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第10章
異変
しおりを挟む夜闇が空を覆い、光の灯った街灯が点々と辺りに参列する真夜中に。
バルガンの館を囲む塀の上に、三つの影が揺れていた。
右から黒装束に身を包んだクロ、そして漆黒のローブを羽織ったイナリとシルフィだ。
こんな暗い中でこの色の服装ともなると、間近で光を当てでもしない限り、月明かりだけで視界に捉えることは困難であろう。
風でなびくスカーフを直し、クロは懐から一枚の紙を取り出す。
そこにはこの館の全体図、構造、怪しい部屋や点などが箇条書きで記されていた。
筆跡からも分かる通り、全てマシロが事前に調べた内容である。
「うぅ………本当に行くっすか……?」
「ん、当たり前。もし主の予感が当たってたら、すでに不味い状況」
「ですね。このまま放っておいて一大事になっちゃったら、目も当てられません!」
目的は不正が記された書類の確保、さらにあぶり出し。
今はまだ激しい戦闘をするつもりはない。
しかし、万が一という場合も無きにしも非ず。
念の為の用意もバッチリだ。
「クロは左。二人は右に行って、書類を探す」
「はい!」
「クロさん、奥の部屋は気をつけた方がいいっすよ…………風が気持ち悪いっす」
「ん」
奥の部屋とは、マシロが異様な瘴気を感じた例の部屋の事だろう。
あそこには確実に何かある。
危ないとは分かっているものの、調べないと何も始まらない。
いくらクロと言えど、細心の注意を払う必要がある。
「じゃあシルフィさん、お願いします」
「りょ、了解っす!自分も腹を括るっす!」
ふんっ!と鼻息を漏らして気合いを入れると、シルフィはクロとイナリ向けて右手を掲げた。
二人を向いた手のひらの中央に淡い緑の光が宿り、それは次第に大きくなってそれぞれを包み込む。
まるでバリアのように二人を覆う緑の障壁。
これには遮音を始め様々な効果が付与されており、隠密行動を行う際、その精度を格段に上げてくれる。
会話をする時もこの障壁を纏った同士の会話はできるが、それが外に漏れることはないという優れもの。
音だけでなく足跡や匂いなども消すため、現代のような監視カメラが無い限り見つけるのは困難を極める。
さて、準備は整った。
早速侵入開始だ。
イナリのとある能力によって玄関を無視して中に突入。
二手に別れて、各々の目的のものを探す。
クロは通路を駆ける。
モタモタしている時間は無い。
彼女の主たるマシロの予想が正しければ、すでに─────────。
「ん、やっぱり居た」
『グルアアアア…………』
例の瘴気を放つ部屋の前で、あたかもそこを守護するかのように、どこからともなく現れた異形の怪物が立ち塞がった。
様々な魔物を組み合わせたような歪な形のキメラだ。
あちこちに岩石が紛れ込んでおり、より一層グロテスクな見た目になってしまっている。
体を弄ったせいか魔力もごちゃごちゃで、安定せずに時々溢れ出したり急に弱々しくなったりを繰り返す。
しかし、平均してそんじょそこらの魔物よりは圧倒的に強い。
こいつだけでもB級上位はあるだろう。
もしかしたらA級かもしれない。
こんなのが居るとなると、いよいよ誤魔化すことは出来なくなった。
完全に当たりだ。
『グガアアアア!!』
「うるさい」
斜めに振り上げられた爪の攻撃を避け、反撃の一閃でキメラを瞬殺。
崩れ落ちる死体には目も向けず、さらに奥へ進む。
件の部屋まで残り数メートル。
角から先程と似たキメラ達が続々と姿を現す。
もはや隠すことは諦め、時間稼ぎに徹しようという訳か。
廊下の壁や天井を使って自由自在に動き回り、まるで何事も無かったかのようにキメラ達の間をすり抜ける。
もちろん、全て斬り伏せるのも忘れない。
おそらく最後であろうキメラ。
明らかに先程までの個体とは違って天井にまで届きそうな巨大な体躯を誇り、厳つさも魔力も増し増しだ。
だがクロは止まらない。
姿勢を一段と低くし、キメラの攻撃に備えて─────────。
ガッ、ズガァンッ!!
クロが動く一瞬前に、突然角の向こうから飛び出してきた残念キツネことイナリの蹴りが土手っ腹に炸裂し、館の壁を突っ切ってキメラがぶっ飛ばされる。
遥か向こうで何やら崩壊する音が。
ちらりと見るも、もはや瓦礫に埋もれてキメラの姿を伺うことは出来なかった。
十中八九、原形を留めていないだろうが。
「クロさんっ………!」
「ん、分かってる」
そのままイナリと共に部屋のドアをぶち破り、瘴気溢れ出す気味の悪い部屋へと足を踏み入れた。
広い。
他のどんな部屋よりも大きく作られていて、それにも関わらず生活感を感じさせるものは何も無い。
何よりも異質なのは床に大きく描かれた魔法陣。
紫色の怪しい光を発し、暗い部屋の中を照らす。
どうやら瘴気の発生源はこれのようだ。
獣人なため感覚の鋭い二人にとっては、この部屋にいること自体が拷問に近しかった。
まだシルフィの障壁があるだけマシだが、それでも気持ち悪さが抑えきれない。
「くくく、随分と来るのが早いじゃないか………!」
声のした方向に目を向けると、ちょうど魔法陣の中心部に見覚えのある男が立っていた。
今回の騒動のキーマン、バルガンその人である。
口ぶりから推測するに、どうやってかは知らないが二人がここに来ることを知っていたらしい。
「俺を止めに来たのか?だがもう遅い………!アダル様、イル様!私に力を──────!!」
バルガンが両腕を真上に掲げると共に、床の魔法陣が光輝いた。
反射的にクロとイナリが反応するが、一歩遅かった。
バルガンの後ろからゴツゴツした巨大な腕が出現。
ニタニタとねちっこい笑みを浮かべるバルガンを踏み潰して、のっそりとその巨体を持ち上げる。
キメラなんか比較にならない。
圧倒的な大きさを誇るそれは館の天井をバキバキとぶち破り、巨大な風穴を空けても尚、窮屈そうに唸る。
開けた夜空から月光が注ぎ、目の前のゴツゴツした漆黒の皮膚を照らした。
『ギャオオオオオオオオ!!!』
漆黒の皮膚に覆われ、額から二本の角が生えた巨大生物。
咆哮と共に広げられた翼も相まってその大きさは他に類を見ない。
おそらく三、四階建てのビルくらいの大きさはあるのではないだろうか。
そのぎょろりとした紅の瞳で二人を見下ろすのは、超巨大な漆黒のドラゴンであった。
これだけでも随分びっくりなのだが、なんとこのドラゴンの頭上に誰か乗っている。
ローブを羽織った二人組。
顔が見えなかったものの、ご丁寧にフードを外して月光の元その素顔を晒した。
「人って、本当に愚かだよな~」
「君達もそう思わないかしら?」
少年と少女。
まだ十数歳であろう幼い見た目ながら、ゾッとするような怪しい笑みを浮かべ、二人にそう問いかけた。
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