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第7章
冒険者ギルド
しおりを挟む「最後に、ギルドに寄ってもいいですか?」
あらかた予定していた買い物を終え、両手で大きな紙袋を抱えたアイリスが向こうの冒険者ギルドを指さしてミリアに問う。
「何か用事があるんですか?」
「ええ。実は、あなたにも関係のあることなんです」
微笑んだアイリスはそれ以上言わずに、戸惑うミリアを連れてギルドの方へ歩き出す。
当然だが、ミリアはギルドに寄ることも、そこで自分に関係する何かをするというのも知らなかった。
アイリスの微笑みを見るに、きっとわざと内緒にしていたのだろう。
もちろんだからと言って断るなんてしない。
しかし、気になりはする訳で。
先を行くアイリスに聞いてみるものの、やはり「内緒です♪」、とうやむやに誤魔化されてしまった。
訳が分からぬまま手を引かれギルドに入る。
すると、目の前に広がっていた景色に驚いた。
思っていた"冒険者ギルド"のイメージと違っていたからだ。
他の場所のギルドと同じで酒場が隣接しているものの、朝っぱらから酔い潰れているような輩も居らず、楽しげに女将さんと談笑したり、パーティで食事をしていたり。
どこか落ち着いていて、温かいものがあるギルドだった。
普通冒険者ギルドと言えば、時間問わず大騒ぎしていたり柄の悪そうな奴らが居たり、執拗に絡んでくるウザイ奴が居たりと、ミリアの中ではそんなイメージが中心だ。
実際に昔行ったらそんな感じだった。
たしかに場所によってはそんな所やもっと酷い所だってあるが、大抵はミリアが想像するよりまともである。
が、その中でもこのカディア村のギルドが群を抜いて平和だと言うのは紛れもない事実。
ミリアが思わず驚いてしまったのも仕方ない。
何せこのギルドの冒険者は、手の付けられないような荒くれ者含め一人残らず、隣接する酒場の女将、メアリーさんによって一度は説教されているからだ。
元荒くれ者に「あれで改心しなかったら逆にすごい」、とまで言わしめる説教をもれなく一時間、または酷い時は数時間。
正座で足が吊りそうになるまで永遠と怒られ続ける。
しかも言ってることは的を得ている上に、時折織り交ぜてくる母性なのか何なのかで反論もしずらく、気づいたら大人しくなっているのだ。
基本的にぐぅの音も出ない。
また、メアリーさんの必殺、「娘が見てるよ?」が炸裂した暁には、もはや一人たりとも抵抗する間もなく一撃で撃沈してしまう。
皆の天使ことエマちゃんを前に、冒険者達はそろって無力なのである。
そのため、ここに常駐している冒険者達はメアリーさんに良い意味で頭が上がらず、総じて大人しい。
「おはようございます、シゼルさん」
「あら、いらっしゃ~い!もう準備は出来てますよ~」
受付にて、書類に目を通していた女性が顔を上げ、ぱぁ!と明るい笑顔を見せる。
のほほんとしていて、どこか掴み所の無い不思議な雰囲気の女性だ。
アイリスやリーンよりは年上だろうか。
実はミリア。
この女性、シゼルさんと会うのはこれが初めてなので。
「えっと、この人は…………?」
「このギルドで受付嬢をしてらっしゃるシゼルさんです。この方は、昔からご主人様がお世話になっているんですよ?」
「へぇ、あいつが……………」
少しの驚きとともに、ミリアは思わず目の前の女性をしげしげと見つめる。
(お世話になった……………確かにあいつ、細かい事は苦手そうよね)
図星である。
まさにミリアの言う通りで、Xランクと言う特殊な階級上、どうしても重要な書類やら何やらが定期的に来るため、そういうのは基本的にシゼルさんに手伝ってもらっていた。
その他にも礼儀を必要とする場合なども。
例えば、王族から直接指名で依頼が届いた時、最低限の礼儀やマナーをマシロに叩き込んだのは他でもないシゼルさんだ。
ものすごく、それはもうものすっっっっごくお世話になっている。
(…………………てか、胸デカすぎない?)
