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第7章
マシロ家での日々③
しおりを挟む・△月×日
少し時間が飛んである日。
片手剣を構えた私の正面で、あいつが同じく銀の片手剣を鞘から抜く。
今日は一対一、あの時からいくつかステップアップした鍛錬だ。
「じゃあ模擬戦、始めるか」
「ええ。行くわよ!」
そう返事するや否や魔力で強化した足で地面を蹴り、一瞬であいつの懐まで距離を詰める。
〈魔法剣〉のスキル発動。
火属性の魔力と炎を纏った剣を、強化した腕力も上乗せして袈裟斬りの要領で思いっきり振り下ろす。
しかし、一歩後退気味に重心を後ろに逸らしたあいつが跳ね上げた剣と衝突し、お互い弾かれて強制的に距離を取らされた。
バク転を挟んで体勢を立て直しつつ、地面についた手でブレーキをかけて再び接近。
風の魔力を纏ったあいつの剣と幾度となく衝突を繰り返す。
「くっ、この…………!ずいぶんと余裕そうな表情、っね!!」
振り下ろされた切っ先を受け流し、そのまま無防備な胸元目掛けて渾身の突きをお見舞いしてやる。
当たらないのは分かってる。
当たる寸前であいつの姿が掻き消え、背後で左側に腕を引き絞っているのが見えた。
やっぱりね、あんたならそうすると思ってたわ!
発動したスキルによって突きで勢いを失った剣が光を帯び、物理的に不可能と言わざるを得ない動きをいとも容易くやってのける。
剣技スキル〈クリムゾン・リープ〉
まるで誰かに手を引かれるかのように振り返って放った一撃目が至近距離でぶつかり合い、甲高い金属音と火花を散らす。
「まだよ!」
退るあいつを追って十字を描く二撃目を繰り出し、最後に手の甲を返して逆袈裟斬り。
紅の炎が軌跡を描いて踊るかのように周囲に拡散する。
完全に決まりはしなかったものの、あいつをガードした剣ごと数センチ宙に浮かび上がらせた。
驚きでがら空きになった脇腹に回し蹴りを喰らわせ、激しく吹っ飛ばす。
「【ファイアボール】!」
追いかける私に、空から頭と同じ大きさほどの火球がたくさん降り注ぐ。
初級魔法だからと言って甘く見ちゃだめ。
あいつの魔法はどれも即死級。
今の私でも受けたらダメージはデカい………!
一旦距離を詰めるのより避けるのに徹した方が吉だ。
降り注ぐ火球の合間を縫って超スピードで駆け巡る。
すれ違う度、火球から発せられる熱がチリチリと頬を焦がす。
──────────っ、真上!
火球に混じって降ってきたあいつの剣をギリギリで飛び退けて避ける。
命中する相手を失った剣は代わりに地面をバキバキと陥没させ、周囲に巨大な亀裂を生み出した。
その威力にゾッとしたのもつかの間。
気づいた時には周りが火球に囲まれていた。
逃げようにも圧倒的な密度で隙がない。
たとえ何かの偶然で避けられたとしても、待ち構えるあいつに追い討ちされて終わりだろう。
詰みね───────。
以前の私なら、そう思っていただろう。
視界が全て燃え盛る火球に埋め尽くされる中。
スキルを発動。
剣を一振すると、目の前の火球が跡形もなく消し飛んだ。
花びらのように舞い落ちる炎の欠片の向こうに佇むあいつを捉え、私は目に宿った光で紅の軌跡を描きながら突進。
「咄嗟に魔法障壁を張ったのね………………だけど、無駄よ」
あいつと私の視線を一緒くたに受けるのは、先程〈魔法剣〉を発動した時とはまた違った、深紅のオーラを纏った剣。
形状も多少変化していて、特に鍔が装飾の施された異なるものになっていた。
スローモーションのようにゆっくり流れる色あせた世界で、唯一色を持った深紅が一閃。
本来、ドラゴンの一撃でさえ破れないはずのあいつの魔法障壁が、薄っぺらい紙切れ一枚程度かと思わせるほどあっさりと斬り裂かれた。
衝撃波が辺りに撒き散らされ、草木を揺らす。
私は剣を振り切った状態、あいつは追撃のため剣を引いた状態で固まったまま動かない。
「「…………………やっ───────やったぁーーー!!」」
私達の手からぽろりと剣が落ち、喜びを噛み締めるようにガッツポーズを空に掲げる。
やった、ついに成功したわ!
込み上げてくるものに耐えきれず、私はまるで子供のように大はしゃぎ。
自分らしくないとは分かっているものの、こんなに嬉しかったら止めようがない。
だから、思わずあいつとハイタッチしてしまったのもしょうがない事だ。
〈無効貫通〉の意識的発動。
やっと安定してきたのだ。
ここまで至るのに本当に長かった。
時間にして二ヶ月くらいかしら………………頑張ったかいがあったってもんね………。
「やっとだな…………よくここまでめげずに頑張ったよ」
「ふんっ、当たり前よ。皆の仇を取らないで諦められるかっての」
しみじみした雰囲気で頷くあいつに胸を張ってそう答える。
なんだかんだで最後まで鍛錬に付き合ってくれた。
そこだけは感謝するべきなのかもしれないわね…………。
「じゃあ、はい」
「…………何よこれ」
「俺が調べた"破邪の魔王"についての資料」
「っ!」
あいつが【ストレージ】から取り出した数枚の紙。
やっぱり便利よね~、それ。
とか呑気に思ってた隙に渡された重要すぎるものに、体が膠着して危うく落としそうになってしまった。
慌てて両手で掴んだ束は何も書かれていない紙が正面に、四、五枚ほど紐で括られていた。
手のひらがじっとりして、心臓がやけに煩い。
この中に"破邪の魔王"のことが……………!
私は燃える気持ちを何とか沈め、あいつにお礼を言ってから自分の部屋へ戻った。
鞘に収めた剣をゴトッと机に立てかけ、ベットに身を預ける。
全身汗でベタベタ………………お風呂入りたい……………でも、こっちが先だわ。
体を起こし、さっきあいつから渡された紙の束を手に取る。
一つ深呼吸。
意を決して、一枚目の白紙をぺらりとめくった。
真っ先に目に入ってきたのは、上部に書かれた"破邪の魔王について"という文字。
そこから続いていたのはこんな内容だった。
──────────────────
・破邪の魔王について
本名………エビル
種族………人族
主要武器………大剣
ユニークスキル〈破邪〉の使い手であり、その効果は"自身が認めぬものを邪道と見なし、それが干渉不可能な結界、【絶界】を作り出す"と言うもの。
例えば迫る火球に対し、「こんなものは認めん!」と思いながらスキルを発動するだけで、火球だけでなく下手すれば炎自体を拒絶する【絶界】が創成される。
前記のように"認めぬもの"の定義はかなり曖昧。
おそらく大まかな内容から詳細なものまで幅は広く、真正面からの攻略は不可能。
実質的に、相手に対して絶対の防御力を誇る結界を生み出すことができる。
唯一の攻略法と言えば、エビルが"邪道"だと認識する前に一撃で仕留めること。
魔法でもスキルでも、発動する瞬間を見られた途端にその攻撃は効かなくなると考えた方が良いかもしれない。
ただし、ミリアのユニークスキル〈無効貫通〉のみ対抗の可能性あり。
理論上あらゆるものを防ぐ盾と、どんなものでも貫く矛。
どちらが勝つかは予想できない。
しかし最終的にはスキルの熟練度、そして本人の経験値がものを言うはずだ。
また、【絶界】は守りだけでなく攻撃にも転用され、例えば───────────。
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