けて、味方が動きやすいように敵を撹乱かくらんさせつつ頭を取りに行くはず)


ただ、これに関しては圧倒的に過大評価し過ぎである。
一応言っておくが、残念ながらマシロにそんな深い考えは無い。
基本的にだいたい、いつもその場のノリと勢いで生きているのだ。



話を戻そう。
ケルンの中で結論は出たが、それを行動へは移せなかった。

何故か。

それは単純に実力不足である。
これだけの魔物の大群の中に突っ込んで、多少は蹴散らせるだろうが、最終的にリンチされるのがオチだろう。

先程見た未知の魔物の中には毒を持ったやつも居た。
死角からの不意打ちで、一撃でやられる可能性だって捨てきれない。
そんな危険性を孕んだ作戦を、部隊の総隊長たるケルン自身がする訳には行かなかった。


「くそっ………!」


ケルンはギリッ!と歯を食いしばる。
"もっと自分に力があったら"。
改めて自分の無力さを痛感した。

念の為に言っておこう。
決してケルンは弱くない。
むしろ王国内の戦力としては確実に上位に君臨し、それは騎士団No.3と言う立場からもよく分かる。

比べる対象がおかしいのだ。
創造神を始めその他もろもろの神から加護をたまわり、直々じきじきの修行の後、二百年現世を生きた。

そんな人物と比べ物にならないのは当たり前。
この事実を知らないとは言え、少々気の毒だ。

自分は師匠のようには行かない。
それは重々承知している。
だからこそ、自分に出来る最大限を──────。


「《》!」


凛と響いた声と共に、紅の閃光がケルンの前を横切って魔物の大群に衝突。
強大なエネルギーが炎の渦となって天高く昇った。

謎の一閃によって一直線上の魔物はあらかた消し炭にされ、黒い波にぽっかりと穴が空いた。
南軍側も魔物側も唖然として声が出ず、ただこの現象を引き起こした張本人である一人の少女を見つめる。

赤髪の少女は白と真紅をベースに金色の刺繍が成された衣服を着ており、腰の同色のマントが風になびいてヒラヒラと舞う。
首から垂れ下がるは細いネックレス。
携えた片手剣の刀身に幾何学きかがく模様が刻まれる。
戦場に似合わぬ、思わず見蕩れてしまいそうなその姿はまるで戦女神ワルキューレだ。

凛々しい仕草で少女がケルンの方を振り返る。
思わず姿勢を正してしまった彼を誰が責められよう。


「ちょっとあんた、ウジウジしてないでさっさと決めなさいよ!」
「は、なっ………!?」


静寂をぶち壊したのは、赤髪の少女ことミリアのそんな言葉だった。
突然、指さし付きで指名されたケルンは戸惑い気味だ。
意味が分からない。


(何故急に………?)


戸惑いながら、内心首を傾げる。


「あんたがシロ様になれる訳ないじゃない。そんなのも分かんないの?」
「………………」


なぜだか分からないけど凄くイラッときた。
額にビキッと青筋が浮かび、頬が引き攣る。


(確かこの子って、師匠が連れてた子だよな…………)


自慢か?
自分が常に師匠の近くに居れるからって自慢なのか?
傍から見れば全くの的はずれなものの、本気でそう考えているあたりケルンの性格が垣間見かいまみえる。


「あれ、見えるでしょ」
「は?……………ああ、あの奥の奴だろ」


ミリアが開けた風穴の向こうで、じっとこちらを見つめる赤黒い瞳が一対。
ドラゴンの亜種のような二足歩行のトカゲの魔物が居た。
おそらく古代種だ。

その姿はすぐに黒い波で遮られて見えなくなったものの、それでも存在感だけはずっと残り続けていた。
波の向こうからピリついた気配がビンビン伝わってくる。


「あんたももちろん、あいつを狙うわよね?」
「……………いや、俺は…………」


先程の一撃だけで十分に分かる。
ケルンとミリアの間には努力では届かない壁がある。
悔しいが、ここは実力が上のミリアに任せ、自分は援護に回る。
それが最適だと───────。


「あんた、やっぱりヘタレね」
「……………は?」
「シロ様とは全く違うヘタレ。そんなんじゃ、いつまで経っても夢は夢のままよ」
「…………………………」


ぐぅの音も出ない。
いや、分かってはいるのだ。
言い訳ばかりしていないで、一歩前に進まないといけない。


「で、やるの!?やらないの!?」
「…………このっ、やるに決まってるだろ!」


再びケルンの額に青筋が増えた。
いくらなんでも言い過ぎではないだろうか。
そんな思考をぐっと押さえ込み、彼は怒りを糧に戦闘に望むのであった。




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