自然と視線が降りた先には、ミリアのコンプレックスを真正面から殴り飛ばすかのようにご立派な双丘が聳えていた。
たゆんたゆん揺れてる。
それはもうたゆんたゆんって。
大事な事だから二回言いました。
(………………………あいつ、殺す)
理不尽とはまさにこの事。
今回に関しては何の非も無いマシロへまさかのとばっちりである。
胸を眺めていたら、えも言えぬ殺意を感じたらしい。
「さて、それじゃあ早速始めちゃいましょう」
「始めるって………何をですか?」
「冒険者登録です。ご主人様が今後、必ず必要になるだろうからと」
(またあいつが……………)
マシロの差し金だと知ったミリアは、思わずなんとも言えない微妙な表情をしてしまった。
マシロの家に来てからと言うもの、服だったりお小遣いだったり。
今回の冒険者登録だって、欲しいなんて一言も言っていないはずなのに。
なぜあの男はここまでするのだろうか。
言ってしまえば全て必要のない物。
服は同じのを使いまわせば良いし、お小遣いや冒険者登録に至っては奴隷の立場からすれば完全に贅沢だ。
むしろ一日一回の水浴びと三食の十分な食事を与えられている時点で、相当優遇されているのだ。
それ以上のものを求めるのはあの時以来辞めたはず。
(私の目的はあくまで復讐であって、呑気に毎日を過ごすことじゃない)
むしろ気が緩むだけだ。
本来なら断るべきなのだろう。
だが。
「…………………そうですね、ありがとうございます」
再び、王都を出た荒野でマシロに言われた事を思い出し、少し重巡した後、ミリアは素っ気なく頷いた。
"利用出来るものは徹底的に利用する"。
そこに私情はいらない。
どんな物でもあって損は無く、貰えるものはなるべく貰っておくべきである。
お金があれば良い武器を買えるし、冒険者登録だって何かしらの形で役に立つこともあるはずだ。
それこそ疑いが晴れ、解放された時には───────。
もやっ。
(……………?なんか、胸がもやって…………)
"破邪の魔王"をボコり、真相を吐かせれば自身にかかった嫌疑を晴らすのは容易いだろう。
そうすればやっとこの忌々しい首輪から解放されて、あの男の元を離れることができる。
もう二度とあの憎たらしい顔面を見ずに済むのだ。
そう、二度と…………………。
もやっ。
(だからなんでここでモヤッとするのよっ!!)
目の前の机に思いっきり拳を振り下ろしたい衝動を何とか抑え、代わりに内心頭を抱えて転げ回るミリア。
意味が分からない。
なぜ自分は今、あんな風に感じてしまったのだろうか。
あれではさもあの男の元を離れるのが寂しいかのような、不名誉な勘違いをされかねない。
………………いや、確かに寂しくない訳じゃない。
しかしそれはあくまでアイリスやリーン、ノエル、イナリ、クロと別れるのが寂しいのであって。
断じてあの男が恋しくてこんな気持ちになったんじゃない。
自分に言い聞かせるように、何度もそれを頭の中で反芻する。
数秒して何とか落ち着いたらしい。
釈然としないものを感じつつ、ミリアは目の前に置かれた水晶に言われた通り手をかざした。
魔力が流れ込んだ水晶が内側から徐々に輝きを放ち、髪や瞳と同色の赤に染まったかと思うと、その下に設置された白紙のカードに光が集中する。
一箇所に光の線が収束し、それが小刻みに動いて何やら文字を書いているようだ。
やがてじゅっ、と何かが焼ける焦げ臭い匂いと音がして、赤い光が収まった。
渡されたカードを見ると、そこには"ミリア"の名前とその他ステータスやらスキルやらが左右に別れて記載されていた。
これで冒険者登録及びカードの制作が完了。
いつでもクエストを受注することができる。
カードの右上に表示された冒険者ランクは当然ながら最低ランクのEだったものの、上手く表現出来ない新鮮な気持ちが湧き上がってくる。
不覚にも頬が少し緩んでしまった。
そのまま何となしに顔を上げ、ふとシゼルさんと目が合った。
なぜか凄く見つめられている。
それはもうじっと。
何か顔に付いてる…………?
「あの…………?」
「あ。ごめんなさい、じっと見つめちゃって。ミリアちゃんがあんまりネイちゃんに似ていたから、ついね~」
「"ネイちゃん"…………?」
「ええ。あの子も私と同じで、昔から剣聖様と付き合いがあるんですよ~」
「かれこれ二百年も昔でしたっけね~…………」、とシゼルはしみじみと呟く。
さらっと出たその発言にミリアは目を丸くした。
二百年。
今、二百年って言った?、と。
(てことはこの人、こんな若い見た目なのに二百歳以上…………!?)
こののほほんとした女性が。
驚きのあまり口を半開きにして黙り込んでしまった。
(え、この人、本当に人族よね………?寿命とかどうなってるのかしら…………)
マシロと同じで外見は当てにならないタイプらしい。
人は見かけによらない、まさにこの事だ。
ちなみにシゼルさんは年齢について聞くと目が笑ってない笑顔でずもも………と圧をかけてくるので、黙っているのが吉である。
「ネイさんと言うと、あの弓使いの?」
「そーですそーです。確か、ちょうどそろそろクエストから帰ってくると………………あ、噂をすればですね」
にこりと微笑んだシゼルの視線につられて振り返ると、ちょうど一人のエルフ族の少女が入口の扉を開いて中に入って来た。
腰まで伸びた金髪がさらさらとなびき、背丈は自分より少し大きめ。
たぶんマシロと同じくらいだ。
背中にはシンプルな弓と矢筒を携え、レザー質のショートパンツから覗く素足や露になったくびれはとても細い。
容姿端麗、スタイル抜群。
まさにその言葉が似合う、まるで女性の願望を詰め込んだかのような少女だ。
かく言うミリアも思わず見惚れてしまった。
この人が………………。
「はぁ、疲れた…………。シゼルさん、これ今回の分の─────────ってごめんなさい、まだ話の途中だったかしら?」
「ううん、むしろちょうど良かったですよ~。実は今、ネイちゃんの話をしてたんです~」
「え、私の?」
金髪エルフの少女、ネイがきょとんと首を傾げた。
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